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Episode40 銀髪の鑑定師

その頃、オズエッタ村では――



「――竜殺し、ですか?」


 銀髪の鑑定師は首を傾げた。

 聞いたこともない能力だった。

 極秘任務という名目で呼び出しをくらった女鑑定師は、尊敬する五大賢者の一人であり、同じ魔相環・冠位(グランド ヒュー)の仲間である雷帝のティマイオスに会って、突然そんな話を切り出された。


「そうなのよ! 何か知らない?」

「そう言われましても……」


 女鑑定士は呆れて溜め息が出そうだった。

 この突拍子のなさは何年経っても変わらない。

 オズエッタは相変わらずの平穏さで、大きな湖があるド田舎だ。


 鑑定師は首都グローヅェから遥々やって来た。

 都会の喧騒を離れ、たまには田舎の空気を吸うのも気分転換に良い。だが、恩師からの極秘任務とあっては緊張感が拭えない。

 そんな剣呑を食わされた結果がこれである。

 ほっとするどころか、がっかりした。


「ティマイオス様。お言葉ですけど、私も今は多忙の身で……」

「そんなこと知ってるわ! でも重要なの!」

「うーん……」


 こめかみを押さえて考えるフリをする。

 ティマイオスにとって、それがどれだけ重要なことか知らないが、『竜殺し』なる特殊能力は初耳だし、"何か"と問われてもこの賢者が求める答えが何なのかも見当がつかない。

 例えば、類似の能力の例を知りたいのか。

 能力自体がどんな力か予想させたいのか。


「貴方は家庭教師として山ほど貴族の子の能力鑑定に出向いてるし、今のマナグラムの基盤もつくったんだから心当たりあるでしょ?」

「心当たり……ないですねぇ」

「じゃあなんでマナグラムに『竜殺し』なんて表示がプロットされてるのよ?」


 やれやれ、と女鑑定師は首を振った。

 現行のマナグラムを設計したのは自分だ。

 その前身となる旧型マナグラムは、ティマイオスが創った。



 旧型マナグラムは強引な魔道具だった。

 装着者の魔力を吸ってマナ結晶に変換し、カウントされた血流容量あたりの魔力粒子を数値化、属性を言語化するという仕組み自体は、現行型も一緒である。


 ただ、基板に記憶させる言語量が膨大でエラーや文字化けも多かった。

 さらに装着者のその日のコンディション次第で変動が大きい生命力、筋力、敏捷といった蛇足表記もあり、魔道具としての負荷も高かった。


 ティマイオスらしい、ごり押しの魔道具だ。

 一言でいえば、欠陥だらけだったのだ。

 おまけに装着者の魔力結晶が、読み取れないほどの輝度を保持していると、カウントできずに正しく表記されない致命的欠陥もあった。

 それゆえ、『無詠唱術者(アリア・フリー)』という輝度の高い魔力をもつ魔術師は、実際の能力より低い値が表示され、迫害や劣等感を与えてしまうきっかけになっていた。



 それを是正するため、女鑑定師は輝度の高い魔力――発声に依存せず魔術行使を可能とする魔力粒子――を観測できるよう、マナグラムの感度を高め、一方で体力などの無駄表記を省いた。


 それが現行型のマナグラムだ。

 また、『特殊能力』の表記はデバイス負荷を抑えるため、二節に分けた。

 例えば、ある魔力や魔族に親和性が高い粒子は『○○+属性』と表記する。

 逆に、ある魔力や魔物に特異的な拮抗作用を示す粒子は『○○+殺し』と表示されるようにパターン化した。


 例示すると、

 炎に親和性の高い魔力は『炎属性』

 ハウンド系に親和性が高い能力は『狼属性』

 ハウンド系に拮抗する魔力は『狼殺し』

 という具合だ。

 他にもプログラムされた特殊能力の表記はあるが、この表記法によって魔道具としての過負荷はだいぶ減った。


 もし『竜殺し』と表示されるなら、竜に拮抗反応する魔力を持つ――




「――というだけの話ですよ」


 現代魔道具の仕組みについて1000歳越えのお婆ちゃんへ解説し終えると、女鑑定師は得意げに笑ってみせた。


「ふーん。竜血のサンプルなんてあったかしら」

「魔術ギルドの資料庫はバカにできません。未だに研究も盛んですし」


 なにせ、魔術文化の保護も活動の一つだ。

 ティマイオスが魔術ギルドの祖だから、そのあたりは謂わずもがな、だろう。


「まぁ、竜殺しなんて能力を持つ子がいたとしてもほとんど意味ないですけど。竜なんて絶滅生物ですし」


 どんな経緯で古代生物への拮抗作用を持つ魔力粒子が誕生したか興味深いが、無意義なものであるなら子供自身が可哀想だ。


「それがね、そうでもないのよ」

「どういう意味ですか?」

「実は、極秘任務に関することなのだけど」

「え……まさか本気で極秘任務ですか……?」


 女鑑定師は目を瞬かせた。

 冗談かなにかと思っていた。

 賢者となって不老不死になったティマイオスは浮世離れしたことを思いつき、よく人に迷惑をかける。

 女鑑定師も、西方のロクリス魔法学園で講師を務めていたとき、ティマイオス理事長に振り回された数は数え切れない。



 ティマイオスは、当たり前でしょ、とキツい視線を鑑定師を送った。


「でも私、古代幻想種は専門外ですが」


 女鑑定師は鑑定が専門だ。

 ギルドの遠征探査課か魔法生物課の管轄。

 あるいは、冠位魔術師なら『幻影のクライスウィフト』か『綿津見の姫』あたりが適任だろう。

 それをどうして『鑑定のシュヴァルツシルト』である自分なのか――。



「貴方の腹違いの妹のこと」

「え……?」

「貴方の妹に『竜殺し』の力が宿ってるのよ」


 女鑑定師は驚いて思考が停止した。

 ティマイオスは両手を組んで懇願した。


「お願い、イルケミーネ! 忙しいだろうけど妹のために一肌脱いであげて」

「アンジーのことだったんですか」

「そう。あと竜種の残党も絶賛暗躍中だから」

「…………」


 さすがは賢者の一人。

 情報網が広く、世界の窮地にも敏感だ。

 竜種が繁殖していたのも驚きだが、暴君ティマイオスが誰かのためにここまで真剣に懇願する姿も珍しい。


 わかっている。

 きっとこれは一周回ってティマイオス本人の為だ。この賢者は裏表が激しい。

 でも身内のことなら話は別だった。



 イルケミーネ・シュヴァルツシルト。

 ――別名、鑑定のジュヴァルツシルト。

 彼女は魔相環・冠位(グランド ヒュー)の一人だが、戦闘向きではなく頭脳派。

 シュヴァルツシルトは、ガルマニード公国では有名な三大貴族の一族である。魔術に長けたシュヴァルツシルト家は、姉弟そろって冠位魔術師のクラスを誇るという稀有な存在だった。

 それだけ優秀な血族なのだ。

 そのシュヴァルツシルト姉弟には、実はもう一人、腹違いの妹がいた。


 ――それがアンジーだった。



 イルケミーネも嫌な予感がしていた。

 オズエッタ村に呼ばれたのは妹に関わることでは、と考えていたのだ。



     ○



 妹の存在を知ったときは複雑だった。

 イルケミーネは、父親のアンファンと死別したとき、ろくに葬儀もいけずに魔導電報で父の死を知った。


 弟のユースティンは意外と頼もしく、すぐ父親を目指すと修行に明け暮れた。

 イルケミーネもようやく気持ちの整理がつき、王家勅令の仕事も落ち着きを見せたとき、ある人物から手紙が届いた。


 差出人はジーナという父の元同僚だった。

 魔術ギルドでは遺跡探査課の所属。

 当時、聖遺物などという骨董品集めに夢中になっていたアンファンは、遺跡探査課のギルド職員とともに世界各地を旅歩いていた。

 父とジーナは、そこで出会ったらしい。

 手紙には独白めいたことが書かれていた。


 アンファンとの子をもうけた事実も――。



 そのとき、イルケミーネも20を超えていた。

 今更、父に第二夫人がいようが、愛人がいようが好きにしてくれと思ったが、子供がいるとなると厄介だ。

 シュヴァルツシルト家は由緒ある貴族だ。

 新たな血縁が生まれると相続に留まらず、他貴族との爵位バランスも関わる。


 妾の子が貴族特権を主張しないとも限らない。

 母はとうに他界したし、父も死んだ。

 シュヴァルツシルトの当主はイルケミーネだ。

 忘れ形見を遺されては困る人間もいる。

 そんな複雑な家庭事情ゆえ、ジーナを訪ねることに決めた。


 そこで初めて生後2歳の妹と対面した。

 顔は父に似て、はっきりしていた。

 我が家の血統を表わす銀髪も生えていた。


 歳の離れた妹……。

 イルケミーネは波乱の予感をその当時からひしひしと感じていた。



 幸いなことに、ジーナは謙虚な人間だった。

 貴族権を主張する気は毛頭なく、アンジーの人生のために、平穏で最低限の幸福を得られる生活を送らせたいという願いからイルケミーネに接触したようだ。

 その程度のことなら、と援助することにした。

 資金援助もだが、こんな秘境に隠れ住むうちに世俗に疎くなっては大変だと思い、エリンドロワ王都新聞も特例送付することにした。


 また、『シルト』という戸籍も与えた。

 ジーナは氏姓を持たない下級市民の生まれだったため、魔術ギルドを脱退した後は身分証明も難しくなり、世渡りに苦労するだろうと踏んだ。


 シュヴァルツシルトの末尾を取ってシルトだ。

 安直すぎたか、と今でも反省している。



     …



 湖の遊歩道を辿って、その家に着いた。

 イルケミーネはティマイオスと話を終えた後、ジーナの許へ挨拶に向かった。

 どちらにしろ会いに行くつもりだった。

 オズエッタなんて滅多に来る機会はない。

 少し顔を出し、ジーナと話すついでに妹の成長でも拝もうと考えていた。


 しかし今、妹が村にいないのは残念だった。

 なんだかんだ言って子どもは好きだ。

 家庭教師を長年務めていた。

 子ども好きでなければ務まらない仕事である。


 アンジーは現在、魔法学院で勉強中らしい。

 やはり血は抗えないのか、我が家の人間は魔道を究める(サガ)があるのだろう。



「こんにちわー」


 湖沿いのその家は少しカビ臭くなっていた。

 改装が必要かもしれない。


「イルケミーネさん!」

「どうも。ご無沙汰ですね」

「いつも本当に感謝してます。さぁどうぞ」

「お邪魔しまーす」


 もうジーナとも長い付き合いだった。

 8年くらい経っただろうか。

 当初は、こんな同世代の女性が父とよろしくやっていたと想像すると複雑な気分だったが、今では親戚感覚で接している。


 そういえば、アンジーももう10歳くらいか。

 最後に会ったのはそれこそ5年ほど前だから、だいぶ姿も変わっているだろう。

 やはり自分に似ているのだろうか。

 本当に会えないのが残念だ。


 リビングに通されて紅茶を啜り、世間話を挟んでから本題に入ることにした。


「ティマイオス様から聞きましたよ」

「アンジーのことですか?」

「ええ。……特殊な才能が目覚めたとか」


 イルケミーネは鑑定師だ。

 持ち前の『鑑定魔法』でアンジーと会うたびに能力鑑定はしていた。それがまさか足が遠のいている間に珍しい能力を開花させたことに戸惑っている。

 5歳まで特殊な才能は見い出せなかった。

 ただ『鑑定魔法』も完璧ではない。

 見落としもあるし、実際、過去に見落とした経験もある。

 そう考えると今こそ鑑定してみたい。


「そうなんです!」


 ジーナは嬉しそうに燥いで喋り始めた。


「魔力値がありえない高さなんですよ」

「魔力値?」

「学校の成績が送られてきますけど、最新測定で7000台。まだ伸び盛りです!」

「ええ?」


 イルケミーネは耳を疑った。

 『竜殺し』の話が出てくると思いきや魔力値の話。それも異常な数値だった。 

 ちなみにイルケミーネの魔力値は2355。

 10歳弱の若さで、その3倍……?


 体が成熟する頃には億に届く勢いである。

 億超えの魔術師は賢者しかいない。

 大魔道師アンファン・シュヴァルツシルトの血を引くとはいえ、おかしい値だ。

 姉妹間でこれほど差がでるのも変である。


「なにかの間違いじゃないですか?」

「でも6歳の頃には3000台でしたし、成長度合い的にそれくらい行くのかなと」

「はい……?」


 今度は正気を疑った。

 イルケミーネが直接この眼で鑑定したのは5歳。その頃は魔力191だった。


 これは5歳児の平均よりかなり高い。

 その時点でも才能の塊は露見していた。

 だが、今は天才の域を超えて化け物級だ。

 この数年で何があったというのか。


「それは……変ですね……」

「変ですけど、嬉しいので気にしません」

「5歳の頃に何か変わったことはありました? 私が最後に会ったときはそれほどズバ抜けた才能はなかったと思うんですけど」

「そうですねー」


 ジーナは過去を振り返るように天井を仰いだ。

 幸せそうな顔をしている。

 アンジーの成長とともにジーナ自身にも思い出が沢山あるのだろう。


「そういえばその頃からでしょうか」

「……?」

「突然、気性が荒くなって口調も野蛮になったんです。女の子っぽい服を着るのを嫌がって、男の子みたいな格好で湖の周りで遊んでました。あのカイザートードも何故かアンジーを慕ってるんですよ」


 幸せそうに笑うジーナとは裏腹に、イルケミーネは怪訝な表情を浮かべた。

 それは魔性のモノの憑依を疑うべきだ。

 とはいえ、憑依現象ごときで魔力値が爆発的に成長するのは考えにくい。


「あ、憑き物はなかったですよ。教会の神父さんにも相談しましたから」

「神父って、まさかスキルワードですか?」

「はい。オージアスさんです」

「……」


 あのエセ神父か。

 イルケミーネは溜め息をついた。

 冠位魔術師をやっていると聖堂教会の評判も耳にする。オージアスは特に信用ならない男だ。


「わかりました。私もアンジーの魔力値のことは気にしておきます。それより『竜殺し』のことを訊こうと思って話題をふったんですが」

「そっちのことですか……」

「あの、もしかして」


 実は『竜殺し』の原点に心当たりはある。

 それはジーナもイルケミーネもだ。

 話はアンファンが遺跡探査課と組んで聖遺物の蒐集に力を入れていた頃に遡る。

 2人はそこで知り合ったため、その馴れ初めはイルケミーネも聞いていた。

 問題は、聖遺物を巡って彼らが火炎竜サラマンドと戦ったことがあるというエピソードだ。



「――ジーナさん、竜血を飲んだんですか?」


「ええ、まあ。ちょっとだけですよ」

「やっぱり」


 竜血の性質は魔術ギルドでも研究が盛んに行われているが、未知なものが多い。人体に投与した場合の治癒能力は頗る成績がいいと聞く。

 それ以外に『耐熱』『対毒』『対魔』の性質から万能薬として期待されている。


 ただ、問題は竜血自体の毒性も高いことだ。

 大量摂取すると皮膚が鱗のように硬質化し、急激な体温上昇で臓器壊死に至る。

 そんな劇薬を母胎が多少なりとも摂取すれば、胎児への影響は測り知れない。

 最悪、流産する可能性だってある。


「なんでそんなことを……」

「だって死んでしまうと思ったんですもの。

 ――せっかく授かったあの人の子が」



 ジーナはあらためて思い出した。

 なぜ、火炎竜と戦ったのか。

 人の身でありながら無謀にも賢者に挑む無謀がどのような体験だったかを。



 【登場人物】

 イルケミーネ・シュヴァルツシルト

  ・アンジーの姉に当たる。鑑定魔法の能力者

  ・魔相環・冠位の『緑』の座に位置する。

  ・28歳の独身。王国~公国を仕事で渡り歩く。

 アンファン・シュヴァルツシルト

  ・アンジーの父親。魔術ギルドの支部長。

  ・銀髪藍眼のイケメンだった。

 ユースティン・シュヴァルツシルト

  ・アンジーの兄に当たる。本作では名前のみ登場。


 【用語集】

 魔力結晶 : 体内の魔力を結晶化させ、可視化したもの。

 輝度の高い魔力 : 無詠唱術者が持つ魔力。発声に依存せず念で行使できる新型魔力。

 魔力値 : 一般人は10~30程度。世の成熟魔術師は100~200が平均。

 竜血 : 竜種に流れる血。エリクサー的な効果がある。

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