Episode51 火竜と火竜の座
火山洞の奥地から響き渡る雄叫び。
それが足下から腹の奥底へ伝い、臓腑を揺らす。
リナリーは固唾を飲んだ。
「やっぱり。……ここだよね? アンジーも」
リナリーは肩に乗る相棒に問いかけた。
肩からサラマンドが顔を覗かせる。
「ああ。間違いねえな。ヤる気満々って感じだ」
「ってことは、その相手も当然……」
「まぁ予想的中ってことだわな」
「……っ!」
リナリーは堪らず駆け出した。
湿気でぬかるんだ足場もお構いなしに、ただひたすら本陣に向かって走った。
「本当にバカ。考えが足りなすぎるよ!」
わずかな溶岩の明かりを頼りに走っていく。
火山洞の奥にいるであろう教え子を助けるため。
どれだけアンジーが竜殺しに特化していても、きっと今は敵わない。そんな予感がしていた。
…
前日のことだ――。
リナリーは生徒11人とともに森に身を潜めていた。
夜も更けてきて、せめて必要最低限の寝床は探しておかなければ、いつまで続くかわからない島でのサバイバルも厳しい。
探し歩く最中、沖で突如として火柱が上がったり、青い魔力が輝いたりと魔術反応が確認できた。
きっとダイナ島に救助が来たのだ。
リナリーは生徒たちを連れて海岸に向かった。
海岸で待ち伏せていると、その団体は普通に海の上を歩いて渡ってきた。
よく見ると、見慣れた姿がちらほら。
学校一の有名人、イザベラの姿もあった。
乗組員もファルマイヤ家の人間だった。
そしてなんと、気にかけていたリノ、聖獣アルミラまで一緒だと気づき、リナリーは驚いた。
「竜殺しは海に落ちた……」
アンジーも一緒にダイナ島に来ている。
イザベラが教えてくれた話では、竜と交戦して海に落ちたということだが、大所帯となってしまったパーティーメンバーの安全確保を優先するため、捜索は後回しとなった。
内陸に向かって森を歩き進めると、身をひそめるにはちょうどいい大樹の根の下を見つけ、そこでキャンプすることにした。
一晩過ごすと、サラマンドが違和感に気づいた。
「すごい速度で島にいる竜の反応が消えてるぜ」
「それってもしかして!」
「こんな殲滅速度、人外でもなけりゃ……まぁ、一人だけ可能な人間はいるがな」
「アンジーだ!」
リナリーはすぐ行動に出た。
アンジー自身がどこにいるか分からないが、火竜の同種索敵の力を借りて、どの方角から竜が殲滅されているか探っていく――。
その道筋は確実に火山中央に向かっていた。
「アンジーの考え、手に取るように分かるね」
「あいつも竜の居場所を感知できるんだったな?」
「そうよ。……でも、いきなり一番反応が強いところを狩りに行くかなぁ普通」
「ケケケ、アイツらしいじゃないか」
「笑いごとじゃないよっ」
リナリーはキャンプ地に戻って、アンジーが見つかったことと、どこに向かっているかを伝えた。
ひとまず敵本陣の火山洞を目指す。すぐにでも。
アンジー救出作戦、もとい暴走阻止作戦だ。
アチカの生徒、ファルマイヤの従者はともかく、イザベラやリノ、ミラは同行を志願した。
「あたしは、竜殺しに借りがあるからね」
「ふむ」
「わたしはアンジーなしじゃ生きていけない!」
「ううん……?」
「キュウキュウ……キュウッ!」
「ごめん、言葉が分からないよ」
聖獣アルミラは解読不能な文字を紡ぎ出したが、意味はわからなかった。
今まで問題山積みで後回しだったが、聖獣の生態調査も今後しておきたい。
「そっか。みんなアンジーが好きなのね」
だが、ここは慎重に人選するべきだ。
なにせ、ダイナ島には竜が蔓延っていて、アンジーが相当な数を討伐したとはいえ、危険地帯である。
非戦闘員だけ置いていけば危ないだろう。
それに、身軽な方が火山洞への到着も早い。
無理に連れていっても戦力が劇的に変わるかというと微妙なところ――。
「はっきり言って全員役立たずだな」
サラマンドが口火を切った。
リナリーは言いあぐねていたことだ。
その刺々しい言葉は立候補した2人と1匹の顔を顰めさせた。
「なんだって?」
イザベラが不機嫌そうに訊き返した。
「お前ら、竜と戦うかもしれないんだぞ」
「サラちゃん……」
「剣聖の娘だか、人殺しの末裔だか、聖獣だかが雁首揃えてもなぁ……これよ」
サラマンドは前足を頸に当て"死"を暗示した。
酷い言い方だが、リナリーはサラマンドを怒る気になれなかった。
リナリーですら竜との戦いは不安だ。
竜は火に耐性があって"赤の魔術"と相性が悪い。
そんな状況で、魔術学生を温情で連れていっても護れる自信がない。
サラマンドは嫌われ役を買ってまで皆を止めてくれている。むしろ感謝したい。
結局、リナリーとサラマンドの2人で向かうことになった。
他は陣営の護りに徹してもらう。
説得というより、無理に引き止めたようなものだ。
おかげでリナリーも火山洞まですぐに着いた。
炎の強化魔術による加速であっという間だ。
…
「サラちゃん、なんか感じる?」
洞窟の奥から熱気が強まってきたところで、リナリーは立ち止まり、肩の相棒に問いかけた。
「なんかってなんだよ」
「だって――」
リナリーは言葉に詰まった。
考えていたのは『火竜の座』のことだ。
火竜の生態は魔法生物課が研究している。
ある程度のことは判っているが、それは五大賢者の智慧のおかげでもある。
ティマイオス、サラマンドを含め、風の賢者シルフィード、土の賢者グノーメ、水の賢者アンダインが人類に協力的であるため、神代から続く人類魔法史も解明されつつある。
だが、この『火竜の座』継承については不鮮明だ。
竜は骨肉争いの果てに最強の"一"を後世に残す。
その周期がちょうど1000年だとも分かっている。
それが分かった上で、1000年周期を迎えたのは史上初のことだ。
だからリナリーは心配だった。
そも、敵もこの機を狙って島に誘い込んだはず。
天敵となる竜殺しの存在も知っているだろう。
であれば、何か罠を張っているに違いない。
それにもし『火竜の座』が交替となった場合、後継者の用意もしてあるだろうし、先代のサラマンドはどうなってしまうのか、というのも――。
「あんまり気にしても仕方ねえよ」
「サラちゃん、私……サラちゃんがいなくなったら」
リナリーは嫌な予感がして涙ぐんだ。
「だらしねえな。あのガキを助けるのが先だろ」
「サラちゃんは私とお別れしても辛くないの?」
「俺様にとってリナリーと過ごした時間なんて長ーーい生涯のうちの、ほんのこれくらいだぜ?」
「薄情者!?」
「竜は根っから冷酷な生き物だぜ」
サラマンドはいつも通りだった。
敢えてそうしているのだとリナリーも知っている。
やはり近々、サラマンドの身に何か起こるのだ。
火山洞をさらに奥まで進む。
マグマの明かりが強く差し込む場所へ抜け出ると、奥から声が聞こえた――。
「なんだよ竜道かよ。ちょっと安心したぜ」
「はぁ? 前世のオレの心配でもしてたのか?」
「いや、お前が相手で安心したっつーことよ」
「アンジ……テメェ、なめやがって……」
凶悪な魔力の膨張を感じる。
リナリーが物陰からその大空洞を見やった。
竜が2頭とアンジ、そして傍にはベルンハルデも倒れていることに気づいた。
――良かった。無事だった。
きっと警戒すべきは奥で横たわる巨体の竜だろう。
魔力反応は強くない。随分と老いた竜だ。
だが、サラマンドは大空洞の中を見たときから、その老竜を睨み続けている。
「ジグモ。生きてたのか――」
◇
火山洞の中は熱気を帯びている。
熱いといえば熱いが、それより体の内側の方が焼かれるように熱くて気にならなかった。
これが"闘志を燃やす"ってやつ?
前世からの宿敵と思わぬ再会とか、上等だ。
俺は竜道レイクに恨みがあるんだからな。
「今のお前、随分とお似合いな姿だな」
「――――」
「なんだ? まだ女じゃないって言い張るか? もう立派に女じゃないか。やっぱカミサマってのはよーく見てんだよ。クハハ、その服装も似合ってらァ!」
竜道は興に乗って、女になった俺だけでなく、アチカの女子制服も笑った。
俺もすっかりスカートに慣れたが、前世を知る奴には滑稽に見えるんだろう。
「……勝手に言ってな。俺は見てくれなんて気にしちゃいねえんだよ」
――かわいいって言われるのはムカつくが。
竜道はボンボンの家に生まれたからプライドも高くて、見てくればかり気にする傾向がある。
その意味では、
「そう言うお前もだろ? トカゲみてえな面して泥水でも啜ってそうな面だぜ」
「この状況でよく言ったな。褒めてやる――」
煽り耐性はゼロなんだ、こいつ。。
竜道から感じるパワーが、どんどん膨れ上がる。
「んじゃ挨拶もそろそろ、始めるかァ! なァ!?」
「上等じゃねえか。ぶっ殺してやる」
魔力を一気に放出する――。
内側で燻っていた魔力を外側へ爆発させた。
『炎の巨人』が頭上に出現。
拳を振りかぶり、突進する竜道を殴りにかかった。
「オラァァアアアアア!!」
「ガァァアアアァァァアア!」
――今までの竜と変わらねえ。
こいつが竜である以上、絶対に俺には勝てねえ。
俺はその手応えも予想通り、こいつの図体が一気に吹っ飛ぶと考えていた。
フラムリーゼの拳が、竜道に直撃する。
「グ……ウゥゥウアアアアアア!」
その右ストレートを、竜道の顎は耐えた。
そのまま拳を頭の力で無理やり払おうとする。
「は――――」
なんで竜道には殴りが通じない?
咄嗟に腕を引く。
竜道の頭をフラムリーゼの両腕で抑え込んだ。
……ずしりと重たい感触が伝わってくる。
力が強え。
他の竜と体格は違わないのに、なんて馬鹿力だ。
てか、力が強いとかそういう次元じゃない。
俺の力が通用してない。――そんな手応えだ。
「アァァァァア!」
俺はアッパーカットを決めて竜道の猛攻を止めた。
天井を仰ぐ竜道の首‥…。
それがゆっくりと振り向いた。
爬虫類に似た竜道の目が俺を睨んだ。
なぜか俺はそれに恐怖を感じた。
――まるで効いてねえ。
「チッ……電磁網!」
手を変えて電撃魔術で目を潰す。
編み込まれた電撃の網が竜道の顔を包んだ。
「燃焼!」
前方へ炎を噴射させて一旦距離を取る。
次の手……。次の手を考えないとダメだ。
今まで竜との戦いは首を握り締めて刎ねてきた。
タイマンならそれは可能なはず。
――でも、竜道には通用しない気がした。
「アアム……グムグム……ウム……ふー」
竜道は『電磁網』を食い破り、そのまま魔力の塊ごと喰ってしまった。
「すげぇ。すげぇよ、サガアンジ」
「く――」
「魔法ってやつか? お前こっちで器用なこと覚えたんだなァ。面白いじゃん。もっと見せてくれよ」
竜道はイカれた目を俺に向けた。
頭をフル回転させても次の手は思い浮かばない。
竜道の倒し方がまるでわからない。
ここに来るまで『竜殺し』として申し分ない戦績を稼いできたはずなのに。
――今の俺じゃ、こいつには勝てないのか。
こいつも竜だ。
ってことは、竜殺し特攻は効くはずなんだ。
それが無効って、どういう理屈だ?
こいつ特有の対抗能力でもあるのか?
「くそ、なんでこいつには効かないんだ」
「ククク……」
大空洞の奥で横たわる老いた竜が不敵に笑った。
「愚か者には相応しい末路よな」
「テメェ! なんか仕組んでやがったのか!?」
「クク……。いいや? 貴様のそれは自滅に等しい」
老いた竜は喉奥から呻くような声を出した。
「人の身でありながら能力は人外の域……。
生身のニンゲン如き、神気の才は荷が重すぎた。
そんなもの、内側から朽ち果てて当然であろう?」
「あぁ……?」
ジジイドラゴンの言うことは理解不能だった。
それにしても手足の先端がやけに熱い。
煮え滾るように熱くて、溶けるようで、熱くて熱くて熱くて熱くて……まるで手足の感覚がねえ。
感覚が……ない? おかしいな?
無意識に腕から炎が燃え盛っていた。足からもだ。
魔術は使っていないのに――。
「なんだこれ」




