Episode6 竜殺しと手紙
魔術修練は中断。
連れて来られたのは湖の対岸の教会だった。
教会があることは知ってたし、最初に悪魔憑きを疑われたときもジーナがここの神父を訪れたことは聞いてる。
「ジーナさん、どうしたんだよっ」
「ごめんください。ジーナです!」
ジーナは俺の声も無視して教会正面ではなく、脇に回って小さな扉を叩いた。
神父の居住スペースの戸口だ。
「オージアスさん、いませんか?」
神父の名は、オージアスというらしい。
ドンドンと乱暴に扉を叩き続ける。
俺と繋いだ手の力も徐々に強くなっていく。
しばらく戸を叩いていると中から鍵が開く音がして、ゆっくり誰か出てきた。
「…………」
俺と同じ背丈のガキが出迎えた。
黒い服を着ていた。シスター服みたいな。
ドンキ○ーテにこれ系のコスプレがよく売ってたなぁ。
黒髪で前髪がやけに長くて……。
っていうか、あのときのガキじゃねーか。
俺がひょっとこ野郎と戦った時、木陰から覗いてた奴だ。
「ぁ……」
「お前、あのときの!」
「ひっ……」
教会に住んでたのか。
近所じゃ見かけなかったわけだ。
ってことは、コイツは神父の娘か何かか?
「こんにちわ、リノちゃん」
「こんにちわ……」
黒髪のガキはリノというらしい。
「オージアスさん、いませんか?」
リノはふるふると首を振った。
「どこかに行ったのでしょうか?」
「オジーさん、山に行った」
「そっか。戻るまで教会にいてもいいですか?」
今度はこくりと縦に首を振った。
ジーナはお礼を言って離れ、教会の正面に回り、両開きの扉を開けた。
教会の中はちょっと埃っぽい。
中の長椅子もあまり使われてねぇって感じだ。
そのせいか分からないが……心なしか空気が重く圧しかかってくる感じがする。
「こんなとこ連れてきて、まさかまた俺を悪魔か何かと疑ってんのか?」
「そうじゃないですけど」
ジーナは気まずそうに目を泳がせた。
「アンジー。私はこれでも魔術ギルドで長年働いてました」
「聞いたよ。親父ともそこで出会ったんだろ」
「その私でも無詠唱で準神級魔術を放つ魔術師を、今まで見たことがないです」
ジーナ曰く、魔術には技ごとに等級が決められており、初級・中級・上級・準神級・神級の五段階の格があるそうだ。
神級はその名の通り、神に匹敵する魔術。
天変地異を引き起こすほど強大なもの。
準神級は、その一歩手前の魔術。
俺が打ち上げた特大の火柱は打ち所が悪ければ、地殻変動に繋がるかもしれず、準神級の威力に匹敵すると見たらしい。
「親父譲りの才能だろ? あんなに買い被っといて今更なにビビってんだ」
「確かに……。ですが私はちょっと怖いです」
「ええ?」
ジーナは目を伏せ、困り顔を浮かべた。
「おい勘弁してくれよ。俺はジーナさんを尊敬してるし、感謝もしてる。いきなりタマ取ったりしねーから安心してくれよっ」
俺は焦っていた。
まるでここでジーナに見放され、孤児院にでも預けられるような気がした。
「おや、なにか勘違いしてます?」
「だって、ワケも分からずこんな寂れた教会に連れてこられたら、そりゃあ……」
「ふふ、アンジーはやはり可愛いですね」
ジーナは俺の狼狽ぶりを見て笑っていた。
「なっ、俺を可愛いって言うな!」
「安心してください。私は我が子を手放すような親ではないです」
ジーナは教会の長椅子の一つに座り、俺の腕を手繰り寄せて膝上へと座らせた。
そのまま後ろから優しく抱きしめてきた。
「こんなに可愛い娘を手放すわけないじゃないですか。……違いますよ。怖いというのは、これからのアンジーの人生のことです」
「俺の人生?」
「アンジーはきっと普通の女の子ではないです。普通じゃないってことは、普通の子とは違う人生を歩むってことです」
確かに元不良ってのは普通じゃねえ。
竜殺しの力も、異常な魔力も、これからどれだけ面倒くせえ事に繋がるかもわからねぇ。
高校では色んな奴に目をつけられたもんだ。
ジーナはそれを憂いでくれてるのか。
「力が桁違いであればあるほど、周りの子と打ち解けられないこともあります。お母さんはそんなアンジーの将来が不安なのです」
「ヘッ、ご心配には及ばねぇ」
「そうですか?」
「おうよ。俺は一匹狼には慣れてっからな」
「一匹狼はダメですっ」
ジーナは眉間に皺を寄せた。
しばらく俺を叱責するように睨んでいた。
膝の上から顔を覗き込むと、目尻に一筋の涙が零れた。
「なんで泣いてんだよ」
「あっ……すみません」
気づいたようにジーナは慌てて拭った。
悲しくなって、というより、何か思い出して勝手に流れ出たって感じの涙だ。
証拠に鼻を啜ったりする様子はない。
ジーナは教会の隅に佇むリノに目配せした。
「少しリノちゃんと遊んできてください」
「……」
不服だったが、今のジーナは一人になりたがっているようだった。涙の理由は分からねえが、親の顔を立たせるために大人しく従ってやろう。
きっと、父親のことだろうな。
父親もアウトローだったのかもしれねぇ。
一匹狼って聞いた直後に泣き出したんだ。
それが死因と関係してるとか。邪推だが。
ジーナから離れ、リノのもとへ向かった。
リノは俺の接近に身構えている。
前髪長いし、服も黒いし、オドオドしてるし、クラスに1人いる根暗って感じ。
「おい、ちょっとツラ貸せや」
「え、う……うん」
「俺はアンジー。アンジー・シルトだ。お前の名前はリノだな。名字は?」
「……名字はないよ」
名字がない。
つまり親なしってことか?
神父の娘だと思ったが、孤児なのか。
「そうか。まぁいいや。俺と遊ぼうぜ」
「何して遊ぶの……?」
「何でもいい。喧嘩でもしてみるか?」
拳を構えてワンツーと素振りしてみせた。
「えぅっ!? 暴力はダメだよ」
「んじゃあ、木登りは?」
「木登りも怖い……」
「お前、何ならできるんだよ?」
「外にオジーさんのブランコあるよ」
ブランコとか幼稚園児かよ。
って俺も5歳児だったんだ。
「まぁいっか。それで遊ぼうぜ!」
「うん……!」
リノの肩に腕を回して連れ出した。
不良式の親愛の証ってやつだ。
リノは俺に触られた途端、ビクっとした。
本当にオドオドしたガキだ。
外に出る。木に吊られたブランコがあった。
よく見ると台座の木が脆くなっていた。
湿気の多い村で放置されてりゃ無理ないか。
ブランコには最初、リノを座らせて背中を押してやっていたが、押されるのが怖いというから選手交代して手本を見せてやることにした。
「いいか、ブランコはこう遊ぶんだよ!」
ブランコは立ち漕ぎじゃないと意味がねぇ。
地面と平行になるまで漕いでからタイミングを見極めてジャンプ。
んで、どこまで跳べたかの飛距離を競う。
それが鉄板の遊び方ってもんだぜ。
「っしゃあ、いくぜー!」
「立って乗ったら危ないよ……っ」
思いっきり足を屈伸して勢いをつけた。
高々と上がったブランコ。
俺は最後の屈伸を決め込み、ジャンプのタイミングを見極めた。
今だ、と思って跳び上がろうと力を込めた。
バキッ――不吉な音が鳴った。
「うおぁ!?」
腐りかけの木の板が真っ二つに割れた。
足場を失った俺は掴まっていたロープからも振り落とされ、尻から地面にダイブする。
「うわあああああ!」
「きゃああああっ」
リノの顔面に俺のヒップアタックが直撃。
そのまま2人して地面に倒れた。
「大丈夫か、リノ!?」
「う、うん……」
起き上がる。
幸い、どっちも無傷だ。
ちょうどリノの顔が俺の尻に挟まっていた。
俺が退くと、リノも鼻を押さえて起きた。
間近で目が合い、急にリノは真っ赤になって、あたふたし始めた。
「あっ、あ、あの、え、その」
「鼻血が出てるぞ」
「あっ……」
リノはシスター服を引っ張り、鼻血を拭った。
服が黒いから血は目立たない。
あんだけキョドってたのに血に怖くねぇのな。
「やっちまった。オージアスって神父には謝っとかなきゃマズいか」
「大丈夫。オジーさん、優しい」
「そうか? はー、それ聞いてほっとしたぜ」
「プッ、あっははは、あははは」
リノが突然、吹き出した。
「なんだよ。何がおかしい?」
「だって自分で無茶したくせに、後からそんなこと心配するんだって。おかしくて。ごめん」
「当然だろ? 馬鹿やるときはなぁ、全力でやるんだよ。後始末はそのときの俺に任せる」
「あははっ。なにそれ、動物みたい」
「動物で悪かったなっ」
慣れればリノも喋りやすい奴だった。
人見知りするタイプなんだな。
遊び道具を失った俺たちは木陰に座り、適当に土を掘ったり、草を毟ったりしながら、駄弁って暇を持て余した。
「そういえばさ、お前、あの怪物見ただろ?」
「アンジーがやっつけた蛇の怪物?」
「それだ。アレが何か知ってるか?」
「知らない。大きくて怖かった……」
リノは目を瞑り、膝を抱えた。
思い出して怖くなったようだ。
「この湖のヌシみてぇなのかな」
「うーん……」
「カイザートードも俺のことすぐ舐め回そうとするしよ。この辺の生き物は揃いも揃って変態ばっかだぜ」
「自然がいっぱいでいいよね」
確かにオズエッタ村は自然に恵まれてる。
そのせいか、人の数は少ねーが。
「そういや、お前、あの日なにしてたんだ」
「散歩だよ。わたし、朝早いから」
「朝が早いってだけでウチの庭まで?」
湖を眺める。
対岸の2階建てボロ屋が遠目に見えた。
子どもの足じゃ、遠すぎるだろ。
「あそこだぞ?」
「いつも遠くまで歩くの。眠れないから」
「へぇー?」
なんかこいつ、色々おかしくねえ?
ガキのくせに眠れないとかヤバくないか。
不眠症ってやつか。病んでるのな。
「あ、そうだ」
閃いたようにリノは突然立ち上がった。
教会の裏手へ回り、何かを取ってきた。
1本の小瓶だ。
「これ、あの日に湖で拾った」
「瓶? ……む、中に紙が入ってるぞ」
「見たけど、変な文字が書いてあるよ」
小瓶を受け取り、中に入った紙を抜き取った。
海ならまだ分かるが、湖でこんなもの流すなんて何の意味があるんだ。文通相手探しならオズエッタの村人しか釣れねぇぞ。
「どれどれ」
紙は2つ折りにされて瓶に収まっていた。
そこには1文だけ、こう書かれていた。
"アンジ ヤマノヨウカン ミラ"
「え、これ……」
「暗号だよね。わたしには読めない」
「あんじ、やまのようかん、みら」
「読めるの!?」
「まぁな」
これ、『カタカナ』で書かれてやがる。
何かの見間違いかと思った。
だが、俺の名前と、書いた奴の署名もあった。
「ミラだ……」
「ミラ?」
有銘ミラ。
俺が廃工場で死んだとき、不幸にも一緒に死んでしまった幼馴染。
その可能性はちょっと考えてた。
もしかしたら俺だけじゃなくて他の奴もこの世界に来てるんじゃないかって。
にしても、ミラの字はこんなだったか?
片仮名ってのも変だし、ロクにペンも持てない状態で書いたんじゃねーか?
まさかヤバイ奴に監禁されてるとか?
日本と違って、この国は身分制度があるのは新聞の情報でわかってる。
王様や貴族もいるんだ。
もしかしたら"奴隷"もいるのかもしれない。
俺は運良く、心優しい母親のもとに生まれたが、ミラもそうとは限らねぇ。
もしミラが不幸にも奴隷になってたら。
そして誰かに買われてたら……。
次から次へと悪い想像が膨らんでいく。
「呑気に遊んでる場合じゃねえっ!」
「アンジー!? 何処いくの!」
「わりぃが、今は一大事だ!」
俺は教会に向かって駆け出した。
こればかりはジーナの手を借りないとだ。
まずは奴隷商を探そう。
この辺で人身売買に詳しい商人を洗い出す。
そんで虱潰しに殴り込みにいって――。
「わぶっ!」
考えながら走ってたら、木陰から現れた誰かの腹にぶつかった。
見上げると、おっさんが俺を見下ろしていた。
白髪混じりの、老いを感じさせるおっさん。
腹の出たブヨブヨのだらしない体だ。
「見つけたぞ、お嬢さん」
「あぁん? なんだよテメェ……って」
もしかしてオージアスって神父か?
突然、服の襟を摘ままれて吊り上げられた。
「あっ、コラ、降ろせ、こんにゃろ!」
「暴れるな暴れるな。私はオージアス・スキルワード。あそこの教会の神父だよ」
「オージアス・スキルワード?」
おっさんはほうれい線が凄かった。
柔らかい表情だが、作り笑顔も良いとこで、胡散臭さをぷんぷん漂わせたエセ神父だった。
【登場人物】
オージアス・スキルワード : 教会神父。とにかく胡散臭い。




