Episode63 竜殺しと姉(?)
翌朝――。
イルケミーネの鑑定によると、今の俺は魔力が一気に増幅したせいで、それをうまくコントロールできない状態らしい。
魔力調整はガスコンロの火力調節に似てる。
一度、最大火力を知ってから加減するのが常套だ。
俺の場合、その振れ幅が大きくなりすぎた。
元から魔力値が高くてコントロール不良だったが、さらにその3倍膨れ上がって、調整もその3倍は難しくなっている。
「でも大丈夫。アンジーは天才魔術師の娘だから」
イルケミーネは説明の合間にそう言った。
天才ならもっと頭良いこと思いつくだろうよ。
今の俺を見ろ? どこに天才要素がある?
イルケミーネは木陰まで歩いていくと、近くに落ちていた太めの木の枝を手に取って、俺に手招きした。
何か地面に絵を描くつもりらしい。
黒板の代わりか?
近寄ると、イルケミーネは絵を描き始めた。
「普通の人の魔力って、こんな感じなのね」
人型の絵の中に一本線の矢印を描き込まれていく。
体を巡るように円を描いていた。
アルミ缶のリサイクルマークに似てる。
「アンジーの場合を示すと……こんな感じ?」
もう一つ人型の絵が地面に描かれて、その中に何重もの矢印を描き込まれて、ぐちゃぐちゃにされた。
恨みでもあんのかってくらい汚い絵だ。
矢印の数も多く、人型の内側は真っ黒に潰された。
「人間の魔力って、人の体に耐えられるくらいにしか成長しないものなんだけど、アンジーはどういうわけかその限界を超えちゃったのね。しかも、さらにここに……」
黒く潰された人型の横に、筒型の柄が描かれて『盃』の文字が描き込まれる。
筒型と人型の間に両矢印が描かれた。
「ボルカニック・ボルガを宿したことで、前から異常だった魔力と、増幅器の性質を持つボルカニック・ボルガが相互作用して、さらに膨張したと考えられるわ」
「説明を聞けば聞くほど怖いんだが。俺死ぬのか?」
「まぁボルガ自体が魔力の器として機能するから大丈夫……たぶん」
「たぶん!?」
姉と言い張るくせに本質的には冷たい。
この精神異常者、ネタじゃなくガチかもしれない。
「もし内包した魔力に肉体が耐えられなかったら、体が溶けるわ。まだそういう兆候は見られないし」
「……」
それ、ボルガを埋め込まれる直前になってた。
もしあのときリナリーに助けてもらわなかったら、今頃ドロドロのスライムになってたんだな。怖。
「ボルカニック・ボルガの能力は知ってる?」
「ああ、リナリーから聞いたぜ」
「ふーん、そう」
なんか反応が一層冷たくなった。
遠くの木陰に座るリナリーに目配せする。
あっちはベルンに対して個別レッスンをしている。
ベルンの方が前のめりになってるから、何か教えてもらおうとしたのかも。
ボルカニック・ボルガは単純な炎の剣じゃない。
担い手の剣術を一気に向上させる。
その実、古代の剣豪の剣術を記憶させて、魔力を通すとその記録が甦る仕組みだという話だが……。
言ってしまえば『空飛ぶホウキ』と一緒だ。
魔力を通せば能力を発揮する魔道具。
そういや、空飛ぶホウキを食った竜、あれから見ねえな。見つけたら衝動的にぶん殴る自信ある。
「ボルカニック・ボルガはサラマンド様が造った魔造兵器だけど、皮肉にも竜に絶大の相性を誇るわ」
「どういう意味だ?」
「"竜は首を刎ねないと死なない"」
「ああ――」
「そういうこと。切断するという意味では火剣は最強の武器であり、竜は打撃より斬撃に弱い。つまり」
――この二つの条件を合わせれば、答えは出る。
ボルカニック・ボルガこそ竜の弱点なんだ。
ドレイクを倒すならそれが一番シンプル。
サラマンドはどういう意図で、こんな自分の種族の弱点となる兵器をつくり出したんだろう。
「だからなんとしてでも、アンジーにはボルカニック・ボルガを使えるようにしてもらうわ」
「そうだな」
それが命と引き換えに助けられたサラマンドに対する礼儀だ。
「でもここで難しいのは、使いたい魔造兵器が体内にある場合なのよね。体内に魔力を通すなんて、自分の臓器の位置を自力で動かすくらい難しいことだわ」
「また気が狂った例えを……」
「私もわからないもの。魔眼に似てるのかしら?」
イルケミーネは天然モノの魔道具を臓器に持つ。
それが鑑定の魔眼だ。
「イルケミーネが鑑定魔法をやる時はどうしてる?」
「お姉ちゃん、でしょ」
「オ……オネエチャン……」
三白眼で睨んでくるなよな。おっかねえ。
「鑑定魔法は生まれついての力だから、どうやってるとか意識してないのよね」
「でも発動の引き金はあるんだよな?」
お家芸である"指パッチン"的なやつが。
「詠唱するより……力む感じかしら?」
「はぁ~ん」
力んで発動させるのね。
その辺は俺の魔術と同じだな。どれどれ……。
「ふんっ」
目をカッと見開いて力を入れる。
すると、キュピーンと眼前が煌めいた。
「な――銀盤生成!」
イルケミーネは身を伏せつつ氷の壁を展開させた。
そこに俺の目から発した火柱が直撃する。
火柱はゴァァという猛烈な音を立てて後ろの大木に直撃し、幹を切り倒した。
「……ぉ、ぉお、おおおおお!」
今、目からビーム出たな!?
目からビーム出したな、俺!?
新しい必殺技が生まれた瞬間である。
「おおおじゃないわよっ! 殺す気!?」
「死んでねぇんだからいいだろ? それより目からビーム出たな、俺!」
「び、びーむ……? わからないけど、視覚で炎魔術を放ったのは見てたわ……。どういうことなの……」
「ついに、ここまで来たか」
目力で吹っ飛ばすのは男のロマンである。
直接手を下さず、というところに美学を感じる。
わかるだろう?
今までリノの心眼を見て羨ましいと思っていた。
カッコいいからな。
漫画でもよくあるが、やっぱり眼で黙らせるのは不良界で憧れだったりする。
「先天的な能力じゃないのに、なんでそんなに新しい力を次から次に獲得できるの……? 一体どういうこと? 天才というより秀才気質なのかしら」
イルケミーネは驚いて冷や汗までかいてる。
「ふ、俺を見くびったら目で黙らせてやるぜ」
「いや、ていうか、それあんまり役に立たないから」
「え……」
「今の状況では要らないから出さないでね」
「いや、その……かっこよくねえ?」
「それよりもボルガの使い方を考えるわよ」
「……お、おう」
イルケミーネには軽く流された。
無駄な寄り道はしないタイプの性格なんだな。
まぁいい。最後の奥の手には絶対使えるはずだ。
それから何度も試行錯誤して体内のボルカニック・ボルガを使う方法を考えたが、どれもダメだった。
火山洞で巨大な火剣を呼び出したときは、無我夢中だったからな……。
あのとき一瞬だけ見えた男の影が脳裏に過る。
アレは一体、誰だったんだろう。
なんだか、その背中を追いかけようと意識的に手を伸ばしたとき、剣がカタチになって大剣が現れた。
「うん、一旦保留にしましょう」
「ボルガを諦めんのか?」
「効率重視よ。先に融合型魔術のやり方を教えるわ」
ああ、そっちか。
課題が多すぎて忘れちまうな。
「それに、平然と一日過ごしたけど、いつ新生サラマンドが奇襲をかけてくるかわからないのよね」
この島にいる限り、サラマンドの庭の中だ。
「あっちも俺たちの居場所が分からないんじゃね?」
「竜みたいな古代幻想種は魔力に敏感なはずよ。さすがに何度も魔術修練してたら、すぐ探知されるわ」
竜道レイクだったら奇襲もやりかねねえ。
あいつは親の手は借りない男だったが、姑息なことはやる奴だった。
「だから最短でアンジーに魔術指南しないといけないのよ。熟成する前に死なれたら指導者失格だわ」
「おう、ならとっとと融合型フラムリーゼの特訓だ」
「火焔男?」
「俺が昨晩着た炎のオリジナル魔法の名前」
勝手に命名したのだから知らなくて当然だった。
イルケミーネは、ああ、と呟くと顎に手を当てて考え込んだ。
「じゃあ、融合型の名前は『炎の要塞』ね」
「ふらむもって? ださ……なにそれ」
「可愛くていいじゃない」
「かわいいは無し! だめだめ!」
「よくわからないコンプレックスがあるのね」
コンプレックスなのかもしれない。
カワイイと呼ばれるのは前世から抵抗あるし。
イルケミーネは俺の髪の毛をぽんぽんしてきた。
「可愛いってのは武器なんだから、素直に受け入れればいいのよ。――さ、練習するわよ」
むー。まぁいいか。
それより今は対ドレイクに向けて修行だ。
イルケミーネはキツい女だが、目的に対してストイックなとこは波長が合う。血は抗えない。
イルケミーネは拓けた場所に出て、魔術操作がどの程度できるか訊ねてきた。
正直、そんなに大したことはできない。
指パッチンに任せて発動させているから細かい調節や発動場所の指定ができるだけで、これが大魔術になればなるほど雑になってくる。
俺はとりあえず簡単な放出魔術をイルケミーネの指定した場所に放った。
「やっぱり指先と声帯が発動主体か」
なんだ?
「フラムモッテを使いこなすなら、発動器官はアンジーが普段使ってる指先や声帯、あと……目っていう方法とまったく変わるからね」
「発動器官ってなんだよ?」
「魔術を発動させる生体器官。例えば私なら目とか」
「ほほう?」
「それこそ装着型だったら全身をフル稼働させる感じかしら」
全身をフル稼働させる……。
それなら俺の場合、「ファイアー」と叫ぶことで発動させられる『大火の要塞』がそれにあたるのだろうか。
一発ぶっ放すセレマ・ヴァルカンより常に形状を維持させるフラムモッテの方が難しい。
「イルケミーネはどうやって――」
ごごご、という圧を感じた。
イルケミーネにすごい睨まれている。
「オ、オネエチャンは……どうやって俺の魔術を制御させたんだ?」
「補修魔術でちょちょいとね」
俺がオネエチャンと言うと不良が絡んでるようだ。
イルケミーネの話を要所要所掻い摘んで、俺に理解できた話を噛み砕くと、魔力放出の蛇口を分散させたって話だった。
俺は魔術発動のとき、発動器官をどこかに一点集中させる癖があるらしい。
だから体内の魔力が膨大になればなるほど、蛇口が一点集中してる俺は最大出力で魔力をぶっ放す。
例えば指パッチンだったら指先だけとか。
それを足、腕、胴体、背中といったところに分散させて、体全体から魔力を垂れ流すようにしたと云う。
それを補修なしで自然にできるようにすること。
それが修行の目的だ。
全身から魔力放出できるようになった後、その魔力を『フラムリーゼ』にする。それで『フラムモッテ』の完成だ。
全身を魔力の蛇口にするって感覚、なんとなく掴めそうな気がする。




