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Episode5 竜殺しと火遊び


「あー、やっぱりここにいた」

「あぁ?」


 夕暮れが差し込む川の土手。

 その斜面に寝転んで空を仰ぐ不良がいた。

 泥だらけの黒い鞄を枕にしている。


「チッ……ミラかよ」

「私で悪い?」

「悪かねぇが、どうせ説教たれにきたんだろ」


 坂から望む川辺のグラウンドには野球少年たちが草野球しながら最終回で「あと1人! あと1人!」と2アウトをアピールしていた


 長閑な光景だった。

 佐我アンジはそんな平和な日常の声に耳を傾けながら心を落ち着かせようとしている。


 直前の担任教師の声を掻き消すために。


「今の俺は最悪な気分だ。放っとけ」

「岩田先生、入院だって。2学期はお休み」


 有銘(あるめ)ミラはアンジの傍で腰を下ろした。

 アンジにはミラの横顔が大人びて見えた。

 田舎の中学生が洒落込むにはまだ気が早く、髪をお下げにしているだけだが、それでもミラには大人顔負けの魅力がある。


「ケッ、ざまぁねぇな」

「こらっ」

「ぐほっ」


 肘鉄を腹に食らわされて咳き込んだ。

 アンジは腹を押さえて悶絶。ミラはそんなアンジを尻目に溜息をついた。


「ねぇ、なんであんなことしたの?」

「なんで? 岩田がクソ野郎だからだよ」

「……うん、聞いたよ」


 ミラはまた溜息をついた。

 幼馴染のアンジが何をしでかしたかは聞いた

 当然その経緯も含めて。



 中学2年に進級し、担任教師が変わった。

 岩田という教師はセクハラ教師というやつだ。

 女子生徒に無遠慮なことを言う最低のクズ。

 アンジも進級してすぐに女の子のような容姿を馬鹿にされ、「もう彼氏はいるのか?」「ナニはどう処理してんだ、ん?」などと気持ち悪いことばかり聞かれて次第にエスカレートしていった。


 今回、アンジが岩田を病院送りにしてやったのは、たとえ日頃の鬱憤を差し引いても到底我慢できないことを岩田が言ったからだ。


「新村さん、アンジに感謝してた」

「あ、そう」

「"佐我くんかっこいい。付き合って"だって」

「不良とつるんでも良いことねぇよ」

「それ、私にも言ってるの?」

「好きに受け取ってくれ」


 担任の岩田は女子によくちょっかいを出した。

 ホームルームの時間、女子生徒の新村は課題を忘れてきた程度で、鞄の整理整頓がなってないと岩田に怒られた。


 抜き打ち検査と言われ、鞄の中身をぶちまけられたのだ。


 その時、女の子の日に必要な物が出てきた。

 たまたまタイミングが悪かったのだろう。

 それを見た岩田は「貧血でぼーっとしていたのか、そうかそうか」とイヤらしい顔を浮かべて新村を笑った。


 新村も泣き出した。

 アンジは我慢できず、その場で机を蹴り上げて立ち上がり、岩田の胸倉を掴んで黒板に顔面を叩きつけてやったのだ。


 仕舞いには顔に膝蹴りして、鼻をへし折った。

 普通であれば傷害罪だが、アンジが捕まれば岩田のやってきたことも世間に露見する。


 それを恐れた岩田は自ら学校に黙秘を願い出た。


「アンジは容赦なさすぎるのよ。やってることは立派なんだけど、もう少し加減しなきゃ……周りは認めてくれないよ」

「周りが認める? ハッ、俺はただ気に入らねえ奴をぶちのめしてぇだけだ」

「はぁ……」



 小学校で起きた事件も似たようなものだ。

 アンジがクラスメイトに怪我をさせ、校内の窓を割って回った事件のことだ。


 そのときもクラスのいじめっ子の、いじめられっ子への暴力がエスカレートし、喧嘩の拍子に窓ガラスにヒビが入ったことがキッカケだ。


 アンジは第三者だ。


 いじめられっ子が罪をなすりつけられた。

 それを見ていたアンジは、いじめっ子をボコボコに殴った後、窓のヒビ程度はどうでもよくなるくらい、そこら中の窓を割ったのだ。


 結局、アンジ1人が悪者になった。

 大人は話を聞かなかったが、ミラは信じた。


「……アンジは、不器用なだけだと思う」

「俺はクズだ。そういう血が流れてんだよ」

「お父さんのこと?」

「まぁな」

「関係ないじゃん! アンジはアンジだよ」

「……」


 アンジは解散する野球少年たちを目で追った。

 少年たちはバットを背負って自転車に跨り、目を輝かせて帰っていく。


 晩飯が楽しみなのかもしれない。


 佐我家の晩飯はコンビニ弁当だ。

 明日も明後日も明々後日もコンビニ弁当だ。


「お前も帰れ。今日は塾じゃねーのか」

「塾は休んだ」

「なんでだよ! やめろよ、そういうの!」


 アンジは起き上がり、ミラに吠えかかった。


 ミラはお節介すぎるきらいがある。

 疎ましくもあり、恩にも感じてる。

 アンジはその都度、自分がミラの足枷になってる気がして自己嫌悪に陥った。


 それなら素行を直せという話だが、アンジにとって世の中に譲れない物がごまんとあるのだ。


「チッ……勝手にしろ」

「私はアンジを支えていきたい」

「はぁ? やめとけって言ってんだろ」

「だってアンジをわかってあげられる人、他にいないんだもん。仕方ないじゃん」

「お前は俺のことが分かるのか?」


 ミラは一呼吸置いてから返事をした。


「わかる。だってアンジは――」



     ◆



「アンジーは優秀ですからこの程度の魔術――」

「ふぇっ?」


 びくりと体が傾いた。

 反射的に身を起こし、涎を拭い取る。


「おや、居眠りですか、アンジー?」


 頭を振って視界をクリアにした。

 今は……庭のベンチに座っていた。

 隣にジーナがいて、魔術教本を広げて読み聞かせてくれている。


 昼下がりの時間。

 どうやら昔の夢を見ていたようだ。

 大げさに欠伸をかいて眠気アピールした。


「座学もそろそろ退屈ですか?」

「だからお勉強は苦手って言ってんだろ」

「なら、ここで一度、実践編といきます?」


 ジーナはそういうとゆっくり立ち上がった。

 

「実践編?」

「魔術の実践です。まずアンジーの適性である炎属性の修練からですね。初級『火炎弾(ブラドティフタ)』の習得を目標に、前段階の『発火(ファイア)』、『燃焼(フラマー)』を覚えましょう」

「は? なんだそれ! 絶対無理」

「できます。マナグラムで測ったでしょう? 魔力3000以上もあれば村1つ……いえ、都市1つ劫火に包むことだって簡単ですよ」


 そんな危険な技をガキに教えんなよ。

 ファイアだの、フラマーだの、ブランデーだの、名前を覚えるだけで難題だぜ。


「さぁ、基本から復習して、やってみましょう」

「……」


 ジーナは手取り足取り魔術を教えてくれた。

 色々と学ぶことは多いが、根底にあるものは想像力なのだとジーナは云う。


 魔力は体内にも自然界にも存在するが、多少の呼び名は違えど、魔力であることに変わりなく、性質も違わない。


 魔力を消費して魔術を発動する。

 どの国、どの流派でも共通だ。

 ジーナの扱う東方魔術は、西方魔術と比べても詠唱ルールがちゃんとあり、初心者も扱いやすい。


 それが東方魔術の特徴だ。



 東方魔術には、技の系統が4つある。

 放出、補修、強化、変換。


 1句目には、そのどれかを詠唱する。

 魔法を放つ『放出(チャント)

 魔力を送る『補修(ビハンド)

 属性を加える『強化(スタークン)

 魔力を固形化する『変換(エザッツ)


 詠唱の2句目には魔術工程を挟む。

 開始、終了、休止、再開のどれかだ。

 魔術によっては永続効果があるものもあり、中止する場合は『終了』や『休止』を挟む。


 強化魔術はちゃんと『終了』を挟まないと魔力が枯渇するまで強化が続き、術者が死ぬこともある。


 火属性魔術は、放出後に自然消滅するため、ほぼ『開始』のみが使われる。



 そして3句目以降は、実際の魔術名。

 4句目に数や反復回数を唱えて詠唱の術式が完成する。



「――放出(チャント)開始(アンファン)火炎弾(ブラドティフタ) 三連ドライ!」



 ジーナは完成された基本形の詠唱を唱えた。

 すると周辺に、3つの火の玉が現れた。


「こんな感じです」

「いや、わりとマジで意味わかんねぇ」

「とりあえず無詠唱でできる『発火』と『燃焼』を始めましょう。火を熾すイメージを掴むのです」

「うー……」


 言われるがままにやってみる。

 庭の中心に立ち、手の平を上に向けて思いっきり念じてみる。


 火……火……。

 火が燃え盛るイメージを浮かばせる。


 道具がなくても火が熾せるのは便利だ。

 何かあったときに護身用やサバイバルにも使えると思えば、真面目に習得した方がいい。


「赤い魔力が現れました。その調子です!」

「赤い魔力……?」


 片目を開けて周りを見回した。

 俺の体の至るところから、きらきら輝く赤い霧みたいなものが漂い始めた。


 これが魔力なのか。目に見えるんだな。


「あとはいきむか叫ぶかすれば出来ますよっ」

「叫ぶって何をだ?」

「そうですね。ファイアとかでいいでしょう」

「よーし」


 俺は腕に思いっきり力を込めて、叫んだ。



「ファイアーーーーっ!」



 大声を出してちょっとすっきり。


 次の瞬間、集まっていた赤い魔力が爆発した。

 キャンプファイアをも超える特大の炎が沸き起こり、火柱が高々と打ち上がった。


「うわぁああっ!?」

「ええええええ!?」


 俺の悲鳴。ジーナの絶叫も被さった。

 想像していた威力とかけ離れている。

 高々と打ちあがった炎は屋根の高さを悠に超え、雲を突き抜けていった。


「これで初級か!? 魔法って怖ろしいな!」

「アンジー、服に火が燃え移ってます!」

「え!? ああああ!」


 ケツの辺りから煙が上がっていた。

 俺は慌てて地面に転げ回った。

 幸い、芝生が湿っていたから火はすぐ消えた


 だが、短パンに穴が開いちまったぜ。

 半ケツ丸出しだ。


 後からジーナが駆けつけてきた。


「大丈夫ですか!?」

「あぁ……。つか、あんな威力あるなら先に忠告しといてくれよな。一歩間違えれば火事だぞ」

「あれは『発火』なんて次元を遥かに超えてます。詠唱が必要な『火炎弾』でもあんな火力はでません」

「ええ? じゃあアレはなんだったんだ」


 ジーナは芝生に寝転がる俺を見下ろしながら、ごくりと唾を飲み込んだ。


「もしや噂に聞く『大火の要塞(セレマ・ヴァルカン)』という準神級魔術では……」

「ジュンシンキュウ?」

「そんな、初めてで……かつ無詠唱で? 信じられません。まさか大気中に発火性ガスが漂っていたとか?」


 ジーナは試しに空中で発火させたが、軽く燃えるだけで爆発は起きなかった。



 ジーナが冷や汗をかき始めた。

 まるで手に負えないものを目撃したように。

 目を見開き、唇を震わせている。


 嫌な予感がした。




 魔術:初級、中級、上級、準神級、神級の五段階に分類される。


 東方魔術:4句~5句のフレーズで詠唱スクリプトを完成させる。短く発語する詠唱であるため、西方魔術よりも実戦向きと言われており、中には1句だけで発動させる魔術師もいる。


 西方魔術:芸術性に特化した魔術であり、詠唱も詩歌のように長い。その技も、より巧妙なものが評価される。現在では芸当性より実用性が見直されている。

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