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第17話 深紅の運命

「なあ。たぶん、あんたが俺を探してたのは分かるんだけど……ここは見なかったことにして、お互い別の道を行くってのは無理か?」


 ネレスは頭をかきながら、心底だるそうにそう言った。


「探してたって分かってるなら、何でわざわざ聞くのよ」


 現れたばかりの少女は、槍の穂先をネレスへ向けたままぴしゃりと返す。


「希望ってのは、最後まで捨てないもんだろ……」


 ネレスは疲れたように息を吐き、脇に抱えた黒い本を握り直した。


「前にも言ったでしょ。あんたがいるせいで、あたしは昇格できないの。この争いは避けられないわ」


「俺が、あんたとどう関係あるんだよ。ついでに言うと、俺を狙ってくる連中全員ともな……」


「他の連中は栄光目当てよ。目立てば、まだ神になれる可能性があるって思ってる……チッ、甘ちゃんばっか」


 少女は、少し前まで戦場だった方へ視線を向けた。


「――まあ、『だった』が正しいけど。あんたがかなり強いのは認めるわ」


「俺はただ、人に骸骨をけしかけてるだけなんだけどな……」


「でも、あたしの場合は話が違う。あんたとあたしは、この新しい世界で同じ領域を争ってる候補者なんだから」


「それ、前にも聞いたな……ちなみになんだけど、譲るって選択肢はないのか? 図書館でも、死でも、何でもいいけど。俺は座って何もしない神で十分なんだが……」


「そんなので済むわけないでしょ! それに、あたしが欲しいのもそんな勝ち方じゃない!」


 赤毛の少女は槍を振り上げ、苛立ちを隠さず叫んだ。


「正々堂々、決闘したいのよ!」


「うへぇ……何で不死の連中って、みんなこう面倒なんだよ」


「みんな一緒にしないで。あたしはあたし、セリスよ」


 少女は鋭く睨み返した。


「神になって、村のみんなに、自分たちが間違ってたって思い知らせてやるんだから」


 セリスは長い槍を両手で構え、今にも飛びかかってきそうな姿勢を取った。


「確か、ネレジエルって言ったわよね。覚悟しなさい」


「ネレスでいい。……それより、半神の村なんてあるのか? アレンやヴィルキーを見てると、てっきり神と一緒に一族の領域で暮らしてるもんだと思ってたんだけど」


「あたしは半神になる前、火の精霊だったの。故郷は火山の奥深くに――って、ちょっと待ちなさいよ! あんたに関係ないでしょ!」


「ん? あのオドリアンって、火神の息子だったよな……あいつとの決闘も、それと何か関係あるのか?」


「だから関係ないって言ってるでしょ!」


「ぶー。村の連中があんたのことを気が強いって言ってたなら、どうやら当たってたみたいだな」


「うるさい! ネレス、さっさとエイドロンを出しなさい!」


 ネレスは心底うんざりしたようにため息をこぼした。


 左手で重い死の書を開き、右手を掌を上にして持ち上げる。


 直後、大地が震えた。


 周囲の土を突き破り、錆びた金属をまとった無数の骸骨が次々に這い出してくる。


「正直、こういう面倒ごとに引きずり込まれるの、もう飽きてきたんだけどな」


 ネレスは目の前の相手から視線を外さずに言った。


「そのうち、ディバイン・オーダーとやらに直接文句でも言いに行くしかないか……」


「あたしは、あんたの愚痴を聞きに来たんじゃない」


 セリスは槍を握る手にさらに力を込めた。


「あんたの首を取りに来たのよ!」


 言い終わるより早く、セリスの姿が弾けるように前へ飛んだ。


 だが、その進路はすでに骸骨どもで埋め尽くされている。


 同時にネレス本人は、その骨の群れの中へ紛れ込むように姿を消した。露骨に嫌そうな顔を浮かべたまま。


 数歩も進まぬうちに、もう二十体もの骸骨がセリスを包囲する。


 だがセリスは、まるで足を止めない。


 長い槍の刃を剣のように振るい、囲んだ骸骨たちの首を一瞬で刎ね飛ばした。


 すぐさま死者の軍勢は反撃に転じる。


 頭上から、矢の雨が降り注いだ。


 それでもセリスは動じない。


 自ら回転しながら、超人的な速度で槍を回し、飛来する矢を一本残らず叩き落とす。


 そのまま血のように赤いツインテールを翻し、次の骸骨の群れへ飛び込んだ。


 今度の彼女は、もう鎧の隙間の骨など狙わない。


 最初からそれもできていたのだと見せつけるように、槍の一振りごとに群れそのものが真っ二つに裂けていく。


 先ほどまでの正確すぎる斬撃は、ただの見せつけにすぎなかったのだ。


 半神の突進を止めようと、骸骨たちが盾を重ねて壁を作る。


 だがセリスは、その盾の壁を足場にして一気に跳び上がり、遠くにいるネレスの位置を捉えた。


 空中で槍と矢をかわしながら、二体の骸骨の上へ着地し、それを踏み砕く勢いのままさらに前へ跳ぶ。


 砕け散る骸骨兵を足場にして、セリスは一直線に標的へ迫っていった。


 一方のネレスは、片手を軽く振る。


 すると新たな骸骨の壁が幾重にも積み重なり、錆びた槍を突き出したままセリスの行く手を塞いだ。


 だが彼女は少しもひるまない。


 自らの槍を投槍のように放つ。


 放たれた槍は骸骨の壁へ激突し、無数の骸骨を吹き飛ばし、その風圧だけでさらに何体もの死者を薙ぎ払った。


 セリスは一瞬も無駄にしない。


 自分の一撃で築かれた骸骨の残骸の山へ飛び込み、槍を回収すると、そのまま大きく跳び上がって地面へ突き立てた。


「インフェルノ」


 その言葉と同時に、槍の刃元にある髑髏の目が赤く輝く。


 突き立てられた槍を起点に、大地が蜘蛛の巣のようにひび割れ始めた。


 新たな震動が戦場を揺らす。


 だが今度はネレスの死者の軍勢ではない。


 赤毛の半神そのものが引き起こした揺れだった。


 地面が裂ける。


 その底から、炎とマグマが噴き上がった。


 奈落へ落ちなかった骸骨たちも、そこから噴き出した灼熱に呑み込まれていく。


 ネレスへ続く道が、一気に開けた。


「それ、ありなのかよ……」


 ネレスは目の前で起きたことがよく分からないまま、呆れたように呟いた。


 だがセリスは、そんな反応を待ってはくれなかった。


 骸骨たちが再び隊列を組み直すより早く、彼女は残る距離を一瞬で詰める。


 しかし、その直前。


 まだ呼び出されていなかった二体の骸骨兵が、燃え上がる地面の中から飛び出し、彼女の行く手を塞いだ。


「邪魔しないで!」


 セリスは槍を一閃し、二体まとめて吹き飛ばす。


 だが、そのわずかな一瞬で十分だった。


「俺が、どれだけの戦場をくぐってきたと思ってる?」


 気づいた時には、ネレスが目の前にいた。


 もはや反応する時間は、セリスの側には残されていない。


 ――いや、最初からそんなものはなかったのかもしれない。


「残念ながらな。人間も神も、戦と切っても切れない関係にある。それは、俺が積み重ねてきたどの人生でも嫌ってほど見てきた」


 ネレスの言葉が耳に届く。


 同時に、セリスの口の端から細く血が流れた。


 彼女の腹には一本の剣が深く突き立っている。


 それは、骸骨たちが持っていた錆びた武器の一本だった。


 だが今、その剣を握っているのは、ようやく彼女の眼前まで踏み込んできた本当の敵――ネレスだった。

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