Episode26 竜殺しとブルーデー
※後半ある意味、苦手な方はご注意ください。
それから数週間、異変もなく毎日が過ぎた。
勉強はダルいが、リナリーが竜絡みの情報交換ついでに、俺の十八番『炎の巨人』を見てくれて、その訓練は楽しかった。
具体的には
・どのくらい巨大な状態で喚べるか。
・どのくらいの精度で両腕を動かせるか。
・出力時間はどれくらいが限度か。
この辺りをきっちり検証した。
ティミーのようにひたすら魔獣を連れてきて、ぶっ倒し続ける脳筋トレーニングと違って、もっと真面目なヤツだ。
その結果、俺は『炎の巨人』を最大で一軒家まるごと飲み込む大きさで召喚でき、その両腕は落ちる葉っぱをつまむくらい器用に動かせ、それを半日維持できることが判明した。
冠位魔術師と十分張り合える性能らしい。
リナリーはそんな俺を見て喜んでいた。
普通は焦るもんじゃねーのか。
炎属性の魔術師で逸材が出てきたら、『赤』の称号を奪われるかもしれねえ。一番立場が危ういのはリナリーのはずだ。
「これ、頑張れば"融合型"に応用できるよっ」
「融合型?」
検証が終わった後の校庭のグラウンド。
リナリーははしゃぎながら微笑んだ。
なんだか俺も毒気が抜かれる。
「融合型っていうのはね、体に魔力を付与する【強化魔術】と似てるけど、少し違うんだ。どっちかっていうと物に魔術をまとわせる【魔力纏着】の派生みたいな感じかな」
「専門用語が多すぎてわからねえ……」
「ごめん、【魔力纏着】は西方の技だ」
リナリーは西方魔術の出身だ。
頼むから頭使う話は無しで。
「うーん。そうねー」
リナリーは口元に手を当てて考え込んだ。
真剣な顔してもやっぱり女子高生みたいだ。
「例えば、アンジーが強化魔術を自分の腕にかけても、それはあくまでアンジーの腕でしかないんだよね」
「そりゃそうだろ」
「強化魔術の限界ってそこなのよね」
「ふーん?」
「融合型が凄いのは、その限界を超えられるとこかな」
"昨今、東方魔術に限界が見え始めました"
そういえば、ここの教頭、ラウラも似たようなこと話してたな。
これもその一つなのか。
「融合型は、その魔術が神級だろうが中級だろうが、それを自分の体に融合させることができる優れ技だよ」
「はーん。よくわからん」
「……」
リナリーは唖然とした。
どうよ。これが不良のおつむの低さよ。
「つまり、『フラムリーゼ』を融合型に応用できれば、アンジー自身が『フラムリーゼ』を着込んだ状態で戦えるってワケ」
「おお、着込んだ状態で!」
なるほど。やっとピンと来たぜ。
着ぐるみにするってことか。
「わかってくれた?」
「なんとなく。魔術を装備するってことな」
「そう! 良い例えするね。やっぱり優秀だ」
リナリーは俺を褒め殺しにかかる。やめろ。
前世から褒め慣れてないから反応に困る。
「あ、照れると年相応の女の子に見えるね」
「照れてねえ!」
「ふふ、かわいいー」
「やめろ! かわいいは禁句だ!」
く、ペース乱されるぜ……。
ぐしゃぐしゃと頬を拭ってごまかしておく。
気を取り直して、さっそくモノは試しだ。
「そんで、その融合型ってどうやるんだ?」
「え、もう練習するの?」
「当たりめぇよ。強くなるならさっさとやる」
不良は力こそパワーってもんだぜ。
『竜鱗』の奴らがまた次に襲い掛かってくるか分かったもんじゃねえしな。
それまでに隠し球を用意しておきたい。
「でも、アンジーなんだか顔色悪くない?」
「そうか?」
「今日だけで魔力を使い過ぎたかな」
言われてみれば確かに変だ。気持ち悪い。
意識すると頭がフラついてきた。
膝が笑ってやがる……。
「今日はこの辺にしよ」
「えー、せっかく良い話きいたってのに」
「だーめ。融合型はそのうち教えるから」
ほら、とリナリーは俺に手を差し伸べた。
それを握り返す。ゆっくりした歩調で寮まで手を引いて連れ帰ってくれた。
放課後に始めた特訓だが、周囲は既に真っ暗。
暗さに気づかないほど夢中になってたようだ。
この特訓も週1ペースでやってる。
普段の勉強がつまらない俺からしたら、これが唯一のこの学校の楽しみだ。
部活の楽しさってこんな感じか?
前世は不良だったから知らねぇが、今ならあんなにクラスのアホどもが放課後ウキウキして部活に向かう気持ちもわかる気がした。
滑り出しは最悪の学園生活だったが、リナリーのおかげで充実し始めていた。
つーか、なんでリナリーは俺に構うんだろ。
ここ最近でわかったのは、リナリーが魔法と家族が好きだってことくらい。
俺と性格が真反対すぎてたまに戸惑うぜ。
まぁいいか。怪しいところもないし。
それよりなんか今日はやたら疲れたな。
頭と腹と胸と……いや、もう全身しんどい。
○
その日の晩、すぐ女子寮から浴場に向かった。
早々に寝るためだ。
魔法学院の寮にも浴場がある。
オズエッタ村の湯浴み場と似たようなもんだ。
栓が何本も並んで、ひねれば、お湯が出てくるという単純なシャワールーム。
寮のおばさんが沸かしてくれてんだとか。
タオルを肩にかけて、一人で寮を出た。
ルームメイトのリノは毎晩どっかに消える。
何してるか知らねえが、詮索するのすら怖ろしいぜ。
「あら、ごきげんよう。アンジー」
廊下で銀髪の女に声をかけられた。
「あぁん? ってなんだ、ベルンか」
「なんだとは失礼ですわね。わたくし、普段なかなか夜は出歩きませんのよ?」
あたかも自分と出くわしたことが幸運だと言いたげにベルンは胸を張った。
純白の髪を横に束ねて流している。
いつもよりラフな姿だった。
「へいへい、そりゃ光栄だ。じゃあな」
適当に受け流して歩きを再開。
とりあえず今日はダルい。
早く寝たいからお前に構ってる余裕はねぇ。
「お待ちなさい。あなた、これからお湯浴みのお時間ですの?」
チッ、素早く俺の進行方向に回り込まれた。
ブロッキングの天才じゃねぇか。
意外とスポーツの才能がありそうだ。
「ああ。いいから退け。今日は疲れてんだ」
「そうでしたの。わたくしもこれからでしたわ。ご一緒してもよろしくて?」
「はぁ……」
浴場は共用だし、拒否る理由はねえ。
最後にこいつを遠ざける切り札は一つだ。
「好きにしろ。誰かに見られていいならな」
この学校で俺に近寄ろうとする奴はいない。
イザベラをボコったあの事件のせいだ。
あの日を境に『竜鱗』と『竜殺し』は全面的に対立してることが全校生徒に知れ渡ってる。
「ふふ、わたくしが気にするように見えます? ベルンシュタインの女は強かなんですのよ」
「あっそ」
強かなんだか、アホなんだか……。
イザベラは必ず復讐すると宣戦布告した。
そんな状況で俺と宜しくやってる奴がいたら、間違いなくそいつは『竜鱗』から報復を受けるだろう。
みんなそれが怖くて俺には近づかない。
リナリーやリノは別だが、ここにもアホがいることに正直驚いた。
「なんですの?」
「いや、なんでもねぇよ。さっさと行くぞ」
余計なおまけが付いてきたが、やることは変わらねえ。
さっさと湯浴みで汗流して寝る。
俺の速さについてこれるか、ベルン!
脱衣所に着き、ぽいぽいと服を脱ぎ捨てる。
最近、服を脱ぐとき腹から捲り上げると胸でつっかえるのが地味に気になる。
9歳にしてはけっこう膨らんだ。
早熟すぎるだろ、俺。
そんな俺を見てベルンは目を丸くした。
「まぁ……。アンジーっておいくつでしたっけ」
「9……もうすぐ10歳だったか?」
「随分とその……アレですわね」
「はぁ? なんだか知らねえが今度にしろ」
マジで頭がふらついてきた。
今日の特訓は調子のって魔力使い過ぎたか。
そういえば、フラムリーゼを半日出しっぱなしにしたって初めてだった。
ベルンが後から恥ずかしそうに全裸でシャワールームについてきた。
ベルンの全裸は初めて見た。
細身でまだなんともない普通の少女の体だ。
ベルンは11~12歳くらいだったはず。
これ見て興奮したらロリコン確定だな。
生憎、俺はジーナさんのとんでもボディを見慣れてしまったせいか、この学校の女子の全裸を見たところで何とも思わねえ。
日本でいえば、たまに銭湯にいた父親同伴の女児みたいな感覚。
栓を捻ってお湯を出す。
湯の勢いは微妙だが、それでも十分な設備だ。
よく考えたら、転生した時代がもっと古ければ原始的な生活をしなきゃいけなかったのかも、とか考えると、この時代に生まれてきてよかった。
「はぁ……また髪が伸びてきやがったな」
毛先から滴る水滴を見てぼんやり呟いた。
髪が長くなると邪魔くせーんだよな。
隣で湯を浴びるベルンに声をかけられた。
「アンジーはもっと髪を大事にするべきですわ」
「お前やたらと髪の毛のこと言うよな」
「前も言いましたが、血統の象徴ですから。わたくしのこの純白の髪もベルンシュタインの誇りを背負ってます」
「どうでもいい。人間、血じゃ決まらねえよ」
特に、俺は血縁にコンプレックスがある。
前世の不倫したクズの父親が原因だ。
あいつの血が流れてる自分が嫌いだった。
だから血統主義なんて吐き気がするぜ。
まぁ、この体はジーナさんが産んでくれたから今は気にならないが。
「血統とかくだらねえ。俺は俺だ。重要なのは俺自身がどう生きるかだ」
「……」
ベルンは何か言おうとして押し黙った。
「血……」
この後に及んでまだ血にこだわるか。
「なんだよ? 言いたいことははっきり言え」
「いえ、その、アンジー、下……」
「はぁ?」
ベルンは恐る恐る、俺の足元を指差した。
なんだと思って床を見る。
そこにはシャワーのお湯に混じった真っ赤な何かが広がっていた。
「なんだこれ」
「ち、血ですわぁ!?」
ホラー映画によくある展開じゃねぇか。
血の出るお湯。
まじで。この学校で曰く付きなのかよ。
もしかして俺の寒気もそれが原因か。
「くそ、幽霊でも出やがったのか?」
「いえ、アンジー、多分それは……」
上を見上げる。
蛇口を見ると普通のお湯が出ていた。
俺の体にかかった湯から赤く染められている。
「ん……こ、これ……」
よく見ると俺の下半身から赤くなっていた。
具体的に云うと股間から血が出ていた。
「え、は、なんだ、これ?」
「もしかしてアンジー、初めてですの?」
「初めてって……なんの……」
そこで俺は急に血の気が引いてきた。
気持ち悪さだけでなく、色んなショックも相俟って意識が遠のいていく。
「アンジー!?」
その場に倒れた。
地底に広がる闇に引っ張られるような感じ。
倒れた反動で赤く染まった湯が跳ねた。
股間から血が出るってヤバいな。




