Episode10 竜殺しと雨
村人への挨拶周りだけでかなり疲れた。
だが、これは目的あってのこと。
洋館探しのためでもある。
ジーナがオズエッタに移り住んだのは3年前だ。
俺が生まれた後ってことだ。
つまり、村のじじばばのが山に詳しいはず。
だが、わざわざ村中で山のことを聞いて回るのも俺たち親子が逆に怪しまれそうなもんだから、こういう酒を交えた場でそれとなく聞いちまおうって魂胆だ。
「――山に誰か住んでないかじゃと?」
「ええ。アンジーの魔術修練も、これから本格化する予定です。修行は山でやってるのですが、他に住人がいるなら、ご迷惑にならないように事前に知っておきたいのです」
ジーナが村長から聞き出そうとしている。
俺はその様子を脇から見守った。
村長の爺さんは俺をちらりと見下ろして「ほほう」とアゴ髭を撫で始めた。
俺は自分を見てくる奴に、ついガンを飛ばす癖があり、睨み返そうとしたところをジーナさんに指で小突かれて止められた。
「コホン……」
咳払いするジーナ。
俺はそれを受けて愛想笑いを浮かべた。
慣れてないから変顔になった気がする。
「なるほどのう……。
ほっほっほ。しかし、湖の周辺一帯は未開の地が多くての。村興しも当時は大変だったものじゃよ。
隣の街がまだ小さな集落だった頃、水の確保のためにオズエッタ湖まで水汲みに歩いてな。
そりゃあ、儂も子どもの頃じゃから1日に何往復もさせられたもんじゃわい、カッカッカ」
「は、はぁ……」
おい、なんかこの爺、話がズレてるぞ。
聞いてもないのに昔話を始めやがった。
「オズエッタ村が出来たのも、水汲みをもっと効率的に回そうっちゅうことになって、この地で休憩所が建てたのが始まりだったんじゃ。
儂もいっちょまえに色恋を覚えた頃じゃて、よう覚えとるわい。そのとき村一番の美人のえっちゃんが水汲み当番の日を狙ってじゃな……」
「爺さん、んな話はどうでもいいんだよッ!」
「アンジー、こらっ」
「むぐっ」
我慢できずに思わずツッコんじまった。
ジーナさんに口を押えられた。
「すみません、うちの娘が……」
「カカッ、良いのじゃ良いのじゃ。最近は魔術文明ばかり栄えて、こんな辺境に好んで住む者は少ないからの。小さい子が元気な村は安泰じゃよ」
本気でガキが少ねぇからな、この村。
最年少で俺とリノの2人だ。
他に10代の男は数人いるが、軍の憲兵。
少子化の荒波は日本だけじゃなかったようだ。
しかも、その原因が魔術文明とは。
「で、何の話じゃったかの?」
「山で暮らす人がいないかって話です」
「……ああ、そうじゃったそうじゃった。それで湖の話をしたんじゃ。湖畔を離れて山奥に暮らす者はおらんな。それだけ村の役割はこの湖に寄っておるという話をしたかったんじゃ」
「そうですか……」
あれだけ引っ張られて収穫なしか。
村に一番詳しい村長でも知らねぇんだ。
これ以上の聞き込みは望み薄だな。
「それに山へ籠るのはやめた方がよい」
「なんでですか?」
「さっきも言った通り、山奥は未開の地じゃ。オズエッタで確認される在来種は大型の魔物が多いのじゃよ。カイザートードはその代表じゃ」
あの変態クソガエルか。
それ以外の怪物も確かにデカかった。
「まだ湖周辺は温厚な魔物ばかりじゃが、山奥へ踏み入れば分からんからの」
「ふむ。参考にしますね」
「それにおぬしのような別嬪が姿を見せなくなると若い連中も寂しがるでの」
「それは……参考にしませんが……」
ジーナは苦笑いした。
若い未亡人ってのもあって、紅一点のジーナを憲兵が興奮しながら噂話してるのを小耳に挟んだことはある。
アイツら、手ぇ出したら焼き殺してやるぜ。
何はともあれ、洋館の情報は無し。
これの前にも誕生日会に来た村人ほぼ全員に尋ねたが、収穫なしだった。
村長の爺さんが頼みの綱だったんだがな。
徐々に雲行きが怪しくなった。
次第にぽつぽつと雨が降り始めた。
「ん、雨か?」
「大変です。テーブルの片付けをしないとっ」
ジーナは慌ててテーブルに出した盛り合わせの料理皿を抱え、家に運び入れた。
何人か村人も手伝い、木陰で雨宿りし始めた。
俺も家の中に駆け込んだ。
降り出しちまったか。そろそろお開きだな。
「最近は悪天候ばかりじゃのう」
俺と同じま家の玄関へ逃げ込んだ村長がそんなことをぼやいた。
「水竜様がお怒りなのじゃろうか」
「水竜……様?」
聞き捨てならねぇな。
「水竜ってなんだよ。竜は世界に1頭しか確認されてねぇんだろ?」
「カカッ、これはこれは、失礼しましたじゃ」
村長は変な敬語で返事してきた。
まるで無知な子どもがどっかで覚えてきた知識をひけらかしてきたから、相手にするのが面倒くせえから建前だけ敬語で話すような口ぶりだ。
簡単に言うと、ナメた口ぶりだ。
「おいジジイ。どういうことか詳しく話せ」
「儂が言ってるのはこの村に伝わる伝承じゃよ」
伝承。古臭い言い伝えってことか。
「……その昔、オズエッタ湖には水竜様が住んでおった。水竜様は水や天候を操る力があっての。こんな風に雨が何日も続く日は、水竜様が怒っていると当時の人間は考えたのじゃ」
「ははーん、ありがちな昔話だな」
坊やよい子だ寝んねしなってな。
「あぁよ。それでじゃ。さらによくある話じゃが、水竜様の怒りを鎮めるために、村娘を人身御供として湖に捧げていたという逸話もあるぞ」
「ヒトミゴクウ? なんだよそれ」
聞き慣れねえ言葉に首を傾げた。
村長の爺さんは急に険しい顔を向けた。
「つまり生贄じゃな。村で一番若くて美しい娘を縛り付けて湖に沈めてしまうんじゃよ」
「縛り付けて……沈める……だと?」
ヤクザみてぇな風習だな。
異世界の沙汰も末怖ろしいぜ。
「そうさな、ちょうどお前さんなんかが良さそうじゃ。若くて可愛らしいし、水竜様もすぐ機嫌を直してくれるかもしれん」
「……っ」
ごくりと唾を飲み込んだ。
爺、俺を脅してやがんのか?
「俺をかわいいって言うんじゃねぇっ」
「カッカッカッ! 冗談じゃよ。今にそんな風習はない。オズエッタ村ができてからはのぅ」
「チッ、俺がビビったとでも思ったか」
「どうじゃろう、足が震えておったぞい?」
「あぁ!?」
慌てて足元を見た。
別に震えてなんかいねぇ。
だが、爺は俺にそれを確認させることが目的だったみたいで、高らかに笑い始めた。
気づいたときには俺の動揺を悟られた。
「あっ……」
「カッハッハ。騙されおったか」
「んむー! こんのクソジジイ!」
「生意気に口が利けても性根は娘っ子じゃわい」
「~~~~ッ!」
悔しい。悔しいぃい。
今は5歳でも前世は16歳だったってーの!
地団駄を踏んで怒りを顕わにしてみせた。
村長の爺はご満悦に笑ってやがる。
こんな老いぼれに負けたなんて竜殺しの名が廃れるぜ。
「ま、茶番はさておき、その風習で使われた水竜の祠は山のどこかに残ってるそうじゃがな」
「ホコラだと?」
「ほれ、山に誰か住んでないか尋ねておったろ。住んでる奴などおらんが、祠自体はどこかに残っておる。もし小屋を建てるなら祠の近くはやめておけ。祟られるかもしれぬ」
待てよ。ミラの手紙にあった洋館と、その祠って何か関係あるんじゃないか。山には建物らしい建物が1つもなかったくらいだからな。
「その祠って何処にあんだよ」
「さて、儂には分からぬぞ」
「なんでだよ! それでも村長かよっ」
「知らぬものは知らん。古い伝承じゃからな」
役に立たねぇ村長だぜ。
俺のプライドをへし折ってきやがるし。
まぁ情報を吐いたから今回は許してやるか。
「――しかし、世界に竜が1頭だけなんて、儂は信じておらん。世間は絶滅したというが、きっとどこかで隠れ住んでおるじゃろう。水竜の祠のような痕跡が世界には山ほど残っておる」
魔女メドナの話でも、そんな印象を受けた。
いつか竜の動きが活発になるとか何とか。
――『水竜の祠』か。
洋館じゃなくても調べるに越したことはねぇ。
ミラだって何か勘違いしてる可能性もある。
「あ、そうじゃ。祠は洞窟にあるようじゃ。どうやら湖の水脈と繋がる洞窟があって、水竜様が出入りできるようになっとるとか」
場所は洞窟の中か。
そこまで分かれば探し出せそうだ。
でも、なんだか変だ。
ミラの情報には『山の洋館』とあった。
それが仮に地底湖みたいな場所にある祠なら、ミラがそこを"山"と判断できるはずがねぇ。
それにジーナも言ってたが、
"手紙は届く相手がいるから書くものでは?"
そう、間違いない。
ミラは俺を一度見かけたんだ。
だから洋館は見晴らしのいい場所にあると踏んでいる。
なんで一向に見つからねえんだ?
なんだか不思議な力が働いてる気がする。
それこそ魔法のような力が……。
「うん? アイツ、なにしてんだ」
庭先の湖岸でリノが雨に打たれていた。
あんなの、風邪引いちまうだろう。
俺は濡れるのも厭わずそこまで走った。
本降りになってきて芝生も地面もぐちゃぐゃだ。
「おーい、リノ。具合でも悪いのか?」
「あ……う、ううん。なんでもないよ」
立ち上がって振り返ると、パンパンに膨れた手提げ袋が目についた。
さっき俺が押しつけた服がはみ出てる。
「それってもしかしてウチにあった服か?」
「うん、貰ってくね?」
「おお、ありがとよ! これで俺がスカートを履く可能性も少しは減ったってもんだぜ」
俺はむしろ持ってってくれて嬉しい。
だが、リノはばつ悪そうに手提げを隠した。
最初から遠慮する必要はねーのに。
それよりそんな野晒しで突っ立ってたら、びしょ濡れになる。
「家に入ろうぜ? てかお前ちょっと痩せ過ぎなんだよ。せっかくだから飯もタラフク食ってけ」
「あ……」
「どうした?」
「あ、その……ね。アンジー、実は」
歯切れが悪い。リノは何か言おうとしてる。
「話はいいから、とにかくこっちで――」
「実は手紙に心当たりある人を見つけたのっ」
――手紙。それってミラの手紙のことか。
俺とジーナの2人がかりで村人に尋ね回ってもほぼ収穫ゼロだったのに、まさかリノが情報を仕入れてきたことに驚いた。
「本当か? 山の洋館の場所も知ってんのか」
「た、多分ねっ。こっちに来て」
リノの様子がおかしい。
落ち着きもねえし……。
でもコイツが何か企んでるとも考えにくい。
それより今は情報が欲しかった。
リノは雨に濡れるのも気にせず、湖岸沿いを早歩きで歩き始めた。少し俯き気味だ。
その後ろを付いて歩いた。
俺も雨でびしょ濡れになった。
その大雨で、パーティーに来ていた大人たちの喧騒も掻き消され、徐々に姿も見えなくなった。
しばらく歩き、湖岸沿いの小屋に着いた。
空き小屋みたいな場所だ。倉庫か?
「ここにいるよ……」
「なんだよ、この小屋? つか、リノは何処でそいつと知り合ったんだよ。村人なのか?」
「いいからっ」
不審に思いながらも小屋の中に入った。
暗い。湿った苔と木の匂いが鼻を刺した。
「いらっしゃ~い。ようやく会えたわね」
そんなジメジメした小屋には似つかねぇ明るい口調で、誰かが話しかけてきた。
黄色いドレスを着た派手な金髪女だ。
そいつが手をこっちに振ってる。
金髪の長い髪を螺旋状に束ねてる。
ドリル2つが顔の横に引っ付いてるみてぇだ。
まったく見覚えがねえ。
少なくとも村人じゃないし、「ようやく」なんて言われる筋合いもない。
「誰だ、テメェ?」
頭で警鐘がガンガン鳴ってやがる。
背筋がゾワゾワする。きっとヤバい奴だ。
なんつーかこう、一般人とは何か違う。
以前、ジーナがムキになって発したオーラを、この金髪ドリルからも感じた。この女、ジーナより格段に魔力が強い。
「警戒心が強いのね? ふふ、大丈夫よ」
「何が大丈夫だ。お前なんか見たことねぇし、ヤバそうな臭いがぷんぷんするぜ。ほんとに手紙のこと知っ――」
突然、目の前が真っ暗になった。
あまりに突然で何が起きたか分からねえ。
確認しようにも目が開かなかった。
「あんまりお喋りだと品が下がるわよ」
「ぐっ……あぁあっ!」
体がびりびりと痺れ、そのまま倒れた。
雷に打たれたような衝撃だ。
耳元でバチバチと電撃で弾ける音が響いた。
「乱暴なことはしないでっ!」
「あら、これは乱暴じゃないわ。例えるなら、そう……うーん、あ、そうだ。安全確保よ。ほら、猛獣を運ぶときってお互いの安全の為に気絶させて運ぶでしょう? それと同じ。いひひ」
リノと怪しい金髪女の会話が聞こえる。
それもだんだん遠のいてきた。
ヤバいな。紛れもなく誘拐だ。
「でも傷つけるなんて聞いてないよっ」
「あなたも存外うるさいのね。お黙りなさい」
「ひぐっ!」
リノの悲鳴も聞こえた。
そこで意識は完全に途切れた。




