Episode66 竜殺し、やる気なし
オージアスがやってきた。
その容姿は酷いもんだ。
口が爬虫類のように突き出て、皮膚は竜鱗に覆われ、背中に小ぶりな翼が生え、なによりトカゲに似た眼をしている。
「同情は無用。アンジー、いくわよ?」
「いや、元から情なんてねーけどよ……」
イルケミーネが俺の背中を押す。
問題は動機の方だ。
オージアスは確かに胡散臭いおっさんだった。
善人か悪人かで言ったら、悪人に近い人間だと思ってる。
でも俺個人に対して実害はなかった。
そこがこのおっさんの厭らしいところだ。
襲ってくれば張り倒すくらいはするが、殺すほど憎いかと聞かれたら、それほどではない。命を奪えるかは別問題だ。
「ところで姉貴よ。竜殺しセンサーがアレに反応してるんだが」
「じゃあ、アンジーの手にかかれば余裕ね」
「そうじゃなくて、なんでそんなことが起こる?」
ちらりと横目にリノの様子を確認した。
リノは冷や汗をかきながらも、短刀を構えて迎撃の姿勢だ。
オージアスがどうしてこんな異形の化け物になってしまったのか、俺も理解できないし、リノも育て親があんなに醜い姿になって混乱しているようだ。
「当然、竜に成り代わってるからでしょ」
「はぁ……?」
「さっきも話したけど、竜の血は、摂りすぎると竜化する」
「つーことは、オージアスは竜の血を?」
「そうとしか考えられないわね」
どうしてそんなことをしたんだろう。
直接本人から聞けそうにもない。
真相は謎だが、いずれにしてももう目と鼻の先だ。
襲ってくる相手とは戦わなければならない。
「くそっ、やるしかねえか!」
「…………」
「リノ、無理すんじゃねえぞ。俺だけでも十分なんだからな」
「うん。ありがとう」
――来る。変わり果てたオージアスが迫る。
頭突きでもしたかったのか、オージアスは頭から突っ込んできた。
バックステップで躱して間合いを取る。
起き上がったオージアスの首はありえない方向に曲がっていたが、それでも普通に立ち上がり、ごきごきと首を鳴らして元の形に戻した。
「すでに人間じゃねえな」
「やるなら炎の要塞を試すのよ」
「へいへい……」
イルケミーネはあくまで腕試し推奨。
元人間でも容赦しないのは姉貴の気質なのか?
左腕に魔力を通すイメージをつくる。
鳥肌を無理やり立たせる感覚だ。体中から魔力を霧のように放出させる。
腕が熱くなり、炎の鎧が片腕分だけ出現した。
その途中、オージアスがまた突っ込んできた。
伸びきったかぎ爪を振るってきたから、それを生成途中の腕で受け止めた。
「グ……オオ……ネハ……ン……ノ……」
蜥蜴のような眼。
瞳孔が開ききって、涎も吐き散らしている。
意外と力が強いー!
何秒か競り合った後に、力を溜めてオージアスを突き飛ばす。
だが全然力が入らない。
仰け反らせるくらいしかできなかった。
「思ったほどパワー出ねぇな!?」
機転を利かせて姿勢を下げてしゃがみ、足に強化魔術をかけて足払いをした。
オージアスは体勢を崩して転びそうになる。
そのガラ空きの腹に回し蹴りを打ち込んだ。
ティミー仕込みの格闘術だ。
「そうか。片腕だけの武装じゃ踏ん張りが利かないのか」
後ろからイルケミーネがぶつくさ言ってやがる。
品評にかけられてるみたいで嫌な気分だ。
一気にやる気が失せた。
「ああ……」
そもそもこの戦い、俺も気分がノらなかった。
竜化したオージアスの動きは単調だし、戦法も頭突きか爪攻撃しかないから、俺の得意な近距離戦にしかならない。そこに噛みつきと尻尾が加わる野良の竜の方がまだ強い。
俺はフラムモッテを解いた。
「ちょっと! なんで魔術を解くの!」
「やる気がねえ」
「む~~……」
イルケミーネが指ぱっちんして転移孔を開いた。
そして手招きしている。
ポータルサイトを潜って近くに来いってことだろうか。
珍しく丁重な扱いだった。
行ってやるか。
「なんだよ?」
「スキルワードが何をしてきたか知ってる?」
「知るか! 俺からしたら近所の胡散臭いエセ神父だ」
「エセ神父は合ってるわね。あの男、もうとっくの昔に教会から罷免されて、今では神職には就いてない」
今更そんなこと聞いて驚くと思うか?
「それより、リノちゃんにしてきたことよ」
「リノに?」
「話してる時間ないけど、悪い言い方すれば"実験材料"」
「……あいつが包帯だらけなのもそういうことか?」
「それは知らないけど、証拠の記録は見つかってる」
それが本当だとしても、始末をつけるのは俺の役目じゃない。
リノ自身が決めることだ。
ちらりとリノの様子を見た。
あいつも刃を下して、オージアスが起きるのを心配そうに見守っている。
実験材料にされてきた女が向ける視線じゃねぇな。
「……」
リノにとってはオージアスは育ての親だ。
おっさんがどんな悪行を働いて、どんな悪行を働くつもりだったか知らねえ。
でも、親を子どもの前で殺すような残虐なことできるか?
"さっきは悪かったな"
"ううん、それより手紙は――"
"手紙のことはオージアスには話すなよ"
"え……オジーさんは良い人だよ"
オズエッタ村に居た頃の会話をふと思い出した。
リノはオージアスを良い人だと言っていた。
それが答えなんだろうな。
――せめて弁明を聞くくらいは。
「おっさんをもとに戻す方法はないのか?」
「え!? なんでそうなるの?」
竜化オージアスが起き上がって怒りに震えている。
間髪入れずに俺の方に向かってきた。
「姉貴に話してもわかんねえよ!」
俺はイルケミーネの説得が面倒くさくなって駆け出した。
お互いに距離を詰め、オージアスに一気に肉迫する。
『炎の要塞』を展開して、突進を止めた。
皮肉にも『竜殺し』特攻が反応して全身の筋肉がメキメキと力をつけている感覚がある。もうオージアスは普通の人間じゃないのが全身で伝わってくる。
「どういうワケか知らねえが」
「ギュジィ……ギ……グロロ……」
「育ての親が酷い姿で現れて、知らないままに他人に殺されるなんて」
ショックが大きすぎるだろうな。
リノは大事な友達だ。
さらに塞ぎ込むようなマネはしたくない。
その辺、イルケミーネは人間味がなさすぎるんだよな~。
むしろ助けてやりたいと思う。
"――――…………。――"
頭の中に荒野の憧憬が浮かび上がった。
突然のことで意味がわからなかった。眩暈か?
まぁいいや。
「なんか方法はねぇのか……」
間近でオージアスを観察する。
体にボコボコの腫れ物が蠢いている。
ビジュアル的によろしくねぇな。
しかし、よく見ると人間としての部分も多く残ってる。
肌も竜鱗に変わり果ててるのは一部だけ。
例えば、この変異が激しい部分だけ焼き切ってやるとかどうだろう。
俺は左腕の『炎の要塞』でオージアスを引き留めたまま、右腕から『炎の巨人』の片腕を呼び出して、オージアスの肩のボコボコに手を伸ばした。
「物は試しだ」
ボコボコを握り締めて、焼き千切る――。
「ギャアアアア!」
悲鳴が響き渡った。
「ん―――!」
リノが目を塞いでしゃがみこむ姿が見えた。
この方法もなかなかに残酷か。
焼き千切った腫れ物の部分を見ると、傷口が蠢いて、さらに竜鱗のようなデキモノがぼこりと生えた。これじゃ何も変わらない。
チッ、どうやったら救えるんだ――。
"―――…………。――"
また何か頭にイメージが浮かび上がった。
今度ははっきりと曇った荒野が見えた。
なんだ今の?
「アンジー!」
イルケミーネが遠くから声をかけてきた。
「きっとその方法は間違ってない!」
「あぁん?」
「解毒剤はないから! 血抜きと患部切除!」
「……?」
情報が断片的すぎて訳が分からない。
「でも慎重にやって! やりすぎると火傷で戻らなくなる!」
イルケミーネは俺がやろうとしてることを察したようだ。
この方法でオージアスは元に戻せるってことか。
でもやりすぎたら死ぬ、と……。
"――…………。――"
相変わらず頭には変な映像がちらついてくる。
邪魔だなぁこれ!
――そう感じた瞬間、視界が一気に赤く染まり、スローモーションになった。
対峙するオージアスまでの進路と攻撃するべき軌道が映っている。
軌道は"線"で表示されて、まるで斬撃の光線のようだった。
ドクドク。ドクドク。
心臓が今までにない高鳴りをして腕がむずむずする。
衝動的に『剣』が振りたくなってきた。
「これってまさか――」
今なら、うまく力が引き出せそうな気がする。
閃いたことを実行しようとして、耳を塞いで蹲るリノのもとへ即行で向かう。
今はとにかく剣が要る。
「お前の愛刀を貸せ!」
「どうして……?」
「それがあればオージアスを救えそうな気がする」
「救う……?」
らしくないことを言ってる自覚はある。
リノも面食らって目を瞬かせていた。
そりゃそうだ。
俺は不良で今まで好き勝手に生きてきた。
それが突然、ヒーローのように救うとかなんとか言いだして、しかもその対象は胡散臭いと言っていたエセ神父のおっさんだ。
受け入れられるわけないだろうな。
でも、俺にも俺の流儀ってもんがある。
ここでおっさんをぶん殴ることは容易いが、リノの前ではそんなことはしない。
「いいから俺を信じろ。わかったな!」
俺とリノの合言葉だ。
そうやっていつも俺が状況を突破してきた。
リノもそれはわかっている。
「――うん。信じる。アンジーを信じるよ」
リノは愛刀を俺に手渡した。
俺はそれを受け取って、宙に投げて持ち替えた。
やっぱり今なら剣術も余裕でいけそうだ。
――見えた。
どう剣を奮うべきかの軌道が見える。
魔力が体を駆け巡って煮え滾るように熱い。
体内の『ボルガ』が反応していた。
オージアスが唸りながら、姿勢を低くした。
構え方も竜らしくなってるじゃねぇか。
俺は真っ直ぐオージアスに向かって距離を詰めた。
患部切除。
もし、竜化した部分が腫瘍みたいなものなら、切り取れってことだろう。
あと解毒剤はないから血抜き。
限界まで血を抜いて、オージアスの体から霊薬を除去するしかないのか。
「――――……!」
オージアスに接近して、赤い視野の中に指先を斬る軌道が描かれた。
そこを掠め取るように手が勝手に動く。
これが火剣『ボルカニック・ボルガ』の性能。
俺は生まれてこの方、剣なんて一度も触れてこなかった。
それが今ではどうだ。
こんな簡単に剣豪の力を手に入れた。
ボルボル剣、やっぱりズルい……。
リナリーもこんな風に剣を振るっていたんだな。
なんで土壇場で使えるようになったのかは分からないが。
振り返って、オージアスの様子を確認する。
斬り取った指や爪から血が吹き出て、再びそこに爬虫類の指が生えた。
「ダメじゃん!」
切除しても霊薬効果で傷口が治っちまうんだ。
しかも切り取った部分は、さらに竜に近い爪が生えている。
人間部分が減って、竜血の純度が高まったとか。
「グロロオオオ!」
オージアスはそれでさらに調子づいて、俺に爪を振るってきた。
「くっ……」
動きはゆっくりに見える。剣の軌道も示される。
俺は再びその軌道の示す通りに手が動いた。
オージアスの攻撃を躱しながら、すれ違いざまに影打・アイズでオージアスの足首と背中に小さく生えた翼を斬った。
でも、これじゃ繰り返しになるだろう。
むしろ切り刻めば切り刻むほど、オージアスの体は竜に近づいている気がする。
やっぱりこの方法じゃ――。
「キュウウ!!」
突然、鳴き声が聞こえた。
ミラが飛び出してきて、額の一本角を光らせた。
すると、再生しかけのオージアスの足首や背中が人間のそれに戻った。
「おおおお?」
「キュウ! キュウ!」
ミラが前足でオージアスを示している。
『こうげき つづけて』
光の粒子がひらがなを綴った。
そうか。聖獣のミラには癒しの力がある。
竜血の再生能力が働く前に、傷口をミラの力で治してしまえば――。
「オオお……あグ……ググ……」
オージアスを人間に戻せる。
この方法ならいける。
俺のボルガと、ミラの癒しの力と、リノの『影打・アイズ』があれば。
「っしゃあ、援護たのむぜ、ミラ!」




