Episode68 竜特攻vs竜殺し特攻Ⅰ
「よくも……」
奇襲してきた火竜の闘志とは相反する冷気が充満していく。
「よくもオジーさんをおおおおお!」
リノの金切り声が空気を震わせた。
こんな怒気まみれの声は初めて聞いた。
リノが蒼い魔力を盛大に放出させ、眼光を煌めかせた瞬間だった。
直後には忽然と姿を消して、幽霊のような青白い残像だけが残っていた。
実体は、既に別の場所にいる――。
俺の背後で、サクっと何かが抜かれた音がした。
続けざまにキンという金属の音。
後ろ? と思って振り向いたときには、俺の鼻先を刀が掠めていた。
この禍々しいフォルムは『影打・アイズ』だ。
リノはまず自身の得物を拾いにいったようだ。
放たれた愛刀を追うように、黒い人影が通り過ぎた。
まるで突風が吹いたみたいだ……。
この間、リノが叫んでから体感一秒も経ってない。
人間離れした速さでリノは武器の入手と突撃を済ませた。
「待――――」
俺は再びドレイクに向き直る。
リノの斬撃はもう始まっていた。
投擲した愛刀をさらに蹴り、加速をつけてドレイクに刃を飛ばす。
リノ自身もその刃を追い越す勢いでドレイクに肉迫した。
腕を振り、袖から仕込みナイフが飛び出た。
あんなもの隠し持ってたのか。
――――……!
斬撃の軌道が、瞬き一つの間に十個展開される。
影真流の剣技だ。
「ヌ――」
ドレイクはあまりの速さにまともに反応できていない。
防御態勢のために腕を上げたところだった。
正面から斬られたところで――。
竜の皮膚は硬い。
ドレイクも人型になっているとはいえ、体の大部分は厚い鱗に覆われている。
リノの斬撃が通用しないことはダルケ戦でわかったことだ。
どうするんだ。
――リノは、十の斬撃を、最初からまともに当てるつもりもなかったように虚空に振るった後、防御に回ったドレイクの豪腕に掴みかかるように跳んだ。
跳び箱をハンドスプリングで飛ぶようなモーションだ。
ちょうどそこに、最初に投擲した『影打・アイズ』が飛んでくる。
狙い済ましたような投擲の軌道。
リノは逆立ち状態でその愛刀をキャッチした。
前転してドレイクを跳び越すその刹那、
「グぉ……!?」
肩口から首にかけてを抉るように斬り裂いた。
端からそれが狙いだったんだ。
ドレイクは肩から首、胸元にかけてが人間の皮膚として露出されている。
リノはその柔肌を狙って、どう剣を振るえば、無防備な箇所に刃を突き立てられるかを心眼で読んでいたんだ。
しかも……この数秒に満たない時間の中で……。
魔術抜きの戦闘能力なら最強クラスなんじゃないか……?
リノが地面に着地した。
その背後には、ドレイクが肩から真紅の血を吹き出している。
どう見ても致命傷だ。
え、俺の出番なし?
最強の竜ドレイクが竜殺しじゃなくて暗殺者にやられるなんてギャグかよ。
俺もそれで終わられたら立つ瀬なしだ。
ま、終わるなら終わるでそれでいいが――。
「ク、ククク……クク……フハハハハハハ!」
高笑いが島中に響いていく。
ですよねーー。
「オレは不死身なんだぜェ? 死ぬかよバーカァ」
ぱっくり裂かれた肩口が急速に肉が繋ぎ合わさっていく。
見た目は人型でも、その体は人間のそれじゃないとまざまざ感じさせられる。
「くっ――――」
リノが心眼を光らせた。
踵を返して、颯爽とドレイクにまた挑む。
四つん這いに近い姿勢で、愛刀を逆手に持ち替えて突撃した。
ここでの深追いは完全にフラグだ。
「やめろ、リノ!」
俺は遅れながらも不格好な『炎の巨人』を出して走り出した。
リノの速さに追いつくはずもないが。
ドレイクは緩慢な動きで両腕をクロスさせて防御姿勢に入っている。
次の斬撃ではあの守りは破れない。
それでももリノは足を止めなかった。
もう止まれないんだろう。
「開通!」
指パッチンとイルケミーネの声だ。
リノの進路に転移孔が出現した。
暴走するリノを止めようと思ったのはイルケミーネも同じだったようである。
しかし、その穴を――。
「え――――!?」
リノは飛び越えて、避けた!
孔の出現も心眼で見えていたのかもしれない。
その動きは未来予知の為せる業だ。
予見してもなお、リノは自ら危険に飛び込んだ。
「あああああああ!」
号哭が響き渡った。
リノの目から水滴が飛んでいた。
影を飛ばし、ドレイクの正面にはフェイクを送り込んだ後、自身はさらに加速して後ろに回り込む。
リノの戦法は基本的にフェイントと闇討ちが多い。
背後を取ったリノはガラ空きのドレイクの背中に刃を突き立てる。
それを、
「そこだな?」
ドレイクはケツから生えた尻尾を豪快に振って対処した。
「きゃうっ!」
尻尾で振り払った後、ドレイクは豪腕でリノの胴体を掴んだ。
ドレイクは落ち着いた動作なのに的確にリノを捕えている。
掴まれたリノが上に持ち上げられた。
チッ、全然間に合わねえええ!
「お前みたいな臆病なチビがやりそうなことはわかる。オレが正面固めてたら、そりゃ背後に回るよな? んで、背中でそのナイフが刺さりそうなのは首のすぐ下の辺りだ」
ギリギリと絞められてリノの体が握りつぶされそうだ。
「どんなにすばしっこくてもタイミング合わせてそのヘンに尻尾振り回せば当たるってワケ? おわかり?」
「ぐ……ううう……っ!」
リノが今にも握りつぶされようとしている。
「リュウドウウウウウウ!!」
俺は精一杯叫んだ。
俺たちの間でしかわからない名前で。
ドレイクを殴れる間合いまで入り込み、モーニングスター状の『炎の巨人』を振り被る。
「きたな、サガアンジ!」
ドレイクはリノにはもう興味がないように放り投げ、俺と対峙した。
リノは短く悲鳴をあげて、地面に打ちつけられそうになった。
そこに転移孔が空く。
開通先はイルケミーネの手前十メートルくらいの上空で、落ちてきたリノをイルケミーネは抱きとめた。着地の威力を和らげるために孔の角度を斜め上に傾けるファインプレイだ。
ドレイクは俺の『炎の巨人』ハンマーを受け止めた。
じりじりと鬩ぎながらドレイクは語る。
「島に戻ってみたらジジイが死んでて、追いかけたら知らねえおっさんが食い殺したみたいで、ワケわかんねぇがまぁお前が見つかったから結果オーライだな」
「ジジイ?」
ドレイクのジジイって、あの老竜か。
死んだんだな、あいつも。
オージアスが殺ったとは信じがたいが、実際、竜化していたからな……。
にしても、親が死んでもリノとは随分反応が違う。
これが竜の非情さなのか。
「また尻尾巻いて逃げんなよ。なァ!」
「ハッ、テメェのオツムじゃ、戦略的撤退って言葉、理解できねぇだろうなぁ」
「軽口ばっかの薄味アンジめェ……」
「テメェもうすしおポテチ食いすぎて小便シオってんだろうが」
「コンソメ派のお前に言われたくねぇ!」
ドレイクは歪なくらい長い腕を振るってきた。
咄嗟にしゃがんで地面に手をつき、足に強化魔術をかける。
アゴを狙って、脚で蹴り上げた――。
ドレイクは上体を反らして俺の足技を避ける。
隙ができた俺の左脇腹を狙ってドレイクはフックしてきた。
「こんの脳筋トカゲ!」
左腕だけの『炎の要塞』を展開し、ドレイクのフックを受け止めた。
「お? んだそりゃ!?」
体勢を逆さまから戻しがらドレイクの胸ぐらの突出した竜鱗を掴んだ。
不良流の胸ぐら掴みだ。
「ひぁ!?」
ドレイクが情けない悲鳴を上げる。
俺はそれにびっくりして思わず手を引っ込めてしまった。
「……ひぁ?」
ドレイクは恥じらうように胸元を守っている。
というか、よく見ると、胸のあたりがかなり膨らんでいる。
いや普通にデカい。
こいつ、もしかして――。
「え、竜道……お前も、女になったのか?」
確かに皮膚にびっちり生えそろった竜鱗がやたらと腰のあたりを引き締め、胸やケツが協調されるデザインで、男にしては気色悪いと思っていた。
髪も女みたいに長いし。
でもワンチャンそういうビジュアル系の男かと。
……そうか。お前もか、竜道。
そういえば旧サラマンドもあんな乱暴な口調のわりに雌だった。
卵産めるとか言ってたし。
しかも竜道の場合、まだドレイクという女体に慣れてない。
火竜に昇格してからまだ一日程度だ。
「うるせえな! 男も女も関係ねぇんだよ!」
「そうだな。気持ちはわかるぜ」
俺がまだ女になって間もない頃の台詞そのままだ。
ドレイクも同じ心境なんだろう。
関係ねぇと言い放って、股間の虚無感に目を向けないようにして、女として成長していく体を意識しないようにしてきた。今では慣れたが。
それに、俺は幼女から徐々に成長したからまだ受け入れる時間があった。
ドレイクの場合は突然、成体になった。
「チッ、しゃらくせえ!」
ドレイクは腕を振り払った。
俺はそれをバックステップで躱す。
「ハッ、かわいいとこあるな、ドレイク」
「オレをかわいいと言うんじゃねえ!」
ほら、この反応まで一緒だ。
元から似たもの同士だったのかもしれない。
そうと分かれば――。
「ふ、ふふふふ……」
「な、なに笑ってやがる!」
「テメェと俺とじゃ決定的に経験が違う」
「なんだと?」
これまで何度も辱めを受けてきた。
かわいいと言われ続けてきた。
スカートも履かされた。
女口調も喋らされた。胸も揉まれた。
女々しく、たくさん泣いた。
その経験は全部、意味のあったことだったんだ。
「今回は俺が勝つぜ、ドレイク」
「調子のんなよ、お前……!」
ドレイクの魔力が膨れ上がっていく。
竜殺しセンサーがガンガンと俺の頭で警鐘を鳴らしている。
以前だったら吐き気すらしそうなこの衝動が、今では武者震いのように俺の闘志を揺さぶり、昂揚感を与えてくれる。
「だァァアっるぁぁあアアアア!」
腹から溢れるような咆哮を鳴らすドレイク。
その直後には突進が始まった。
ドレイクの動作が荒い。
さっきの落ち着きがなく、動揺を誘えたのが目に見えてわかる。
「それでいい。お前にはそういう余裕なさそうな面が似合うぜ」
「黙れえええええ!!」
ここで仕切り直しだ。
ドレイクの弱点も少しずつ掴めてきた。
あと必要なのは"決め手"だな。




