第21話 信仰の代価
「信仰?」
ネレスは欄干にもたれたまま尋ねた。
二人は、五つの峰からなる都を流れ下る幾筋もの小川の一つにかかる、小さな橋の上で立ち止まっていた。
「そうよ。何? 耳でも悪いの?」
セリスは腰に手を当てて言い返す。
「いや、ちょっと意外だっただけだ。信仰って、もっと神の霊力そのものに近いものだと思ってた。……だから金として価値があるのか?」
「当たり前でしょ。信仰は、自分の領域にある逆神殿を使えば霊力に変えられるのよ」
セリスは得意げに胸を張り、人差し指を立てながら説明した。
ネレスは吹き出しそうになるのをこらえるため、口元へ手をやった。
ここで機嫌を損ねたら、もう何も教えてもらえなくなるかもしれない。せっかく手に入れた生き字引を失うわけにはいかなかった。
「待て……そういうことって、協和宮で全部聞けたんじゃないのか?」
「あんたに教えてもらう方がいいの。ほかの神どもと関わるのは少ない方が、面倒も減るでしょ」
「ちっ……慣れんじゃないわよ」
「じゃあ、神を信じる人間が、そのまま神に信仰をくれるのか? そうやって回ってるのか、この経済は?」
「正確には違うわ。実際に信仰を送るのは、神殿や祭壇の方よ」
セリスはそこが大事だと言いたげに、小さく指を振った。
「もちろん、規模も信者の数も大きく関わるけどね」
「なるほどな……思ってたよりずっと複雑だ」
「ちなみに、霊力一単位につき、信仰十くらいってところね」
「ってことは、信仰十でようやく霊力一つか。……でも、神殿や祭壇って、そもそもどれくらい信仰をくれるんだ?」
「神殿は知らない。でも祭壇なら、小さくても共同で使われるものでないと守護神に信仰は届かないって聞いたわ。それで、ようやくひと月に信仰一くらいだったと思う」
「一人分の信仰じゃ、一単位の信仰にすらならないってわけか……。しかも個人的には、死の神に祭壇を立ててる集落なんて、あんまり行きたくないな……」
ネレスはため息をつき、小川へ視線を落とした。
「そもそも、そんな連中が大勢いるとも思えないし……俺、貧乏確定じゃないか」
顎に手を当てながらぼやく。
「まあ、洞窟暮らしなら、そこまで贅沢はいらないけど」
「あたしは要るの! それに、あたしを食わせるのも誰だと思ってんのよ!」
「なんかペットを飼い始めた気分だな……」
「もう一回言ってみなさいよ!」
「はは、悪い悪い」
「ちっ……言っとくけど、死の神には他の世界の大都市にも、ちゃんと大きな神殿があるのよ」
「それは知ってるし、そっちの方がまだ普通だ。……でも祭壇って言われると、なんでか妙にぞわっとするんだよな」
「あんた、死の神でしょ……?」
セリスは呆れたように息をついた。
「それに、ユグドラシルの果実、売るんでしょ? 五万の信仰くらいするんじゃなかった?」
「言われてみればそうだな。五千の霊力になるなら、五万の信仰ってことか……うわ、祭壇五万基分かよ……」
「あと、言い忘れるところだったけど、神殿以外にも信仰や霊力を得る手はあるのよ。聖なる物や土地を支配するとか、他にも色々――って、聞いてる!? 誰の手間でここまで教わってると思ってんのよ!?」
「悪い。今ちょっと大事な取引してるんだ。少しだけ黙っててくれ」
ネレスは真顔で空中に浮かぶ画面を操作しながら、空いた手でユグドラシルの果実を持っていた。
「この……っ! この……っ! ほんとに……噛みつくわよ!」
(そのくせ、ペット扱いは嫌らしい……)
取引は一瞬だった。
果実は手の中から消え、彼の残高――いや、神の口座とでも言うべきものが、一気に膨れ上がった。
「そんなに怒るなって。埋め合わせに何か買ってやるよ」
「ちゃんと良い物にしなさいよね」
◇ ◇ ◇
「また貧乏に逆戻りだ……」
服もまた、同じゴッドスクリプトで買ったものだった。
そこには売買専用の項目まで用意されている。
相手が誰なのか。
それは謎だった。
だが、ゴッドスクリプトが宇宙の情報を整理し、理解できる形で見せてくれるのと同じように、エネルギーを物質に、あるいはその逆に変えているのかもしれない。
「別に、信仰を全部服につぎ込めなんて誰も言ってないでしょ……」
「いや、必要だったんだ!」
「誰に強制されたわけ?」
「高い方がどう見ても性能いいのに、わざわざ安い方を買えるかよ! 常識が俺にそうしろって言ったんだ!」
「……」
「この服、魔法にも物理にもやたら強いんだぞ! しかも鎧ですらない! 防御は安全で、安全は平穏だ!」
「……」
彼が今着ているのは、腰のあたりで裾が分かれた細身のロングコートだった。
そこには、瞳に似た金の刺繍が刻まれているように走っている。だが実際には、それはネレスも名を聞いたことのない金属らしかった。
主素材に使われたという伝説獣の名も、ろくに発音できない代物だった。
装いには他にも、手袋、ズボン、ブーツが含まれている。どれもコートと同じ黒い素材で作られており、統一感があった。
ちなみに手袋は、うっかりスケルトンに触れないためだと、ネレスは主張していた。
「それに、あんたも文句言えないでしょ。自分の新しい服だって、布の量はずっと少ないくせに、値段はそんなに変わらなかったんだから」
セリスの服も、ネレスのものとかなり似ていた。
同じ黒い素材で、全体の印象も制服じみている。
ただし刺繍は銀色で、半袖のジャケット、裾がV字に落ちるプリーツミニスカート、そして膝上まで伸びたロングブーツという構成だった。
手袋もしていたが、こちらは銀のナックル付きで、そこから先の指は露出している。
武器の感触を掴みやすいから、というのが彼女の言い分だった。
「ちっ、ケチケチしないでよ」
セリスはその場でくるりと回り、衣装を見せつける。
「これ、守りが優秀なだけじゃないの。攻撃力も機動力も上がるんだから。これであんたの敵ももっと早く片づくわ!」
「何の敵だよ!? 洞窟のコウモリか? ネズミか? ヘビか?」
「その辺を今度、あんたの晩飯にしてやるわよ!」
「はっ! 戦時中はそういうのも、それ以上のものも食ってきたぞ! まあ、お前に料理ができるとは思えないけどな。任せとけ。文字どおり異世界仕込みのごちそうを作ってやる」
「遠慮しとく……」
‼
「はぁっ……う、うぐっ……はっ、はっ……や、やっと追いつきました……っ、はっ……最高調停官!」
「うぐ……っ、よく来ました……ディリレイ……はっ……」
「ディ、ディリでいいですから……っ、はっ……最高調停官……」
橋のたもとには、今や息も絶え絶えな二つの人影が立っていた。
眼鏡をかけた背の高い男と、髪を乱した少女だ。
二人とも調停者の制服を着ていたが、その意匠は明らかに上位のものだった。とりわけ、眼鏡の男の方は。




