第19話 死の従者
【デモニム獲得!】
【エンピリアン】
「デモニム? それって国籍みたいなものか?」
木にもたれかかりながら、ネレスはゴッドスクリプトに流れた最後の通知を眺めていた。いつ光に包まれてどこかへ飛ばされるのか分からないまま、ただ待ちながら。
やがて視線は、自分の情報が表示された欄へと移る。
【クラス:死の神】
【位階:絶対神】
長く、ひどく疲れたため息が漏れた。
「絶対神、ね……ただの神ですら重すぎるのに。クラスを農夫か何かに変えられないのか? そもそも絶対神って何なんだよ……」
ネレスは顔を上げ、森の切れ間から見えるエリュンデアの空を見上げた。
だが、そこでふと何かに思い至ったように目を見開く。
「待てよ……ってことは、本当に運命の女神の呪いから解放されたってことか? もしかして……俺にも、自分の家族を持てるのか?」
考え込むように、再び視線を落とす。
「俺は一度も伴侶を得たことがない。だから子孫もいない。もし千の生で子どもなんかできてたら、今ごろ心配で死んでたな……いや、待て。あの天使面した悪魔、そういうことにならないように、わざとあの呪いをかけたのか……?」
しばらく真面目に考えたが、やがて勢いよく首を振った。
「いや、考えすぎか。どうせ、もっと単純に俺を苦しめたかっただけだろ」
そのとき、近くで何かが動く気配がした。
「……ようやく眠り姫のお目覚めか」
重そうなまぶたをゆっくりと開き、しばらく虚空を見つめてから、セリスは気だるげに身を起こした。
「うっ……頭が……なんで……? なんで、あたし生きてるのよ……?」
「生きてるっていうか……どっちかと言えば、生き返った、だな」
「……あんた! ネレス……! どういう意味よ、それ!」
「説明するより、ゴッドスクリプトを見た方が早いと思う」
セリスはふらつきながら立ち上がり、宙を見つめたまま意識を集中させる。
神なら誰でも知っている。あれはディバイン・オーダーと繋がるための道具、ゴッドスクリプトを見ているのだ。
ネレスにとって今のそれは、だいぶ慣れたこともあって、もはや一種の端末のようなものに思えていた。ならディバイン・オーダーは、宇宙の法則すべてを内包した、ひとつの巨大なネットワークみたいなものか。
もちろん、それが単なるネットでは済まないことくらい分かってはいたが。
「……何よこれ。魂の番人……?」
ゴッドスクリプトを見つめたまま、セリスの声がわずかに震える。
「……っ! あたし、死の神の召使いになってる!? しかも神!? あたしが!?」
「まあ、正確には下位神だな。でもあれだけ神になりたいって騒いでたんだ。別に悪くないだろ」
「……あんたが死の神なの!? まあ、それは予想してたけど……待って、あたしを神にしたの!? 倒した敵を!? 普通、待たせてる仲間とかいるんじゃないの!?」
「それ、俺に友達がいないって言いたいのか? どっちかって言うと、背負うものがないって言ってほしいんだが」
セリスは黙ったまま、ゴッドスクリプトを見続けていた。だが、その表情は見る見るうちに驚きへと変わっていく。
「なによこれ……ステータス、めちゃくちゃになってるじゃない……!」
「まあ、どうも『昇格』すると、霊的エネルギーが倍になったりするらしいな」
「ええ、それもあるけど……そうじゃなくて、もっと別の……」
セリスは火花のように揺れる橙の瞳を、じっとネレスへ向けた。ネレスは思わず視線をそらす。まるで自分のせいじゃないと言いたげに。
「……あんた、いったい何者なの? いや……何なのよ、あんたは」
「その聞き方、地味に失礼だな……。何を見てるのかは知らないが、俺に断言できるのは、今の俺が死の神で……絶対神だってことくらいだ」
言いながら、ネレス自身もますます居心地が悪くなっていく。
「……いや、これ、そんなレベルの話じゃない……」
「まあ、どうせ何らかの形で関わることになったんだ。話すべきことは他にもあるかもしれないが……それは追々でいいだろ」
「ふん……! でも、感謝なんてしないから! どうせ、あたしの力が目当てなんでしょ!」
ネレスは顎に手を当てて考え込む。
「槍の腕は、俺が残りの人生を引きこもる洞窟を見つけたとき、箒を持たせればかなり役に立ちそうだな。ちょうどさっきまで一つ使ってたんだが、洞窟ってのは想像以上に埃っぽくて汚いんだ」
「……は?」
「いや、今は気にしなくていい。それより、忘れる前に聞いておくが……この果実、いるか?」
ネレスの手には、鏡のように光る、どこかアーティチョークにも似た形の実が握られていた。
「それ……ユグドラシルの果実!? ……っ、だめよ、そんなの受け取れない!」
「そうか? もっと欲深いやつかと思ってたんだが」
「盗人じゃないもの。そんな貴重なもの、受け取れるわけないでしょ」
「それ、盗人の定義としてはちょっと違う気がするけどな。まあ、そこまで言うなら無理にはやらない」
「正気でユグドラシルの果実なんて人に渡そうとするやつ、初めて見たわよ……」
秒を追うごとに、セリスの中では疑問ばかりが増えていった。だが、そのとき彼女の意識は別のものに引っかかる。
「……エイドロンが変だわ」
セリスは慣れた動作で、自分の槍を呼び出そうと手を伸ばした。
だが、そこに現れたのは槍ではなかった。
黒く、巨大で、禍々しい気配を放つ一振りの大鎌だった。
「うわ……どう見ても死神だろ、これ……」
ネレスはその大鎌を上から下まで眺めながら呟いた。
セリスは呆然から立ち直ると、すぐにネレスを見た。
「死神……いい響きじゃない」
「こいつ、『禍々しい』の部分は完全に聞き流したな……」
セリスは露骨に不機嫌そうな顔をした。
「何よ。こんなにセクシーで魅力的なあたしの、どこが禍々しいっていうの?」
「セクシーはちょっと盛りすぎじゃないか」
「どこ見てんのよ、変態! まさか、あたしを従者にしたのって体目当て!? いったい何を期待してるわけ!?」
「その手の誤解をもう一回でも口にしたら、洞窟の外で寝てもらうからな。こっちは本気で困る」
「ちぇっ、つまんない男……。で、さっきから言ってるその洞窟って何なのよ」
その瞬間だった。
二人の体が同時に淡く光り始めた。
「……あ?」
「ちょ、待っ――」
数秒もしないうちに、二人の姿はその場からかき消えた。
同じ現象は、未来の神々が殺し合ったあのバトルロイヤルの各地でも起こっていた。
生き残っていた者たちの姿もまた、一人、また一人と光の中へ消えていった。




