Episode64 竜殺しと蠢く異形の影
やってることといえば、ただひたすら手や目以外から魔力を放出させるトレーニングをしていただけだった。
成果として、肘と膝から炎を出せた。
このシュールさがわかるか?
肘と膝から炎がでるんだぜ?
旧世代ロボット兵器かよっていう。
「うーん。ちょっと時間かかりすぎかな」
「はぁ? こっちだって必死にやってんだぜ」
「でもこれ以上続けて魔力を探知されるのが心配だわ」
イルケミーネは俺のことを褒めない。
個人指導のプロとかイキってたくせに、俺が褒めて伸びるタイプだと気づいてない時点でプロ失格じゃねえかな?
「休憩がてら場所を変えましょ」
「へいへーい……」
「? なんかやる気ない返事ね」
「そりゃやる気なんか起きねえよっ」
「どうして?」
「こんなにボロカス言われて、やってられるか? 不良なめんなよ」
イルケミーネは眉間に皺を寄せた。
それで、ふぅーと溜め息をついて、呆れた目を俺に向ける。
「はぁ、最近の子は根性がないのね」
「うわ、ナチュラルに老害っぽいセリフ言ったぞこの女」
「この女!? お姉ちゃんになんて口を利くの!」
「お前なんか姉貴じゃねえ! 姉を名乗るならもっと優しくしろ!」
喧嘩っぽくなってきた。
騒ぎを聞きつけたリナリーやベルンがやってきた。
心配そうにリナリーがイルケミーネに尋ねる。
「どうしたんですか?」
「妹の口が悪すぎて頭にきただけよ」
「ああ……」
リナリーも苦笑いを浮かべて俺を見た。
「ごめんなさい。先生やってて苦労したでしょ。ちょっと複雑な家庭事情で、私もちゃんと見てあげてなかったから」
「いえ、アンジーはユニークで楽しいですよ」
「ふーん……。まぁそういう見方もあるかな」
リナリーがそれとなく俺に寄ってきて頭を撫でた。
この神対応。リナリーが姉だったらよかった。
イルケミーネもそれを見て何か感じたみたいで、そっぽを向いた。
「とりあえず移動しましょうか」
「そうですね。アンジー、大丈夫?」
「おう」
なにか俺に言いたそうなのをこらえて、イルケミーネは俺たちを促した。
きっと姉貴は気を張って我慢する性格だな。
絶対にここぞという時に失敗するタイプだ。
…
俺たちが移動を始めるとリノが突然、舞い降りた。
どうやら木の上に登って、竜がこないか見張っててくれたらしい。
リノは吹っ切れてから急に有能になった。
癖が強かったときの方が面倒だったが、今は逆に扱いづらい気がする。
しばらく森を進んで、小高い丘っぽい所に出た。
ここは俺とベルンが漂着した砂浜とは反対側に位置するところだろう。
意外とダイナ島は狭い島だ。
「この辺ならちょうど見晴らしもいいわね」
「腹減ったんだが」
もうお天道様も高くなって昼飯の時間だった。
というか、島に来てからというもの、変なトゲトゲフルーツしか食ってない。
体も物足りなさを感じて、肉っぽいものを求めている。
「生き残ってる竜を調理する方法でもないもんかねぇ」
「竜の肉は食べちゃだめだよ」
隣にいてくれているリナリーが忠告してきた。
「前も聞いた気がするが、本当に食えないのか?」
「劇薬だからね。竜の血肉は霊薬とも呼ばれてて、傷や病気を忽ち直す代わりに、中毒になると無痛症になったり竜鱗癬っていう病気になるよ」
「りゅうりんせん?」
「肌に竜の鱗みたいなのができるの。見た目も竜に近くなっていくよ」
絶滅危惧種だっていうわりに研究は進んでたらしい。
魔術ギルドには魔法生物課っていう専門部署もあるそうだ。
それに協力してたのもサラマンドだという話だから、俺がしでかした罪は重い。
「うぇ……けっこう返り血浴びたけど大丈夫かな」
「飲んでなければ大丈夫。少量だったら害はないから」
昔の研究チームはそれで何人か後遺症が残ったとか。
でも回復薬としてはこれ以上ないくらい万能らしい。
劇薬って言葉が良く似合う。
「しゃあねぇ。またトゲトゲフルーツの収穫かぁ」
「…………」
イルケミーネが、なんか俺をちらちら見てくる。
目があった。なんだろう。気まずいじゃねーか!
言いたいことあるならはっきり言いやがれし。
「開通!」
イルケミーネは指ぱっちんして転移魔術を展開した。
頭上に黒い穴が開き、中から何かぽとりと落ちてきた。
そこには、骨付きの燻製肉が!
燻・製・肉・が!
「それなんだ!? どっから出てきやがった?」
「転移孔に格納してたお肉だけど、食べる?」
「食べる食べる!」
俺はふんだくるようにイルケミーネから肉を受け取った。
何の肉か分からないけどウマい。
「現金な子ね~……」
「一食いっぱいの恩義ってのはすべてに勝るもんだぜ」
「それを言うなら一宿一飯の恩義ね」
イルケミーネはしゃがんで微笑んできた。
「食料ならたくさん持ってきたからいくらでもあげるわ」
「おおマジで! ありがとうな、姉貴!」
「お姉ちゃ……まぁいいか」
飯の恩義で今までのことは"分け"にしてやろう。
イルケミーネが軽装備なのも、その転移孔の収納を利用しているからだった。
「ていうか、転移魔術って物を持ち運ぶのも便利なのな?」
「次元の狭間を利用するからね。時間概念もないから食べ物も腐らない」
「転移魔術すげええええ」
「アンジーも素質あるだろうし、使えるかもしれないわよ」
「はぁ~、そいつはぜひ教えてもらいたいもんだぜ」
「この島のことが片付いたらね」
シュヴァルツシルトの血筋ってのも悪くない。
俺の兄貴にあたる『次元のシュヴァルツシルト』ってのはもっと転移魔術の使い方がうまいらしい。
一体どんな奴なのか、いずれ会ってみたいもんだ。
イルケミーネと少し距離が近くなれた気がする。
◇
エルフ2人はようやく島の中央の火山中腹に辿り着いた。
一晩かかり、尾行していた神父も見失った。
というのも、フィルとファウの2人は竜種に抗う戦闘力が皆無だ。
慎重に行動をしていたせいだった。
しかし、尾行失敗の一番の理由は別にある。
「キュウ~……」
聖獣が疲れたようにか細く喉を鳴らした。
神父を尾行中、この聖獣アルミラに遭遇した。
フィルとファウの2人は、妖精種としての知識をフル動員させて、なんとかこの未知の生物を解明しようとした。
そもそも彼女らは情報屋だ。
未知なものを前にすると血が騒ぐのだ。
「聖獣様もお疲れのようね」
「そりゃ一日かけて登山して、何も食べてないもの」
フィルとファウは時間間隔が人間族のそれと大きく異なっている。
一晩二晩なら飲み食いせずとも空腹を感じない。
栄養補給は必要だが、消化が遅いのだ。
精霊力で生きる純血エルフの特性だった。
「でも聖獣よ!? 1日断食くらい余裕でしょ」
「キュ……」
そう、アルミラは聖獣であり、同じ精霊力で生きている。
それさえわかれば、エルフにとってソウルメイトだ。
しかし、ミラ本人には溜まったものではない。
「感覚は私たちエルフと近しいものがあると思うよ? でも断食はちょっと」
「じゃあ、ファウは何か食べさせるものある?」
「聖獣様の口に合いそうなものは~……」
「ほら見なさいよ。結局そうじゃない」
「キュウ……」
エルフ2人に同行したのは間違いだったか。
ミラは溜め息がでそうだった。空腹は空腹だ。
しかし、フィルもファウもアンジーのもとへ向かおうとしている。
オージアス・スキルワードの豹変ぶりを見てから単独行動が怖くなったというのもあり、誰かの傍にいないとミラは不安で仕方なかった。
オージアスのことはオズエッタ村に居た頃から知っているが、元々異様な雰囲気は感じていたものの、危険さを感じたのは今回が初めてである。ずっと育て続けたリノのことも傷つけるとは、狂っているとしか思えない。
火山の中腹から、火山洞の中に入る洞窟があった。
そこから三人揃って中に入っていく。
「というか、アンジーはここでいいのよね?」
「壮絶な魔力反応があったからここで間違いないはずだよ」
2人に道先案内を任せて大丈夫だっただろうか。
幸いにも竜種や魔物に遭遇せず、無事、火山洞までたどり着けた。
アンジーはこんな孤島でも臆することがない。
我が道を往く。さすがだと改めてミラは思った。
前世の頃から度胸はあったが、生死に関わる状況でも覇道を貫く姿勢に感服だ。
何か、自分で役に立てることは何だろう、とミラは考える。聖なる一角から放つ癒しの力は、本当に癒しの力にしか使えないだろうか?
火山洞を奥に進むと、大空洞に行き当たった。
どうやらそこに今回の大ボスがいて、アンジーもそこに向かった。
恐る恐る中に入り、進む。
熱気と、マグマの煮え滾る音が響く。
……しかし、異様に静かだ。
静けさの中に水溜まりを踏みちらす音が響いてくる。
バシャバシャ、バシャバシャという具合に。
音に向かってフィル、ファウ、ミラの順に近づく。
一体これは何の音なのだろう。
そもそもアンジーと竜種のボスというのは何処に――。
「……ガァア……コノセカイニ……ヲ……」
何かがいる。
横たわる巨大な影が暗がりに見えた。
「ひっ」
ファウが悲鳴をあげ、先をいくフィルの背中にしがみついた。
何か恐ろしいことが起こっている。
本来ならここで戦いが起こってると思っていた。
アンジーと竜との激しい戦いが。
「ガァウ……ウウ……? ヒトノ……ゼロ……」
実際は、もっと恐ろしいことが行われていた。
横たわる巨大な影の中に、異形の影が蠢いている。
それは人の姿をしているのだが、片腕が伸びて肘から刺々しい突起が出て、背筋からも鰭のようなものも伸びている。首筋から頭部にかけての形も、人のそれよりずっと平らで、まるで出来損ないの蜥蜴の魔物のようだった。
「ゼロ……ゼロロロロ……ジャクメツ……ぎひひ」
「あ、あああ、ああああ……!」
その異形が振り向いた。
口が嘴のように伸び、牙も生えている。
顔面を血に染めて、それが何か乱暴に食事をしていたように口元から何かが滴り落ちている……。
「グオオオオオオオオオオオ!」
「いやああああああああ!」
「きゃあああああ!?」
異形の咆哮とフィルとファウの絶叫が重なった。
それを合図に異形がすごい勢いで飛んできた。
背中には小ぶりの翼もあって、多少の滑空はできるようだ。
「き、きたあああああああ!?」
「逃げるわよ、ファウ!!」
フィルが発破をかけてファウを促す。
ミラも拾い上げて、エルフ2人は風魔法を展開した。
徒歩で来たときの3倍の速さで引き返す――。
フィルに抱きかかえられたミラはちょうど背後を見ることができたが、迫ってくる異形の蜥蜴の奥に、大きな竜の屍を見た。
あれがおそらく本来の火山洞の主だろう。
倒すべき竜の親玉だったものだ。
それがどういうわけか既に死んでいる……。
迫り来る魔物の成り損ないもまた、本来倒すべき敵ではなかったはずだ。
無作為に引き裂かれた衣類と全体の容貌から、ミラはそれが誰か気づいた。
――否、誰だったのか気づいた。
オージアスだ。
嗚呼。ミラは喉からぴりぴりした吐息が漏れ出た。
きっとこの戦いは狂った方向に向かっている。




