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Episode9 人殺しとパンツ

※リノ視点


 ずっと悪夢を見ていた。

 その夢はわたしの過去を再現したものだ。

 故郷の末路を繰り返し、映し出す夢。


 実のところ、わたしは暗殺者を育成する集落で育った。




 それは真夜中の出来事――。


 わたしが母屋の戸を開けると血が頬を掠めた。

 外では殺人鬼が月に照らされ、全身が血に染まっていた。

 殺人鬼の瞳孔に光はなく、胡乱な表情。

 その男に同郷の仲間が次々殺されていくのを、わたしはただ見ていることしかできなかった。



 その殺人鬼の剣筋が、虐殺が、青い瞳が、


    ――綺麗で美しいものに見えたから。



 わたしはそんな理由で、その狂気の現場から目を背けることができなかった。


 その殺人鬼は将来を有望視された暗殺者。

 人殺しとして育てられた、わたしたちの理想だ。



 また、誰かが斬られた。

 一人斬る度、洗練された剣技に見惚れた。

 これは、わたしが5歳になったばかりの出来事だった。



     ○



「……」


 目が覚めた。鳥も寝静まる暗闇の朝。

 湖畔の朝はとても静かだった。

 わたしは故郷の集落で鍛えられた習慣で、毎晩3時間しか寝ることができない。


 暗殺業は夜間任務が多い。

 だから幼少から睡眠を削る訓練を受けるのだ。

 そのせいか集落の子は皆、発育不全だった。

 そして隠密向きの小柄な体のまま育つ。



 ある日、そんな生き方に疑問を感じた同胞の裏切りで集落は壊滅。


 唯一の生き残りが、わたしだった。

 惨劇を生き延びたわたしは教会に保護され、オージアス・スキルワード神父とともに国を渡り、ガルマニード公国のオズエッタという辺境の村に流れ着いた。


 わたしは孤児という扱いだった。

 ただ、教会で神に祈り続ける生活も悪くない。

 当初、オズエッタの教会は廃墟同然だった。


「この村はどうかね?」

「はい。山も湖も森もあって楽しいです」

「そうかい。それは良かった。庭にブランコを作ろう。今度遊ぶといい」

「ありがとう、オジーさん」


 楽しいのは本当だった。

 人殺しに育てられたわたしにしては子どもらしい日々を送れた。


 贅沢をいえば、同世代の友達が欲しい。

 集落には、わたしのように小さな子がたくさんいたから今の環境が寂しかったのかもしれない。


 教会には信心深い人や日常の困り事を相談に来る村人が何人かいたけれど、ほとんどがお年寄りばかりだった。



 ――友達がほしい。


 その祈りが届いたか、ある朝、出会いがあった。

 散歩がてら湖畔をぐるりと見て回った早朝のことだ。


「ハァ、ハァ……首洗って出直しなっ」


 その子は初め、男の子かと思った。

 勇ましい声を上げ、湖から現れた大蛇のような生き物を返り討ちにした。


 整った顔立ち。肩にかかる色鮮やかな髪。

 わたしと対称的で可憐だった。

 後から女の子だと気づいた。


 同世代の、同性の子に巡り会えたのだ。


「おう、なんだよお前」


 覗いていたのがバレて声をかけられた。

 話しかけてくれたのに緊張で答えられない。


「なんとか言えやッ!」

「ひゃ、ひゃぅっ」


 ……怖かった。見た目のわりに乱暴な口調だ。

 でもわたしはその子が気になっていた。



 しばらくその子の事ばかり考えて過ごした。

 また会えないかと思って早朝に同じ場所へ行ってもカイザートードばかりいて、あの子は姿を見せてくれなかった。


 あの子に会いたい。

 でも昼間に会いに行くのは恥ずかしい。

 葛藤の中、いつものように教会で祈りを捧げていると、また願いが叶った。



「ごめんください。ジーナです! オージアスさん、いませんか?」


 ジーナという人は以前からよく教会に来た。

 オージアスさんと知り合いなのか、他の村人よりも仲良さそうな様子だったのを覚えている。


 わたしが代わりに出迎えた。


「ぁ……」

「お前、あのときの!」

「ひっ……」


 ジーナさんの傍にあの子がいた。

 わたしを覚えていてくれた。嬉しい。


「こんにちわ、リノちゃん」

「こんにちわ」

「オージアスさん、いませんか?」


 2人は親子のようだ。

 女の子の名前は"アンジー・シルト"。

 年齢もやっぱりわたしと同い年だった。



 幸運にもアンジーと遊ぶ時間ができた。

 最初の印象ではアンジーは乱暴で怖い子だと思ったけど、実際は違った。


 ブランコ遊びでは優しく背を押してくれた。

 頼もしい性格をしていた。


「ブランコってのは立ち漕ぎが基本だぞ。ちょっと手本見せてやるから代われ」

「え……でも」

「いいか、ブランコはこう遊ぶんだよ!」


 アンジーは聞き分けがなく、乱暴にわたしを押しのけてブランコに立って乗り始めた。


 器用に足を屈伸させ、どんどん高く漕ぐ。

 勇気があるなって思った。

 ブランコの勢いをつけたアンジーは踏ん張り、跳ぼうとした。


 でもブランコの方が耐えられず、板が割れた。


「うわあああああ!」

「きゃああああっ」


 そのとき、顔にアンジーのお尻が直撃した。

 鼻や口をアンジーの柔らかいお尻で塞がれて、息ができなくなった。


 ドキドキした。

 正直言うと、幸せだった。

 あんなに誰かと密着したのは初めてだ。

 あの温もりと柔らかさは一生忘れられない。

 アンジーと別れてからも、ずっと頭から離れなかった。



     ○



 次の日の朝、驚くことが起きた。

 目が覚めたら外が明るい(・・・)のだ。


 わたしは初めて、熟睡できたらしい。

 あの惨劇以来、ずっと見続けた悪夢を、その日は見なかったのだ。


「うそ……」


 目覚めは爽快。

 昨夜見た夢を思い出す――。



 アンジーと遊んでいる夢だ。

 後先考えずに思いっきり遊ぶアンジーに、わたしが付いていく夢。


 はしゃぐ姿。焦る姿。ブランコを楽しむ姿。

 そんな幸せな夢を見ていたと思う。


「う……うぅ……」


 悪夢ではなく、幸せな夢を見た。

 なんだか救われた気がした。

 普通の子に戻れた気がして涙が零れた。


 アンジーがわたしを救ってくれた……。


 また遊びに行きたいな。

 今度は少しの時間じゃなくて、ずっとがいい。


 わたしは密かに気持ちが芽生え始めた。



 次はいつ会えるんだろう。

 祈り続けていれば、また神様がチャンスをくれるだろうか。そう信じて、教会の椅子に座って朝も昼も晩も手を組んで祈りを捧げた。


「ふむ。熱心だな」

「オジーさん……?」


 オージアスさんが教会の入り口に立っていた。

 振り向いて視線を上げると、オージアスさんは眉の皺を寄せて手のひらをこちらに向けた。


「すまない。祈りを邪魔するつもりはないんだよ。君宛ての手紙が届いてね」

「お手紙? 誰から?」

「アンジー・シルト。竜殺しの子からだ」


 ――3度目の祈りが届いた。

 わたしは長椅子を降り、慌てて駆け寄った。

 オージアスさんは何も言わず、わたしに1枚の紙を差し出してくれた。


 すぐに受け取って内容を確認する。

 それは冒頭に「お誕生日会のご招待」と書かれた招待状。


 字がすごく綺麗。

 きっとジーナさんが用意したものだ。

 アンジーは6歳を迎えるらしい。


 お誕生日会、絶対に行くに決まってる。



     ○



 お誕生日会の日がやってきた。

 天気は生憎の曇り……。


 最近はずっと曇り空が続いている。

 せっかくアンジーのお誕生日会なのに残念だ。

 雨が降るまでは決行ということになって、ジーナさんは庭に食料を持ち出し、鍋ものや焼き料理を振る舞った。



 参加したオズエッタの村人は20人ほど。

 お爺さん、お婆さん、軍の憲兵さんもいるが、みんな華やかな服装だ。


 わたしも気合い入れておめかししたが、壊滅的に手持ちの服が少ない……。


 親でもないオージアスさんにお洒落な服を強請(ねだ)るわけにいかず、オージアスさんもそれがお祝い事での正しい服装と言って、わたしは結局、普段の修道服を着て参加した。


 真っ黒で襟が白いだけの地味な格好だ。



 アンジーは主役だし、可愛い服を着るはず。

 その姿が見られるだけで満足だ。


 ――と思ったのに、拍子抜けだった。


「よっ、リノじゃねえか。久しぶりだな」

「アンジー、その格好……」

「ん? なんか変か?」


 主役なのに着飾る様子が一切ない。

 アンジーは前会ったときと同じタンクトップのシャツに短パンだけ着ていた。


「前と同じ服……?」

「あー、ジーナさんにも色々せがまれたんだが、意地でもスカートは履きたくねえからな。結局この格好に落ち着いちまったぜ」


 アンジーはぶっきらぼうに言い放った。


「お前こそ、いつもと同じでほっとしたぜ」

「そうかな……。地味だし、お祝いって感じじゃないよね。ごめん」

「気にすんな。根暗なお前によく似合ってるぜ!」

「あ、う……あ、ありがと」


 根暗? 根暗ってなんだろう。


 でもアンジーに似合ってるって言ってもらえた。

 似合ってるって言ってもらえた。

 言ってもらえた。


 アンジーもわたしを気にしてくれてるのかな。

 そう考えただけで顔が熱くなる。

 バレないように両手で顔を塞いだ。


「まぁ、誕生日パーティーとは大袈裟だが、メシ振る舞って世話になってる人に挨拶したいだけってジーナさんも言ってたから気ぃ遣わなくていいぞ」

「そうなんだ」


 実際、集まった村の人は適当にお喋りしながら楽しんでいるだけだ。

 なんだか、わたしも気が楽になった。

 アンジーはいつもわたしを安心させてくれる。


「そういや、リノって服に興味あんの?」

「う、うん? え……うん」

「ちょうどいい。ちょっと来い!」

「え、何なのっ?」


 アンジーはわたしの腕を掴み、無理やり引っ張って家に向かって走り出した。


 びっくりしたけどドキドキした。

 ……すごく、ドキドキした。



 二階まで駆け上がった。

 そのまま寝室らしき場所に入る。

 アンジーは乱暴に箪笥から服を出し始めた。


「なにしてるの?」

「これこれ。あと、こいつもだな」


 服を大量に両腕で抱え、突き出してきた。


「ほら。持ってけよ」

「え? この服、アンジーの物でしょ」

「でも俺は着ねえからさぁ」


 受け取って何枚か広げてみた。

 ひらひらしたフリル系。ワンピースも多い。

 値段も結構高そう。

 いかにも女の子向けという服ばかりだ。


「こんなの貰えないよっ」

「ウチに置いてても勿体ねえよ。その服も日の目見ないで虫に食われるだけなんて可哀想だろ」

「アンジーが着ればいいよ。これとか似合いそう。あ、これも……。お母さんが似合うのを選んでくれたんだね」


 畳み直したら、ふんわりと匂いが漂った。

 アンジーの匂い。一生忘れられない匂いだ。

 鼻を啜って誤魔化した。


「駄目。お母さんに悪いよ」

「そうかぁ? お前でも似合うと思うがな。まぁ押し付ける気はねえけど、気に入ったのがあったら好きに持ってってくれ」

「え~……」


 わたしは葛藤していた。

 こんなに堂々とアンジーの匂い付きの服を持ち出すチャンスが来るなんて。


 本人の目の前で。しかも掴み取りで。

 強運すぎて今日のわたし死ぬかも。

 なら、後悔しないようにお言葉に甘え――。



 ううん、それは絶対に駄目。

 快楽に堕ちる行為だ。

 少なくとも修道服に身を包んだわたしがやるべきことじゃない。


「アンジー! アンジー、どこ~?」

「やべ、ジーナさんだ!」


 外の庭から呼び声が聞こえた。

 アンジーはすぐさま立ち上がった。


「え……行っちゃうの?」

「村の連中に話があってな! 今日はそれが重要なんだ」

「そうなんだ……。あ、この服は?」

「いいから適当に持ってけって!」


 アンジーは部屋を飛び出してしまった。

 置いていかれた。山積みの服、どうしよう。

 途方に暮れて、窓から庭を眺めた。

 アンジーとジーナさんは二人で村の人に声をかけて挨拶周りをしている。


 アンジーは人気者だった。

 遠くから見るとアンジーは簡素な格好でも自前のグラデーションがかった銀髪で十分お洒落だった。


 着飾らない格好良さがある。


「あれ、魔術……?」


 アンジーは庭で炎魔術を披露した。

 指をぱちんと鳴らして赤の魔力を飛ばし、蝋燭に小さな火を灯した。


 それを見た村人は拍手喝采。

 アンジーはすごい。見た目だけじゃないんだ。

 湖の怪物も一人で倒しちゃうし、魔術も器用に操るし、可憐で堂々としていて優しい。


 なんて素敵なんだろう。

 そう思うと胸が苦しくなってきた。


「ハァ、ハァ……ハァ……」


 胸の高鳴りが収まらない。

 わたしは今、すごく興奮している。


 アンジーを独占したい。

 庭で歓談中の村人を殺してでも独占したい。

 血が飛び散っても、肉片が飛び散っても。

 血の雨に体を濡らしながら、あの小さな体をぎゅっと抱きしめていたい。


 いつまでも、いつまでも――。



「ハッ、ハァ、ハッ、ハッ…………ん」


 今、何かよくない想像をしていた。

 抑圧された衝動や、本来の人殺しの血がぞわぞわと沸き立ってくる。


「だ、だめ!」


 わたしは衝動を抑え込むため、アンジーが放り投げた山積みの服に顔を埋めた。


「あ……ハァ……ハッ……ハッ……」


 この匂いを嗅ぐと落ち着く。

 やっぱりこの服は何枚か貰っていこう。

 その方が何倍も健全だ。


 よく見ると下着も混じっていた。

 サイズ的にアンジーのパンツだ!


 小さくて可愛い。貰っちゃおうかな。

 うん。良くない衝動を抑える為だ。

 アンジーには好きに持ってけって言われたし、これも含まれるだろう。


 何も悪いことはしてない。

 最後に匂いを嗅いで動悸を抑えてから、服やパンツを手提げ袋に詰め込めるだけ詰め込んだ。



 大丈夫。わたしは変態じゃない。

 ちょっと生い立ちが特殊で、変な衝動があるだけの普通の女の子だ。アンジーがわたしを普通の夢を見る、普通の女の子にしてくれたんだ。


 ……嬉しいな。

 今日はお誕生日会に来れて良かった。

 わたしも庭に戻ろうと家を出た。


「待ちなさい」

「ひっ」


 誰かに呼び止められた。

 その人は玄関の外側の壁に寄りかかっていた。


「あ、あのっ……。わたしはっ」


 アンジーの友達です。

 服をあげると言われて貰っただけです。

 泥棒じゃないです。そう言い訳しようとした。


 振り返ると金髪の女の人がいた。

 身に纏うドレスも光沢があって、わたしと対極的に派手な格好をしていた。


 見た目は14,5歳くらいの女の人だ。

 腕を組んで壁に寄りかかる仕草から、見た目以上の威圧感を感じた。


「ふふ、あたし、見ちゃったのよ」

「な、なにを見――――はぅ!」


 金髪のお姉さんがわたしの肩を鷲掴みした。

 あまりの怖さに戦慄した。

 わたしが怯える反面、お姉さんは満面の笑みで顔を覗き込んできた。


「大丈夫。多感な時期だものね、うんうん」

「あ……う……」

「勘違いしないでね。あたし、別にあなたの恋路を邪魔するつもりはないのよ」

「こ、こいじ……?」


 こいじって恋のことかな。

 わたし、アンジーに恋してるのかな。


「わかるっ、わかるわ~っ! 最初は憧れだと思っていた。でも本当は恋だった……ってね! あたしは恋するあなたを応援するわ。そんな間接的な物で満足しちゃダメよ、ふふ」


 金髪の人は手提げ袋に一瞥くれた。

 そこにアンジーの服やパンツを詰め込んでいる。


「こ、これはっ」

「恥ずかしがらなくていいのよ。それより、あたしの言うことを聞いてくれれば、あの子をあなたの物にしてあげるわ」

「え、それはどういう……」

「ずっと2人で一緒に居られるってことよ」


 アンジーがわたしのものになる?

 アンジーを……独占できる?

 その為ならお姉さんの言うことを聞いてもいいかもしれない。


 だって人殺しに育てられて、親もいないわたしにはアンジーの傍しか居場所がないんだから。



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