Episode7 竜殺しとおっさん
教会の神父、オージアスに捕まった。
滅茶苦茶に抵抗してみたが、ブヨブヨの腹をしてるわりに二の腕は太く、腕っぷしも強いのか、全く俺を解放する様子がない。
観念してそのまま運ばれた。
あの息苦しい教会に戻ると、ジーナの座る長椅子の前で降ろされた。
「おかえりなさい。外は楽しかったですか?」
「あぁ……って今はそれどころじゃねえ!」
ジーナの袖を乱暴に引っ張る。
その間に教会正面の扉が開き、リノがこっそり入ってくるのが見えた。リノはオージアスの後ろに回り、俺が慌てる様子を観察している。
「どうしたのです?」
「この辺りで奴隷商はいねーか?」
今、どこかでミラが監禁されている。
前世では俺がミラを死なせたも同然だ。
何の罪もないのに、生まれ変わっても不遇な目にあってたら居たたまれねえ。
早く助けてやらなきゃ。
「奴隷商? ふっ、あはははっ」
「なに笑ってんだよっ!」
「ふふ、奴隷商なんていませんよ」
「いない? じゃあ近くで奴隷市をやってるとこまで俺を案内してくれ」
「だから少なくともこの国に奴隷なんていません。変な夢でも見たんですか?」
「えぇ……?」
それを聞いて少し冷静になった。
ミラが奴隷にされたって話は俺の妄想だ。
王様や貴族もいるっていうから、奴隷になる奴もいると勘違いしていた。
隣国含め、このガルマニード公国では奴隷制は廃止されているらしい。俗に云う、召使いや使用人はいるようだが、あくまで仕事の一端だとか。
「そ、そうだったのか」
「落ち着きました?」
「あぁ、ちょっと頭に血が昇ってたぜ」
教会の静かな雰囲気が舞い戻ってきた。
なんだか急に恥ずかしくなってくる。
「はっはっは、威勢の良いお嬢さんだ。ジーナが憑き物を疑っても仕方あるまい」
「あぁん?」
空気を和らげるように神父が話しかけた。
「オージアスさん、今日は突然すみません。この子なんです……」
「見た所、邪神や魔物が憑りついた可能性はない」
「それは安心です。……でも魔術修練を始めたら、初めての炎魔法なのに無詠唱で凄まじい魔力を放出したんです」
ジーナは庭で起きた出来事を説明し始めた。
俺はミラが気になって大半は聞いてなかった。
奴隷でなくても、悪い奴に捕まってたら関係ねぇし……。
監禁されてるなら余計に探しにくい。
手紙から感じる物々しさは妄想じゃないだろ。
「――それで、マナグラムでは魔力も桁違いで」
「いくつを示したのだ?」
「3000を超えました」
「さ、3000……冠位級に匹敵する数値だ」
「はい。やはりどこか変ですよね?」
「うーん、最近は無詠唱術者、通称アリア・フリーと呼ばれる子どもが増えているそうだ。最新型のマナグラムで明らかになったことだが――」
ジーナとオージアスが話し込んでいる。
瓶詰めの手紙のことを伝えるべきか?
でも俺が日本語を読める理由も説明しなきゃいけない。
ジーナには前世の記憶があるって話はしてるから受け入れてくれるだろ。でも初対面の、この胡散臭い神父に打ち明けるのは気が引ける。
「アンジー、だいじょうぶ?」
リノが近づいて声をかけてきた。
さっきは遊んでる途中で飛び出したからな……。
「さっきは悪かったな」
「ううん、それより手紙は――」
「手紙のことはオージアスには話すなよ」
「え……オジーさんは良い人だよ」
「いや」
ちらりと後ろを振り返り、ジーナと難しい話を続けるオージアスの横顔を見やる。外面は良くても、なんか、きな臭ェんだよな。
非行を繰り返した不良の勘って奴だ。
金と権力に溺れた人間の顔してやがるぜ。
リノに肩組みして教会の端へ連れていく。
そして小声で耳元に話しかけた。
リノは顔を真っ赤にして目が泳いでる。
「お前、あのおっさんと暮らしてんだろ?」
「う、うん……」
「いつから?」
「わからないよ。わたしはパパもママもいないし、オジーさんが親代わりだって」
チッ、親代わりか。
だったら疑いを煽ぐのは良い話じゃねえ。
リノは幼稚園児くらいの歳で不眠症だっていうし、これ以上病みそうな話があったら可哀想だ。
俺より背が低いのも不眠が原因だろ、絶対。
「オージアスはここらの山に詳しいのか?」
「よく山菜取りに行く。きっと詳しいよ」
「オーケー。その線で俺から聞いてみるわ」
「その線?」
踵を返して大人2人のもとに戻った。
大人の会話ってのは何故こうも長いんだか。
「ギルドへの報告はどうしましょう」
「まだ若すぎる。魔力制御もできない状態では性急だろう。連中の判断が非情なのはジーナもよく知ってるはずだ」
「でも教会本部に探知されたらアンジーが――」
「ああ、んんん、ゲフンゴッホン」
大袈裟に咳払いした。
ジーナとオージアスは慌てて振り返った。
「あのさ、神父さんに一つ聞きたいんだが」
「あ、ああ。私に答えられる事なら。なんだね」
「この辺の山に"洋館"があったりしねぇか」
「洋館? 大きな屋敷のことか。いや……この村は人口が少ないからな。わざわざ危険な山間の森に住む物好きはいない。私の知る限りでは」
「ジーナさんも知らねぇ?」
「え、ええ、知りません」
この場合、本当に知らないのか、知ってて嘘ついてんのか……?
「そっか。まぁいいや」
「洋館がどうかしたのですか?」
「なんでもねー。湖からそれっぽい建物を見た気がしてな」
「大きなお屋敷があったら村の人が気づくと思いますよ」
ジーナが俺に嘘をつくとも思えない。
本当に知らないんだろうな。
だが、オージアスはどうだろう。
じっと睨んでいたら目が合った。
「そうだ。お母さんから聞いたよ。魔力量が凄いそうだね。私にも数字を見せてくれないか?」
「はぁ? なんで俺が――」
「アンジー。見せてあげてください」
ジーナが冷たい口調で言った。
俺は渋々、右腕に巻かれたガラス盤を出した。
「本当だ。異常な魔力値だ」
なんか気持ち悪いな。
あえて女風に言うなら生理的な無理って感じ。
「ん? 竜殺し?」
「それも出てきたんです。特殊魔力の一種だと思うんですが、現存する竜はお一人だけなので、あまり意味はないですよね?」
「竜殺し、か」
オージアスは深く息を吐き、繰り返した。
なんだろう。
こいつの一挙一動すべて芝居がかってて胡散臭いが、今の言葉は特別、動揺していた。
クズを山ほど見てきた俺だから分かる。
オージアスは何か隠してやがる。
○
家への帰り道。
ジーナと二人、湖面沿いを歩いて帰った。
夕陽が傾いて水面に赤く反射してる。
俺は砂利から掘り起こした一際デカい石をひたすら家まで蹴り続けるという、不毛なことをしながら先を歩いた。
「アンジーは今日も変わらず、変でしたね」
「それは変とは言わねえ。俺にとっての普通だ」
「……なんだったんです? 奴隷商を探したり、洋館を探したり、突拍子もない。まぁそんなところも可愛いですが」
「俺を可愛いって言うなっ」
蹴り運んだ石を思いっきり蹴りつけた。
湖面を一回だけ跳ねて石は沈んだ。
「何かあるなら母が話を聞きますよ?」
「……」
ジーナは心配そうに俺を覗き込んでいる。
親を信じられなくなったら終わりだ。
それは前世でも嫌ってほど味わった。
せっかく生まれ変わったんだから新しい人生ではそうなりたくないって思う。
……いや、思ってる。
今でもそう思ってる。
「オージアスのおっさんには内緒だからな。あのエセ神父とどういう関係か知らねェが、喋ったらジーナさんとも口利かねえぞ」
「あら。それは一大事です」
ジーナはわざとらしくおどけて見せた。
でもすぐ優しい表情に戻る。
「約束は守りますよ。絶対に」
「……ん」
返事を聞き届け、すぐ手紙を渡した。
ミラが書いたかもしれないものだ。
「なんですか、これ? 記号の羅列?」
「それは手紙だ」
「手紙? これは文字なんですね」
「あんじ、やまのようかん、みら」
「そう書いてあるのですか?」
「そうだ。俺が前世で使ってた言葉だ」
ジーナの眉がぴくりと動いた。
「待ってください。アンジーは前世の記憶があると言ってましたが、もしかしてそれは別の世界のことなのですか」
「ああ、まぁな」
「そんな……」
そういえば言ってなかったか。
前世の記憶があるって言えば伝わると思ったが、確かに普通なら同じ世界で生きてきた人物が生まれ変わったと思うものか。
「じゃあ、アンジーは異世界の転生者?」
「異世界の転生者? なんか知ってんのか?」
「……転生者のことは一時、話題になりました。古代で歴史に名を残した魔術師の中にも同じ存在が居たのではないかと言われてます」
異世界の転生者か。俺以外にも居たんだな。
「まさか、膨大な魔力も転生の副産物……」
「魔力と転生に関係があるのか?」
「転生術の一つに『魂の魔力変換』があります。かなり高位な術ですが、魂を魔力に置き換えて別の生体へ移すので、成功した者は桁違いの魔力を宿して生まれてくるそうです」
なんだか分かんねぇが、理屈があるらしい。
あの魔女には聞かされなかった話だな。
「我が娘ながら異世界の存在や転生術の方法など、色々興味深い話ですが……」
ジーナは手紙に視線を移した。
そしてまた俺を見る。
魔術師としての好奇心と、母親としての約束の間で葛藤していた。
「約束は約束です。誰にも言いませんよ」
「さすがジーナさん、ありがとよ」
「でも少しずつ余所の世界のこと、教えてくださいね。それは母がアンジーをもっと知りたいと思ってのことです。言いふらす気はありません」
「……わかってるよ」
ジーナは満足したように手紙を返した。
「それで手紙の文字はどういう意味ですか?」
ジーナは自分の好奇心を捨て置き、俺の相談に乗ってくれるつもりのようだ。
手紙の内容について話した。
宛て名には、俺の名前が書かれてること。
「ヤマのヨウカン」が「山の洋館」を意味していると考えたこと。
署名に前世の幼馴染の名前があること。
「難しい言語ですね。"ヤマノヨウカン"が指し示す意味は一つだけなのですか?」
「多分、山の洋館で間違いねぇ」
「ふむ……」
ジーナは顎に手を当てて俯いた。
一つに束ねた栗色の毛が肩を撫でて零れ落ち、夕焼けで赤みが増していた。
「私もたまに山を歩きますが、洋館のような建物は見たことがないです。まぁ地元の人間じゃないので知らないだけかもしれませんけど……」
なら、村人に聞けば誰か知ってるだろうか。
ジーナは閃いたように手を合わせた。
「明日から私と山の散策を始めてみましょうか」
「いいのか!?」
「どちらにしろ、新しい魔術の修練場を探すつもりでした。庭で準神級魔術を何度も放たれたら、いつ家が火事になるか分かりませんからね」
「サンキュー!」
俺はジーナの子に生まれて幸せだ。
こんな丁寧に子供と接する親は意外と少ねぇ。
ミラは今頃どうしてるんだろう……。
俺と同じでまだ幼いのか?
リノみたいに親なしか?
やっぱり心配だ。
「それにしても何故、ミラという子はアンジーの存在に気づいたのでしょうね」
「ん? なんだって?」
「手紙って、届く相手がいるから書くものでは?」
「あ……」
ミラはどこかで俺を見かけたんだ。
こんな女の姿でも俺だって気づいたってことだよな……。




