Episode4 竜殺しと湖のいきもの
金髪少女が洋館の廊下を歩いていた。
手には聖獣アルミラを監禁している鳥かご。
少女はコレクションの中で特にお気に入りを、こうして連れ歩く癖がある。
おかげでアルミラは洋館の間取りをほぼ把握していた。
「あはっ、ティミーちゃん、閃いちゃったー」
ぶりっこみたいな声を出す金髪少女。
名前はティミーと云うらしい。
アルミラは、同じ女として金髪少女の態度にはいつも寒気を感じる。
ティミーが向かう先は洋館の地下室。
湖畔近くのこの洋館は、湖の地下洞とも繋がっていた。
「人を拉致するなら、空より潜水の方が成功率高めだと思うのよ。ひひっ、あの子を捕まえたら何して遊ぼうかしら。あなたも楽しみでしょう?」
ティミーは地下へ続く階段を下りる。
造作もなく魔術で電撃球を宙に浮かべ、それを灯りにして進んでいく。
階下に広がるのは、ひんやりと冷たい地下洞。
そこに溜め池が広がっていた。
池の前に立ち、ティミーは手を翳した。
「出でよ、従順なる下僕、シードラゴンちゃん!」
呼び声に応じて水面から飛び出す竜。
――のような、巨大タツノオトシゴのような。
その魔獣は口がホースのように突き出ていた。
それで捕獲対象を吸い込むことができる。
ドラゴンフライちゃんは単なる偵察器に過ぎなかったが、お次は生身の魔獣。
さすがの幼女も魔獣相手に無双はできまい。
単調な動きの鉄屑とは違うのだ。
「さぁ、この子を拉致してきて頂戴!」
「ゴォォォオオオウ!」
水晶玉に映る幼女をしかと見せつける。
こくりと頷くと使い魔『シードラゴンちゃん』は潜水して姿を消した。
「キュウ!」
――聖獣アルミラはその水しぶきが上がる一瞬の隙を見逃さなかった。
腹の下に隠した小瓶を溜め池へ投げ入れた。
小瓶には金髪少女の目を盗み、手に入れた紙とペンで書いたメモが入っている。
それが彼……いや、彼女に届くことは奇跡に近いかもしれない。だが、聖獣アルミラにはそれしか出来ることがなかった。
アンジに届きますように。そう祈った。
○
今日も今日とて目覚めが早かった。
というのも、
「ゲコゲコゲコゲコゲコ」
蛙の鳴き声がまたうるさいのである。
またかよ、アイツら!
ベッドから跳び起きて窓から庭先を眺めた。
案の定、霧が濃くて見えねぇ。
だが、犯人は分かっている。
2階の寝室から出て階段を駆け下り、玄関から外へ飛び出した。
「来やがったな、クソ蛙!」
盛大に開け放たれた扉の先には巨体の数々。
カイザートード。通称、クソ(の色した)蛙。
牛みたいな図体で、相変わらず生臭い。
俺の苛立ちも限界を超えそうだった。
「今日こそテメェらに目に物見せてやるぜ!」
「ゲコ? ゲコゲコゲコォ! ゲコォ!」
蛙の大群が嬉しそうに、俺に向かってずしんずしんと飛び跳ねてきやがった。
「ハッ、馬鹿どもめ!」
考えてきた秘策を披露するときだ。
あいつらは変態か何なのか知らねぇが、俺を見ると口に入れてこねくり回そうとする習性がある。
つまり、こっちから攻め込まずともカウンターを決めるチャンスが必ずあるってことだ。
「ゲコ……ォムン!」
ほら無防備にも舌を出してきやがった。
ここで活躍するのが家にあった装飾用の剣。
奴らが舌を出してきた瞬間、さっと避けて舌を掻っ捌いてやるんだ。
こないだ同じ要領でトンボを返り討ちにしてやった俺なら、ヤれる!
「今だ!」
先頭のカイザートードが舌を伸ばす。
その隙を見極め、剣を振り下ろし――
「ハァ――――ぁっ痛ぇ!」
全然ヤれなかった。
容易く蛙の舌に腕を弾かれ、剣を落とした。
そのまま体にヌトヌトの舌が巻き付き、口に引き込まれ、飲み込まれた。
「ひにゃぁあああ!」
今回は抵抗の余地なく、まんまと丸呑み。
あわや、ここまでかと思いきや、蛙は俺を咥えただけで飲み込む気配がねえ。
ひたすら口の中のヌルヌル粘液に掻き回された。
「うぶっ……げっ……きめぇえ!」
腹の外でドシンドシンと振動音が響いた。
蛙が飛び跳ねて移動を始めたようだ。
そのまま何処かに連れていかれる。
「ぐむっ!」
蛙はどこかに移動してから俺を吐き出した。
他の蛙どもの大合唱も聞こえてくる。
「ゲコォ! ゲコゲコゲコッ!」
「ぐぇっ! ……ガハ、ゲホッ、吐くならもっと丁重に吐き出せよアホンダラ!」
そこは湖の岸辺だった。
家からそんなに離れてない。
蛙どもは俺を湖に引き込む気だったのか?
訳がわかんねえ。
こいつらは結局、何がしたいんだ。
蛙の群れは、また何かから逃げるように避難し始めた。
「ったく、アイツら、ぜってぇ許さ――」
そう吐き捨てたときだ。
湖面が盛り上がり、水しぶきが上がった。
ばしゃっと高く飛んだ湖の水が体にかかる。
「はぁぁああああ?!」
湖から飛び出したのは怪物だった。
巨大な蛇かと思ったが、どうやら違う。
鎌首をもたげて覗き込んできたそいつは、口がひょっとこみたいに突き出ていて、つぶらな瞳をしていた。
こんな生き物をどこかで見た覚えがある。
タツノオトシゴとかいう水族館で見かける奴だ。
それの巨大バージョンが湖から現れた。
つぶらな瞳が俺を見定めると、怪物は首を突き出して口を伸ばしてきた。
――ドクン。
また、あの時のように鼓動が速くなっていく。
咄嗟に地面でローリングして回避した。
「っとっと……いきなりかよ!」
この辺の生き物はみんな大怪獣だ。
とにかくデカい。
おまけに俺を餌だと思ってんのか、とりあえず食おうとする。まぁ俺みたいな人間のガキなんて餌にしか見えねぇんだろうが。
だが、黙って食われてやる義理はねぇ。
「ケッ、揃いも揃って食い意地張りやがって!」
片足を湖岸の砂利にねじ込ませる。
ひょっとこ野郎がもう一度、俺を口に吸い込もうと鎌首をもたげてきた。その瞬間を見逃さず、俺は敵の頭突きを躱し、砂利を蹴り上げた。
「うらぁ! 目ん玉が隙だらけだぜ!」
湖岸の砂利が舞い上がる。
敵の目玉に砂利が直撃した。
「ゴオォォオオオオオッ!」
「へッ、ざまぁみやがれ!」
目を潰されて苦しそうに悶えている。
その隙におちょぼ口を思いっきり掴んだ。
メキメキと俺の握力が強くなっていく。
「何がなんだか知らねぇがな」
「グォオオン! フグォオオオ!」
「売られた喧嘩は買うのが礼儀ってなぁ! オラぁあ!」
両手で鷲掴みにした口を、力任せに引っ張る。
まず口からねじ切ってやる。
でも意外と伸縮性が良くて切れない。
「くそったれがっ!」
「フゴゥッ!!」
腹立ったから、口を掴んだまま顔面に回し蹴りを食らわせてやった。さすがのひょっとこ野郎も怯んだようで、ずるずると鎌首を岸辺で引きずらせながら湖の中に帰っていった。
「ハァ、ハア……顔洗って出直しなっ」
さすがに疲れた。
膝に手をついて呼吸を整える。
戦いの熱が冷めるにつれて、俺の体も気怠さが増した。
「いや、それにしても」
俺自身も何かおかしいだろ?
こんな細い腕から信じられないパワーが出るし、敵の動きも簡単に見切れる。
スロー再生を見てるみたいに。
もしかしてこれが『竜殺し』の力?
こないだの巨大トンボはともかく、今のやつは竜の形に似てるといえば似てる。そういうやつが片っ端から『竜』と云えるなら、俺の力の見せ所も思っている以上に多いのかもしれねぇ。
「ゲコっ! ゲコゲコゲコ~!」
体を起こすと、遠くからカイザートードの群れが俺に向けて鳴いていた。
えらく機嫌が良さそうだ。
クソ蛙どもは大合唱を終えると、清々したように湖面に飛び込んで帰った。
「あ、テメェら、待ちやがれ!」
呼び声も虚しく俺だけ取り残された。
まさかあのカエルども、俺を利用して湖に住む天敵を全部駆除させるつもりじゃねーだろうな。
蛙どもは野生の勘みたいなので『竜殺し』の力に気づいてて、それで俺の力で自分たちに害がないことを良いことに他の怪物を……?
虎の威を借る狐ってか。
そう考えるとムカついてきたぜ。
「アホくせ。もう相手にすんの止めよ」
俺は蛙どものダチじゃねぇ。
テメェのシマはテメェで守れってんだ。
騒がしく鳴いてても今度は無視だ。
ペッと溜まった唾を吐き出し、踵を返した。
家に帰って二度寝しよう。
朝飯にはまだ時間も早すぎる。
「ぅ……」
「ん?」
振り返った途端、1人のガキと目が合った。
いつの間にいたのか。黒髪のガキが我が家の庭の木から俺を覗いていた。
ガキっつっても今の俺と同い年くらい。
前髪が長くて片目が隠れている。
はっきり言って、地味な女だった。
「おう、なんだよお前」
「ひっ……」
ビクりと反応してガキが身構えた。
間違いなく俺にびびってやがる。
「お前、どこのガキだ。見たことねぇな」
「……」
「つーかまぁ、この辺に俺たちみてーなガキは少ねぇらしいが。だからお前みたいなのが居たことに驚いたぜ。名前は?」
「……」
「なんとか言えやッ!」
「ひゃ、ひゃぅっ」
黒髪のガキは逃げ出した。
涙目になって慌てて駆け出し、そのまま村の方へと去っていく。
「チッ……」
さっきの戦いの余韻で熱くなっちまった。
俺としたことがみっともねぇ。
にしてもあの女、朝っぱらに何してたんだ?
俺も人のこと言えたもんじゃないが、俺ん家はすぐそこだから別に遠出ってほどでもない。
庭が騒がしくて様子見に来たってだけだ。
でもアイツ、この辺に住むガキじゃない。
シルト家から一番近くのお隣さんは、ジジババしか住んでねぇからな。
「まぁいっか」
それより今は疲れが溜まってる。
帰って二度寝することにした。
ジーナの家事の音で目が覚めた俺だが、早朝のことを話すとまた心配させるから黙っておいた。
ジーナはお節介だからな。
蛙には2度と近寄らねぇし、話す必要ないだろ。
○
「嘘でしょう!?」
ティミーは地下洞の溜め池で悲鳴を上げた。
目の前には自慢の口が傷つけられた最愛の使い魔シードラゴンちゃん。
また使い魔がやられたようである。
「ぐぬぬ、どうなってるのよ」
二つに束ねた髪の房が怒り震えていた。
だが、この金髪少女も実は、その見た目とは裏腹に、これでも魔術界では著名な人物だ。
冷静に、戦況を分析し始めた。
「あの子、何か力の秘密がありそうね。こうなったら私自ら接触するしかないわ」
「キュウ!」
「あら、あなたもあの子に会いたいの?」
「キュゥ、キュウ!」
少女は鳥籠の一角兎、アルミラに問いかけた。
「でもあなたはダメー!」
「キュウ……!」
「こんなド田舎の村だけど、博識そうな人間は何人かいたわ。聖獣が現れたなんて知られたら世間は大騒ぎになるもの」
「キュゥゥ……」
残念そうなアルミラに、ティミーは微笑んだ。
「ほほほ、安心なさい。すぐにあの子は私のコレクション入りなんだから。そうしたら一緒にいられるじゃない?」
アルミラは冷や汗が出てきた。
幼女を助ける前に、まずこの檻を脱出しなければどうにもならない。
彼女はいつだってアンジを支えてきた。
アンジは無鉄砲だが、自分が信じる道からは絶対に逸れない信念の強い男だ。
その不器用さと不幸な境遇を知っている。
だからずっと支えてあげたいと思っていた。
こんな獣の体になったとしても。
【登場人物・魔物】
ティミーちゃん : 洋館の少女。魔術師。
シードラゴンちゃん : タツノオトシゴの魔獣。ティミーの使い魔。
黒髪の女の子 : 前髪が長い。住所不定。




