Episode41 竜殺しの親・前篇
アンジーのお父さんとお母さんの話です。
魔術ギルドの遠征探査課は不人気な部署だった。
理由はいくつかあるが、大きく3つ。
危険。汚い。きつい。
この3拍子が揃っているからだ。
遺跡の探査ではよく危険な魔族に遭遇する。
ダンジョンに入れば、もちろん汚い。
長期間の野営もあって体力的にキツい。
はっきり言って、冒険者のような仕事だ。
そんな部署が人気なはずもなく、学生時代の魔術成績が悪い人間が配属されることで有名だった。
ジーナは自らそこを志願した珍しい人材だった。
その理由は、彼女の過去と関係している。
ジーナは内陸の農村生まれで、彼女のような農村の下級市民は、苗字をもたない者ばかりだった。
ある日、その農村の畑から『宝玉』が発掘された。
宝玉とは魔物の"繁栄の象徴"とされる。
コロニーを築いた魔物の群れから発生するそうだ。
宝玉は魔物ごとに存在することから、魔物の『瘴気』の結晶体と謂れている。
不幸にも、宝玉はジーナの農村に疫病を齎した。
魔物そのものは現れなかったが、宝玉の発見場所近くに住む農民から病に倒れ、死んでいった。
宝玉を回収にきた魔術ギルドの話では、肉眼で捉えられないほど小さな魔物が繁殖していた可能性があるとして、その農村は閉鎖された。
幼かったジーナはその事件に衝撃を受けた。
運が悪かったといえばそれまでだ。
しかし、肉眼で見えない魔物が知らぬ間に襲ってきたら防ぎようがない。
現実は物語より過酷だった。
登場するのは強大で怖ろしい魔物ばかりではない。
罪のない人間が脅かされるのは悲しいことだ。
報われない人々の助けになりたいと、ジーナは魔物と宝玉について学ぶため、魔法学院に進学した。
勤勉な性格のジーナは学院を主席で卒業。
その後、ギルドに入局して遠征探査課を志願するに至った。
遠征探査課はその名の通り、現地調査が中心で、迷宮潜入も仕事の一つだ。
当然、魔物も直に相手にして戦うこともある。
汚かろうが、キツかろうが、その仕事は人々の平和の為になる。
それがジーナにとっての正義だった。
おかげで、魔物討伐の経験も積まれていった。
――そんなある日、出会いがあった。
「ここに年単位の遠征に付き合える者はいないか?」
遠征探査課に掛け合ってきたのは魔術ギルド東王国支部長。
名前はアンファン・シュヴァルツシルトと云う。
魔術ギルドでは"独裁者"として噂の人物だ。
気高い銀髪と三白眼から発する威圧感からは、リーダーとして部下を従えるオーラがあった。
「顔を伏せろ。関わったら身がもたねぇぞ……」
同僚から小声で忠告があった。
ジーナは周囲の反応とは裏腹に興味があった。
正直、ここで志の低い同僚と膝を突き合わせて内勤仕事をするたび、早く外に出かける案件がほしいと思っていたほど――。
「はい! 私、ジーナにお供させてください」
「君は確か、2年前のアチカの首席か。よし」
ものの数刻でアンファンはジーナを採用した。
死んだ魚の目をした遠征探査課の職員と比べ、ジーナは才気に溢れていた。
「――以上が、調査の概要だ」
アンファンがジーナに調査の説明を終えた。
本土からリバーダ大陸へ渡る遠征。
リバーダ大陸は未開地で、精霊も棲まう大陸だ。
その大陸に眠る秘宝、ボルガ・シリーズを追うという調査だった。
ボルガ・シリーズとは、
火剣『ボルカニック・ボルガ』
氷杖『アクアラム・ボルガ』
風弓『エアリアル・ボルガ』
雷槍『ケラウノス・ボルガ』
土廠『アーセナル・ボルガ』
の5つの精霊兵器と、それらが封印した神の羅針盤『リゾーマタ・ボルガ』という魔造兵器の6つを指す。
魔術ギルドはそれらを危険分子と判断し、管理下に置くために回収を決断した。
ジーナは概要を聞いて胸をときめかせた。
食い気味で聞いてくるジーナを見て、アンファンも少し戸惑っていた。
「君はまだ若そうだが、大陸横断の経験は?」
「ありませんが、全力を尽くす所存です!」
「素晴らしい。君には戦力と精霊交渉の両面でサポートしてもらう」
「わかりました。お任せください」
「他、リバーダに土地勘のあるギルド員1名、外部から聖堂騎士団の2名をチームに引き込む予定だ」
ギルドが外部の人間を雇う調査とは珍しい。
それも聖堂騎士団。
聖堂教会と魔術ギルドは犬猿の仲にある。
なぜなら教会は魔法を秘匿とする組織だからだ。
魔術ギルドは教会と同様、文化保全や史跡管理も活動目的の一つだが、根底には魔法の解明が主目的で、教会はそれを毛嫌いする。
今回ばかりは利害が一致したのだろうか。
○
教会との打ち合わせは王国の港町で行われた。
ダリ・アモールという水路が張り巡る洒落た町だ。
ある喫茶店の2階の奥まった席でのことだ。
「ふむ。よくぞいらした。若き大魔道師」
出迎えたのはオージアス・スキルワードだった。
ジーナはそのとき、オージアスと初対面だ。
当時のオージアスは大聖堂司祭の立場で、オージアスが遠征に同行するわけではないが、派遣する聖堂騎士団の人事権をもっていた。
打ち合わせはジーナも既に聞いた内容だ。
第一目標はボルガ・シリーズの確保。
第二目標は『リゾーマタ・ボルガ』の発掘。
5つの精霊兵器がリゾーマタ・ボルガ封印を解除する鍵なのだと云う。
ボルガは5名の精霊――別名"五大賢者"が保持するもので、穏便に済めば交渉で手に入るが、気性の荒い賢者ならボルガを賭けて戦闘になる可能性もあった。
異種族にはそういった文化もある。
代表的な種族で、魔族と竜種。
また、リゾーマタ・ボルガは大迷宮に封印されているため、封印を解くには迷宮攻略も前提となる。
「ところで迷宮内部のことだが、攻略自体に問題はないのかね? 噂によるとリゾーマタ・ボルガの封印エリアまで辿り着けた者はいないのだろう?」
オージアスが話の最後にその件を振った。
最難関はそこだった。
五大賢者は脅威だが人類の敵ではない。
ボルガ・シリーズを回収しに来たからといって、最初から殺し合いにならないだろうし、交渉次第だ。
しかし、大迷宮攻略は訳が違う。
凶悪な魔物も数多く生息しているのだ。
実は、その件も万全を期していた。
アンファンが計画段階で見過ごすはずはない。
「そのことだが、大変すまない。僕も公私混同を断じて許さない性質だが――」
「なんだ? どういうことだ?」
「迷宮に関しては事前に魔術ギルドの部隊を派遣して培ったデータブックがあるんだ。それさえあればおそらく攻略も難しくはない。だが……」
ジーナはアンファンの歯切れの悪さに戸惑った。
こんな暴君の様子は見たことがない。
「僕の息子が盗んで持っていってしまったんだ」
「え……」
驚いたのは聖堂教会の人間だけではない。
ジーナも初めてアンファンの失態を知った。
そして、シュヴァルツシルトの血筋が、肝心なとき、ここぞというタイミングで失敗する体質だということも、このとき初めて知った。
盗みの動機は、察するに親子の不和。
アンファンは仕事を理由に家庭を蔑ろにしてきた。
「これは完全に僕の家庭の事情だ。おそらく僕の息子……ユースティンもその迷宮にいるだろう。僕自身で早急になんとかする」
アンファンは大真面目だ。
自分の尻拭いは自分でするタイプの人間。
とても意固地で、漢気のある性格をしていた。
それが魅力だったのかもしれない。
アンファンは、その失敗体質を抱えながら今の地位にまで上り詰めた。
それは並々ならぬ努力が必要だっただろう。
――相談してくれればいいのに。
ジーナはそんなアンファンを見て、不安定な人だと心配に思っていた。
孤高は彼なりの美学かもしれない。
だが、一人だけ突き進んでも寂しいだけだ。
ジーナはせめて隣に立てずとも、少し後ろでアンファンを見守ろうと考えるようになった。
○
航海の前日、ダリ・アモールの宿でのこと。
港町特有の蒸し暑さで寝つけなかったジーナは、夜風で涼むために部屋を出たところ、アンファンの部屋から漏れる明かりに気づいた。
かなりの夜更けだ。
船出の前日くらい休めばいいのに、と気にかかり、部屋に声をかけた。あるいはデスクに突っ伏して寝ている可能性もあったが、アンファンは出てきた。
「ジーナか。どうしたんだ、こんな夜更けに?」
「どうしたって……こちらの台詞です。もうお休みになった方がいいのでは?」
「ああ。気遣いは無用だ」
それだけ言うとアンファンは部屋に戻った。
彼の眼は、暗がりでもわかるほど充血していた。
「ちょっと……! 待ってください」
扉を押さえ、無理やり部屋に押し入った。
机に精霊やボルガに関する資料が放り出され、それに突き合わせたように、こちらの戦力を解析した資料も並べられていた。
「これは……」
「見た目のわりに強引だな、君は」
見た目のわりに、とは余計なお世話だ。
普段は慎ましく振舞っているが、ジーナも農村生まれで幼少期は力仕事を手伝ったり、田舎の村娘らしく野山を駆け回ったりもした。
「なにをしていたんですか?」
「いざ戦闘になったときの戦術を考えていた。
五大賢者は元の種族もバラバラ。性格も異なる。
僕はリーダーとして聖遺物回収を成功させなければならない責任があるからな。最善を尽くすためだ」
見るに、資料とは別にパーティー編成や賢者に交渉して回る最善の順番を考案されて書かれた紙もあり、さらにそれは想定される状況ごとに細分化され、フローチャート式に別紙へまとめられていた。
「こんなにたくさん……」
ジーナは、その光景に執念めいたものを感じた。
アンファンは天才であるが、それと同時に努力家でもあった。
目的のためなら手段を択ばない。
その手段とは、自身の努力も含めてだ。
チャートには、一部トンデモな状況も想定されていたが、そのIFをすべて考えた戦略と戦術となると、きりがないだろう。
想定したとしても常人には覚えきれない。
それを網羅するのがアンファンの才能だった。
これだけの思考展開ができる人間も肝心なときには失敗するのだから、世界は不完全なものだ。
「私にも相談してもらえればお手伝いしたのに」
「最初にも言ったが、ジーナの役割は戦力と精霊交渉のサポートだ。それ以上のことはやらせない。戦略を考えるのは僕の役目だからな。"手伝い"なんて無償労務は、いずれ業務関係のバランスを崩壊させる」
ジーナは愕然とした。
まるで計算機のような人だった。
「そう、ですか……」
彼が"独裁者"と呼ばれる由縁を理解した。
そんなトップダウンに特化した線引きは"民"である部下の意見が反映されない。アンファンからしたら民の意見もすべて想定済みなんだろうが――。
「どっちにしても休んでください。こんな血走った怖い眼の人が指揮を執ってたら安心できませんから」
「眼が怖いのは生まれつきだよ。それにまだ僕は」
「ほら。どうぞ」
ベッドの布団を捲り、とんとんと手で指し示した。
「最後に作戦の最終シミュレーションを」
「ど う ぞ」
意見を無視する人の意見は無視だ。
ジーナはここにきてアンファンの扱いを心得た。
アンファンは溜め息をつきながら資料を几帳面に揃え、ベッドに座った。
「お疲れなら肩揉みもサービスしますよ」
「だからサービスや手伝いというのはな――」
「ここでの私が、仕事仲間でなければどうです?」
「なに?」
ジーナは後ろに回り込み、有無を言わさずアンファンの肩を揉み始めた。
「離反は想定外ですか? さっきの戦略チャートに含まれていませんか?」
「ふーむ……」
アンファンは眉間に皺を寄せて真剣に考えだした。
それでも素直に肩を揉まれている姿は滑稽だ。
「仲間の途中脱退や裏切りは想定していた……が、君が裏切るとは考えていない」
「それはなぜでしょうか?」
「君の立場もあるだろうから……か?」
「立場なんてありません。もしギルドを解雇されたら田舎で農家をやる根気と知恵はありますよ」
「いや……何故かな。君は僕を裏切らないだろうという不確定な確信がある」
「ふふふっ。"不確定な確信"だなんて魔術師にあってはならない言葉ですね」
「…………」
背後から見るアンファンはどんな表情をしてるかジーナに分からない。だが、戸惑う様子は伝わった。
「アンファン、人はそれを信頼って言うんですよ」
「しんらい? ……ああ、信頼か」
「そうです。契約や賃金では得られないものです」
「僕は、君を信頼していたのか」
驚いた。そんな自問をぶつけられるとは。
間違っても本人の前で言うことではない。
そんな不器用さが、ジーナには可笑しかった。
「信頼はデータにはできません。ヒトは感情で生きる生き物ですから、一見、非合理的な行動もその人なりの思いがあって引き起こされるのです」
「……僕もそんな行動を取る日がくるのだろうか」
「わかりません。なんせ、独裁者ですから」
ジーナはくすくす笑ってアンファンをからかった。
歳のわりにアンファンは情緒が未熟だ。
これまで人と信頼し合ったことがないのだろう。
シュヴァルツシルトの血筋が、ここぞというときに失敗する原因も、この未熟さ――人として情緒の希薄な一面に由来するのかもしれない。
「信頼か……。頭に留めておこう」
「はい。今日みたいに私が突然、部下ではなく肩もみ屋さんに転身することもあるのです。もしかしたら、もっと突拍子のない存在になる可能性も……」
「ほう。例えばどんな?」
「そうですね。仕事上の、ではなく、プライベートな関係も――」
少し踏み込み過ぎた、とジーナは反省した。
「あ、いえ、何でもないです」
「ん? 何だそれは」
「いえいえ、可能性の話ですからっ」
気恥ずかしくなり、ジーナはベッドを飛び降りた。
「遅くまで失礼しました。だいぶ凝ってましたよ」
ジーナはそそくさと部屋を出て行った。
残されたアンファンは不思議に思いながらも、今日はもう休むことに決めた。
『信頼』の2文字が頭で反芻された。
ジーナには不思議な魅力があると感じた。
それは今までアンファンが出会ってきた高慢な貴族や頭でっかちな魔術師とは異なる、人間の根源的な魅力が――。




