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Episode65 竜殺しと異形のおっさん


 ドレイクはその頃、海を渡って空から世界を眺めていた。

 『火竜の座(サラマンド)』を奪ってから人型へと変貌を遂げたドレイクは、人目につくこともなくダイナ島を離れることに成功していた。


 島から大陸へ向かい、一番近くの港町を見下ろす。

 そこでは日本よりはるかに遅れた文明が窺えた。

 帆を下ろす船や木箱の積み荷など、原始的な暮らしぶりをする人間を見て、ドレイクは、シグマが人間を「下等」と言っていたことを思い出した。


 確かに下等だ。

 それと同時に、この世界では何も恐れることがないとも思った。



 しばらく大陸を飛びまわり、都市らしき街並みを巡る。

 鉄道も通っていない。車も走っていない。

 たまに馬車のようなものが大きな街道を通行しているのが見えたくらいだ。


「おいおい、こりゃ……」


 文明が古すぎる。

 ドレイクが恐れていたのは世界の軍事力だ。

 戦車や戦闘機が飛び交う世界なら、いくら竜でも無謀な振舞いは死を招く。

 それがないと分かった今、脅威となるのは魔法だ――。


「ジジイの言ってたことも一理あったな」


 せっかく異世界に生まれ変わって、完全無欠の力を手に入れた。

 ドレイクはチャンスを棒に振りたくなかった。

 魔法がどれほどの力か理解してない状況で、竜殺しを放置するのはリスキーだ。



 まずは自分が竜だと知っている連中から始末する。

 火山洞で会ったのは竜殺しと赤髪の女、あと倒れていた銀髪の女もいた。

 三人を倒せば、こっそり人間文明に忍び込める。

 魔法とやらがどの程度の脅威か知れる。


 ドレイクは再びダイナ島へ引き返すことに決めた。

 背中の翼を広げて大空を羽ばたく。

 この滑空だけで爽快な気分だ。

 体の一部は慣れない部分もあるが、そんなものはドレイクの前世を知らないものには無関係な話だ。今は空を自由に飛べるこの状況を満喫するとした。




 島に戻って噴火口から火山洞の巣に戻った。

 溶岩の熱気とともに、血生臭さが立ち込めていた。

 さすがにサンドバックにしすぎたかと反省しながら、奥のシグマが横たわる場所に舞い降りた。


「あ……?」


 見るに、シグマの体はズタズタに切り裂かれていた。

 既に首は両断されて絶命している。

 これは想定外だった。


 シグマは力を試すのに持ってこいの相手だった。

 首を刎ねないかぎり、死なない体だ。

 『火竜の座』になってどんな技が使えるのかを試す絶好のサンドバックだったというのに、それを滅茶苦茶にされてしまった。


 何者かが忍び込んで、始末したに違いない。

 なんて勿体ないことをしてくれたのだ、とドレイクはがっかりした。


「ったく酷いことしてくれるな~」


 近づいてシグマの肉片を摘まみ上げる。

 傷口は鋭利な刃物で切り取られたように見えたが、中の臓物には抉られた爪痕が確認できた。


 首を切断したのは刃物だろうが、他は獣の所業。

 冷静に考えると、最初に誰かがシグマを刃物で殺し、後からやってきた第三者が臓物を食い荒らした、という風に見える。

 しかし、第三者の獣がわからない。

 火山洞の熱気を好んでやってくる魔物も島にはいない。

 となると――。


「あぁ?」


 考えるうちに、地面に血の跡が見つかった。

 出口へと続いている。

 シグマの亡骸から順当に続いているのを見ると、これはシグマの血だろう。

 喰い荒らした(・・・・・・)奴が肉片を持ち歩いたのだ。


 追おう。ドレイクは跡を辿った。

 アンジーを探すついでだ。



     ◇



 休憩を挟みながらトレーニングを繰り返して、俺はなんとか左拳から左肩にかけてのみ、『炎の要塞(フラムモッテ)』を装備することができた。

 左腕全体が武骨な炎をまとうようになったのだ。


 これだけでもかなりの成果だ。

 うまく使えば、左腕を盾にしながらそのまま殴り合いに持ち込める。


 だが、これじゃ『炎の巨人(フラムリーゼ)』と変わらねえ。

 フラムモッテの真髄は全身装備が出来てからなんだ。ボルカニック・ボルガの引き出し方もまだ手をつけてねぇし……。



 息抜きがてらにベルンに話しかけにいく。

 岩陰で、リナリーとこそこそ何かをしている。

 一瞬だけ、リナリーの炎魔術に対峙するベルンがちらっと映ったが、すぐに見つかって追い払われた。


 なんかすごく邪見に扱われた。

 この徹底された秘密主義は何なんだ?

 ベルンはもっと自己主張の激しい女だったはずなんだが。



 もやもやした気分でリノに会いに行った。

 リノは一番大きな木の枝の上に立って何かに打ち込んでいた。


「おーい。なにしてんだ?」


 木登りして近づきながら声をかける。


「アンジー!」


 リノはいつでも俺を大歓迎だった。

 こいつの良いところはこういうところだ。

 俺の手を引いてくれて、リノの立つ枝の上まで登ってこれた。


「見張りしながら魔術の練習をしてたよ」

「魔術の練習? リノはなんか剣術オンリーのイメージがあったぜ」

「わたしも『影飛ばし(シャドウ)』とか使ってるのに……」

「シャドウ……って……あぁ!」


 そういえばリノは戦いにフェイントを組み入れる。

 闇魔術の一種だ。

 自分の影を送って牽制するフェイク。

 あまりに剣や投擲が卓越してて、そんなに印象に残ってなかった。


「わたしには、魔術は補助具みたいなものだけどね。ティミーちゃんに教え込まれた戦闘術だよ」

「はぁ~ん……」


 そういえば俺も、メインとなる炎魔術以外に水鉄砲(トロプフェン)水柱(エトリンケ)濃霧(ニーベル)雷撃(ブリッツ)雷の鞭(ドンナーケッテ)を取り入れたりする。

 竜相手に小手先の技は役に立たないから出番がないが。


 ――ドレイクにはどうだろう?

 ヒトの感覚が残ってるあいつになら使えるかもな。


「今は影飛ばし(シャドウ)の上位技を練習してるの」

「へ~。上位技ってどんなだ?」

「黒い影じゃなくて、より本物に近い影を飛ばすの」

「本物に近い影?」

「黒い影は昼間だとすぐ相手に気づかれちゃうでしょ。だから"色"のついた影を飛ばすんだよ」


 魔力に色があるように魔術で放ったものも色がある。

 炎の魔力なら赤、雷の魔力なら黄色という具合に。

 リノは闇魔術で放つシャドウに他の魔力を載せて、色をつけようというのだ。


 ――言うなれば塗装した影だ。


「そんな器用なマネできんのか?」

「できないから練習!」

「そ、そか……」


 リノも自分の中の高みを目指して頑張っている。

 少し反省。イルケミーネに文句ばっかり垂れてても仕方ねえな。



「あ――――」


 リノが突然、練習を止めた。

 姿勢を下げて、真顔で遠くを眺めている。

 木の上からだと見晴らしがよくて島も広く眺められる。


「山の方からなんか飛んだよ」

「なんかって? 野良の竜じゃなくてか?」

「違う……」


 リノが青い眼を光らせる。心眼だ。

 イルケミーネの理屈でいえば、リノのそれは魔眼に近い。

 遠くにあるものすら、本来の視力とは別の視野で確認できる。


「あの二人…………。ん!?」

「ん?」

「アンジー! あそこ見て!」

「見てるけど粒みたいなのが見えるだけだ」

「エルフの二人組だよ。ミラちゃんもいる」

「なんでその3人が一緒に行動してんだ?」


 遠目に見えるのは、豆粒レベルに小さい二つの影だ。

 それがフィルとファウの二人なのか。

 豆粒は青と緑色をしてる。二人の髪色だ。

 ていうか、空飛んでねえ?


 その直後、山から何かが斜面を突き破って、飛び出してきた。

 まるで火山が側面から噴火したみたいだ。


「なんだあれ? 黒っぽいのが飛び出したぞ」


 エルフ二人はあの黒いのから逃げてんだろうか。


「あ……あれって……」


 リノは心眼を解いて、視界をこっちに戻してきた。

 驚愕した表情を浮かべている。


「なにを見た? なんだったんだ?」

「オジーさん……だ……」

「は?」

「……でもなんか、違う」


 リノは震えた声で呟いた。

 誰かのことを親しげにリノはそう呼んでいた。

 俺がどれだけ胡散臭いといっても自分自身だけは信じ続けた育ての親。


「オージアス?」

「……」


 リノは静かに頷いた。

 オージアスだったとして、単体で空を飛んでる時点であのエセ神父のおっさんの身に何か変化があったことは想像できるが、リノは心眼を通して視てしまった。

 それが良い変化ではないことは顔色でわかった。


「チッ、とりあえず助けるしかねぇ。ミラもいるんだからな」


 リノは苦虫を噛み潰したような顔だ。

 助けにいくにしても遠すぎるが、ここで炎魔術をぶっ放して合図でも送れば気づいてこっちに来てくれそうな気がする。


「合図送るぜ? いいか?」

「……そうだね」


 上空に向けて手を翳し、指を合わせる。

 炎魔術の準備はできた。


「でも、その必要はなさそう」


 前を飛ぶ青と緑は真っ直ぐこっちに向かってる。

 それを追う黒い影も一緒だ。

 偶然にも、3つの影は近づいてきていた。



 あ、そうだ。

 イルケミーネに頼めば、転移魔術を使って、エルフ連中を先にこっちへ引き寄せられるんじゃねえか?


 そう思った俺はイルケミーネのもとへ走っていき、状況を伝えた。

 見晴らしのいいところまで出て、上空を指差す。


「待ってね――」


 イルケミーネは魔眼を開いた。

 リノもそうだが、魔眼って望遠鏡なの?

 正直、羨ましい。


「なるほど。――"開通(エォフナン)"」


 イルケミーネは狙いを定めて左手の指を弾いた。

 俺と同じで左利きなんだな、姉貴は。

 青髪と緑髪の二人の進路の前に転移孔(ポータルサイト)を開き、その出口を俺たちの目の前に開通させた。


「ひぃいい追いつかれるぅううわぁあああ!?」

「ああああ!? 前! 前!」


閉鎖(エンド)!」


 二人の通過を確認して転移孔をすぐ閉じた。

 地上に呼び付けられたフィルとファウは木の幹に頭をぶつけて急停止した。


「うええ……」

「くぅう……」


 この二人、いつもギャグみたいな立ち回りだな。

 近づいていって、目を回すフィルとファウの頬をビンタした。


「おい。おいおい。起きろ」

「痛いっ。痛い痛い痛いって、ちょ、なに!?」

「悪いが時間がねえぞ。お前らを追ってるアレはなんだ?」

「アンジー!?」


 フィルが立ち上がる。ファウもだ。

 俺は後ろ上空を眺めて距離を見計らった。

 黒いオージアスと思しき未確認飛行物体は、真っ直ぐ飛んでいる。

 時間にして10秒くらいで到着するだろう。


「あたしたちだってアレが何か聞きたいわよ!」

「なんとなく心当たりはあるけどね~」


 この二人がエセ神父のことを知ってるかどうかは謎だが、出会い頭にはもうあの有り様だったってことだろう。


「キュウ!」

「おう、ミラ! 元気だったか?」


 一角兎がファウの肩から俺に乗り移ってきた。

 リノの言う通りだった。


『オージアスしんぷ なぜかわからない』


 光の粒子で日本語の文字が浮かんだ。

 やっぱりオージアスなんだ。


 振り返る。もうすぐそこだ。

 間近で見ると酷いツラしてやがる。

 竜というよりトカゲの顔だ。

 小さな翼が生えているが、体格がおデブなもんだからドラ〇エに出てきそうな悪役の魔物みたいな見た目してらァ。


 久々に竜殺しセンサーが働く。

 実力は大したことない。

 ドレイクの半分くらいの力だろうか。

 そんなことよりオージアスに対して竜殺しセンサーが働くこと自体に驚いた。


「どうする?」

「ちょうどいいわ。特訓の成果を試したら?」

「あぁ?」


 イルケミーネが背後から助言する。

 なかなか好戦的なこと言うな。


「いいから。アレは悪人よ」

「……」


 相手は人間――として扱っていいか微妙だが、いいのか?

 俺もオージアスは胡散臭いと思っていたが、実害があったわけじゃねえ。

 恨みはないんだ。

 ヤるには微妙な気分だ。



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