Episode33 竜殺しと潜入用メイド服
ファルマイヤの屋敷に無事、潜入した。
裏の塀のそばに生えている木を伝って敷地に飛び込もうという話をしていたが、着地はどうするだなんだとわーわー議論するうち、俺はある事を思い出した。
……俺、空を飛べるんだった。
ティミえもんのひみつ道具『空飛ぶホウキ』。
これの存在をすっかり忘れてた。
てなわけでホウキで屋敷の塀を越え、中から正門の鍵を開けてリノを入れた。
空を飛べるって便利すぎる。
屋敷の庭はクソ真面目に手入れされていた。
おまけに広い。
イザベラの親父は几帳面なのかね。
四角い草木を遮蔽物にして様子を観察した。
「窓さえ見つけりゃそこから入るぞ」
『せっかくのサクセンがダイナシね』
「侵入できるならどうだっていいだろ。問題は、中での立ち回りだ」
ミラからの提案は、変装だった。
リノは「気配を消す」とかいうアホなこと言い出したから却下した。
人間にそんな芸当できるワケねー。
漫画じゃあるまいし。
……中で歩き回るには、やっぱり変装か。
「変装するにしても、さすがに俺たちくらいの背丈の召使いなんて――」
俺は屋敷の外観をぼんやり眺めていた。
すると玄関から2人組の人影が出てきた。
車輪付きのコンテナを2人前後について運んでいる。
「いたーーーーーっ!」
リノが身を乗り出して2人組を指差す。
その2人は驚くほど小柄だった。
って、バカ! 声がでけえよ!
「ねぇ、今なにか聞こえた?」
「うん、聞こえたよ。お庭の方からだった」
俺は慌ててリノの口を塞いで茂みに隠した。
やべー。序盤から御用になるとこだったぜ。
小柄な女2人組は、警戒しながらこっちを見てくる。
その2人とも目が大きくて耳が尖がっていた。
髪の色もカラフル。青い髪と緑の髪。
どっちも人間じゃない。見慣れねえ種族だ。
服装はきっちりドン○で売ってそうなふりふりのメイド服だから絶対に召使いだろうが。
「調べた方がいいよね、フィル?」
「えー、マルセル様への報告めんどくさー」
フィルと呼ばれた青髪は手を後ろ頭に回した。
面倒くさがりっぽい。
「どうせ使用人の子が遊んでただけでしょ」
「でももし不審者だったらさ……」
「ファウは心配しすぎ。こんな街外れの断崖絶壁の屋敷に不審者? ないない」
緑髪のほうはファウというらしい。
そうだ。心配のしすぎは寿命を縮めるぜ。
「しかも、ここはあの剣聖マルセルの家よ?」
「でもそのマルセル様も気が立ってるし、報告漏れで大変なことになったら……」
「なら聞かなかったことにすれば?」
「ええ?」
「不審者がいても、私たちの知らぬ間に侵入したってことなら責任なーし」
「ダメだよ。お給料もらってるんだし」
「それよりイザベラ様への夕餉が冷めちゃう。そっちのが怒られ案件だわさ」
「それもそうだった……うーん……」
緑髪のファウは心配性らしい。
俺たちは不審者じゃないから心配無用だぞ。
ちょっと屋敷の中を物色して満足したら帰るだけの通行人。どう考えても不審者じゃない。
「ほらほら、こうして立ち止まって話してる間にどれくらい経った? 声なんかしないよ? わかったらもう行こ!」
いいぞ。フィルってやつ!
フィルは車輪付きコンテナの手押しを再開。
それに押される形でファウも歩き始めた。
服を奪うなら、あの2人のがちょうど良さそうだな。
「よし。これでこっそり後をつけて……って」
茂みに視線を移すと、リノがいなくなってた。
まさかと思って視線を戻す。
――さささ、と庭園の草木が揺れていた。
揺れは玄関近くまで迫ると、ばさっと黒い影が跳び上がり、2人を襲った。
「むぐっ――――う!」
「え、どうし――――あっ!」
フィルとファウは振り向く暇もなく襲われて、手刀と首絞めで意識がトンだ。
説明の必要はないだろうが、リノの犯行だ。
手際がよすぎる。
俺は急いで犯行現場へ駆けつけた。
他の召使いが来たらどうすんだ。
「あーあ、やっちまったか」
「えへへ~」
リノはにこにこと笑顔を向けてきた。
獲ってきた物を見せびらかす飼い犬のようだ。
「えへへじゃねーよ!」
「えー、なんで怒るの……」
「冷静に考えろよ。さっきのこいつらの会話、イザベラに飯運ぶとか言ってただろ。ってことはこのコンテナには飯が入ってんだ」
「腹ごしらえにもなるね!」
「ちげぇわ! こいつらの代わりに俺たちがイザベラに飯を運ばなきゃ異変に気づかれるし、この耳長まで見つかったらゆっくり探索できねーだろーがーーー!」
ムキになって吠えちまった。
リノもショックなようで目を潤ませた。
『アンジ リノちゃんなりのリカバー』
ミラの光文字が眼前にチラついた。
リカバーって、ミスを取り返そうとしたのか。
気持ち考えてあげなよっていう目でミラに睨まれた。
「く……」
一番は、こいつらの仕事が終わってから身ぐるみ剥ぐことだったんだ。
まぁでもこうなったら仕方ねぇ。
「怒鳴って悪かった。どうせ気絶させる必要あったし……まぁ、助かったぜ」
「ほんと? えへへ、感謝されてうれしいな」
なんで俺がこんなママゴトみたいな……。
しゃらくせえ。とにかく変装だ。
「先にこの2人分の遺体を隠すぞ」
『しんでない』
「うるせえ。言ってみたかっただけだ」
…
フィルは屋敷の廊下に飾ってあった大きな壺の中に放り込み、ファウはその隣にあった振り子時計の下の棚に突っ込んでおいた。
身ぐるみは剥いだ。
だが、下着姿で放置するのは良心が痛む。
最終的に俺が着てたアチカ学院の制服と、リノが着てた黒い修道服をそれぞれ着せてやった。
衣装の交換ってやつだ。
それで俺とリノはメイド姿になったが、俺もいよいよ女装に抵抗なくなった。
アチカの女子制服でスカートには慣れた。
今さらメイドでも何でもドンとこいだ。
……慣れって怖ろしいな。
「よっしゃあ、これで変装も完璧だな!」
『イザベラさんにゴハンとどけなきゃ』
「だったな……」
もはや飯は放置でいいんじゃねえだろうか。
そもそもイザベラの部屋もわからないし。
あいつに顔も割れてるから一発でバレるだろ。
『ギャクにかんがえて』
俺が嫌そうな顔してると、ミラが閃いたように光文字で字面を並べた。
『イザベラさんのヘヤにはいるチャンス』
「……そうか」
確かに一番のヒントが眠ってるかもな。
あいつの得物『竜の鱗』もだが、他に何か竜の痕跡があるかもしれねぇ。イザベラがシロかクロかをはっきりさせる意味で、これはまたとないチャンスだ。
「――ってことで着いたワケだが」
イザベラの部屋に辿り着いた。
場所はその辺に歩いていた召使いに「広すぎて道に迷った」と伝えたら丁寧に教えてくれた。
ひょっとして迷う奴が多いのかもしれない。
案の定、俺たちの素性は気にされてねえ。
……というか、気にしてる余裕もなさそうで、みんな忙しない雰囲気だった。
いったいこの屋敷で何が起こってんだ?
「本当にいけんのか……?」
『だいじょうぶ アンジはキヨウ』
「いいように使われてる気がするぜ……」
給仕の中にあった布巾を数枚使うことにした。
口を覆うマスクとして一枚、銀髪を隠すために割烹頭巾として一枚。
これでだいぶ顔は隠れた。
あとは俺の口調だけだった。
口調が変われば、イザベラも気づかないんじゃないかってことで、またミラの台本作戦で行くことになった。
――とんとん、とノックをして声をかける。
「イザベラ様、お、お食事をお持ちシマシター」
敬語なんて虫唾が奔る……。でも我慢だ。
中からイザベラの声が聞こえてきた。
「入りな。適当に並べて出ていけ」
くぐもった声。
なんだろう。なんか覇気のねぇ声だ。
「失礼シマスー」
扉を開けてご対面。
予想以上にしっかりした女の部屋で驚いた。
散らかってもいねえし、質素でもない。
細かい装飾の燭台やら陶器のポットみたいなのまで置かれている。
「洒落ついてんなぁ……」
思わず感想が口からこぼれた。
「なんか言ったかい?」
「あっ……い、イエー、綺麗な部屋ッスネ」
「ろくに住んでねぇし、当然だろ」
危ねえ。マスクに声を遮られて助かったぜ。
背中にしがみつくミラに爪を立てられた。もうヘマはしねぇって……。
イザベラはベッドに俯せで寝っ転がっていた。
本みたいなものを開いてぼーっとしてる。
服装がロングスカートドレスで、あのスケバン風制服とはまた雰囲気が違う。
俺とリノはテーブルに料理を並べ始めた。
その間も俺は部屋をきょろきょろと見回す。
生憎、竜を臭わすものは何もなかった。
竜の紋章入りの旗とか彫刻とか、一切ない。
どうなってんだ。
ファルマイヤと竜は繋がってんじゃねぇのか。
それとも早とちりか?
でも『竜の鱗』やラウラからの紋章入りの手紙は?
料理の配膳が一通り終わっちまった。
これ以上、長居したら不審がられる。
チッ……イザベラは暫定シロってことで。
俺とリノは車輪付きコンテナを押して部屋から出ていこうとした。
「なぁ」
「……! は、はい?」
出ていく直前、イザベラに話しかけられた。
バレたかと思って一瞬ひやっとした。
イザベラは起き上がると、ベッドに腰かけながら俺を真っ直ぐ見てきた。
「あんた、親父さんはいるかい?」
「へ……親父……?」
なんだ急に? どういう意図の質問だ?
俺にとってこっちの世界に父親はいないから、前世のクズしか思い浮かばねえ。
「い……イマセン」
「そうかい。そりゃ悪いこと訊いたね」
「いや、父親に良い思い出はね……ないデスし」
「良い思い出がない? ふっ」
イザベラは自嘲気味に吐息を漏らした。
「そうかい、あたしが贅沢なのかもな」
「……」
「あたしはあるぞ。大事な思い出ってやつが。でも最近それが霞んで、その本人に汚されてる気がしてね。しおらしくなっちまう」
つまんねえこと聞いて悪かったね、とイザベラは召使い風情に詫びた。
思い出……。俺もあったかもしれない。
でも全部クズエピソードに上書きされた。
今となっては前世の父親像は、女のケツ追いかけるエロオヤジってだけだな。
そっちが本性だったんだと思う。
そんなことは十分わかってる。
俺がヨチヨチの頃の思い出は嘘っぱちだ。
大人も無理して最初は我が子にかっこつけてるんだ。
「昔の思い出ってなぁ大概は嘘っぱちだぜ」
「……なんか言ったかい?」
『こら! アンジ ダイホンみて』
「親父だって人間だからな、醜い部分だってある。それをアンタが拝める年頃になったんだ。あとはそのホンモノの親父をどう受け止めるかっつーだけのことよ」
ついつい熱弁しちまった。
俺の教訓だから、これだけは譲れなかった。
そんでもって俺は真のアホだった。
喋るのに熱入りすぎてマスクがほどけた。
「あ、あんた……竜殺し……!?」
「あ――」
顔が全部晒されて、口調ももう取り返しがつかないくらい暴露しちまった。
「なんでここにいんのさ!? てかその格好!」
「ちっ、バレちまっちゃしょうがねえ!」
俺は鬱陶しい割烹頭巾を剥ぎ取って投げた。
イザベラも表情が急に豹変した。
まるで一族の仇を見つけたってくらい恨めしい顔して俺を睨んでいる。
「ふざけた格好であたしの部屋踏み入りやがって! ここでとっちめてやるよ!」
「上等だ。前みたいに返り討ちにしてやらぁ!」
拳を構えたとき、急に床がズンと揺れた。
とてつもない衝撃だった。
「なんだい!?」
イザベラも予想外だったようで驚いてやがる。
そしてその直後――。
ゴォォオオオオオオォォオオオ!!
とんでもない咆哮が屋敷に鳴り響いた。
大音響で壁がびしびしと小刻みに振動した。
今の咆哮、まるであれだ。
恐竜の遊園地で恐竜が暴れる映画で聴いたことある。
――竜がいるんだ。この家に。




