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第15話 月夜の邂逅

【魂の番人】

【熟練度E】

【魂を縛り、死の番人として仕えさせる】


 ネレスは、たった今選んだばかりのスキルをホログラム画面の上でしばらく眺めていたが、やがて深く息を吐いた。


「なるほどな。ゴッドスクリプトが選ぶ時に説明を出してこない理由が分かった。どれもこんな調子なら、見せられたところで結局何するスキルか分からねえ……死の番人? 何だよそれ。そんなもん、俺に何の得があるんだ?」


 行き場もなく漂っていた形と記号は、いつの間にか大鎌を手にしたフード姿の人影を作り上げていた。


「死神かよ。正気でそんなもんと関わりたい奴がいるか……このスキルはしばらく引き出しの奥だな……」


 ネレスはゴッドスクリプトの別タブへ戻った。そこには、別のスキルの情報が表示されている。


【死の手触れ】

【熟練度D】

【不死すらただの状態に過ぎない。こと弱り傷ついた者であればなおさらだ。時の来た者に印を刻め】


「骸骨兵の時と同じで、熟練度が上がると説明文も変わるのか。しかもわざわざ不死者のことに触れてるってことは、まだ神そのものじゃなくて、半神とかその辺を想定してるんだろうな……」


 ネレスの視線は、ヘルクスが去っていった方角の青空へとさまよった。


「別に、こんなスキルを進んで使いたいわけじゃねえけど……いざって時の保険と思えば、なくはないか……」


 ネレスはしばらく森の中を当てもなく歩いていた。幸い、まだ誰とも遭遇していない。


「けど真面目な話、これからどうする? 知らない奴らと戦い続けるのか? 何のために? 俺はもう輪廻から逃げたはずなんだ。最後の人生くらい、静かに暮らしてもいいだろ……」


 気づけば小さな沢に出ていたので、喉を潤し、朝食抜きの胃袋をごまかすためにも少し水を飲んだ。


「……いや、神に選ばれなかったら、また無理やり銀の海に戻されるかもしれないのか」


 不安はちっとも薄れず、ネレスは近くの岩に腰を下ろして考え込んだ。


「そもそも神になるなんて、穏やかな暮らしの真逆だろ……。いや、その前に、本当に輪廻から逃げ切れたのかも分からねえし……そう考えると、不死そのものが別の選択肢になるのか……」


 そのまま後ろへ倒れ込み、開いた死の書を顔の上に乗せる。


「それって結局、別の形の永遠の罰じゃねえか……んぐ……うぐ……があっ!」


 ネレスは勢いよく起き上がり、その拍子に膝の上へ死の書を落とした。


「もういい! 最初に決めた通り、隠遁する神になってやる! それで終わりだ!」


 勢いよく立ち上がったものの、すぐにまた肩を落とした。


「……でもそのためには、結局まだ戦わなきゃいけないのか? 正確には、知らない奴らに骸骨を投げつけるだけだけど……」


 ネレスは再び顔を上げた。木々の梢の合間から見える空は、すでに夕暮れの色へと傾きつつある。


「寝てる間は骸骨に見張らせれば、沢の近くで野営してもそこまで問題はないか……いや、でも骸骨と一緒に寝るのは嫌なんだよな……」


 骸骨兵を使うことにまだ若干の抵抗を覚えつつも、ネレスは二体だけ呼び出して獲物を探しに行かせた。


 過去世の一つでは狩人をしていた記憶もあるので、自分でやろうと思えばできた。だが、死者の弓にはなるべく触りたくなかった。


 すると意外にも、ほどなくして二体は一羽の兎を抱えて戻ってきた。結局、捌くのは自分でやることにした。


◇ ◇ ◇


「アレンが、バトルロワイヤルの範囲から魔物は掃除されたって言ってた気がするけど……少なくとも動物は地球のやつと大差ないんだな」


 ネレスは焼いた兎の脚にかぶりつきながら、そう呟いた。


「うっ……塩が欲しい。ていうか、一度塩水に浸けてから焼きたかったな。ちょっと野っぽい味が強すぎる……」


 すっかり夜になっていた。


 結局、沢のすぐそばで寝るのはやめて、少し離れた場所に野営地を作った。動く骸骨に囲まれて眠るのは、どうしても気が進まなかったからだ。


 もっとも、兎を焼いている間は骸骨兵を使って周囲を見張らせていた。だが、今はもう火も骸骨も消してある。


 木々の隙間から差し込む月光だけが、あたりを淡く照らしていた。少し離れた場所には小さな空き地があり、そこは葉を集めて作った簡易の寝床より、よほど月がよく見えた。


「……ん? もう眠くなって幻でも見えてるのか? 空き地の真ん中に人影が立ってるように見えるんだが……」


 目をこすってみたが、人影は消えなかった。どころか、武器を持っていないと示すように両手まで上げてみせる。


「うわ……ただでさえ面倒なのに……」


 ネレスは立ち上がり、片手で死の書をしっかり握ったまま、その人影へ近づいていった。


 今夜の月は、黄色味を帯びた白に近い光を放っている。その色は、空き地で待つ少女の髪とよく似ていた。


 彼女の瞳は、ネレスの髪の銀とはまた違う、もっと鮮やかで生きた銀色をしていて、そこには好奇心と面白がるような光が浮かんでいた。


「悪いけど、今は面倒ごとに付き合う気分じゃないんだ」

 ネレスは彼女の前で立ち止まる。

「大人しく引き下がってくれるなら、兎の肉くらい分けてやるぞ」


「ふふっ……兎の肉?」


「ああ。一切れだけな。朝飯の分は残さないと困る」


 少女は吹き出しそうになるのをどうにかこらえ、それでも笑いを含んだ声で答えた。


「いいえ、安心して。食べ物を奪いに来たわけでも、喧嘩を売りに来たわけでもないの。私の名はセレネ。星辰結社の使いとして来たわ」


「星辰……結社……?」


 嫌な記憶を刺激するには十分すぎる名前だった。しかも、ついさっきの出来事である。


「どうやら私の一族の者が、あなたに無礼を働いたみたいね。あの鈍感男、自分が何をしてるのか本当に分かってないのよ……」

 セレネは額に手を当ててため息をついた。

「だからこそ、あれ以上余計な被害を出さないために、私が一緒に来たの」


 ネレスの顔には、話が一つも呑み込めていないことがはっきり出ていた。


「無礼って……何の話だ? そもそも今ってバトルロワイヤルの真っ最中だろ? 正直、礼儀どうこうより、お前がまだ俺を攻撃してこない方がよっぽど不思議なんだけど」


「戦う相手は選ぶべきだもの」

 セレネは薄く笑った。


「なるほどな……」


「だからこそ、ヘルクスがあなたの仲間を攫ったことへの埋め合わせとしては、私があなたの派閥に加わるのが一番でしょうね。ネレジエル」


「……」


「……」


「いや、いらない。あいつらをちゃんと扱ってくれてるなら、それで十分だ」


「……」


「……」


「残念だけど、もう遅いわ。私はすでにディバイン・オーダーの前で忠誠を誓ってきたもの。あなたのゴッドスクリプトで確認できるはずよ」


 ネレスは慌ててホログラムを開き、目当ての表示を探した。


【名もなき派閥の長】

【メンバー:ネレジエル/セレネ】


「何で俺の意思と関係なくこんなことになってるんだよ!? 認めるかこんなの! 弁護士を呼べ!」


「ふふっ……大丈夫よ、ネレジエル。別に何かを強制されるわけじゃないわ」


 頭を抱えていたネレスは、元凶を睨みつけた。


「そもそもだな、お前の親は知らない人についていくなって教えなかったのか? いや、お前はその上を行ってるな。いきなり忠誠まで誓うとか何なんだよ!」


「忠誠って言っても、奴隷契約みたいなものじゃないわ」

 セレネは笑いをこらえながら言った。

「私があなたに敵対できなくなる、それだけ。信頼を得るための、私なりのやり方って思ってちょうだい」


「むしろ逆効果な気しかしないんだけどな……」


「もしあなたが私に命令したいなら、今度はあなた自身も誓いを立てて、正式にその関係を結ぶ必要があるわ」


「俺が誓うことなんて、洞窟に引きこもって二度と外に出ないってくらいだぞ」

 ネレスは眉をひそめた。

「ていうか、何でそこまで俺に興味を持つんだ? お前がヘルクスじゃなくて俺につくことで、お前の一族に何の得がある? 話が全部おかしいだろ」


「あなたの仲間、光の力を持つ一族だったでしょう?」

 セレネは不思議な笑みを浮かべ、ネレスのまわりをゆっくり歩きながら言った。

「私も、その手の力にはそれなりに通じてるの。見えるものがあるのよ、他の者には見えないものがね」


「あっちの同族は、その光とやらに詳しいくせに俺を躊躇なく消そうとしてたぞ」


「もちろん例外もいるわ。ヘルクスみたいに、自分の光が強すぎて、自分自身を見失ってる手合いもね」


「で、結局お前らは何を見て、こうも寄ってくるんだ? 分かるなら教えてくれよ。海の底にでも沈めてくるから。プラスチックじゃないならだけど」


「ふふっ……逆よ。光をもってしても見えないものだからこそ、興味深いの」


「……」


「ところで、そのプラスチックって何かしら?」


「……何でもない」

 ネレスは肩を落とした。

「あと、ネレジエルじゃなくてネレスって呼んでくれ。あの名前で呼ばれると寒気がする」


 セレネはようやくネレスの前で足を止めた。両手を後ろで組み、無防備に背を向けてみせる。


 ネレスを信用しているのか、それとも自分の力に自信があるのか。その両方かもしれなかった。


「でも安心して、ネレス。私はあなたにまとわりつくつもりはないわ。私には私でやることがあるし、管理すべき領域もあるもの」


「領域?」


「見えないの? あなたのゴッドスクリプトで」


 ネレスはセレネに視線を向けたまま、今度は彼女へ意識を合わせてゴッドスクリプトを開いた。


 大量の情報の中でも、ひときわ目立つ二つの肩書きがあった。


【月の女神】

【上位神】


「正直、ヘルクスには悪いけど……私、拍子抜けするくらいあっさり選ばれちゃったのよね」


 そこまで聞いて、ネレスの中で一つ腑に落ちるものがあった。


 長く生きてきた勘が告げている。彼女はただ謝罪に来たわけではない。


「お前……もしかして、自分の一族のしがらみから逃げるための口実に、俺を使ってるんじゃないだろうな?」


 セレネは振り返り、月光を浴びたまま微笑んだ。


「それって、そんなに不公平な取引かしら?」


「どこがだよ。俺は何も得してないぞ。公平も何もないだろ」


「何も得してない?」

 セレネはおかしそうに笑った。

「一人、敵が減ったでしょう? あなた、平穏と静けさが欲しいんじゃなかったの?」


「いや、今この瞬間、敵が一気に増えた気しかしないんだが……」


「それにね、あなたが思ってるのと逆で、問題に巻き込まれない神ほど穏やかに生きられるわけじゃないの。大きな派閥を持ってる神の方が、ずっと平穏に暮らせるのよ」


「それには全力で反論したい」


「残念ね。せっかく少しくらいは話せると思ったのに……」


 その時、セレネの身体がふいに淡く輝き始めた。


「頼むから、灯台みたいに光って余計な厄介ごとを呼ぶのはやめてくれないか」


「ふふっ……大丈夫よ。もう行くから。でも、きっとまた会うわ」


「手紙じゃ駄目なのか? 忠誠を取り消しましたって一枚くれるだけでいいんだけど」


「私の忠誠はタダじゃないわ。あなたには大きな期待をしてるの」


 セレネは微笑んだ。強まる光のせいで、もうその表情もほとんど見えない。


「まずは、私が取り逃がした小さな邪魔者を片づけて、死の理へのあなたの権威を確かなものにするといいわ」


 その言葉と同時に、輝きは一本の光柱となってはじけ、月の新たな女神ごと消え去った。


 ……


「頼んでもないものの代金を請求した挙げ句、後始末までさせる気かよ……! しかも誰のことを言ってるのかも分からない! どうしてあいつらの一族は、誰一人として俺の話を聞かないんだ!?」


 ……


 ネレスは、光柱が消えた空き地の一点を見つめた。


 ……


「しかもこれで、真夜中に野営地まで変えなきゃならなくなった……」


◇ ◇ ◇


 その頃、はるか遠く離れたエンピリアン・ピークスの宮殿の一つで、桜の花のような色の髪をした少女が、強い興味をもって試練の行方を見つめていた。


 その翠の瞳が捉えているのは、ある一つの出来事だけだ。


「やはり、夜の女王は闇の主の前に屈したのね……」


 生命の女神にしてゾロヴァンの孫、リリエンは静かに席を立ち、そのまま部屋を後にした。

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