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Episode28 人殺しの剣術


「あはっ。あったあったー」


 修道服の少女が木陰に隠した短刀を掴む。

 リノだった。

 自前の刃物を取りに校外の森に来ていた。

 アチカ魔法学院は、首都グローヅェの郊外の森を切り拓いて開設されたため、周囲は森に包まれている。


 鬱蒼とした森は昼間でも薄暗い。

 そこで目を輝かせる少女の、淫蕩じみた昂った表情は猟奇的だった。


「これでアンジーに食べさせてあげる……」


 リノは興奮していた。

 恋い慕う女の子の口に、無理やり大きめのリンゴを突っ込む様を想像した。

 どろっとした煎茶を飲ませたときもそうだ。

 リノはアンジーに言い表せない感情を抱き、それは日に日に強まっていた。


 さらに、この短刀がそれを助長していた。

 オズエッタ村を発つとき、後見人の神父オージアス・スキルワードに故郷の忘れ形見だと手渡された刀。

 ――『影打ち・アイズ』。

 暗殺者集落で刀鍛冶が量産した短刀の一つ。

 鋭い形状は、集落で養成された子どもの『斬獲衝動』を滾らせるのに十分な狂気を纏っていた。


 由来を知らずともリノにも衝動は芽生えた。

 問題は、彼女の場合、その衝動が性癖にも悪影響を与えてしまったこと――。



「へっへっへっへ」

「…………?」


 尾行していた不良が卑しく笑った。

 多分に漏れず『竜鱗』の一味。2人組だった。


「お嬢ちゃん、こんなひと気のない場所に独りでくるとは感心しないねぇ」


 不良の1人は鉄パイプみたいなものを、ぱしぱしと片手に当てて挑発している。


「だれ? 森の妖精さん?」


 聖書に、森には妖精族が住んでるとあった。

 森を焼き払われた妖精は人間を嫌い、復讐のために弓矢を引っ提げて襲うのだ。

 鉄パイプは新型の弓か吹き矢かもしれない。


「お前、この格好が妖精に見えんのか!?」

「実物見たことないからわからないもん……」

「アチカの制服ならいつも見てんだろ、ほらっ」


 不良は上着の裾を引っ張って見せた。

 リノには着崩した制服がただの羽織りに見えていたが、ようやく理解した。


「なーんだ、学校の人か。わたしに何か用?」

「なんだじゃねぇ。俺たちゃ『竜鱗』だ!」


 もう1人の不良は脅すように吠えた。

 ここまで辿り着くのに時間がかかったが、ようやく少女の怯える顔が拝めると思って、不良も威勢よく怒鳴ってみせた。

 だが、リノは眉間に皺を寄せた。


「リューリン? ……なにそれ?」

「って知らねえのかよオイッ!」

「こいつ、あんな竜殺しとベタベタのくせにこっちは眼中にねぇってかっ」


 不良は苛立っていた。

 『竜殺し』ことアンジー・シルトは『竜鱗』に恥をかかせ、この学校の支配権を揺るがす脅威となった。

 組の総力を挙げてでも叩き潰すべきだ。

 その宿敵とツルんでる奴も同じ。 

 特に、修道服の娘は格好の標的だった。

 華奢で弱そうだし、女なのもあって辱める材料が揃っている。

 ずっと竜殺し本人にベッタリなために手が出なかったが、今日は単独行動。

 そこに目をつけたのがこの不良2人だ。


「チッ、まぁいい。お前を拉致ってイザベラの姐さんに献上すりゃ、俺たちも晴れて格上げだ」

「イザベラのねえさん? なんの話?」

「お前の仲間の竜殺しをボコボコにするお方だよ。ちゃんと覚えとけ。へへっ」

「アンジーを……傷つけるの?」


 初めてリノの顔に恐怖の色が浮かんだ。

 不良2人は良い気になって言葉を重ねる。


「そうだ。傷物にするだけじゃ済まねえぞ」

「え……」

「とにかく殴って蹴って、滅茶苦茶にして、身ぐるみ這いでよ、んでその後は……後はどうすんだ?」

「さぁ? 全身コチョコチョの刑とかじゃね」

「うわっ、そりゃつれぇだろうなぁ」


 不良もまだピュアな年頃だった。


「まぁそういうことだからよ。大人しくしな」

「嫌……」

「抵抗すると痛い目に遭うぜ!」

「嫌だよ……それ……」


 不良2人がじりじりとリノに迫る。

 リノは俯きながら恐怖に怯えている。


 ――このとき、不良は勘違いしていた。

 リノが恐怖を感じた理由、それは自分の身に危険が迫っていることでも、アンジーが酷い目に遭うことでもなかった。

 少なくとも不良はその両方だと思っていた。

 だが、そうじゃない。

 アンジーを酷い目に遭わせる役が、自分以外にもいること。先を越されるかもしれないこと。それが何より怖かった。

 リノは偏執狂(ストーカー)なのだ。


「それ、わたしがやりたい」

「は……?」

「アンジーを傷つけるのも、アンジーを裸にして着替えさせるのも、アンジーのすべてはわたしのモノなんだから」

「な、んだ……?」


 ぞくりと背筋が凍るような感覚――。


 不良2人は同時に同じ感覚に捉われた。

 それが本物の殺気だとは2人も知らなかった。

 きらりと光る鈍色の刃。


 どく、どく、どく。

 血が滾る。殺人鬼の血が全身を駆け巡る。

 まるで獣のように感覚が研ぎ澄まされる。

 刹那。


「――――」


 音もなく修道服の少女は消えた。

 不良にはそう見えた。

 木の葉が舞い、気づいたときには一陣の風が通り過ぎるような冷気が全身を駆け抜けた。


「え――――ぎゃぁああ! 痛ェええええ!」


 森に悲鳴がこだまする。

 片方の不良が血飛沫を上げた。

 影打ち・アイズの刃渡りでは髄には届かなかったものの、それゆえ浅手の痛みは直接、脳髄に痛みの信号を伝える。不良が卒倒した。


「ひっ……ひぃ……! に、人間じゃない……」


 斬撃を免れた不良は、隣の相棒の血を浴びてその場にへたれ込んだ。

 神速に迫る剣技は『影真流』と云う暗殺剣。

 瞬き一つの間に、十の斬撃をもたらす秘剣『ソニックアイ』という影真流の奥義だった。


 長物だった場合、臓物ごと捌かれて即死。

 果物ナイフにも満たない短刀ゆえの功名で、怪我だけで済んだ。


「リューリンって言うんだよね?」

「へ……? え、や……あぁ……」


 返り血を浴びたリノが蒼い目を不良に向けた。

 大きな瞳孔に呑まれそうになる。

 不良は、蛇に睨まれた蛙のようだ。


「許さない。アンジーを狙う人はみんな」

「っ……」

「もちろんあなたも」

「う……う、うわぁあああああ!」


 森に2人目の絶叫がこだました。

 不良は今ほど『竜鱗』の名を豪語したことを後悔したことはない。



     ◇



 ぞわりと寒気を感じた

 元不良の勘が反応したような気がする。


「体の具合は大丈夫なの?」

「ああ、ミラの聖なるパワーで全快だぜ!」

「そう。でも無理しないようにね。魔力の枯渇は魔術師には致命的なんだから」


 枯渇させた張本人がそれ言うか?

 俺は苦笑いを浮かべて、返事は控えた。



 今はリノを探して校舎を駆け回ってるとこだ。

 リナリーが先導して走り、たまに他の先公に注意を受けていた。

 注意を受けるついでに聞き込み開始。

 すると、リノと思しき格好の生徒が、校外の森に歩いていくのを見た奴がいた。私服で黒いシスター服を着る女なんて他にいないから、あいつは逆に目立つ。



 森に向かうと、呻き声が耳に届いた。

 最初は魔獣の唸り声かと思った。


「多分こっち!」


 森は視界が悪い。リナリーは焦っていた。

 最悪、リノが獣に襲われたと考えたんだろう。

 だが、予想は大きく裏切られた。


「ど、どうしたの!?」


 リナリーは驚きの声を挙げて駆け寄った。

 2人の男が森で倒れていた。

 しかも、アチカの生徒の制服を着てる。

 だいたい皆そうだが、ガラが悪そうで制服を着崩してやがる。もしかして『竜鱗』の仲間?


「…………う……うぅ」


 幸いにも2人とも息があった。

 だが出血が酷い。放っとけば死んでたかもしれねぇ。


 アチカは不良校ってだけあって生徒同士の喧嘩なんて日常茶飯事だ。だからボコボコになって倒れてる奴がいても珍しくない。

 でも、こんな切り傷だらけの奴は初めてだ。

 刃物(ドス)で切り裂かれたようだ。

 それも、相当な手練れに……。


「これ、普通の傷じゃないよ」


 リナリーが治癒魔術をかけた。

 人体の自己治癒能力を高める魔術だ。

 リナリーの肩から身を乗り出したサラマンドが状況を俯瞰する。


「みたいだな。素人がやったら、もっと滅茶苦茶だろうぜ。傷口が綺麗(・・)すぎる」


 サラマンドが傷口を眺めてそう言った。

 やられたのは『竜鱗』の奴らだ。

 アチカ魔法学院で『竜鱗』に抵抗しようって馬鹿な逸材なんて限られる。

 しかも凶器は刃物。嫌な予感がした。


「い……痛ェよ……」

「大丈夫よ、治るから。ううん、私が治す」


 誰にでもリナリーは優しかった。

 両手で不良2人分の治癒魔術をかけ続ける。

 器用な女だ。さすが冠位魔術師だな。


「これは誰にやられたの?」

「竜殺しの……仲間……。黒い服の……」


 不良の1人が呻くように呟いた。

 マジか。即行で誰か特定できたぞ。


「た……助け……て……みんな殺される……」


 不良はあまりの恐怖に引き攣った顔を浮かべたまま意識を失った。眠るようにイったから、おそらく回復が効いたんだろうな。


 それにしても――。


 やっぱり不良の勘は当たるんだ。

 アチカ魔法学院で最強最悪の存在は、竜鱗のイザベラでも、赤のリベルタでも、ましてやこの俺でもねぇ。


 あの修道服のストーカーが一番ヤバい。



     ◇



 生徒会室では静かな時間が流れていた。

 その空気をぶち壊すのはいつも手下の男だ。

 派手な足音の直後、手下が駆け込んできた。


「姐御ーーーー!」

「またどうしたんだい? お前も暇だねぇ」

「今度こそヤバいんすよっ!」


 イザベラは愛剣の竜鱗を手入れしていた。

 長いスカートを惜しげなく捲り上げ、色香漂う太ももが晒されている。


 いつものように駆け込んでくる下っ端の男は、もしかして自分の名を叫びながら部屋に飛び込むことに快感を感じているのかもしれない。

 あるいは、そういうお決まりのスタンスで学校の諸問題に、美しい先輩女子と立ち向かうことを青春の一つだと思ってるのかもしれない。


 イザベラは寒気がして手下を睨みつけた。


「くっせぇ男だなぁ!」

「へ? すいません。毎日湯浴みはしてます!」

「お前の衛生事情なんざ聞いちゃいないよ」

「すいませんっ」

「それより、あたいは勘違いすんなってことを言ってんだ。お前がいくら(アジト)に駆け込もうが、あたいは度胸のない男に興味はねぇ。簡単に侍られてやるつもりもねぇ。わかったら変な妄想すんな。いいかい?」


 手下の男は怪訝な顔を浮かべた。

 なに言ってんだって顔だ。


「で、何がヤバいって?」

「またシマを荒らしてる女がいやす!」

「は? まーた竜殺しが吹っかけやがったか」

「いえ、今回はその仲間の修道服の女です!」


 イザベラの表情が曇っていく。

 想像を膨らませるにつれ、怒りが露わになっていた。


「お前、なんでそれを早く言わねーんだ!」

「だって姐御がよくわかんないことで怒るから」

「言い訳すんじゃないよ! とにかく行くよ! これ以上、『竜殺し』に舐められてたまるかっ」


 結局、手下の男と生徒会室を後にした。

 愛剣の竜鱗も忍ばせ、今度こそ借りを返してやると意気込んで歩いた。

 イザベラは手下の面倒見がいい。



【世界の剣術】

 主な流派は3つ。

 影真流 : 暗殺者集落に伝わる剣術。ごく一部の末裔が使う。とにかく速い。

      代表的な技に『ソニックアイ』、『ドップラーアイ』など。

 機神流 : 人間には不可能な剣術。腕を増やすか、剣を宙で動かす力が必要。

 聖心流 : 最も普及している王国兵士ご用達の剣術。一撃が重い。


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