Episode25 火竜と不穏な学校
「だぁぁっ! なんで俺ばっかぁあ!」
「暴れない。暴れない。いい子。どうどうっ」
「俺は馬じゃねぇ!」
「似たようなもんだよ」
リナリーに連れられて職員室へ。
思いの外、職員室は広く、教師1人ずつブースみたいなのが置かれていた。
俺はリナリーの席でお説教。
ふざけんな。俺は無実だ。正当防衛だ。
冤罪だからこそ余計に抵抗したくなる。
「しーーっ」
「むぐ……」
リナリーは人差し指を俺の口に押しつけた。
あまりに真剣な目なものだから俺も恥ずかしくなって目を反らす。
「いいから私に説教されたフリしてて」
「フリ?」
「どうせアンジーが向こうから因縁つけられただけでしょ。それで返り討ちにしたってとこかな」
「お、おう。よく気づいたな」
察しが良すぎて逆に気味悪い。
冠位魔術師は第六感でも備わってんのか。
「なんかそんな雰囲気するもの。アンジーって不器用なタイプよね。譲れないモノがあるからうまく流せないっていうか。前も言ったかもしれないけど、私のお父さんに似てるんだよね」
「またお父さんお父さんってファザコンかよ」
「ふぁざこん?」
ファザコンは日本語のまま言ってみた。
うまくこっちの言葉に訳せない。
「それより教えてほしいことがあるの」
「俺なんかに何を訊きたいって?」
冠位魔術師で、学校の期待の星っていうリナリーが俺みたいな不良にねぇ。
「キミ、竜の匂いを感じるんだよね?」
「匂いっつーか心臓がバクバクって感じかな」
「なるほど。最近それを感じたことは?」
もちろんサラちゃんのことは抜きにしてね、とリナリーは付け加えた。
感じたことは過去に山ほどある。
最近で言ったら、ついさっきだ。
「さっきイザベラって女から感じた」
「そう。やっぱり……」
リナリーは真剣な顔で考え込んだ。
「なんだよ?」
リナリーが周囲をきょろきょろと見回す。
職員室には他の教師連中が山ほどいた。
「ちょっとここでは話せない。来て」
調子合わせて、と言いながら腕を引っ張った。
周りの教師に聞こえるように、わざわざ大声を出してリナリーは職員室を後にしようとした。
「――アンジー、ダメでしょう。あーこれは生徒指導室でみっちり指導しないとだなぁ!」
俺は抵抗するフリして一緒に廊下に出た。
リナリー、演技は下手クソだ。
生徒指導室は相変わらず人気がない。
誰も使ってない証拠に俺が初めてリナリーと対峙したときのまま、文房具が放置されていた。
ここだったら内緒話には持ってこいだ。
「そんで竜殺しの力がなんだってんだよ?」
「んー……まず何から話したらいいか……」
リナリーは目を瞑って天井を仰いだ。
説明する順番を考えているみたいだ。
「アンジーは竜についてどこまで知ってる?」
「竜について? ほとんど知らねえが、とりあえず強いってことと――」
"絶滅を疑われた古代生物ですよ。生き残りが1頭だけ確認されてます"
ジーナの言葉は未だに記憶に残ってる。
竜殺しの力はその瞬間にほとんど意味がねえって分かったから。
「絶滅したって話だろ。生き残りが1頭……」
ちらりとリナリーの肩を見る。
「ああ。サラちゃん? いる?」
「んぁ……なんだ? 夕飯?」
寝惚けた赤蜥蜴がリナリーの髪から出てきた。
寝てたらしい。ボケ老人みたいな切り返しだ。
こんなんが世界最強の竜だもんな……。
「うぉい、こないだのガキんちょだ!」
「そうだよ文句あるか? 串焼きにするぞ」
「ククッ、火竜を串焼きだって? 面白い冗談ほざく女児だなこいつ」
リナリーはサラマンドの頭を軽く叩いた。
真剣な話だから喧嘩はやめてねって感じだ。
「アンジー、正解だよ。竜種はもう絶滅した。生き残りは世界に1頭しかいない。それがこの子。五大賢者の1人のサラマンド――」
赤蜥蜴は偉そうに胸を張った。お気楽なヤツ。
ティマイオスも五大賢者の1人だったな。
長生きな奴は皆こうなんかね。
「でも、それは通説の話ね」
「通説? 実際は違うのか?」
確かにずっとおかしいと思ってた。
竜殺しの力は今までいろんな場面で働いた。
オズエッタにいた湖の主も竜種だ。
シーサーっていう水竜の末裔だったな。
「サラちゃん、あの話……」
「ああ。俺様の同胞のことだな。どうにもこうにも変な話だぜ。俺様は彼此1000年生きてるワケだが、その間お仲間に出くわしたことは一度たりともねぇ。つーことはだ、俺様の同胞はどこかでくたばっちまったって思うのが普通だろ?」
トカゲのくせに舌の回る野郎だ。いや雌か。
にしても賢者は皆揃って1000歳なのな。
「やっぱりお前も1000歳なのか」
「"も"ってなんだ?」
「ティミーも1000歳って言ってたからよ」
「ティマイオス様に会ったことあるの?!」
リナリーが一番驚いていた。
「会ったも何も俺に魔術を叩き込んだのも、ここに送り込んだのもあの電波女だ」
「そうだったの。道理で技のキレが……」
話が脱線しかけたのをリナリー自ら咳払いで持ち直した。
「こほん……その話はまた今度にしよう。はい、サラちゃん続きどうぞ」
「俺様の話よりティマイオスのアホがどこに隠れ潜んでるかの方が面白そうだが。
いや、どうでもいいか」
こいつらもティミーと繋がってた。
五大賢者のグループと魔相環のグループで、当然2人と知り合いなワケだ。
どちらからも逃亡者みたいな扱いらしい。
「実は『火炎竜』ってのは称号のことでな。俺様の一族は最強を求めて、同族同士で殺し合いをする習性があるんだ」
「……へぇ、極道みてぇな世界だ」
「しかもその称号の任期はちょうど1000年だ」
サラマンドは遥か昔の話を語り出した。
竜種は1000年に1度、同種で殺し合うらしい。
理屈があるわけじゃなく、本能でお互い殺し合いたくなるって話だ。
竜が最強たる所以はそれ。
弱者は切り捨てて強い奴だけが生き残る。
それで強い竜だけが残って卵で繁殖。
次世代はさらに強い奴が生まれて、また殺し合いして間引かれて……ってのを繰り返すらしい。
今から1000年前、サラマンドは同族殺しの舞台に駆り出され、称号を求めて同族と戦おうとした――が、逃げた。
弱ッ!
話を聞いたとき転げそうになった。
「まぁ待て。俺様も怖くて逃げたんじゃない」
「じゃあなんで逃げたんだよ……」
「先代のサラマンドの声が聞こえたんだ」
「先代って、お前の前に称号を持ってた竜?」
「そうだ。先代は殺し合いをやめろと言った。実物の先代をこの目で拝んだわけじゃないが、天啓みたいに聞こえてきたんだ」
サラマンド、馬鹿そうなフリして、こういうときは意外としっかり喋る奴だな。
「それこそまだ原初の時代は、力技で竜が地上最強を誇ってたぜ? でも俺様の代くらいから強い魔力を持った人間が現れ始めたんだ」
竜だけが最強を誇る時代は終わった。
人間が徐々に強くなってるのに、同族殺しなんてしてたら竜という種族は丸ごと敗北する。
それで先代のサラマンドは忠告した。
今のサラマンドも素直に従って戦いを放棄。
さらには同族殺しを止めようとしてるうちに、気づいたら『火炎竜』に選ばれたんだとか。
「でも結局は絶滅したんじゃねーか」
「まぁ、俺様も本気だせば繁殖できるが……」
「はぇ?」
「だから繁殖だよ……言わせんな……」
赤トカゲは恥ずかしがって言葉を濁した。
「お前、卵産めるの!?」
「軽々しく言うな! デリカシーのねえ女児だなァ!」
サラマンドは恥じらいながら吠えた。
産卵が竜種には恥ずかしいことのようだ。
感覚がよくわからねえ……。
ティミーといい、こいつといい、冠位魔術師が変わり者っていうより五大賢者の連中が変人揃いなんじゃねぇか。
「まぁいい。竜の習性はいいけど、竜殺しの力とどう関係してくるんだよ?」
「最初の話に戻るけど、私たちもサラちゃん以外に竜種がいると思ってなかった。ただね」
リナリーが切り出した。
だがまだ話し足りないようでサラマンドがその口を塞いで、続きを喋った。
「今ちょうど俺様の代が1000年経った。普通なら同胞がいない状態で仲間を殺そうなんて本能は湧いてこないはずなんだが、この学校に来てからどうも胸がざわついてな……」
「お前以外の竜がどっかに潜んでやがるって?」
「ああ。しかも同族の火竜がな」
竜種絶滅説は間違いだったと。
リナリーが眉にしわ寄せて難しい顔をした。
「問題はそれに加えて、多分、手助けしてる人間がいることね……」
「そんなことなんでわかるんだ?」
「それは――」
突然、がらりと生徒指導室の扉が開いた。
驚いて俺とリナリーは黙り、サラマンドもリナリーの髪の中に隠れた。
入ってきたのは教頭のラウラだった。
相変わらず性格きつそうな巨乳眼鏡。
「リナリー先生、指導が長引いてるようですね」
「え、ええ……! どうもクセの強い子でっ」
「手伝いましょうか?」
「いえ、大丈夫です。もう終わりましたから。
アンジー、もう2度としないようにねっ」
「へいへーい」
俺も調子を合わせて生返事をしておく。
そのまま部屋を出て、仕方なく解散した。
この話の続きはまた今度だな。
にしても、竜にへりくだる人間がいるのか。
きな臭い話になってきやがった。
そうだ。クラスに『竜鱗』幹部の弟がいた。
あいつも強い奴には逆らわない臆病者だった。
性根ひん曲がったのが学校には多いんだな。
それにイザベラが持ってた竜鱗の刀……。
「イサベラって女のことも注意しとけよな」
別れ際、意味をぼかしてリナリーに伝えた。
ラウラも一緒だったから最低限の情報で。
それで察したようで、リナリーはウィンクで合図した。さすがは冠位魔術師。
俺も『竜鱗』には注意しておこう。
あいつら、ただのイキリ不良グループじゃないかもしれない。バックに竜がいる可能性がある。




