Episode50 竜殺しと火山大空洞
竜がこの1000年ばかりの間、姿も見せずに絶滅したと思われていたのは、人間が相当な能天気だったか、竜がとんでもなく執念深くて賢かったか、それとも裏で誰かが手引きしたんじゃないかと思う。
そのくらい島に棲む竜は好戦的だった。
昔からずっとこの熱量で暴れてたら、人間がどれだけ馬鹿でも絶滅したとは思わないはず――。
「大火の要塞!」
竜の翼を焼き溶かして墜落させる。
落ちてきたところを『炎の巨人』の腕と炎魔術のターボを利用して跳び、首根っこを掴んで焼き切りながら一緒に落ちた。
「グギャァアアアアウ! ガアアアア……ッ!」
「うらああああああああ!」
竜の首は樹の先端に突き刺さって、刎ね跳んだ。
そのまま地上に着地して首を投げ捨てた。
「ハァハァ……ハァ…………はぁぁ……」
魔力はまだまだ余裕がある。
もう50頭くらい竜の首を討ち取った。
島の各地から感じていた竜の反応も、もう点々としか感じられない。
それだけ竜の数が減っているってことだ。
これだけの戦績なら『竜殺し』も完成形に近い。
「ベルン、終わったぜ」
茂みの中にベルン嬢がしゃがんで待機している。
声をかけると、すぐに顔を出した。
「お疲れ様ですわ。少しお休みしません?」
「要らねえ。今のペース切らしたくないし」
「ですが、なんだかボロボロですわ。それに……」
ベルンは横目で山頂に目配せした。
もう敵の本拠地が近い。
俺たちは結局、仲間の誰にも遭わないまま、ボスがいるだろう火山の中腹まで登ってきてしまった。
「あまり想像したくありませんけど、疲弊している状態で乗り込んだらさすがのアンジーでも負けてしまうのでは……?」
「お前、今までなに見てたんだ? 余裕だろ」
「私はずっと目を瞑ってました」
「そりゃ建前な! 本当はずっとガン見してんの知ってんだよ!」
ベルンは口元に手を当て苦笑いを浮かべた。
なんだよその「バレました?」みたいな顔。
バレるも何も最初から言ってただろうが。
「どちらにせよ、お体、限界そうですわよ?」
「俺の限界を勝手に決めつけんな」
「でも足のそれ、見たことない反応ですし……」
ベルンは俺の足元を見た。
なんとスネから煙が立っている。
戦っている間からずっと手足の先が熱くて、戦いが終わると、そこから黒い煙が立つようになった。
湯気とかそういう次元じゃない。
船の上で竜2匹と戦ってるときにも自然発火現象みたいなことが起きた気がするが、島に上陸してからも体が変だ。
異常をきたしてるのは誰から見ても明らか。
ベルンはそれを心配していた。
「ケッ、どうせ魔術の残り香だろ?」
「だといいのですが、黒い煙なんて縁起が悪いです」
「……」
病は気から、ってな。
気にしても仕方ねえものを気にする気はねえ。
ここまで来たら突き進むだけだ。
山の中腹で洞窟の入り口を見つけた。
その奥から熱気を感じる。マグマが近いんだ。
俺とベルンは、とうとう来てしまったという雰囲気で顔を見合わせた。
「いくぜ?」
「わかってますわよ」
洞窟の中に入ると、むわっと熱気が立ち込めた。
こいつは随分と息苦しい。
「……ずっと不思議だったのですけれど」
「ん?」
「竜はなぜ私たちを襲うのでしょうか」
「なぜって? そんなもん考えてどうする」
ベルンは困惑していた。
立ち止まって怪訝そうに何か考えている。
「俺があいつらと戦う理由がないのと一緒だろ。出会って即喧嘩なんて俺らの業界ではザラにある」
「どんな物騒な業界ですの……」
「それが性ってもんさ」
ベルンは納得してなさそうだが、首を振って意を決したようにまた歩き始めた。
洞窟の通路が下り気味でベルンは足を滑らせた。
手を握って転げないようにエスコートしてやる。
「ありがとうございます。まるで紳士ですわね」
「自分を男だと思ってるからな」
「ふふ、アンジーってば、ご冗談を」
冗談も何もマジなんだが。
「でも、私もあなたが男性ならよかったと思います」
「そうか。なんでだ?」
「な、なんで!?」
ベルンは狼狽して両頬を手で押さえた。
「そんなこと言えるわけありませ……わわっ」
「あっ、おい。危ねえぞ」
体をくねらせたことでベルンは盛大に転んだ。
フレアスカートが捲れあがり、その奥から白いパンツが丸見えになった。
手を取ってベルンを立ち上がらせる。
……手が震えていた。我慢してるんだな。
俺は手をひらひら振って合図を送った。
「怖いなら付き合わなくていいぜ。ここで待つか?」
「いいえ、別に怖いわけでは……」
ベルンは胸に手を置いて呼吸を整えた。
そのまま服の裾を払って居住まいを正すと、俺の服を引っ張って近寄らせた。
「だって、おかしいと思いませんか?」
「なんの話だ?」
「さっきのお話の続きです。長い間ずっと表に出てこなかった竜が今さら……というのも変ですが、人間を脅かすにしても私たちから襲うというのは――」
ベルンには道中で、今までの経緯を伝えていた。
アチカ魔法学院が竜とツルんでるということと、ファルマイヤ家も竜に懐柔されていたって話だ。
あと、妖精コンビ2人の話では、竜種は元から人間を襲おうと画策していた。
「今までの話、私も整理していたのですわ。
もし人間への進攻を考えているなら、ガルマニード大公殿下とその家臣から攻め落とせば、国一つを牛耳ることもできたわけですわよね?」
確かに、魔法学院と沿岸貴族一つを丸め込めたなら、宮殿に走狗をひっそり送り込んで寝首かくくらいできたかもしれない。
「アンジーのお話だと、魔法学院の生徒をこの島に誘い込むことが第一の目的のように聞こえますわ」
「…………」
そりゃ確かに変だな。全然考えてなかったが。
竜は単純だが、バカじゃねえ。
もしアチカの遠足行事で生徒を島に誘い込みたかったとして、それが失敗に終わったら自分たちの存在を世間に知らしめるリスクがある。
そうなれば、人間も総出で竜討伐に出張る。
奇襲のチャンスを一つ棒に振るんだ。
そうまでしてアチカの生徒を誘い込む意味とは。
「私の予想では、アチカの生徒というより、その中の"特定の誰か"を捕らえたかったのだと思います」
「特定の誰か……」
今までの出来事を振り返る。
リナリーは俺をあえて遠足に行かせなかった。
教頭のラウラは、俺が学院に残っていることに、かなり焦っていた。
そして黒竜ダルケもイザベラの親父に、
『竜殺しの娘の送致も失敗した上、禁戒すら破って我の姿を下賤の群れに晒した』
そんなことを言って怒り散らしていた。
竜殺しの娘……って俺のことだな?
あいつら、まさか天敵の存在に気づいていて、まず人間狩りの前に俺を――。
「そ、そうか!」
「はい。間違いありませんわ」
俺たちは互いにはっとなって顔を見合わせた。
「狙いはきっとこの私なのです!」
…………。
………………。
…………いや、なんでそうなる?
「私はベルンシュタイン家の長女。豪商貴族の娘を誘拐して、身代金を要求する気に違いありません」
「その理屈はおかしいだろ」
「そして軍資金を手に入れた後、人間に総攻撃をしかけるという筋書きですわっ」
私って罪深いですわ、とベルンは体をくねらせた。
自意識過剰すぎて話にならねえ。
「それだったらイザベラだって同じ貴族だ」
「ファルマイヤは既に懐柔されていたのでしょ? 誘拐する意味がありません」
「……」
「私が乗る船が二度も襲われた理由もそれですわね」
そもそも竜に金が必要か?
貨幣って概念あるか?
「まぁ、そういうわけで私が竜に攫われて捕虜となる可能性を考えていたのですわ。それで足が竦んでしまって……」
「へー。そりゃ怖いねー」
「でもアンジーもいますし、危なくなりそうでも助けていただけると信じてます! ね?」
そんな純粋な目で見るな。
人助けなんて嫌いだ。
それはともかくベルンの推理は参考になった。
まず天敵である俺が狙われている可能性はある。
でも、それなら何故、俺が『竜殺し』の能力を持ってると知っている……?
ファルマイヤの屋敷に行ったときには既に知られていたから、もっと前に俺の能力をチクった奴がいるってことだろう。いったい誰が?
――そのとき突然、体が吹っ飛ばされた。
「うおお!?」
「きゃああああああっ」
爆音が耳を劈く。
洞窟の壁が崩れて土石が体を打ちつけた。
何がなんだかわからないうちに、俺の足は何かに咬まれて引っ張られて、洞窟の地面の下へ引きずり込まれていく。
「くっ……ああああ!」
掴まるものもなく、そのまま地下に吸い込まれた。
洞窟の崩落が始まって、ベルンも後に続いた。
地下から物凄い熱気が伝わってくる。
下を見ると、赤と黄色に光る溶岩がどろどろ流れる大空洞に続いていた。
「――――ッ!」
『炎の巨人』を召喚して、腕を伸ばす。
片腕でベルンを抱き寄せて、もう片方の腕で壁を掴んで、壁を削りながらゆっくりと落ちた。
地面に近づいてきたのを見計らって壁を殴る。
大空洞のマグマが流れてない場所へ飛び乗った。
「熱っ! なんだここ!? てかなんだよ今の!」
ベルンは気を失っている。
さすがにあの不意打ち、俺も意識が飛びかけた。
殺気を感じて頭上を見上げる。
豪快な羽ばたき音とともに旋回する影があった。
竜であることに間違いないが、なんか今まで倒してきた竜と格が違う気がした。
竜殺しセンサーが警笛を鳴らしている。
そいつが俺とベルンを引きずり込んだのだろう。
「――漸くお出ましかな。竜殺しの娘」
「あぁ?」
視線を地上に戻す。
完全に保護色になっていて見逃していたが、目の前には赤い巨体の竜が横たわっていた。
その図体は今まで殺してきた竜の数倍のデカさだ。
だが一方で、竜殺しセンサーの反応は弱い。
だいぶ弱っているようだ。老体か?
「クハハ、こうして間近で見ると豆粒以下よ。どうして我ら竜種がこんな矮小な娘に畏れをなさねばならぬのか……。神族はつまらぬ置き土産を遺した」
重低音ボイスが壁全面に反射する。
音響設備があるかのように腹の奥へ声が響いた。
「テメェが竜の親玉だな?」
「クク、どうかな。我らには同族意識がない。ましてや親だの主だの、喰らい合って当然の間柄をそのように慕うことはない」
「細かいことはどうだっていい。奴隷にした人間に指示送ってたのはテメェかって聞いてんだよ」
「ほう。いい眼をしているな」
――考えろ。考えろ。考えろ。
相手はたったの2頭だ。
しかも片方は老衰で弱ったジジイドラゴン。
これならタイマンに持ち込んで、首絞め戦法で簡単に殺れるんじゃねえか。
大丈夫だ。
俺はここに来るまで50頭も竜を殺した。
戦績でいえば、50戦50勝無敗。
今さらボス級と対峙したからってビビることねえ。
俺が拳を構えると、頭上を飛んでいた竜が猛烈なスピードで落下してきた。
隕石みたいな破壊力だ。
地面と一緒にマグマが飛び散る。危ねえ。
「オレにやらせろ」
「ドレイク。――儀式の刻が近い。温存しろ」
ドレイクと呼ばれた竜は凄い形相で俺を睨んだ。
そのガンの飛ばし方、不良の作法と一緒だ。
まるで俺と同じ世界で生きてきたような、そんな雰囲気を感じた。
「竜殺しのサガ」
ドレイクははっきり俺の名を呼んだ。
慣れ親しんだ、今では違和感ある呼び名だった。
「おい、今なんつった?」
「お前なんだろ? サガ・アンジ」
「――――」
俺の前世の名だった。
全身の血管が膨れ上がるのを感じた。
見間違うはずがない、その眼、その口調。
"――かかってこいよ、アンジ"
俺はこいつを知っている。
積年の恨みだ。忘れるはずがない。
あの悪夢は、正夢だったんだ。
「竜道レイク……」
俺もミラも生まれ変わってこの世界に来ていた。
だったら同じ事故で死んだ竜道が、こっちにきていても不思議じゃねえ。
ここにきて竜と戦う理由がはっきりした。
上等じゃねえか。相手がお前ならちょうどいい。
前世の怨みも含めて、ボコボコにしてやる。




