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Episode57 竜殺しの三角関係


 焚き火の音、心地いい。ぱちぱち。

 ぼんやり炎を眺めて夜風に当たってると心が洗われるな。

 そんな俺をちらりと見やり、ベルンが咳払い。


「いつまでその格好でいるつもりですの?」

「あぁん?」

「あぁんではなくてですね、あなた裸なんですよ? 花も恥じらうお年頃の格好とは思えませんわ」

「今の俺には恥もへったくれもねぇ」


 恥辱はもう十分に噛み締めたぜ。

 敗北の味とともに。


「風邪、ひきますわよ」

「風邪なんて引いたことねぇぜ。生まれる前から」


 もちろん前世から。

 ベルンとリナリーには既にカミングアウトした。

 元男だと知られてから、ベルンの態度がやけによそよそしくなった気がする。


「その……どういう気分です?」

「なにがだ?」

「だってアンジー、前は男性だったんでしょう?」

「……まぁ、言っても、俺も女になったのに気づいて5年くらい経ったからな?」


 もう股間の空虚さに違和感はない。

 それどころか生理だって味わったんだぜ。

 ていうかまた来るだろうし。

 体が女になったこと、もう受け入れてる。


「でも、わたく……し……?」


 ベルンが何か言いかけて、ふと後ろを振り向いた。

 森の奥は真っ暗闇で何も見えない。


「なにか今、物音がしたような」

「小動物でもいるんだろ?」

「でも人の気配のような――」


 俺とベルンは顔を見合わせ、暗闇に目を細めた。

 ちなみにリナリーは焚火の前で寝ている。

 変わりばんこに見張り中だった。


「何もいねぇじゃねーか」

「うーん……私もきっと過敏になってるのですわ」


 ベルンは火山洞でのびてたから眠くないらしい。

 おかげで暇な時間を持て余すように、色々考えてしまうのだとか。それに俺は付き合ってやってる。


「ま、この体、よかったこともあるぜ? 男に生まれてたらベルンとは知り合わなかったんだ」

「……!」


 アチカに入学したとき、不良に絡まれたのも、そこにベルンが助け船を出したのも、俺が女で弱そうだったからだろう。


「だから、けっこう満足してんだぜ」

「あ、アンジーは……例えば、ですけれどっ」

「なんだ?」

「例えばの話ですわよ? 別に何か特別な意味があって聞くわけじゃありませんから、そこは勘違いしないでくださいなっ」

「だからなんだよ? もったいぶるんじゃねえ」

「……こほん。その、元は男性となると……恋愛対象はどちらになるんですの?」


 ベルンは焚き火に照らされた顔でもわかるくらい赤面させて、口を突っぱねて訊ねてきた。


「そりゃあ……」


 恋愛したことねぇからわからねええええ。

 でも逆に考えてみて、じゃあ男と付き合うかと聞かれたら絶対に嫌だ。


 でも、よくわかんねぇ。

 俺も歳を重ねれば、男に惹かれるものなのか? 

 幸いにもその兆候はまだないが。


「いや、男は嫌だろ、普通に」

「そ、そうですかっ……それはそれは……」

「なんだってんだ」

「べ、別に何も? た、ただ、えーっと……っ」


 ベルンの様子が変だ。

 歯切れも悪いし、目も泳いでやがる。


「変なやつ。俺が誰を好きになろうがいいだろ」

「大いにありますわっ」

「えええ?」

「ちなみに、リノさんのことはどうですの?」


 ベルンは興に乗ったのか、ずいずい聞いてきた。


「リノは同郷のダチだ」

「でもリノさんはそう思ってるようには――」



 カサカサと森の奥から音がした。


 今度は俺にもはっきりと聞こえた。

 俺とベルンは硬直して、森の奥の方を注視した。

 真っ暗で何も見えないが。

 突然、冷気が吹き荒んだような気がして肌寒さを感じ、鼻がムズ痒くなって俺は盛大にくしゃみした。


「っくしゅん!」

「ほら、言わんこっちゃありませんわ」

「違わぃ! 風邪なんか引かんぞ、俺は!」

「アンジーの意志に関係なく引くときは引きます」


 ベルンは干してあったアチカ制服の上着を取って、俺に被せてきた。

 意地を張って俺は抵抗した。すごく抵抗した。

 ベルンも躍起になって俺に服を着せようとする。


「やめろぉおおお」

「いいから着なさいっ! 貴重な戦力なんですから」

「服くらい自分で着る。人に着せられるのは嫌だ!」


 着せ替え人形未遂事件以来、わりとトラウマだ。

 そうこうして揉みくちゃになってるうちに俺は態勢を崩して仰向けに転んだ。

 ベルンはその上に覆いかぶさるように跨った。

 俺が裸というのもあって、傍目には襲われているような光景に映っただろう。


「ぁ――――」


 ベルンが小さな吐息を漏らした。

 頬が赤く染まって、とろんとした目で俺を見る。

 なんだ、こいつ。


「いや、早く退け?」

「アンジーは無防備すぎるんですわ」

「はぁ……?」


 ベルンは俺の腕を押さえつけ、もう片方の手でおっぱいを触ろうとした。


 おっぱいを。


 おっぱいを触ろうとした。こいつは。


 真顔で。


 その瞬間、とてつもない恐怖心が襲った。

 生理的な怖さというか、自分が欲望を満たす対象に見られたことに対する嫌悪感みたいなものを。


「ヤ――」


 やめろ、と叫ぼうとしたその刹那。



 キラりと、光り物が森の奥から飛来した。

 殺気を感じた俺は、まだ制御しきれてない『炎の巨人』を喚び出して、秒でその光り物を弾いた。

 光り物はひゅんひゅんと空を切り裂く音を立てながら弧を描いて弾かれ、地面にサクっと突き刺さった。


 それは、投擲用ナイフだった。


「……」


 一瞬の間があった。

 俺は思考回路がストップしかけていた。

 だが、それより体が衝動的に動いた。

 ベルンの胸倉を掴んで引き寄せると、そのまま地面に押さえつけた。


 そして次に飛来するナイフを炎の腕で叩き落とす。


 こんな芸当ができるのなんて一人しか知らない。

 投擲ナイフのサイズ感。狙いも正確。

 噂をすれば影と言ったもんだが、あいつの場合は噂をすればナイフが飛んでくるらしい。


「おい、リノ。なにしてんだ?」


 暗闇に向かって声をかける。

 返答はない。それどころか気配すらない。

 さすが忍者。やることが姑息だ。


「ふざけてないで出てこい!」


 暗闇の中に俺の声が消えていく。

 それに対する返答は、凶器で返ってきた。

 俺は飛んでくるナイフの攻撃を造作もなくフラムリーゼの腕で弾き落とした。フラムリーゼって言ってもて棘の生えた蕾みたいな形だが。



「アンジー、後ろですわ……!」


 地面に仰向けで寝転がってるベルンが叫んだ。

 既に何かが俺の背後から迫ってきていた。

 俺は振り返り様に裏拳で反撃をかけた。

 すかした。手応えなし。


 その影は、残像だけだった。



 ――冷気が迫る。死の熱量が世界を包む。


 それに捕まったが最後、一気に奈落の底へ引きずり込まれる気がした。

 俺は咄嗟にベルンの襟を掴んで緊急回避した。

 バックステップで距離を離す。

 その直後。



 ――――……!


 俺たちがそれまで居た場所が細切れ(・・・)になった。

 文字通り、空気を切り裂いた。

 細切りになった草が舞い、焚き火の火は斬り裂かれて消えた。


 一瞬、火の粉に反射して刃がギラついた。

 そこに映るリノの蒼い瞳がこっちを向く。

 ――ぞくり。その寒気は死の気配だ。

 修道女の格好をした殺人鬼が、姿勢を低くして獲物に狙いを定めている。


「リノさん!? なんで私たちを!?」

「これ、心眼モードだ。完全にイってるぜ」

「どういうことですの!?」

「いいから、死にたくなかったら下がってな!」


 ベルンは俺の気迫に負け、黙って茂みに隠れた。


 ていうか、リナリーは?

 心配になって鎮火した焚き火の跡をチラ見したら、ちゃんと目を覚ましていて、気配を殺しながらゆっくり後ろに下がっている。

 リナリーは俺に目配せした。

 何やら手をにぎにぎしてジェスチャーしてる。

 そのまま剣を振るジェスチャーに変わった。


 なるほど。リナリーには武器がないんだ。

 本業の魔術はあるが、前に学校でリノを差し止めたように剣は振るえないって意味だろう。


「ってことは、俺が止めるしかねぇってか」


 ボルカニック・ボルガを譲り受けた俺が。

 『炎の巨人(フラムリーゼ)』はバグっちまったからもうまともに機能しない。

 単純な鈍器くらいにしかならない。

 竜道を両断したときに喚び出した大剣のようなものをうまく作れれば、まだ勝負になる気がした。


「アンジー……」


 リノがマネキンのような顔して呟いた。


「お前、喋れるのか? ちゃんと意識あるか?」

「ある。あるよ。アンジー。会えたね」

「おおう……。じゃあその物騒なもん、しまいな?」


「――なんで?」


 なんでって。

 リノの雰囲気は未だにヤバい。狂人のそれだ。

 なのに普通に受け答えしてる感じはもっとヤバい。


「これでアンジーに、あげられる。やっと」

「へえ、何をくれるってんのかねぇ……」


 頭をフル回転させてイメージング。

 剣。剣。剣。剣。

 わー、びっくりするほど出てこないぜー!


「わたしが、わたしだけのアンジーが、此処にいて、それを、涅槃(ねはん)を、ね。きっと綺麗にしてくれるんだよ。血がほしいの。ふふ」

「は……?」

「アンジーの血をちょうだい」


 事実誤認。まったく喋れてないし、意識もない。

 リノはやはりイっちまっていた。支離滅裂だ。

 俺も俺で必死に剣をイメージしていた。


「綺麗にできるの。わたしのアンジーを」

「俺は、あいにく誰のものでもないんでね」

「ふふふ、ふふふふふ、もうすぐわたしだけのものになるんだよ」


 冗談じゃねえぜ。ヤンデレ女が。

 お前のことは嫌いじゃないが、束縛してくるようなのはまっぴらごめんだ。残念だが、俺たちの友情はここまでだな。


「だからね、もう許さない。そこの泥棒さんも」

「ひっ……」


 リノは予備動作なしで短刀を森へ投擲した。

 茂みに隠れたベルンに投げられたようだ。

 俺は、脇を通り抜けようとするそのナイフを素手で掴んだ。


 投げ捨てた後、手から血がぽたぽたと垂れた。


「ほら、それ。それだよ。それが憎くて、綺麗で、わたしの中で永遠にしたいんだ。血で満たしたいよ。またわたしを救ってくれるよね? アンジー」

「…………」

「はやく! 助けて! アンジー! あはっ」


 リノの蒼い瞳がさらに輝きを強めた。

 心眼もフルスロットルのようだ。

 これなら未来予知の域に達してんじゃねえ?

 犬のように四つん這いに近い姿勢になって、リノはふとその場から姿を消した。


 ――――……!


 不可視の影が、気配だけで迫ってくる。

 空気を斬り裂いて、強引に間合いに入ってきた。

 ヤバい。死ぬ。


 咄嗟に『電磁網ブリネッツ』を張った。

 リノの神速に迫る強襲の影を、弾くことができた。

 姿が見えないこの戦いで、あいつの振り撒く殺気だけが距離感を図るための手がかりだ。



 でも、弾いたところで次の手が浮かばない。


 俺のパワー型の攻撃は、リノと相性が悪すぎる。

 躱されちまうし、もし気づかないうちに間合いに入ってきたら、一瞬で微塵切りになるんだ。


 というか、マジで俺を殺すつもりなのか。

 そもそもそれが異常だった。


 俺のこと好きだったんじゃねーの?

 一体、こいつは何がどうしてこうなったんだよ。

 俺は必死に考えた。全裸で。



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