第16話 闇の主
星々の上に浮かぶ卓には、いつもより多くの神々が集っていた。
神々の祭典はすでに数日前から続いており、その中でもひときわ目を引く試練――バトルロワイヤルは、まさに佳境へ差しかかっていた。
「おお……あの若い神は見込みがあるな」
「新たな戦の神に決まったのは、もう確定か?」
「うむ。たった今、ゴッドスクリプトで確認した」
「度胸、狡猾さ、器、そして何より征服への渇きがある。ヘルクスが、自ら昇格する前にあの若者へ忠誠を誓わせたのは実に抜け目がない」
「しかも本人が守護まで誓っておる。あれでは、もう完全にあやつの派閥の一員だな」
無限の宇宙に映し出された光景の中では、アレンが数人の半神をたった一人で斬り伏せ、剣を鞘へ収めるところだった。
「付き従っていた女神も一緒に昇格したようだな……」
「あれは何だったかしら。戦場で散った優れた戦士たちの魂を集める下位神、だったかしら?」
「そうだ。もっとも、それが及ぶのは戦の神を信仰する定命の者たちだけだがな」
「うむ。真に魂を司る者が誰になるかは、まだ決まっておらぬ」
そう言って、この場では珍しくゾロヴァンが口を挟んだ。
その隣で、メヴィスは何も言わずに小さくうなずく。
「その点で言えば、ヘルクス――新たな太陽神にとって、あの二人をかっさらっていったのが本当に得策だったかは分からぬな」
ゾロヴァンの言葉どおり、アレンとヴィルキーは誰かを探していたようだった。だが結局、その相手を見つける前に時間切れとなり、身体は光に包まれて、戦場から姿を消していく。
「まあ……確かにそうかもしれんな」と、別の神が口を開く。
「だが、決着は早くついてほしいものだ。死の神候補の二人は、バトルロワイヤルであまりにも暴れすぎておる……」
「本当にね」と、今度は女神がため息まじりに言った。
「紅蓮の災禍に至っては、他の二人の戦の神候補を同時に始末してしまったもの」
「とはいえ、私個人の意見では、若きアレンが最終的にはその座を勝ち取っていたと思うがな」と、また別の神が言う。
「それに、もう一方の候補ときたら……」
ゾロヴァンは長いひげを撫でながら、深いため息を落とした。
「リリエンよ。エリュンデアは、実に苛烈な強敵ぞろいじゃ……」
映し出される光景はすでに切り替わっていた。
そこにあったのは、半神たちの複数の派閥が、鋼と骨の濁流と激突している光景だった。
◇ ◇ ◇
「気をつけろ!」
「いやだぁぁっ!」
ガキン。
どすっ。
「数が多すぎる! 退くぞ!」
ガキン。
ギィン。
ギィン、ガキン。
「ぐあああっ!」
「背後にも一隊だ……! 退路を断たれた!」
「そ、そんな……! ここで死ねるかよ! 俺は未来の風の神になるんだぞ!」
ひゅっ。
ずぶっ。
「ぎゃあああああっ!」
「ペルクス、逃げるぞ!」
死の海のただ中に、まだかろうじて残っていた半神たちの小さな集団。その中で、一人の男が仲間の肩をつかみ、必死に連れ出そうとしていた。
「イオナス……生きてたのか」
疲れ切った声で答えた相手は、半ば諦めたように笑う。
「どこへ逃げるってんだ。もう終わりだ……」
ガキン。
「ぐっ……」
すぐ脇にいた半神が一人、骸骨兵の突撃を受けて倒れた。だがイオナスは、そんなことには目もくれない。
「そんなこと言うな、ペルクス! まだ抜け出せる! 俺たちは今までも、ずっとそうやって生き延びてきただろ!」
叫びながら、なおも相手の腕を引っ張る。
「逃げてどうする! こんな屈辱を抱えたまま生き延びて、何になるってんだ!?」
ペルクスはそう怒鳴り返しながら、二体の骸骨兵を相手に剣を振るっていた。
「戻ってくるんだよ!」と、イオナスが叫ぶ。
「もっと仲間を集めて、闇の主を倒す! そうすれば、俺たちは神になれる!」
ガキン、ギィン。
また一人、近くにいた半神が討ち倒された。
「もう戻ってきただろうが!」と、今度はペルクスが叫ぶ。
「最初に闇の主が俺たちを逃がしたのは、警告だったんだ!」
「だ、だが今回は……もっと……もっと仲間を――」
そこでイオナスの目が見開かれた。
「ど、どこだ、あいつは!? そのために連れてきたのに、消えやがっ――」
ざんっ。
最後まで言い切る前に、剣閃が落ちた。
イオナスの首が飛ぶ。
「イオナス……! くそっ、紅蓮の災禍め……!」
どすっ。
「ああああっ……!」
ペルクスの絶叫は、背中を貫いた錆びた槍によって途中で断ち切られた。
◇ ◇ ◇
山頂から、ネレスはその地獄絵図をうんざりした顔で見下ろしていた。
だが、それももう終わりだった。
『闇の主』を討つのだと息巻いて押し寄せてきた半神の群れも、ついに最後の二人を残すだけとなり、今しがたその二人も倒れたところだった。
「あー……今ので最後の二人か……」
ネレスは一応、手を合わせた。
祈っているわけではない。ただ、誰に祈ればいいのかも分からなかっただけだ。
「なんでこうなったんだよ……」
疲れたようにため息をつきながら、彼は禍々しい軍勢を地の底へ沈めるように消し去った。
「俺はただ、洞窟で寝て暮らしたいだけなんだけど……そんなに難しいことか? まあ、洞窟って部分を除けば、たぶん大半のやつが望む理想の生活そのものなんだろうけどさ……」
それなのに、骸骨たちはひっきりなしに、まだ昇格できず焦った半神どもの接近を伝えてくる。
どこから聞きつけたのか、誰もが『闇の主』なる存在の噂を耳にし、骸骨兵の軍勢に挑めば己の価値を示せるとでも思っているらしかった。
「やっぱり、骸骨を周囲の警戒に使ってるのがまずいのか? だからこんなに見つかりやすいのか?」
ネレスは腰かけていた倒木から立ち上がり、前日に見つけた洞窟へ向かって歩き出した。
「しかも、逃がしたら逃がしたで増援を連れて戻ってくるし……なんでみんな、わざわざ骸骨の壁に突っ込んでこようとするんだよ!?」
山を下りるのは、思ったほど大変ではなかった。
半神でもないくせに、今の身体はもう普通の人間とは思えないほど軽く、速く、そしてしなやかに動けたからだ。
あの時、ヘルクスの蹴りで死なずに済んだのも、そのおかげだったのだろう。
「こんな厄介ごとばっかり増えて、俺に何の得があるんだよ……。熟練度が最大まで上がったスキル――骸骨兵みたいなやつじゃ、新しいスキルを開くための何かも入ってこないし……」
山のふもとまで下り、森の中の小さな空き地を横切った時だった。
ぞくりと、背筋を冷たいものが走る。
あの夜のことを思い出したからだ。
「うげっ……空き地って、どうしてこう運が悪いんだ……?」
そう言い終える前に、影の中から一つの人影が現れ、彼の前に立ちはだかった。
エンピリアン・ピークスの広場で最初に自分へ飛びかかってきた、あの血のように赤いツインテールの少女だ。
オレンジ色の瞳は火花でも散らしそうにきらめいていて、その視線に射抜かれたものすべてを燃やし尽くしそうだった。
「チッ。やっぱり、あたしがまだ昇格できないのは、お前のせいだったか」




