Epilogue 竜との宿命
すげえ寝た。
日が暮れる前には寝て、朝焼けで起きた。
ダルケをぶち殺したあと、崖下から救出された俺は、破壊され尽くした屋敷のまだ使える部屋を借りて休ませてもらったのだ。
そんで魔力も体力も回復して絶好調。
窓辺から庭を見下ろすと、イザベラがいた。
剣の素振りなんかして調子を整えてる。
……いや、振り方に怒りを感じる。
吹っ切れたって言ってたが、内心どうだか。
まぁ俺には関係ねーけど。
そもそも人の心配してる場合じゃねえ。
俺自身、ダルケ戦は反省することばっかだ。
及第点でなんとか初の竜殺しは達成したが、イザベラの助けとあいつの持ってた竜鱗ソードがなかったら仕留めきれなかった。
パワーは俺の勝ち。
殴りも魔力も竜を圧倒してた。
ガードもOK。
爪で貫かれたが傷跡すらつかない鉄壁ぶり。
ただ問題は"とどめ"だ。
"竜は首を刎ねないと復活する"。
こんな性質は知らなかった。
俺の勉強不足とはいえ、『竜殺し』の特性がそこを凌駕してないと判明した。
どうも『竜殺し』って能力は、竜と対峙したとき、一時的に身体能力と魔力を爆発させるが、それ自体に殺傷能力はないらしい。
今の俺は殴りに特化している。
これじゃあ首は刈れねえし、竜は殺せねえ。
戦闘スタイルを見直すしかない。
「剣が要るな」
イザベラの素振りを眺めながら呟いた
剣……。剣か……。
だいたい俺は剣なんて持ったことすらねぇ。
はっきり言って素人だ。
聖心流やら影真流やらの剣術を学ぶ気はない。
リノやイザベラから教えを請うのも癪だ。
"アンジーもこれを使えば、さっきみたいな剣術を使いこなせるってこと"
思い出すのはリナリーが持ってた剣。
ボル……ボル……忘れたが、ボルボル剣だ。
ボルボル剣さえあれば俺でも剣士になれる。
『ボルカニック・ボルガ?』
光の粒子が現れてカタカナを綴った。
ミラが俺の考えていることを読んだみたいだ。
肩に乗ってきて顔を覗き込んできた。
それだ。ボルカニック・ボルガ。
炎の魔力を通せば、力を与えてくれる魔剣。
「いいや、あれはなんつーか……」
言いかけたとき、部屋のドアが急に開いた。
誰だ、こんな朝っぱらから。
振り向くと青髪の耳長女が立っていた。
フィルだ。きっちりメイド服を着てやがる。
「どわっ、回復はっや! てか朝はっや!」
「人の部屋に急に来てなんだその言いぐさ。ん、手に持ってんのは?」
「ぎくっ!」
フィルは慌てて背に隠したが、片手に羽根ペン、片手にインク瓶みたいなものを持っていた。
「な、なんでもないわー。おほほほほ」
「何か企んでここに来たんだろ?」
「え、えええ!? あらやだ。そんなワケないでしょ。まさか寝顔に墨で落書きして寝起きドッキリをしかけてやろうだなんて考えるわけないじゃない。まっさかー。そんなそんな。ふふふ」
「へぇ、なるほど。そりゃ楽しそうだ」
ボキボキと拳を鳴らして歩み寄る。
フィルが逃げようとしたところを『炎の巨人』の腕で掴みかかり、奪い取った羽根ペンと墨で顔面に落書きしてやった。
頬にバカ、額に肉、口周りにドロボー髭を書き込んでやった。全部日本語で。
「嫌ぁぁああああああああ!」
「お前が先に仕掛けてきたんだろうがっ」
「ひくっ……ひぐっ……こんな顔にされたらもうお嫁に行けないわ……ううっ」
「顔洗ってくりゃ行けるわボケ!」
こいつは一体なにがしたいんだマジで。
やること成すこと支離滅裂で面倒くせえ。
廊下から緑髪の方のファウが駆け込んできた。
「フィルー! ああ……やり返されてる……」
「おう、お前もグルか?」
「ち、違います違います! 私たち、アンジーさんに提案があって来たんですよ」
「提案?」
真面目案件があるなら先に言えよな……。
毎度こいつらが絡むときはこんな茶番に付き合わされなきゃならんのかい。
ファウは俺から羽根ペンとインク瓶を受け取ると、部屋の中に入ってきてメモ用の紙束を引っ張り出してきた。
フィルは落書きされた残念顔で後に続いた。
「この度は本当にありがとうございました」
「なんのことだ?」
「イザベラ様を助けてくれたことですよ」
「助けたつもりはねえ。
――それに助けられたのは俺の方だぜ」
「いえ……いいえ、アンジーさんのおかげでファルマイヤの闇の歴史もようやく清算できます。そのきっかけを与えてくれたんですよ」
闇の歴史って竜に飼われてたことか。
それ言ったら、この家だけの問題じゃなさそうだが。
マルセルも言ってたが国家の危機なんだろ。
アチカ魔法学院の連中も絡んでるようだし。
思い出すだけで薄気味悪い。
「かったるい話はよせ。提案ってのは?」
「……アンジーさんも察する通り、この件が大公の耳に届いたら大変なことになります」
「具体的にはどうなる?」
「まず国内で竜の脅威が公になりますね。ファルマイヤは失脚しますし、ガルマニード大公は自国で対処するか、隣国に助けを請うかを迫られます」
多分後者になるかと、とファウは付け足した。
ファウは紙に、竜の紋章とガルマニードの国章とエリンドロワの国章を描いて、矢印を書き足して力関係を描き示した。
本当にデカい話になってきた。
政治はよくわからねえけど、俺のせいでそうなったようで良い気分じゃない。
「それって俺に感謝するのはおかしくねぇか。国難に突入するってことだろ」
「それが実はそうじゃなくて……」
「ファウ、まどろっこしい話は抜きにしましょ」
しゅんとしてたフィルが割って入ってきた。
顔面に落書きだらけでカッコ付かねえ。
「遅かれ早かれ、竜種は人間に復讐に来るわ」
「ほう」
「先手打って上位種を一頭斃したのは朗報よ」
"ある地域で竜の動きが活発になるのさ"
――魔女のメドナが言ってたことと重なる。
「というか、お前らはそれを知ってたのかよ」
「エルフは情報通だって言ったでしょ」
「じゃあなんで他の奴らに知らせないんだ」
「あのね~~……」
フィルがやれやれという感じで頭を抱えた。
単純直情型の俺には理解できねえ。
「アンジーさん、ファルマイヤ家は長い歴史で竜と裏で繋がってたんですよ。雇われの私たちが竜の存在をバラしちゃったら、ファルマイヤのこともバレて即失脚です。そしたらマルセル様もイザベラ様もお先真っ暗ですよ」
「仕方ねーだろ。悪いことしてたんだから」
「でもイザベラ様は無実です」
「む……」
そっと窓から外を覗く。
イザベラは朝の素振りを終えて体のストレッチに入っていた。アチカでは不良の親玉だったが、こうしてみるとまだ垢抜けない女子高生だ。
今の状況でもファルマイヤの信用は失墜する。
そうなったらあいつの人生も終わりだ。
「そこで提案です」
「なんとなく察した」
「イザベラ様を連れて逃げてください」
「やっぱりか」
「今ならまだ大公の耳に届いてませんからね。その間にイザベラ様を遠ざけて、ご当主様一人に責任を負ってもらいます」
この屋敷の使用人は事情をわかっていた。
イザベラを赤子から見てきた連中もいて、やっぱり庇うならイザベラを、という方針らしい。
ファウは紙にイザベラの似顔絵を描いて、遠ざかるような矢印を引いた。
てか、さっきからこの図示、要るか?
なんか馬鹿にされてる気がする。
「まぁいいけど、俺は逃げねえよ」
「え?」
「逃げずにカチコミに行く。竜の島に」
「かちこみとは?」
「俺が逆に竜を襲撃してやるんだ」
「は――――」
フィルとファウは顔を見合わせて唖然とした。
「はぁぁああああああああ!?!??」
そして素っ頓狂な声をあげた。
うるさいから拳骨を食らわせてやった。
「いったぁーーい」
「朝っぱらからうるせえな!」
「だってダイナ島ってダルケみたいな竜がゴロゴロいるのよ。あいつ斃すだけで大変だったのに、なに言ってんのよ」
「だからだ。だから行くんだよ」
「…………」
行かなきゃいけねえ。
リナリーもベルンもそこに行っちまった。
リナリーには俺が学校でワルやったのを尻ぬぐいしてもらったし、ベルンには生理になったとき世話になった。
借りは返さなきゃいけねえ。漢なら。
「こんな土地の貴族なら船を持ってるだろ」
「ええ……あるけど……」
「それと案内役の航海士だ。お前らはダイナ島の場所を知ってるな。ついてこい。そうすればイザベラも乗せてやる」
ちょうどイザベラも家から遠ざけられる。
確か遠足の旅程では、大型帆船の船旅が3日間、無人島の巡検が5日間、帰りの船が4日間って書いてあったから、島までかなり遠いはずだ。
すぐにでも出発しないとな。
俺の戦闘スタイルのことは船上で考えよう。
だが、フィルもファウも呆然として動かない。
「何ぼーっとしてんだ! 早く支度しろ!」
「本気なの!?」
「当たり前だ。大公も竜の首を持ち帰ってくりゃ目ェ瞑ってくれるかもしれねぇ」
「そうなったら、あなた自身が一番面倒くさいことになりそうだけど……」
かくして船と案内役を強引に手に入れた。
イキった竜ども、今に見てやがれ。
◆
ダイナ島――。
そこは今から1000年前に赤竜が移り棲み、独自の生態系を築いた無人島だ。
赤竜は活火山を寝床にする。
かつてのねぐらのバイラ火山を去り、棲み処を探して竜はこの島を見つけた。
島の中央に火山があり、そこから同心円状に沿岸まで森が広がっている。
肥沃な島ゆえに食料には困らない。
火山からは豊潤なマナが絶えず噴出する。
この島で生まれた竜は大型に育ち、優雅に空を翔けて威風を振りまいていた。
――森の上空から咆哮が響き渡った。
竜の咆哮だった。
その怖ろしさに生徒たちは震え上がった。
かろうじて見つけた洞窟の影に身を寄せ、アチカ魔法学院の子どもらを匿うように赤毛の魔術師は腕を広げて彼らを包み込んだ。
「怖いよぉ……」
「大丈夫。大丈夫だから。ね」
リナリーは言葉と裏腹に困っていた。
無人島へ降り立つ前、竜の奇襲を受けた。
火炎球を浴びた船は沈没してしまった。
救命船に乗り込み、船員と生徒たちの大半は海へ逃げることができたが、魔術を駆使して救助にあたっていたリナリーや彼女が助けた十数名の生徒は島の岸に打ち上げられた。
そして今、この洞窟の影に避難したに至る。
今頃、救命船は水晶で救難信号を出しているだろうが、この島まで救助は来ない気がした。
竜からの攻撃が危険すぎる。
リナリーはこう見えても冠位魔術師だ。
おまけに相棒のサラマンドも居る。
孤島から脱出する方法はいくつかあるが、いずれも時間がかかったり、傍から見て目立つ方法ばかり。
島を飛び交う竜の目を盗んでとなると難しい。
それも一人ならまだしも生徒の命もある。
どちらにせよ、竜をある程度は掃討しなければ脱出は厳しかった。
「アンジーを置いてったのは判断ミスかな……」
これほど竜殺しの力を切望させられるとは。
こんなことなら素直に連れてくればよかった。
だが、なんとなくリナリーは確信していた。
――アンジーはこの島に来る。
この世には不思議な因果律が働いている。
【竜殺し】なる存在がこの世に生まれ、そしてそのタイミングで竜の陰謀めいた話が湧き、その竜が人類の脅威になろうとしている。
それは因果が招いた"宿命"だ。
抑止力という言葉があるが、そういう世界の謎めいた力をリナリーも何度も体験してきた。
ならば、竜殺しは必ず来る。
来なければならない。
運命の導きが、そうさせるのだ。
第2部 完 (第3部へ続く)




