Episode34 竜殺しと奴隷ニンゲン
今の咆哮、下から聞こえたぞ。
イザベラの部屋は2階だから、1階か地下があるなら声の主はそこにいる。
「竜がどっかに隠れてやがんな!」
俺はさっそく部屋を出ていこうとした。
リノはいまだに布巾を装備してコンテナを外に運ぼうと悪戦苦闘していた。
「何やってんだ! さっさといくぞ!」
「でもこれ下げないと……」
メイド業務に染まってんじゃねぇええ!
アホかぁぁあああ!
俺は声をかける気力も失せて、リノの手を強引に引いて廊下に飛び出した。
「待ちな、竜殺し!」
「あぁん?」
そこでイザベラが待ったをかけた。
「あんた、なんで今のが竜ってわかるんだい」
「はぁ? 恐竜みたいな声だったろ?」
「恐竜……知らないが、やっぱり竜なのか?」
「当たり前だ! 逆にテメェはなんでテメェの家のことを知らねぇんだよっ」
「……」
イザベラははっとなった。
どいつもこいつも面倒くせえ。
だが今の発言で、ファルマイヤが竜とグルでもイザベラは無関係って分かった。
「ちょっと待ってな、竜殺し。あたしも行く。
……や、行かせてくれ。悪いけど頼む」
「好きにしな」
「すまないね」
イザベラは着ていたロングスカートに切れ込みを入れて、太腿に『竜の鱗』を忍ばせた。それ以外にも武装らしい武装をし始めた。
待つ間、リノの割烹頭巾を取ってやった。
緊急用にリナリーから託された短刀『影打ち・アイズ』をリノに渡す。
リノを覚醒させるヤバい武器だ。
「いいか。イザベラは敵じゃねぇ。敵は竜だ」
リノに言い聞かせる。
「竜っぽい化け物が現れたら、これでヤれ」
「いいの?」
「ああ。人間は傷つけんなよ」
「わかったー」
猛犬も手懐ければ猟犬になってくれるか。
イザベラも準備が終わって部屋から出てきた。
鉢巻きみたいにリボンを額から回して、ポニーテール姿になって出てきたもんで驚いた。
「……」
「なんだい?」
「お前そんな小洒落たことできるんだな……」
「あんた、あたしを何だと思ってるんだ?」
パワー型スケバンゴリラだと思ってた。
だが、スケバンはスケバンでも貴族令嬢だ。
最近の意気消沈っぷりと比べたらイイ感じだ。
廊下を駆け抜けて、下の階まで降りる。
「ところでイザベラは屋敷で竜飼ってるとかそういう話は知らねえのか?」
「はぁ、竜なんてとっくの昔に滅んだんだろ」
その程度の認識かよ。
一般人と同じじゃねーか。
「滅んでんならお前の武器はなんだよ」
俺はイザベラの太腿を一瞥した。
走ってる最中もその鱗が黒光りしてチラつく。
竜の鱗を加工して作った短剣だ。
「こいつはあたしのご先祖の戦利品だって聞いてる。竜と戦って、命からがらで奪い取ってきたんだとさ」
「そういう由緒あるもんだったのか」
「うちの伝家の宝刀。ファルマイヤの誇りだ」
なるほど。ファルマイヤ家の剣聖家系の始まりは『竜殺し伝説』だったのか。
残党の竜を密かに飼っててもおかしくねぇな。
黒幕はファルマイヤ家の当主、マルセルか?
俺たちが屋敷を駆け回る最中も雇われの召使い達は不安そうにざわついていた。
世話係は何も知らないようだ。
イザベラの先導で、怪しい地下室に着いた。
屋敷で秘密の部屋はここだけらしい。
マルセルもさっき地下室に向かったそうだ。
その入り口は古い木製扉に閉ざされていた。
隙間から風が吹きつけてきた。潮の匂い?
崖の海側と直結してんのか……?
なんでそんな造りにしたんだ。
無理やり開けて、その先の石段を降りた。
相当古いようで足場が悪い。
そのわりに中の通路は広くなってやがる。
"人間用"の通路ってワケじゃなさそうだ。
やっとこさ下まで降りて炎魔術で周囲を照らすと、錆びた鉄扉を見つけた。
鉄扉の奥から話し声が聞こえる。
「鎮まりください! 代償は必ずや……!」
「グァアアアアア」
「竜殺しの娘は今からでもすぐに!」
びくりとイザベラが肩を震わせた。
鉄扉の前で立ち止まって、声に注意を向けた。
「テメェの親父か?」
「そうらしい。……チッ」
イザベラが舌打ちして下唇を噛んだ。
最悪を想像してるんだろう。
そりゃ肉親の悪事なんて見たくねぇよな。
にしても情けねぇ声だったな。
「竜殺し、変な気遣いはいらないぞ。あたしはあたしの意思でここにきたんだ」
「うぬ惚れんじゃねぇ。気なんて遣うか」
「……それでいい」
俺とイザベラは鉄扉の両脇の壁に背をつけ、目を見合わせて合図を送った。
3つ数えてから飛び込むぞ、と意思疎通する。
リノはぼけっと扉の正面に立っていたから無理やり手を引っ張って誘導した。
「3……2……1っ!」
鉄扉を開けて中に押し入る。
その途端、
「ガァアアアアアアアアアアア!」
大きな咆哮が耳朶を叩いた。
あまりの迫力に鼓膜が破れそうになる。
「ひぃいいっ」
すぐそこに体を仰け反らせるおっさんがいた。
おそらくイザベラの親父だろう。
驚いたのは、その奥にいた生き物だ。
ぎょろりとした爬虫類の目。
刺々しく皮膚から突き出した赤い鱗の数々。
そして長い首に翼まで生えてやがる。
――どく、どく、どく。
これが竜……。本物の竜だ。
竜殺しセンサーが働くまでもねえ。
その竜は天井に首が届くほどの背の高さだ。
目の前のおっさんの2倍の体格はある。
オズエッタ湖の水竜シーザーを知ってるからこんなもんかと思うサイズ感だが、動物園でサイやゾウやキリンを見るのとワケが違った。
まず眼がヤバい。
餌を見るような冷酷な眼でこっちを見てる。
「と、父様……こいつは……っ!」
この場で一番驚いていたのはイザベラだった。
この手の幻想種は初対面だったんだろう。
「むっ!? イザベラ、なぜここに来た?」
イザベラの親父が青い顔して振り返った。
「地下室は出入り禁止だ! ん、そやつらは」
「そ、そんなことより、こいつは一体――」
「ガァアアアァァアア!」
それぞれ混乱していた。
その度にデカい咆哮がこの場を黙らせる。
「グロロロ……。マルセル、禁戒を破ったな」
竜が喋った。喉奥から唸るような低い声で。
感情があるのか知らねえが、人間がうがいするときのような音を立てて"笑って"やがる。
「いいえ知りません! 私は何も……何も!」
「馬鹿者。知らぬで済むものか。禁戒の遵守は絶対だ。お前の娘どころか奴隷すらも此処を侵している。お前の粗慢だ。無精者め」
「ぬ……! この者ども……誰だ……?」
「恍けるな。竜殺しの娘の送致も失敗した上、禁戒すら破って我の姿を下賤の群れに晒した。万死に値する」
「そ、そんな……ダルケ様、お許しください」
竜の言葉は難解すぎて意味フメイ。
イザベラの親父が脅迫されてるのはわかった。
――勘違いしていた。
ファルマイヤが竜を飼ってるんじゃねぇ。
飼われてるのは、ファルマイヤの方だ。
「おい。なんだか知らねえが、そこのトカゲ」
「フヌ。ニンゲンの奴隷、何か言ったか?」
「こっちの言葉がわかるのか。なら話が早ぇ」
「ニンゲンの奴隷風情が我に口を利くか」
「奴隷じゃねぇ! たまたまメイド服着てるだけでここに来たのすら初めてだ!」
言葉は通じても高慢すぎて話にならん。
メイド姿は失敗だったか。
「俺はアンジー・シルトだ。テメェこそトカゲ風情が生意気に喋んな。気味悪ぃ」
「アンジー・シルト!?」
イザベラの親父が驚いてこっちを見た。
面倒くさいから割ってくるな。
「お前が竜殺しか!? どうやってここにっ」
「イザベラを尾行してパパーっとな。あ、そういやトン……なんだっけ。ドンファン運送……のおっさんがよろしく言ってたぜ、アンタに」
「ドンファン運送? 聞いたこともないぞ!」
ちゃんと宣伝しておいてやった。
義理は果たしたぜ、馬車のおっさん。
イザベラの親父は放置して竜に向き直る。
「よーし、ようやくお出ましってワケだな。俺はさっさとこいつをぶっ殺してスッキリしてえ」
ボキボキと拳を鳴らす。
生まれ変わって以来、どうにも竜種のことが頭にチラついて鬱陶しかったからな。今思えば、自覚がなかっただけで心臓バクバクってのもメドナの呪いだったかもしれねぇが、まぁいい。
ここで清算して、好き勝手やらせてもらう。
「竜殺しだと……? こいつが?」
竜は不思議そうな顔して首を傾げている。
「一つ聞くが、テメェは一匹か? お仲間は?」
「グ……グ……グ、グロロロロロロ!」
竜は我慢できずに笑い始めた。
唾を吐き散らしながら豪快に笑っていた。
「グッギャッギャッギャッ」
「汚ねぇツバ吐き散らすなや……」
「無礼者め! 仲間だと? 同胞はいるが、我はアレらを仲間などと思ったことはない。いずれは殺し合うのだ! 竜とは一で頂点を目指す! 貴様ら下等種族のようなヌルい思想を持ち出されては堪ったものではない!」
はぁ……? 意味不明すぎる。
ドウホウって他に竜がいるってことだよな。
文化が違い過ぎて何を言ってるか分からねえ。
「おまけに我を殺すと? 滑稽なネズミめ」
「ああ。小細工も抜きだ。正面から殴り殺す」
「身の程知らずが。こんなネズミが竜殺しなどとは笑わせる……! その下劣すぎる思考の生物が同じ星に生きることに虫唾も奔ったぞ。ここで死ね。粗慢なファルマイヤの一族とともに!」
竜が臭い息を吐き散らしながら吠えた。
イザベラの父親が地に突っ伏して頭を抱えた。
「ひいいっ! 我が一族も終わりだー!」
「父様、何をしてるんですか! それでもガルマニードを代表する剣聖ですか!」
イザベラがショックを受けながらも気高に父親の身を起こそうと駆け寄った。
親父さんはとんでもないことを言い出した。
「お前も平伏して許しを請え!」
「……な、なにを……言って……」
「竜を怒らせたら終わりだ。我が家だけでない。国家そのものも滅亡するかもしれぬ! 私はこの国の元帥であり、国防大臣だ。立場がある!」
立場があるんなら戦えよな。
なんて情けねえ姿を娘に見せてるんだ。
――その直後、風が迫ってくるのを感じた。
ゴァアアアアアア!
前を見ると竜が大口あけて突進していた。
きたきた……! ドク、ドク、ドク。
その猛攻に抗うように竜殺しの力が反応した。
『炎の巨人』を召喚する――。
「グム……!?」
ぶわりと炎が上がり、巨人の半身が出現した。
この炎の腕で竜の突進を止めてやる。
――だが、両腕ともスカった。
竜は直前で翼を広げて飛び上がり、俺の横を滑空して通り過ぎていった。
そのまま鉄扉をぶち破り、地下路に着地した。
「あ、テメェ!? 逃げんな!」
「ギ……グムウウウ……。ガァアアアウ!」
「おい!」
赤い竜は翼を広げてまた飛び立った。
そのまま通路を翔けていく。
俺も後を追いかけたが、竜は海側の崖に抜ける穴から外へ飛び立ってしまった。
やっぱり竜のランディング用の穴だったか。
「くっそ、逃げられた!」
なんだよ腰抜け!
あいつ、急に方向転換しやがって!
視界に光文字が現れて日本語が表示された。
『アンジ よくヘイキだね……』
「あぁ? なんだミラ?」
『わたしコワすぎてムリ。シぬかとおもった』
ミラが俺の胸の隙間から顔を出した。
びびってその中に隠れてたのか。
まぁ確かに凄い迫力だったが。
空想上でしか知らない竜が敵意むき出しで突進してきたんだ。普通は怖い。
水竜のシーサーはタツノオトシゴ系のおっとり顔だったからなぁ。デカくても恐怖感はないし。
俺はなぜか先に怒りが湧いてくるんだよな。
これが竜殺しの特性ってヤツなのか。
『でも、ニげてないとおもうよ たぶん』
「外に飛び出してったぞ」
『ほかのヒトからオソうことにしたとか……』
「それだと屋敷の住人がヤバいんじゃ――」
きゃああああああ!
案の定、地上から悲鳴が聞こえてきた。
あのクソドラゴン、屋敷に行きやがったか。
「チッ、いくぞ!」
『うん……』
ミラは俺の胸の谷間に引っ込んで隠れた。
にしても、クソドラゴンを斃すのはともかく、ファルマイヤ家がどういうつもりで竜にこき使われていたのかも問題だな。
国家の滅亡がどうとか言ってたが……。
脅されてたか、我が身可愛さで服従してたか。
アチカ魔法学院もグルなようだし、この辺り一帯の沿岸領土の連中が、こぞって竜の配下だったらと思うとぞっとする。
あと無人島にいったリナリーやベルン、他のクラスメイトも心配だ。




