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Episode27 竜殺しと旗日


 朝になっていた。怠すぎる……。

 目覚めてまず目に映ったのは天井。

 そんで激痛。


 腰がよじれそうな痛みが襲い掛かってきた。


「ぎゃああああ!!?」


 ベッドの上にいた。

 飛び起きると、下半身にタオルが巻かれ、そこに赤い染みが見えた。


「竜鱗の奴らに寝首かかれたか!?」


 きっと夜襲で腹を刺されたんだ。

 あいつら流儀は守る奴らかと思ったが、ついに姑息な手を使ってきやがったか。


「くっそ、上等じゃねぇか!」

「あっ、アンジー、落ち着いてくださいなっ」

「うるせえ! やられたらやり返すのが信条なんだよ」


 声の主が誰かも確認せずに飛び出した。

 ……が、足がもつれて転んだ。


「うべふっ」

「あらあら、もう暴れ馬ですわね」

「あっ……ベルン……お前なんでこの部屋に?」

「昨晩のこと覚えてませんの?」


 よく見たらベルンは目の下の隈がすごい。

 寝不足そうだった。


 冷静になって昨晩のことを思い出す。

 そういえば浴場に向かってベルンに会って、一緒に湯浴みしてたら血が――。


「そういえば、股間から血が勝手に……」

「ですわ。……その、ご機嫌はいかが?」

「怠いし、腰周りがめちゃくちゃ痛え。内臓を絞められてるみてぇな感じだな」

「そう。アンジーも酷い方なんですのね」

「ひどい?」


 その瞬間まで俺の頭はまったくピンと来てなかったわけだが、机からベッドにひょいと降りてきたミラが出した光り文字で全て気づいた。


『 生 理 』


 その2文字が目に飛び込んでくる。

 ご丁寧に大文字の漢字で示してくれた。

 ミラは心なしか笑ってるように見えた。


「生……理……マジで……」


 わりとマジでショックだった。

 女になることは覚悟していたつもりだった。

 それこそ最近は体型や胸の変化もあったし。

 だが、甘かった……。


 女の体にはそんなものがあるんだった。

 すっかり忘れていた。

 これから毎月、腰をねじ切られる痛みに付き合わなきゃならないんだ。

 そう考えると生理がきたのは絶望的だ。


 生理だって。ハハ、笑えねえ。

 竜殺しのサガだぞ。不良高校生だぞ。

 その俺がいっぱしの女になったってよ。

 色んな意味で吐きそう……。



 突然、部屋の扉が豪快に開いた。


「アンジー!」


 飛び込んできたのはリノだった。

 盆にコップ一杯の水や謎の食い物を載せてる。

 それを投げるようにテーブルに放り、床に膝ついて座る俺に駆け寄ってきた。


 ちなみに盆の上の水は一切こぼれてない。

 テーブルに当たった盆はぐりんぐりん回転すると、絶妙な角度で水面の波をコップが生きたように掬い取り、そのまま見事に着地した。神業だ。

 リノは絶対に身体能力が高い。


「心配したよっ。月のものが来たんだって? 水分取った? まだ血色悪くない? 血の巡り良くなりそうなもの持ってきたからね! あとで食べてちゃんと休んでね」


 リノも随分と慣れたアドバイスだ。

 こいつももしかしてもう来てるのか。

 それにしても強く抱きしめられると腹の痛みが増す。


「離れろ……。俺は今やばい……。寝る」


 ふらふらと起き上がり、ベッドに戻る。

 こんなに酷いのか、生理って。

 これで普通に登校してくるとか、日本の女子高生もタフだったんだな。


「わたくしの綿布と芳香用のナツメグもいくつか置いておきますのでどうぞお使いなさい」


 ベルンはベッドサイドに数枚の布と小さめの麻袋を置いていった。独特の甘い匂いが鼻をつく。

 それがナプキン代わりなのか……。

 布だけじゃ血が臭いから芳香剤も一緒なのな。

 今ほど現代文明が恋しく思ったことはない。


「それでは、わたくしはこれで。リナリー先生にはわたくしからお休みを伝えておきますわ」

「あっ、ベルン」

「なんですの?」

「ありがとな。夜から看ててくれたんだろ?」

「……」


 見るにベルンもふらふら。

 目は充血してるし、隈もできてる。

 少し無理して看病してくれたんだろう。


 きっちり礼は伝えておく。

 するとベルンは顔を赤らめて、


「とっ、当然ですわ。クラスメイトですものっ」


 慌てて部屋を後にした。

 あいつに借りが一つできちまったぜ。

 いつかちゃんと返そう。



「あああああああっ!!」


 廊下からベルンのくぐもった悲鳴が届いた。

 まさか発狂するほどしんどかったのか。


「なんて愛くるしいんですの!

 ありがとな? 初めて言われましたわ!

 しかもまさかの初潮(メンス)

 わたくしが初めてに立ち会えましたのねっ!

 はぁはぁ……今日のわたくしは絶好調!

 ご機嫌麗しゅうございますわ~!」


「…………」


 ベルンが発狂して走り去ったのがわかった。

 ああ、そういうスタンスなのな……。

 とにかく思ったより大丈夫そうで安心した。


 一方、リノは膨れっ面を浮かべていた。


「なんだよ……」

「わたしだって夜通しアンジーを看てたもん」

「リノはいつも眠り浅いし、ありがたみが薄い」

「だからわたしは毎晩アンジーを見てるもんっ」

「怖いからやめろ!」


 想像すると寒気がした。

 毎夜、眠りこける俺を暗闇でじっと見つめるリノの狂気の顔を……。


「容易に想像できる辺りマジでやってそう」

「本当にやってるよ」

「やめろ」


 リノは持ってきた盆を掴んでベッドサイドに座ると、急に調合を開始した。

 すり鉢で干したトカゲを擦り始めた。


「てかお前、学校いかねえのかよ」

「今日は休んでアンジーの看病する」

「いってこいよ。俺は大丈夫だからよ」

「やだー。傍にいる」


 リノは調合を続けている。

 干しトカゲが細かくすり潰された。

 そこに枯草がブレンドされて粉になって、水で混ぜて、どろり濃厚な臭い液体が完成した。


「なんだそれ」

「月の障りに効く煎茶だよ。少しは痛みが取れると思う。眠くなるけどね」

「へえ、そうか……」


 なんか会話も面倒臭くなってきた。

 大人しく寝ることにする。


「はい、飲んで!」

「むぐっ!? ゲホゲホっ」


 リノは無理やり口に煎茶を押し付けてきた。

 マズさで吐きそうになって口周りにどろりとした液体がこぼれた。

 そんな俺を見てリノはニヤニヤしていた。

 くっそマズいが抵抗する余裕もない。

 今日一日こんな調子でいくのか……。最悪。





 リノが林檎を剥く用の刃物を取りに行った。

 ようやく解放されて俺もほっと一息つく。

 遠巻きから見守ってたミラが俺の胸の上に乗って合図を送ってきた。日本語で。


『だいじょうぶ?』


「ああ……やばい。こんなツラいんだな」


『おもいしったか』


 知らなかったぜ。知りたくもなかったが。

 ミラは器用に掛け布を口に咥え、俺の首元まで掛け直してくれた。

 それでぽんぽんと肉球が頬を叩く。

 元気だせよ、と言いたげだ。

 俺が男だったと知ってるからショックも何倍だとわかってくれてるんだろう。


 眠気が増してきた。

 変な煎茶のせいか。


『わたしはそんなにひどくなかったけど』


『でもはじめてだからびっくりしたよね』


『アンジ……わたしの力で……』


 瞼が重くなって字も読みにくくなった。

 目を閉じてしばらくすると、腰の痛みがすっと引いて軽くなった気がした。

 目を開いて何事かと確認する。

 ミラが額の角から光の粒子を出していた。

 その光に当たってると楽になる。


 そういや、ミラは聖獣だった。

 回復魔法的なものでも使えるんだな。

 やっぱり持つべきものは腐れ縁の幼馴染だ。


 そのままウトウトして寝ちまった。



     …



「失礼しまーす。アンジー、だいじょぶ?」

「…………」


 また別の誰かが部屋に入ってきた。

 それで目が覚める。

 霞んだ風景で、真っ赤な髪の女が立っていた。

 確認するまでもなくリナリーだろう。


「ベルンハルデちゃんから聞いたよ」

「なんでリナリーが寮に来てんだ。仕事しろ」

「その様子だとゆっくり休めたみたいね。学校はもう終わったよ」

「はぁ!?」


 驚いて起き上がると、日が傾いていた。

 一緒にくるまって寝てたミラも落ちる。

 いつの間にか時間が経っていたみたいだ。

 俺も相当疲れてたんだな。


「もう大丈夫そうかな? 明日は来れそう?」

「多分な」


 リノの煎茶のおかげか、ミラの聖獣の力のおかげかは分からねえが、朝よりだいぶ楽になった。


「私も無理させすぎちゃったね。魔術修練は時間置いた方がいいかもね」


 リナリーは本当に様子見に来ただけみたいだ。

 あまり大ゴトって感じはない。

 当然か。女からすれば毎月の事だ。


「最近気が張ってるようだし、たまには休んで」

「そうか? 俺はいつもこんな感じだぜ」

「ほら、私もキミを巻き込んじゃったから」


 竜のことを言ってるんだろう。

 アチカ魔法学院はどうもきな臭い。

 俺も竜の気配を感じるし、サラマンドの奴も本能で胸がざわつくって言ってた。

 その件でリナリーに聞き忘れていた。

 せっかくだし、忘れないうちに訊こう。


「そういや、竜絡みで人間側に協力者がいるって話。あれ一体どういう意味だ?」

「あれっきり話してなかったね」

「竜鱗の他にも怪しい奴がいるってことか?」


 リナリーは口元に手を当てて黙り込んだ。

 話すべきか悩んでいるみたいだ。

 きょろきょろと周囲を見回し、ここならと意気込んで口を開いた。


「うん……。まずアチカの校舎の所々にね、古代紋章が刻印されてるのよ」

「古代モンショウって?」


 リナリーは近くにあった文房具を引っ張り出して紙に何やら書き込み始めた。

 牙と翼と爪が協調された一文字模様だ。

 エジプトの象形文字みたいな感じ。


「こんな感じの模様」

「そんなものあったか?」

「多分、これ知ってる人って古代魔法に精通してる五大賢者くらいだから普通の人には目に留まらないよ」


 リナリーには五大賢者のサラマンドがいる。

 それで紋章に気づいたんだろう。


「これは"竜"を意味する紋章だよ」

「まんまじゃねえか!」

「うん。建物の素材に使われてるみたいで、この校舎の大半は古代竜を祀ってた祭壇か何かから建材を切り出して使ってるみたい」


 なんで学校の校舎でそんなものを――。

 少し考えれば馬鹿でもわかる。

 アチカと竜の繋がりは明らかだ。


「私の見解では、後援の竜から素材を提供されたか、竜を祀る祭壇としてこの校舎全体を使ってるか……どっちもかな?」

「ってことは学校全体がグルじゃねえか」

「もしかしたらそうだね」


 なんて学校に入学しちまったんだ。

 廃れてるのを立て直すのは竜のため?

 それを竜殺しに頼むとは皮肉な話だ。


「それと年間行事にある"遠足"も変なのよ」

「こんな不良校に遠足なんて行事あるのな」

「生徒の交流目的で一応ね」


 アチカ魔法学院は伝統を重んじる文化だ。

 遠足で例年いくのは史跡ばかりらしい。


「元々は北部の戦争跡地と、唄う聖女伝説の森へ行く予定だったらしいの。でもそれが今年は急に変更されたみたい」

「どこに?」

「無人島。沿岸から船で行くって」

「無人島?!」


 ストレートど真ん中の予定が、変化球で外角低めに逸れまくってボール球ってくらい意味分からない変更の仕方だ。


「私も気になって変更の理由を聞いたけど、最近発見された島らしくて、活火山だから魔術鉱学の刺激になるんじゃないかって……」

「はぁ。どうもきな臭ェな」

「でしょ? サラちゃんに聞いたら、無人島の方角が元々の火竜の棲み家に近い方角なの」


 冗談抜きで竜に急接近してきた。

 もうすぐご対面ってところか。

 オズエッタにいた頃はどこかにいるのか程度の認識だったが、ここまで引きが強いと――、



 "それは謂わば宿命さ。生きていれば、いずれ竜に巡り合い、そして殺し合うことになる"



 ――宿命ってやつを感じてしまう。

 そろそろ心構えしといた方がいいかもな。

 本物の竜なんて殺したことねぇけど……。

 生理になったくらいでヘコんでる状況じゃなかった。 


「よくわかったぜ。リナリー、気をつけろよ」

「こっちの台詞ね。キミが一番危なっかしいよ」


 リナリーとはまだ共闘関係が続きそうだ。

 俺は『竜鱗』から、リナリーは学校という組織からそれぞれ情報収集して陰謀に備える。


 リナリーは俺に声かけて立ち去ろうとした。

 だが扉を開けた途端、思い出したように振り返った。


「そういえば、リノちゃんはどこ?」

「リノ? あいつなら今日は俺の看病で……」


 と返事しながら周囲を見回す。いない。

 寝てるかと思ってベッドを見たが、いない。

 マジで何処に行ったんだ。


「嘘。熱心な子だと思ってたけどサボり?」

「いや……確か、林檎を切るとか言って刃物を取りに行ったきりそのままだ」


 林檎も丸々1個がテーブルに置かれている。

 誰も手をつけてないってことは、リノはあれから部屋に戻ってきてないんだ。


「刃物を取りに? 食堂かしら? でもうちの学校って生徒にそんな危ないもの、おいそれと貸さないと思うんだけど」

「……」


 最初は何も思わなかったが、刃物はどこから調達するつもりだったんだろう。もし自分用の果物ナイフがあるなら、リノの部屋はここだし、何処かに取りに行くってのも変だ。

 ただでさえアチカは不良校だ。

 白昼、校舎をぶらついてたら『竜鱗』に絡まれる可能性が高い。リノが俺とつるんでるのは向こうのグループも周知のことだ。


「なんか不安になってきた」

「そうね。私、ちょっと探してくるね」

「俺も行くぜ!」


 考えたらリノが一番『竜鱗』に狙われやすい。

 弱そうだし、普段から俺にベタベタ。

 馬鹿共が脅迫のダシにしても不思議じゃねえ。


 最近バタバタでリノを放置しすぎていた。

 あいつ、忍者みたいに強いし、本気で不良と戦っても負けないんだろうなと勝手に思ってたが、それでも喧嘩は見たことない。


 考えれば考えるほど不安になってきた。



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