Episode42 竜殺しの親・中篇
リバーダ大陸に着いてからしばらく経った。
だが、ボルガ・シリーズの確保は難航していた。
まず手近な所から攻めた。
手近といえば、土の賢者と風の賢者の2名。
この2人はヒトと交流が盛んな賢者だ。
土の賢者『グノーメ』は賢者にしては珍しく、自作の魔道具を売って商売をしていると云う。
また、風の賢者『シルフィード』は迷宮都市近くの森で、小人族たちと共棲しているとは有名な話だった。
しかし、この2人とは交渉決裂。
シルフィードは警戒心が強く、風弓を渡すなど言語道断だと突っぱねられた。
グノーメに至っては門前払いだ。
交渉どころか会話もままならない。
「次の目的地はバイラ火山にしようと思う」
夜、ジーナはアンファンに部屋へ呼び出された。
開口一番でそう告げられた。
バイラ火山は『火炎竜』の棲む山だ。
リバーダ大陸で最も東に位置し、キャンプ地である迷宮都市からも一番遠い。
砂漠地帯を横断するため、道のりは過酷だ。
ざっくり見積もって片道3ヵ月はかかる。
「バイラ火山……随分と早いですね」
「戦略を練り直したんだ」
アンファンは辛辣な雰囲気だった。
あの船出の前夜以来、ジーナは夜に部屋に呼び出され、2人きりで相談することがよくあった。
ジーナも悪い気がせず嬉々として応じていた。
ただ、密会のようでいつもドキドキする。
「迷宮都市に着いてから災難ばかりですもんね」
ちなみに迷宮都市とは、リバーダ唯一の街だ。
リバーダ大陸では、大迷宮の一攫千金を狙う冒険者が数多く集う。
それをもとに街が作られ、都市にまで発展した。
アンファンたちもそこを拠点に活動している。
「そうなんだ。出だしから躓いた。これはチームの士気や統率に関わる大問題だ」
「確かにまだ成果が無いのは……」
未だ一つとしてボルガの奪取に成功していない。
ジーナも負い目を感じていた。
「でも距離的にはネーヴェ雪原が近いですよ?」
「水の賢者『アンダイン』は、魔法生物課の報告では交渉ごとに難題を吹っかける癖があるらしい」
「そういえば、噂の『綿津見の姫』でしたか」
「そうだ。持ち前の横暴さで無理難題をかけてくる」
「難題ならアンファンの得意分野では?」
「いや、交渉が失敗続きの今に行くのは――」
「うーん……。そうですね」
精霊との交渉は既に2度も失敗している。
ネーヴェ雪原に向かえば、また交渉。
ジーナはともかく他の仲間はうんざりだろう。
グノーメやシルフィードのどちらかでボルガの回収に成功していれば、また違ったのだろうが。
「だから火の賢者のもとへ向かう」
「……そうですね。余力のある今、長旅を済ませてしまうのは良策だと思います」
「そうだ。竜種は気性が荒いからな。
戦いに持ち込めればその方が楽かもしれん」
ジーナはその意向に賛同した。
ここでは彼の背を押すのが役目だと考えていた
今のアンファンは憔悴している。
「そういえば、息子さんはいいのですか?」
ふと、彼の個人的な目的も尋ねてみた。
少しは気が紛れるかもしれない。
それにジーナもアンファンの息子に興味があった。
「迷宮都市では人一人探すのも一苦労だ」
「まぁこれだけ雑多な街ですからね」
窓から外の夜景を眺める。
だいぶ夜も更けたのに煌々と明かりが灯っていた。
遅くまで飲み明かす冒険者が多いのだろう。
最近は何やら昼間も騒がしいが、伝統のお祭りが開催中のようで、街往く人々も色めき立っていた。
「まだ"鍵"も揃ってないのに、迷宮攻略を考えても仕方ないからな。息子の捜索は別働隊に依頼する」
「でも、こんな街に放ってたら気がかりでしょう?」
冒険者とは野蛮な連中だ。
迷子の子どもを放っていたら普通は心配になる。
「僕が気がかりなのはボルガ・シリーズだけだ」
「けど、自分の子が独りでこんな街にいたら……」
「ユウはあの年頃にしてはしっかりした子だ。それに僕が息子を溺愛していたら、とっくの昔に捜索に向かうし、そもそもあいつも家出なんかしない」
「そ、それはそうですけど……」
ジーナも溜め息まじりに「重症だ……」と呟いた。
これだけ無関心な父親も珍しい。
あるいは、これは神が与えた絶好の機会かもしれない。
家族に無関心な彼を変えられるのは家族だけだ。
荒療治になるが、アンファンの息子の捜索を第一優先にし、バイラ火山までの旅路で、一緒に過ごさせるのはどうだろうか。
少しは親子の絆を深めるきっかけになる。
「息子さんを見つけてからでも遅くありませんよ」
「いいんだ。僕が個人の事情を優先したら、それこそチームからの信頼はガタガタになる」
「そんなことありません。私が説得します」
「いや、ボルガの回収が第一目標だ。それを――」
「それはそれです。一旦、忘れましょう」
「忘れる? 出来るはずがないだろう!」
怒声が空気をびりびりと震わせた。
大魔道師たる気迫だった。
ジーナも出過ぎたことを言い過ぎたと反省するとともに、彼に恐怖を感じた。
怯えるジーナを見てアンファンも冷静になった。
「あ……すまない……。怒鳴ってしまった」
「いえ、私も生意気なことを……すみません」
「少し一人にさせてくれ」
アンファンは取り乱していた。
自信がないようで、慎重に言葉を選んでいた。
「こちらから呼び出しておいて悪いが」
「いえ。またいつでも呼んでくださいね」
ジーナはできる限り、笑顔で応じた。
支えるにしても支え方を考えなければならない。
強引な助言は生真面目なアンファンを余計に苦しめてしまう。
「僕は……すべてにおいて失格だな……」
ジーナが退出した後、そんな風に呟いていた。
それが漏れ聞こえ、ジーナは心が苦しくなった。
どうすればいいのだろう。
アンファンは一人で思い詰める性格だ。
きっとその性格のせいで彼自身も悩んでいる。
魔術ギルドの統轄。上級貴族としての立場。そして今はボルガの回収と息子の家出。あらゆることがアンファンに圧しかかり、雁字搦めにしている。
それを独りで何とかしようとするから……。
一匹狼。ジーナは彼にそんな印象を受けた。
アンファンの周囲は常にたくさん人がいるが、それでも彼は孤独だった。
○
翌日、バイラ火山出発の指示が下りた。
アンファンは息子のことより、ボルガ・シリーズの確保を優先したようである。
準備期間を挟んで三日後には出発する。
夜、ジーナは呼ばれてもないのに部屋を尋ねた。
アンファンの心理状態が心配だったからだ。
「あの……失礼します。いいですか?」
ノックの後、少しして返事があった。
アンファンの声は覇気がなかった。
部屋の中では、床に資料が散乱していた。
「気分はいかがですか?」
「そうだな。本音を言うと、少し……」
アンファンはベッドに座ったまま顔も上げない。
「少し?」
「いいや、なんでもない」
「またですか」
ジーナはアンファンの膝元にしゃがんで手を添え、顔を覗き込んだ。
ひどく思い詰めた表情をしていた。
「……アンファン」
ジーナは溜め息まじりにその名を呼んだ。
この人は、どうしてここまで独りを選ぶのか。
「私はあなたと共にここまで来ました」
「不甲斐ない……」
「そうじゃなくて……。私を信頼してるなら、何でも話してください。私もあなたを信頼しています」
彼の膝に手を乗せ、ジーナはその眼に訴えた。
藍色の瞳が少し大きくなった気がした。
「僕は、きっと自分を信じていないんだ」
「そうみたいですね」
床に散乱する資料を見やる。
そこには徹底的に練られた竜の討伐法とチャート。
バイラ火山の遠征が不安なのだろう。
「僕は、本当は優秀な人間じゃないんだ。
世間が羨望するシュヴァルツシルトは、ガルマニードが誇る最優の魔術師で、歴代当主には国宝扱いされる者までいた。それは僕にとって重圧だった」
彼には常にネームブランドが付いて回る。
あの家の御曹司か。きっと優秀な魔術師だ。
なんたって名門"シュヴァルツシルト"なんだから。
「僕が家庭を疎かにしていたのも、本当は家が嫌いだからだ。……あの家は息が詰まる。貴族というだけで当てがわれた妻とも顔を合わせるたびに彼女を嫌いになるのが嫌だった。子どもたちにも僕のような思いをさせたくない」
ジーナはアンファンの手を強く握った。
苦悩を吐露するアンファンが若々しく見えた。
――ああ、この人はきっと……。
「それでも、世間体というのは僕を逃がしてはくれなくてね。なんとか魔術ギルドで今の立場まで昇り詰めたが……」
自嘲気味にアンファンは短く溜め息をついた。
「また今回のように息子が足枷になった。それも、僕の今までの行いが巡り巡った結果だ。結局、自分の首を自分で絞めてる、詰めの甘いマヌケなんだ」
「アンファン……」
ジーナは立ち上がり、彼の背に手を回した。
抱擁するように抱きしめる。
「あなたはきっと優しすぎるのです」
「優しい? この僕が?」
冷酷非道。暴君。独裁者。
それらレッテルは期待の裏返しだ。
関わる者は皆、アンファンを畏れてそう呼ぶ。
彼が期待に応え続けてきたからだ。
「優しいです。普通はできませんから。
無理なことは無理と言っていいんです。失敗してもいいんです。――あなたはその失敗さえ、覆すほどの努力をしてきたじゃないですか」
肝心要の時の失敗体質。それは致命的な欠陥だ。
でもその欠陥が露見しないよう、人の何倍も努力して、気が狂うほど計算し尽くして、今までの人生をやり抜いてきた。
「そんな努力、優しくないとできません」
「僕は……怖かっただけだ。失敗が怖くて、怯えて道を塗り固めていただけだ」
「なら、その道を信じてあげてください」
「…………」
「あなたは、もし優秀じゃなかったとしても素晴らしい人です。そんな人が作った道なら安心して歩いていけます」
アンファンは繊細な人間だ。
鋼鉄の仮面を用意して、繊細さを悟られないよう気丈に振舞っているが、常に苦悩とともに生きている。
せめて自分はその仮面を外す相手でありたい。
ジーナはそう思った。
「少なくとも私は安心していますよ」
立ち上がり、部屋を後にしようとした。
及ばずながら多少は役に立てただろうか。
もう少し……いや、本当はこのまま一晩寄り添いたかったが、それはさすがに無恥すぎる。
「待ってくれ」
だが、意外にもアンファンも同じ気持ちだった。
「こんなこと言うのは不粋かもしれないが……」
「なんでしょう?」
「今夜は、一緒にいてくれないか?」
それは同衾のお誘いだった。
ジーナも後ろ髪を引かれていたところだ。
「はい。……喜んで」
まさかアンファンから誘いがあるとは思いもしなかったが、しかしながらジーナも彼に惹かれていた。
すみませんが、あと1話だけ親のエピソードが続きます。
【※今回の展開の注釈】
前作「第4幕 第5場 Episode186 抑止力」で因果は書き換えられています。




