Episode39 竜殺しと伝説の始まり
背中からじわりと熱が広がっていく。
イザベラを庇ったことで、ダルケが振り下ろした爪をもろに喰らっちまった。
そのまま床に押し付けられた。
腹這い状態で背中には爪の串刺し。だっせぇ。
「ぐぇ」
「ガアアアアアアアア!」
馬鹿デカい咆哮が屋敷にこだました。
奴さん、相当キレちまってるらしい。
知性のカケラもありゃしない。
「コロス……コロスコロスコロスコロス!!
劣等種のニンゲンはミナゴロシだ!!」
ぐしゅぐじゅ涎を巻き散らすな。汚ねぇな。
ダルケは俺を掬い上げて放り投げると、容赦なく口から火炎放射してきた。
「くっ――――」
目の前に真っ赤な火が迫る光景。
さっきイザベラにしたように、俺にも放り投げからの火炎放射コンボを決め込むつもりらしい。
「銀盤!」
火が襲う手前、突然、俺を守るように氷の壁が現れてギリギリで火を防いだ。
言うまでもなくイザベラのサポートだ。
俺は宙転してホールの壁に足をつけて反動を殺すと、そのまま床に着地した。
「助かったぜ!」
「こっちの台詞! あんた、背中の傷は?」
「意外とどうってことねえ」
「へぇ……どういうこ――――きゃあ!?」
話してるうちに今度はイザベラが襲われた。
ダルケの尻尾ぶん回し攻撃で弾き飛ばされた。
「グロロロロロ、ゴァァアアオオオオオ!」
「デカい声でわめくな! うるせぇ奴だな」
俺は燃焼で加速をつけて『炎の巨人』でアッパーパンチを顎にキメてやった。
「ゴゥッ――――」
ダルケは顎がしゃくれた状態で上空へ打ち上がり、天井を突き抜けていった。
「チッ、きりがねえ。イザベラ、滑り台!」
「え……ああ、あいよ!」
床に投げた鉄筒を踏みつけて魔力を送り、『空飛ぶホウキ』を展開すると、イザベラも俺が何をしたいか汲み取ったらしく、床に手をつけて魔力を込めた。
銀の滑り台が床から空に向けて伸びる。
滑り台は一回転ループして天井めがけて射出されるように末端が伸びた。
氷の彫刻でできたジェットコースターだ。
俺はその滑走路を『空飛ぶホウキ』で滑り、加速をつけて空へ飛んだ。
「ちゃんと首を刎ねなさいよーー!」
射出の直前にフィルがエールを送ってきた。
刎ねるったってどうすりゃいいんだ。
天井を超えて上空に出る。
ダルケにはすぐ追いついたが、既に赤竜は態勢を立て直して俺を出迎えた。
片翼だけ器用に折り畳んでぐるりと回転すると全身をつかって俺を尻尾で叩き落とした。
『炎の巨人』の腕を交差させてガードする。
「っ、この……!」
しぶといヤツだ。
俺もタダで殴られたら気が済まねえから炎の腕を伸ばしてダルケの翼を掴み、地上落下にご招待してやった。
屋敷まで落下する最中も揉みくちゃになって、ひたすら俺はダルケを殴り、ダルケも俺に噛みつこうと鎌首を伸ばした。
その鎌首を炎の腕で掴む。
力づくで首ねっこを地面側に向けた。
ちょうど屋根に激突したが俺はダルケをクッションにノーダメージ。
屋根を転がって態勢を立て直す。
ダルケもすぐに起き上がった。
「ナンダ、ギザマハ……ギザマハァアア!」
ダルケは既にぼろぼろだが、屋根の上を猛スピードで駆けて大口を開けた。
ワンパターン野郎め。低脳化してやがる。
『炎の巨人』でその顎の上下を掴むが、あまりの勢いに押されていく。
「くっ……」
踏ん張って止めようとした。
だがダルケは止まらない。
さらにダルケは炎の腕に噛みつき、自分の口がどんどん焼け爛れていくのもお構いなしに突っ込んできた。
「っととと……あああ、落ちる落ちる!」
もはや捨て身のタックルだった。
ダルケは気が狂ったようだ。
屋根の末端――つまり断崖絶壁に追いやられ、そのままダルケと落ちた。
どんだけ落ちるんだ俺は!
というセルフ突っ込みを入れてる間に、海の中に頭から突っ込んだ。
一瞬のことで頭が回らない。
ガボガボともがきながら水面に出ようと抵抗しているのに、よくわからない力に押さえつけられて逆にどんどん沈んでいく。
「ガッ……ゴボ……!」
水を飲んじまった。このままじゃ死ぬ。
目を開くと、ダルケが俺の溺れる姿を愉しんでいた。
この野郎、計算づくかよ……。
しかも『炎の巨人』がうまく喚べなかった。
それどころか炎の魔力全般が使えない。
指ぱっちんしても燻って泡が散るくらいだ。
炎以外つっても水属性は意味ねえだろうし、雷属性は俺の方が感電死するかもしれねえ。
まさか海中にいる今、絶体絶命なのか……?
「無力よな、ニンゲン風情が」
「……ゴボ……ッ!」
「いくら力を奮っても無駄だ。いずれ、より強固な鱗に再生する。そして貴様にモノを『切断』する能力はない。それでは首は討れん。あの悪鬼の混血やファルマイヤの娘は良い刃を持っていたが非力ゆえ『切断』に至らぬ。ククク……」
喉奥から唸るような声が海中に響いた。
こいつら水中でも喋れんのな。
「何もできぬか? 所詮は『竜殺し』も偽り」
「ブ…………」
「このまま海の藻屑と散れ、ニンゲンの雌」
「…………」
息が苦しい。
駄目元で『ホウキ』に魔力を通したが、ブースターが開かず使い物にならない。
もう手がねえじゃねぇか!
マジで死ぬ……!
そのとき、視界いっぱいに光が広がった。
冥界で門番している魔女と出会ったときにも似た光を見たもんで、てっきりまた死んだのかと勘違いした。
「アンジィィイイイイイ!」
だが、あの白々しい魔女とは違う声が届いた。
次の瞬間、凍えるような寒さが襲う。
海水が急激に冷えて、ぎしぎしと軋む音が鳴り始めたと思ったら、俺を取り囲む海水が氷になっていた。
直後、轟音がしてその氷が一斉に割れた。
「ゴホゴホッ……ガハッ……はぁぁーー」
息をかき込んで呼吸を整える。
マジで死ぬかと思った。
四つん這いになって咳き込んでいたら、やたらと手足が冷たいことに気づいて、ようやくそこが氷の上なんだと気づいた。
「ゼェゼェ……大丈夫かい、アンジー……」
「ガハッ……ハッ……イザベラ、お前か?」
首を振って周囲を見渡す。
崖下の一部の海水だけ凍りついて、海が裂けるように海底を晒していた。
すげえ、なんだっけこれ。ナントカの十戒。
海水を底まで凍らせるって、どんだけ魔力を隠しもってんだ……。でもイザベラもばててるみたいだからさすがに枯渇したか?
イザベラは顔をあげてきょろきょろ見回した。
「あの竜は……!?」
「はっ、そういや何処いきやがった?」
ダルケが居ねぇ。
竜殺しセンサーに意識を向けると、上空で反応を見せた。鬼○郎アンテナばりの感度だ。
「あそこだ」
ダルケは翼を大きく広げて飛び去っていた。
あの野郎、逃げる気だ。
「畜生! ふざけんな! ふざけんな!」
イザベラは悔しさで吠え散らしていた。
そりゃそうだ。やり逃げみたいなもんだ。
ファルマイヤの連中がこれから味わう地獄を想像したら悔しいに決まってる。
水平線に向かってどんどん小さくなる赤竜。
海原に逃げられたら終わり。
俺らは竜のような翼もなければ泳げもしねえ。
無力な人間風情だ。
イザベラは氷に拳を打ちつけ、しまいには竜鱗の短刀も投げ捨てた。――カツンという氷の音がヒントをくれた。
"いくら力を奮っても無駄だ"
"貴様にモノを切断する能力はない"
"あの悪鬼の混血やファルマイヤの娘は良い刃を持っていたが非力ゆえ――"
「まだだ。絶対に一発くれてやる」
「でもあんな遠くに逃げられちまったら……」
「――お前、まだ魔力残ってるか?」
イザベラはぽかんと口を開けて見返した。
俺はその足元に転がる『竜鱗』に目を向けた。
「その"伝家の宝刀"に伝説を手向けてやる」
◇
ダルケは海が凍りついたと同時に飛び去った。
逃げる他なかった。
屋敷内で戦っているときも、空中戦に持ち込まれたときも、海に落ちてからも、どのタイミングでも勝機はあったが、ついぞ叶わなかった。
勝利を確信していたのに勝てなかったのだ。
妙な因果がアンジー・シルトには働いている。
殺そうとしても殺せない。
戦いが長引けば逆に死へ追い込まれる。
これが『竜殺し』という性質なのだろうか。
ダルケは戦略的撤退を決めた。
――そう、これは戦略的撤退だ。
まだチャンスはある。
余計な邪魔さえ入らなければ十分に勝てた。
これ以上の消耗は無意味だ。
一度、島へ戻り、英気を養えば次こそは……。
ぼろぼろの体躯に鞭を打って翼を動かす。
これほどの消耗はダルケも初めてだ。
情けないが故郷の土に頼らざるを得ないほど、ダルケは自己修復が不可能な域に臓物がズタボロになっていた。
このとき、ダルケは安心しきっていた。
元より仲間意識や"力を合わせて"といった発想のない竜種は、こうして海に逃げ延びたことで脅威は脱したと判断する。
仮にアンジーが箒に乗って追いかけてきたとしても、どうせ首を刈る力がない。一方、凶器を持つ他のニンゲンでは追いかけてこれまい。個々の戦力分析は得意な竜だが、それらが掛け合わされるという発想がないのだ。
だからだろうか――。
強烈なスピードでダルケに迫る黒の一点。
その脅威に気づくのが遅れた。
それは石飛礫のように小さく見えたが、迫るにつれて死神の大鎌のように大きな脅威に映った。
「ギッ…………!」
ダルケはおよそ初めて悲鳴を上げた。
明確な死がそこに迫っていると実感した。
黒の点は、一直線の軌道を描く"槍"の矛先だ。
先端には黒の『竜鱗』を加工した短剣。
それを固定する氷の柄が後方に伸びていた。
この氷の黒槍はいかにして――
「ギャアアアアアアアアアアア!」
断末魔が海原に響き渡った。
氷の槍はダルケの首を猛烈な勢いで貫いた。
先端の『竜鱗』は竜の皮膚の硬度を上回り、串刺しするには十分な硬さ。そして飛翔速度は首を貫くのに十分な威力があった。
ダルケの目から光が消えた。
死の間際、遠目にファルマイヤの屋敷の崖下で赤い大巨人が腕を振るった後の姿で佇んでいるのが見えた。
「……ア……ジー…………シ…………」
喉は動かず、竜の首はもげ落ちた。
巨躯は力尽きて海に落ち、藻屑と消えた。
アンジー・シルト。彼女は竜の死神だ。
故にダルケの敗北は必然だった。
◇
「テメェの敗因は、べらべら喋りすぎたことだ」
手向けの言葉にそう吐き捨てた。
『炎の巨人』を解除してその場に倒れ込む。
急造した氷の槍はイザベラに造らせた。
元々、変換が得意で氷の大剣を振るっていたイザベラなら"槍の柄"を造るのも簡単だろうと思ってそう提案した。
それで切っ先が竜鱗。間違いなく刺さる。
あとは貫通力だが、そこは相棒の力。
要するに、俺にはパワーがあったが刃がねえ。
イザベラは刃があったがパワーがねえ。
なら二つの力を真っすぐ乗せれば越えられる。
ヒントをくれたのは他ならぬダルケ本人だ。
「あたしはもう動けねえ……」
「俺もだ。魔力がすっからかんだ……」
「あと悪いけど、ここの氷も溶ける」
「は!? ――ぐぇ! がばばばばば」
一気に氷が溶けて波が覆いかぶさってきた。
魔力切れだったらそうなるか。
なんとか崖下の岩場を掴んで難を逃れた。
イザベラも同じように岩場に上半身だけ乗り上げた。
「ふっ、あっはっはっはっはっは!」
イザベラが互いのザマを見て笑った。
色々ふっ切れたみたいだ。
「アンジー、ありがとな」
「やめろ、寒気がする。茶番は御免だぜ」
「やめねえさ。あんたを見てて気づいた。くだらねえことに拘るのはやめる」
岩場にかかる濡れたイザベラの銀髪。
それはファルマイヤの威光の終わりとイザベラって女の器の滴りを表していた。
「竜殺し伝説も、嘘なら自分が作ればいいさ」
「そうだ。お前はお前だけのもんだ」
親でも家柄でも竜のものでもない。
だったらテメェで戦って、テメェで踏ん張って、テメェで築き上げるしかない。それで結果が出たら受け入れて、きっちりケジメつけるんだ。
「おーーーーい」
遠くから俺たちを呼ぶ声がする。
体を上に向けて崖を仰ぎ見ると、リノを始め、他この屋敷の人間が力を合わせてロープを落としていた。
え、あれに掴まれってか。
そんな力は残ってねえよ……。
前言撤回。テメェで踏ん張れないこともある。




