表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/77

Episode32 竜殺しのぶりっこ芸


 イザベラを追いかけ、魔法学院を脱獄した。


 何度か振り切られそうでヤバかった。

 特に首都グローヅェに着いてから、それまで徒歩だったくせに馬車移動なんて洒落こみやがったせいで見失うかと思った。


 しかも、イザベラは馬車に一人乗りだ。

 馬車の一人乗りは相場が高すぎる。

 大勢で利用する乗合いの馬車がバスなら、一人乗りはタクシーみたいなもんだ。

 運賃がバカ高いのは言うまでもねぇ。

 イザベラも金持ってんだ。さすが貴族。



『アンジ イザベラさん いっちゃうよ』


 イザベラが馬車乗り場からすぐ出発したのを見て、ミラが光文字で警告した。


「わかってる!」


 さすが都会とだけあって雑踏が激しい。

 俺とリノの子ども2人組に街の奴らは奇異の目を向けてきやがる。鬱陶しい。


「チッ……俺たちもタクるしかねぇな」

「タクる?」

「タクシーに乗るって意味だ……つっても分からねえか。とにかく馬車を使って後を追うぞ」


 タクシーに乗り込んで、「あの車を追え!」は憧れのシチュエーションだ。

 当然それを言う機会は前世にはなかった。

 異世界だとしても滅多にないだろう。

 もしかしたら今回が最初で最後かもしれない。俺はむしろ興奮した。 


「でもお金もってないよ」

「こうなったら運転手を脅すか」

「ええ!?」


 脅迫でアシを手に入れるのも、それはそれでサスペンス感が増し増しだ。

 リノに刃物与えて心眼で脅すとかもいいな。

 そこで、いつもの蹴りが跳んできた。

 ミラお得意の虎尾脚(ソバット)だ。


『ダメにきまってるでしょ』

「いってー……。冗談だよ。でもそれ以外にアシを手に入れる方法ないだろうが」

『ここはオンナのブキをつかうときだ』

「女の武器? なんだそれ」


 女になった今だから使えるテクか。

 嫌な予感しかしない……。

 ミラは光文字で、わざわざ台詞まで並べて俺にどうすればいいかを指示した。


「はぁ!? できるかボケ!」

『それしかない。ヘイワテキなホウホウだよ』

「ぜってぇ無理!」


 ワーキャー口論したせいで野次馬が集まった。

 街道の脇に馬車を止めていたおっさんも顔を覗かせて声をかけてきた。


「嬢ちゃんたち、どうしたぃ?」

「…………」

『ほら はやく ファイトだ アンジ』


 ミラが俺の視界の脇に日本語を並べる。

 そこには台本が書かれていた。

 リノは日本語なんて読めねぇし、一から説明して喋らせるのも至難の業だ。嘘も下手だし。


 となると俺しかできねえじゃねーか。

 くそ、この俺にこんなことさせてタダじゃおかねぇ、このおっさん。

 いや、おっさんは無罪か。ミラの指示だ。

 ミラ、絶対遊んでやがるな。

 楽しむって言ってたのはこういうことかよ。


「なにか困ってるのかい?」


 馬車の御者であるおっさんは首を傾げた。

 確かにこれは最大のチャンスだ。

 自分で言うのもなんだが、このおっさんなら一発で落とせる自信がある。ええい……。


「そ……」

「そ?」

「そうなのっ、おじちゃんっ! たすけてっ」


 屈辱感を噛み締めながら、媚びた声を出した

 上擦った声で俺は渾身の演技を披露した。


『テをマエに、いのりをこめるように』

『うわめづかい これダイジ「まえのバシャにパパがのってるの」タカいコエで』


 俺はチラチラ台本を見て細かい演技指導も読み取って、おっさんに懇願した。



「ま、前の馬車にパ……パパが乗ってるのっ……私たち乗り間違えちゃって……」



『ここでハナをススって なきまねして』


 マジか。泣き真似とか~~……。

 この怒りを俺は何処にぶつければいい。

 もう二度としねぇからな。一生で最後だ。


「ぐすっ……うぇえ~……お願い、助けてぇ」

「そいつは大変だ! 追いかけてあげるから後ろに乗りなさい!」


 おっさんは普通に優しい紳士だった。

 変態だったら事案に発展していたが、そのときはきっと暴力で解決だ。


 俺はなるべく可憐な少女で通した。

 返事も高めの声音で、おっさんを騙し切る。

 罪悪感より怒りしかない。

 リノも普段と違いすぎる俺に驚いて、馬車に乗らずに目を瞬かせていた。その呑気な様子に苛々して強引に馬車の荷台に引き込んだ。


『アンジ めいえんぎだったね』

「黙れ……。二度とやらねえぞ」

『サマになってたよ。かわいかった』

「やめろ。俺をかわいいって言うな」


 大切な何かを奪われたような喪失感。

 馬車の荷台の柵を枕にして頭上を見た。

 あー、なんだってんだよ。

 最近、おっぱいが膨らんで、生理も来て、おまけに今日のぶりっこ声と来た。自分自身の猫撫で声に寒気を覚えたぜ……。



     ○



 馬車に乗って海までやって来た。


 海に突き出した断崖絶壁の丘。

 そこに大きな屋敷が一軒、聳え立っていた。

 周囲は草原だけで潮風が強く吹いている。

 御者のおっさんはそこに着くと、驚いてその屋敷を見上げた。


「はぇ~~……お嬢ちゃんたち、ファルマイヤのお嬢さんだったのかい。どうりでそっちのお嬢ちゃんは髪が白いワケだ」


 先往くイザベラ馬車は特別仕様なのか、おっさん馬車じゃ追いつけなかった。

 だが、轍を追ってなんとか辿り着けた。

 おまけに、このデカい家がファルマイヤの屋敷だとわかったのも収穫だ。


「にしても、お父さんは忙しいお方なんだね」

「あん?」

「娘を置いてっても探しに出やしない」

「……まぁ、そういうことだ。悪ぃが、運賃はファルマイヤにツケといてくれ」

「え……? あ、ああ」


 俺の態度の豹変ぶりにおっさんは戸惑った。

 俺とリノは平然と馬車を降りて、近くにあった岩場で作戦会議しようってことになった。


「お父さんによろしく言っといてくれよ。

 このトルマン運送をご贔屓に!」


 おっさんは高らかに名乗りながら去った。

 いい仕事したぜ、トンキン運送のおっさん。



 岩場の影で2人と1匹は作戦を練る。

 やっぱりイザベラは実家に帰ったようだ。

 ラウラから渡されていたあの竜の紋章入り資料と茶封筒の中身が何なのかだ。

 それを知るためにはやっぱり潜入だ。

 強行突破しても証拠を隠されたら意味がねぇ。

 問題は、どこから潜入するかだな……。


「屋敷が広すぎる。どこからでも侵入できそうだが、召使いも大勢いるだろうな」


 転がってた木の枝で地面に落書きをする。

 屋敷の絵(四角いだけ)と侵入経路(矢印だけ)を示して、裏に回り込むか、二手に別れるかを番号ふって書き込む。


「なんかアンジーとのこの感じ、懐かしいね」

「ああ……? そういや、ティミーの屋敷から脱走するときも2人だったな」

「あはっ、うんうん。楽しいね」


 リノはニコニコして落書きを眺めている。

 あのときは脱走だったが、今回は逆。

 潜入は見つかったらアウトだ。

 しかも見つかれば、魔法学院に突き返されるだけじゃ終わらねえかもしれない。


 ラウラの狼狽っぷりもある。

 無人島に俺たちを送り込むのが目的なら、そのまま護送もありえるな。


「まず知りてえのはヤツらの目的だ」

「みんなが遠足にいった島のことも!」

「それもだ。何一つ情報がねーからな……」


 この潜入ミッションもオペレーターがいる訳でもねぇし、直感が頼りだ。

 長丁場になることを考えたら――。



『 変 装 』


 ミラが大きな光文字で漢字を出した。

 やっぱりそれしかねぇか。

 広い屋敷だ。

 召使い同士がお互いを知ってるはずもねぇ。

 問題は俺たちと同年代の召使いがいるかどうかと似合う服があるかどうか。

 また女装か……。しゃあねぇな。



     ◇



 イザベラは久しぶりの実家に違和感を覚えた。

 約1年ぶりだろうか。

 具体的にどこがというと難しいが、何か変。

 廊下に並ぶ壺や額縁に磨きが足りないとか、家具がズレているとか、部屋の隅に掃除具が放置されているとか、全体的に雰囲気が乱れていた。


 少なくとも清潔ではある。

 だが、イザベラの知る屋敷の景観は、もっと徹底して綺麗だった。


 ファルマイヤ家当主であり、イザベラの父親であるマルセル・ファルマイヤは厳格な人物だ。

 使用人にも清掃に関しては口うるさい。

 住まいの汚れは心の淀みだ。

 そんな武人らしい考えが根底にある。

 それを知っていると些細な乱れも屋敷の淀みを表しているように思えた。



「おかえりなさいませ、お嬢様」


 親しみ慣れた使用人が深々と頭を下げた。

 イザベラはそれを横目に部屋へ向かう。


「さむい儀礼は要らねえ。父様に取り次ぎな」

「承知しました。後ほど部屋へお声かけします」

「すぐ来い。待たせるんじゃないよ」

「かしこまりました」


 イザベラは階段を上がり、自室に戻った。

 ベッドに荷物を投げつけて、そのまま服を脱ぎ捨て着替えを始める。


 太腿に忍ばせた『竜の鱗』を抜いた。

 黒光りする鋭い刃を睨み、学校の屈辱を思い出した。


 ――竜殺し。テメェだけは絶対に潰す。


 帰省の理由は稽古をつけてもらうため。

 最近、雑魚ばかりが相手で鈍ったんだろう。

 "剣聖"と謳われた父親マルセルの厳しい指導を受ければ、かつての感覚を取り戻せるはずだ。


「チッ……」


 投げ出された荷物から封筒が飛び出している。

 視界にチラついて鬱陶しくなり、イザベラは着替えを再開した。

 茶封筒は教頭から直前に押し付けられた。

 郵送すると時間がかかるからと、帰省届けを出したイザベラを呼め、わざわざ渡してきたのだ。


 中身が何なのかイザベラも知らない。

 ガルマニード東沿岸の領主でもあるマルセルには、アチカ魔法学院も含めていろんな機関から書類が届く。だから気にしたことはなかった。

 だが、今回のはきな臭い。

 着替えも終わり、イザベラは封筒を取った。

 いったい何が書かれているのか――。



「お嬢様、ご当主様がお会いになられます」


 封筒を開ける寸前で、使用人が呼びにきた。

 さして覗き見をしたかったわけでもなく、イザベラは中身の確認を諦めた。


「あ……ああ。わかったよ」


 使用人に導かれ、父親のもとへ向かった。

 なぜか最上階の当主の部屋ではなく1階に案内された。これも変だ。

 身分が高いとはいえ、父と娘だ。

 今までわざわざ客間で会うことはなかった。

 この屋敷の1階は客人向けのスペースである。



 1階の食堂でマルセルはイザベラを出迎えた。

 マルセルは室内なのに黒い外套に身を包み、様子もそわそわしていた。

 自慢の銀髪も張りがなくなっている。

 目の下も隈だらけで老けた印象を感じた。


「戻りました、父様」

「よくぞ帰った、イザベラ。また一段と美しくなったな。父として誇らしいぞ」

「……?」


 声音もおかしい。

 前は落ち着いた雰囲気で声も重々しかった。

 今は、どこか焦りを感じさせる。

 イザベラは眉間に皺を寄せた。


「父様は……だいぶ老け込んだもんですねぇ」

「はは、歳には勝てんよ。学校はどうだ?」

「それなりには。ファルマイヤとして風紀を正すために生徒会を束ねてます」

「おお、そうだったな……」


 そもそも生徒会長の座も、父親の推薦が働いているとイザベラは知っていた。

 前提として『竜鱗』の組織票で勝ち取った会長の座だ。実力だと自負している。しかし、この親ばかは放っておかなかった。

 そんな経緯も忘れているのか。

 今のマルセルは"我ここにあらず"だ。

 世間話はこっちの気に障ると感じたイザベラはさっそく本題をふっかけた。


「それで、あたしが帰ってきたのは稽――」

「それのことだろう? アチカの教頭から受け取ったそれ。見せてくれないか? その封筒だ」

「…………」


 話を遮られ、イザベラは不愉快に思った。

 封筒など直前で手渡されただけだ。

 その程度のことで帰ってきたと本気で思ってるのか。封筒は渋々手渡した。

 マルセルは一枚目の手紙を読むと、愕然とした様子で手が震えだした。


「父様?」

「おお……おお、なんてことだ」

「どうしたっていうんですか?」

「すまんがここまでだ。地下室に急用ができた」

「は……?」

「あとはゆっくりくつろぎなさい。ではな」


 そうしてそそくさと食堂を後にし、マルセルは地下室へ向かった。立ち去る直前、なぜか外套のフードを被っていく姿が怪しげだった。


 イザベラは言い表せぬ恐怖を父親から感じた。

 あれは自分の知る父親じゃない。

 何かに取り憑かれ、剣聖としての威厳や武人の風格も失い、ただ保身にひた走る老貴族の成れの果てだ。

 眩暈がして近くの椅子に腰を預けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ