Episode8 竜殺しとスパルタ教育
翌日からさっそく魔術の特訓が始まった。
山奥に進むと、ちょうどいい中腹を発見する。
草木は少しあるが、岩や砂利の方が多い。
「ここなんか魔術修練に良さそうですね。最悪、木に燃え移っても水魔術ですぐ消火できます」
俺は周囲に洋館がないか、目を見張らせた。
「この場所が不服ですか?」
「違う。洋館のことだよ」
「ああ、そうですね。うーん……」
ジーナは俺と同じように周辺を見回した。
この中腹を見つけるまでの散策では、洋館探しに進捗は無かった。
「帰りは別ルートから下山して探しましょう」
「それって遭難したりしねえ?」
「旅の経験があるお母さんに任せてください」
ジーナはえっへんと胸を張った。
……やっぱりジーナってまだ若いな。
年齢を知らないが、ぱっと見、20代前半。
日本だったら女子大生くらいの歳だと思う。
しかしまぁ不安だ。道に迷ったら面倒臭いし。
どっちにしろ頼るしかねぇが……。
情けねえ。早く独り立ちしたい。
ジーナはその辺に落ちていた木の枝を拾って、適当に歩き回り、地面に丸印を4ヵ所つけた。
「では引き続き、炎魔術の修練です」
「……あのさぁ、俺ってもうかなりレベルの高い炎魔術が使えんだろ? だったら今更なにを練習すんだよ」
最初から準神級魔術をぶっ放してやった。
それなら炎属性に関してはマスターしたってことでいいんじゃねえのか。
「魔術修練には3つの過程があります。まずは魔力放出を覚え、次に魔力調節、最後に魔力操作です。この3つができて初めて魔術が使えると云います」
「よくわかんねえな」
「すぐに慣れますよ」
ジーナは地面につけた丸印を、木の枝でぽんぽんと叩いた。
「アンジーの場合、魔力放出は……まぁ、文句なしです。あとは、それをどう制御するかが鍵ですね。というわけで、ここに焚火程度の大きさの炎を出現させてみてください」
あー、なるほど。
狙い通りの場所に出せなきゃ意味ねぇってか。
剛速球を投げるピッチャーでもノーコンだったら使い物にならねぇものな。
面白い。やってやろうじゃん。
やっぱり勉強より実践のが性に合ってるぜ。
ジーナが丸印から離れた。
俺はそこを睨んで、力を込めた。
腕を突き出し、炎が熾る様子を想像する。
赤い魔力が体中から霧のような漂い始めた。
「そこだ!」
俺は掛け声一つ、丸印の上に炎を出した。
――つもりだった。
炎が発生したのは丸印よりもかなり先の一本の木の幹だった。しかも焚火程度のつもりが、キャンプファイアの高さまで火柱が打ち上がった。
「うおお!?」
「はぁ……。予想通りですね。
――水流の陣!」
ジーナがすぐ木に大量の水魔術を流し込んだ。
すぐ鎮火して山火事にならずに済んだ。
「ちくしょう!」
「初めてにしては筋が良いですよ。魔力調節も不十分とはいえ意識できてます」
「まさか、ずっとこれを続けるってか?」
「そうです。当たり前じゃないですか」
「ええ!? 他の属性の魔術は? ジーナさんみたいに水を出したりするのは?」
ジーナは両手を腰につけ、短く息を吐いた。
呆れ顔でこっちを見下ろしている。
「アンジーの適性は炎です。練習すれば他の属性も使えるとは思いますが、魔力操作を熟せるまでは適性ある属性で練習するのが基本ですからね」
「マジかよ……」
「ま、息抜きで他の属性も教えてもいいです。とにかく今はどんどん魔力を消費しましょう。3000を超える体内の魔力が勿体ないので」
ジーナは魔術のことになるとヤバい。
ガチすぎる。
娘想いでも教育方針はスパルタ教育なんだ。
しっかし、逃げ出そうにも1人だと遭難必至だ。
山道なんか覚えてねえし……。
これって洋館探しをエサに修練から逃げ出せない環境に連れてこられたようなもんじゃねーか。
○
それから数時間、俺はひたすら炎を焚火サイズに抑えて、地面の上の丸印に出現させる練習を延々と繰り返した。
1日では掠りもせず、その日は終わった。
すげぇ疲れた。
帰りは別ルートで下山したが、洋館は見つからない。
次の日も同じ修練をした。
洋館は見つからない。おまけに服が焼け焦げた。
次の日は服が足りなくてスカートを履かされかけたが、断固拒否した。
ジーナは「もう代えの服が少ない」と言った。
そういえば、最近ずっと曇り続きで、洗濯した服の乾きも遅く、着回しが追いついてない。
魔法で風を起こして乾かすとかできないのか尋ねたが、どうやら風属性は人間で使える者は少なく、レアな魔術らしい。
そういえば、最近の天気はずっと曇り空だ。
さすがに異常じゃねえ?
村人はなんも疑問に思ってねーのか。
次の日も、次の日も。
修練は惜しいところまで出来ても、どうしても炎が丸印からはみ出したところで発火する。
「ふむ……。発想を変えてみますか」
「ハァ、ハァ」
連日続く魔力消費で、俺もすぐ息切れするようになった。
膝に手をついて忌々しい丸印を睨む。
全然、輪の中に入らない。
大した距離じゃないが、段々とこの山を登るのにも嫌気が差してきた。
「発想を変えるだぁ?」
「もう一度、魔力放出からやり直すのです」
「えぇ!? そっちは問題ねえって言っただろ」
「考えてみれば、そこが問題だったのかもしれません」
ジーナ曰く、魔力は本来、最初から大放出できるものじゃないため、魔術修練の初歩では十分に魔力放出ができるようになってから魔力調節、魔力操作の練習に移るものらしい。
ガスコンロのつまみを最大に捻って点火させてから火力を絞るようなもんだ。
だが、俺の場合、最大魔力が桁違いすぎて、それを基準に調節することになる。だから並の魔術師より魔力調節が難しいかもしれないらしい。
初心に戻り、指先でマッチ1本程度の火を出す練習に戻そうということだ。
「チッ、わかったよ……」
こうなりゃ意地でも成し遂げてやる。
途中で投げ出すなんてカッコ悪いし。
○
ジーナからは自分が見てるところ以外では魔術修練はしないように、と忠告を受けていた。
だが、わざわざ山で練習してたらキリがない。
そこで目をつけたのは早朝の時間だ。
早朝だったらひっそりと練習できる。
未だに毎朝クソ蛙どもの合唱は続いている。
俺はそれで目を覚ますが、最近はガマ公を相手にするのも馬鹿馬鹿しくて放置していた。
今回はそれを利用させてもらうことにする。
クソ蛙の大合唱で目を覚ました。
隣のジーナが熟睡しているのを確認。
そして、そっと家を抜け出した。
「ゲコゲコぉ? ゲコっ! グゲゲェ!」
クソ蛙は俺を見るや否や半狂乱で出迎えた。
――訂正、襲いかかってきた。
「ゲコォ! ゲコォ!」
「うっせぇぞ、クソ蛙どもっ!」
「ゲ……コ……?」
一喝すると蛙の大群は脚を止めた。
ショックを受けたように硬直するクソ蛙。
「俺はこれから特訓だ。邪魔すんじゃねえ」
硬直した蛙をしり目に湖畔へ向かった。
魔術をミスって火柱を上げても湖の近くなら大火事にはならないはずだ。
岸辺の砂利に仁王立ちし、湖に手を翳した。
蛙どもも心配そうに俺を見守っている。
てか、俺の言ってることわかるのかよ?
まぁいいや。あいつらは無視だ無視。
「マッチだ。マッチをイメージしろ」
今まで魔術を発動するときに「いきむか、叫ぶかすれば」というジーナの言葉を参考にしてた。
だが、力み過ぎると最大火力になっちまう。
「ファイア!」
そう叫ぶと特大の炎が湖面で発生した。
……ほらな。
一方で念じ続けるだけじゃ、魔術はいつまでも発動しない。魔術発動のスイッチが必要なんだ。
ということは、
「ふー……」
精神を集中する。必要なのは引き金だ。
叫び声じゃなくて、単純に"魔術を放つぞ"って合図を体に覚えさせればいい。
喧嘩の前だって拳をバキバキ鳴らせば自然と心構えができたってもんだ。
「マッチ棒みてえなカスい火だからな。箱に擦って着火させるイメージでいくか」
手先でそれを再現するのはどうだ?
例えば……そう、指パッチンだ。
親指をマッチ棒に見立てて、中指がヤスリ。
擦り合わせて摩擦で発火ってイメージだ。
――パチン。想像を実践してみる。
親指の先から、ほんの小さな火が灯った。
あっけなく成功した。
「え、マジで!? やった。できたぞ!」
嬉しさのあまりに飛び跳ねると、後ろで見守ってた蛙どももビョンビョン跳ね出し、地震のような振動が起きた。
「やめろっ! ジーナさんが起きるだろ!」
忠告すると蛙どもは大人しくなった。
なんだよ。悲しそうな顔すんじゃねーよ。
お前らの仲間じゃねぇぞ俺は……。
「はぁ、これでやっと一歩前進か」
何日もかけて、やっとだ。
魔力が多いって持て囃されてこのザマだ。
なんだか悔しいぜ。
そうだ。ジーナに悪いが、どうせなら早朝の特訓で出来ることはやっちまおう。
コツを掴めば早いもんだった。
試しに湖岸に丸印をつけ、火を熾してみた。
簡単に丸印の中に炎を納めることができた。
そして火力調節もだ。
マッチ棒サイズ、焚火サイズ、さらにはキャンプファイアの火力まで調節できるようになった。
ほんの小一時間程度でこの急成長。
指パッチンを引き金にして正解だった。
このやり方は体によく馴染む。
「今日は修練をお休みにします?」
朝飯の時間、ジーナが俺の顔を覗き込んだ。
淡い緑色の瞳が心配するように見ている。
疲れてるように見えたのか。
「ジーナさん、実はな……」
「疲れてるんですよね?」
「いや、こいつを見てくれ」
「なんですか?」
左手で指パッチンの構えをして、パチンと指を鳴らした。
そして親指に灯る小さな火。
「それは……!」
すぐ手を握って火を消し、次にまた指を鳴らして人差し指で火を灯してみせた。
どの指でも出せるぞってアピールだ。
格好つけて口でふっと吹き、火を消した。
「へっ、どうだ。俺が本気だせばこの通りよ」
「それ、お父さんと同じ……」
「あぁん、親父?」
ジーナは予想していた反応とは別の意味で驚いていた。
「その指鳴らしはどこで覚えたのですか?」
「自分で編み出しただけだぜ」
「そ、そうですか。血は抗えないですね」
「親父もこんな風にやってたのか?」
聞き返しても返事がない。
茫然としながらジーナはパンを齧っている。
なんだか気まずい雰囲気だ。
ジーナは親父の話になるとしおらしくなる。
教会では涙を流したほどだ。
こんな美人を泣かせるなんて罪な男だな。
トーストにおかずを全部乗っけて丸め、一気に口へ詰め込んだ。
「ごちそうさん!」
椅子から飛び降りて庭へ向かった。
こういうときは放置がいい。
変に昔話をほじくり返すのは野暮だ。
思い出に耽ってる人間に茶々入れるのも意地汚ェ奴のやることだ。
「あ、待ってください、アンジー」
「ん?」
思いの外、ジーナの復活は早かった。
外に飛び出す直前で止められた。
「もうすぐアンジーの誕生日ですね?」
「へえ、そうなのか」
「はい。それで村の人や神父さんを呼んで、お誕生日パーティーをやりたいと思うのですが、どうでしょう?」
お誕生日ぱーてぃー?
そんな風習がこの世界にもあるのか。
前世じゃ、親にすら祝われたことねえ。
ミラにはよく贈り物もらってたが。
「そんな気分じゃねーな……」
ミラの所在も分からないのに呑気にパーティー開いてる気分じゃねえよ。
「気持ちはわかります。でも今までのミラさん捜索で、聞き込みが足りなかったと思いませんか?」
「聞き込み?」
「パーティーで洋館の情報を聞いて回るのです」
「はぁ……」
「もちろん、アンジーのお祝いがメインですよ? でも息抜きと情報収集もついでにどうかなと思いまして」
ジーナは強かな女だ。頭も回る。
俺は首をこくりと縦に頷いた。
「あ、当日の衣装はフリフリの可愛いもので――」
「ぜってー嫌だ!」




