Episode21 竜殺しと『竜鱗』
魔法学院の校舎は全体的に黒ずんでる。
空気が不穏すぎんだろ……。
にしても、さっきの喧嘩はお咎めなしか。
日常茶飯事なのか、気にしてる奴が一人もいない。
廊下の端には当然のように不良どもがう〇こ座りしながら、ジロジロと俺たちや他の新入生が通る様子を眺めてくる。
目を合わせようもんなら絡まれるなこれ。
「リノ、真っ直ぐ前だけ見て歩けよ」
「わたしはアンジーしか見てないよ」
「そうか……」
大丈夫そうだな。俺は嫌だが。
ミラは胸ポケットに隠れてるし、俺たちを尾行るベルンも俺しか見てない。
面倒な学校に入学しちまったもんだ。
ようやく教室に着いた。
特待生は廊下の一番奥の教室。
広いわりに席が少ない。
15人分くらいしか席がなさそうだ。
俺は一番後ろの席に陣取って、足を机の上に投げ出して座った。
あー、この感じ懐かしいな。
椅子の前足を浮かせ、背もたれに重心を預ける。
下手すると後ろにひっくり返るやつだ。
リノが正面に回り込んで俺の股間を指差した。
「アンジー、スカートの中が丸見えだよっ」
「いいだろ。パンツは履いてんだから」
この俺がスカートを履いてやってるだけありがたいと思えよな。
「そのパンツをみんな見ちゃうよ!」
「そういうお前が一番ガン見してんだろ」
後から教室に入ってきた男子生徒はパンツ丸見えなことに気づくと、すぐに視線を反らしてイソイソと離れた席に座っていく。
うぶなガキばっかじゃねえか。
そんな中、さっきからチラチラと鬱陶しくこっちを見る生徒が1人いた。
まぁ当然1人くらいエロガキもいるよな。
「ハァ……ハァ……」
ベルンだった。
目を血走らせて呼吸が荒い。
「お前かよッ! んだよ、さっきから」
変質者だ。見てくれがいいだけに残念すぎる。
真っ白な髪に優等生然とした容姿
ベルンも同じクラスかよ。
「あ……コホン!」
ベルンは斜め前の席に座っている。
はっと気づいたように立ち上がり、俺の股間を凝視しながら近づいてきた。
「ちょっとあなた、入学早々から目立ちすぎじゃありませんこと? 同級生に下着を見せつけるなんて破廉恥ですわよ」
ベルンは俺の股間に釘付けで目を合わせようとしない。
「お前はいったい誰と会話してんだ」
「誰って……そ、そうでしたわね。まだ貴方のお名前を伺ってませんでしたわ」
そういう意味で言ったんじゃないが。
「わたくしの名前はベルンハルデ・ベル――」
「そりゃさっき聞いた」
「そう。覚えて頂いて光栄です。で、貴方は?」
ベルンは俺のパンツに尋ねた。
「お前、俺のパンツに名前聞いてんのか?」
「え……パンティー? パンティーにお名前をつけてるんですの貴方? 変わった趣味をお持ちなんですのね」
「違ぇぇえ! お前の視線だよ視線ッ」
机に拳を叩きつけた。
苛々が溜まりすぎて頭に血が上ったが、なんとか耐え抜いて呼吸を整える。
『アンジ おちついて』
『おんなのこはパンツみせないように ね』
光の粒子が目の前に現れて文字を紡いだ。
続けてミラが胸ポケットから顔を覗かせて目配せした。
そうだな……。
俺も振舞いを考え直さなきゃいけねぇ。
好き勝手やって最終的にしっぺ返し食らうのはいつだって自分自身だ。前世でもそうだった。
ばさばさとスカートを煽いで、綺麗に丈を伸ばして椅子に座り直す。
「ふー……」
清楚な雰囲気で。オジョウヒンにな。
くそ性に合わねえ。
「俺の名前はアンジー・シルトだ。……ふん、わかったらとっとと失せな」
「アンジー! 良いお名前ですのね。まるで天使のように可愛らしいお名前。貴方によくお似合いですわ」
ベルンは小さく両手を合わせて微笑んだ。
「俺を可愛いって言うなっ」
マイペースな会話、なんか調子狂うな。
貴族ってのはみんなこうなんかね。
「ベルンちゃん!」
突然、隣の席のリノが声を張り上げた。
今のどこにリノがキレるポイントがあったのかは謎だ。
「ベルンハルデ・ベルンシュタインですわ」
「これ以上、わたしとアンジーの幸せ学園ライフ、ドキドキ始業式編を邪魔したら怒るからね」
リノは独自の世界観に浸りすぎて、初対面相手に意味不明な突っかかり方だ。
「なんですの? それよりあなたはどなた?」
「わたしはリノ。オズエッタ村からアンジーと一緒にきたアンジーの幼馴染だよ」
謎の対抗心を燃やしている。
俺を挟んで2人が睨み合った。
「オズエッタ! 大きな湖がある村ですわよね? そんな田舎からよくもまぁ……」
ベルンは煽るようにそう言うと、途中から気づいて俺のパンツをちらりと見た。いい加減せめて俺の顔を見ろ。
リノの故郷の悪口はそのまま俺への悪口だ。
オズエッタがド田舎なのは本当だから何とも思わねぇが。
「ふん、アンジーが田舎育ちは嘘ですわ」
「嘘じゃないよ」
「いいえ。アンジーの髪には氏族の血統が色濃く表れてますもの。間違いなく、わたくしと同じ貴族の出身ですわ。シルト家とは聞き慣れませんが、辺境伯の分家かなにかでしょう?」
聞き捨てならない言葉だ。
ふと横髪を掬って毛先の銀髪を眺める。
――その銀髪はお父さん譲りの魔力が宿ってる証拠です。綺麗な色してるのに切るなんて勿体ない。
昔、ジーナから言われた。
髪の色はそいつ自身の魔力性質を表す傾向があって、しかもそれは遺伝する。
俺の地毛は銀髪。
根っこはジーナの栗色と同じでグラデーションがかった変な模様だ。
この銀髪が貴族の血統なのか。
オヤジがそうだったのかな。
リノとベルンが言い合いしてると、だんだん教室に集まってきた新入生がこっちに注目し始めた。
なんか、ひそひそと話してやがる。
「ねぇ、あの子たち、もしかして朝の……」
「やばいよ。関わらないどこう」
「ふ、世間知らずはこれだからね。あの2人は村出身だっていうし仕方ないよ。ご愁傷様だけど」
何のことを言ってんのか分からねぇが、クラスメイトの大半が登校初日から俺たちを軽蔑してんのは何となく理解した。
感じわりぃーな。
俺はあぁいう陰キャどもが大嫌いだ。
「おいテメェら」
「わっ、やば……」
「言いてぇことあるならはっきり言えよ」
ひそひそ話してる奴らの輪に近づいた。
ご愁傷様とかほざいてた男にガン飛ばす。
面と向かっては無反応。ふざけんな。
「シカトすんじゃねぇよ」
髪の長いオタク風な男の袖を鷲掴みにした。
「や、やぁ……キミ可愛いね。飛び級?」
「ナメたこと言ってんじゃねぇぞ。さっき俺たちのこと喋ってただろ? どういう意味だ。あと俺を可愛いっていうな」
「……」
オタクは急に態度を変えた。
「はぁ。やれやれ馬鹿だねぇ」
「あぁん?」
「朝のことだよ。きみたち『竜鱗』に喧嘩売ってたでしょ。アレね、この学校の禁忌だから」
「竜鱗……? テメェこそ入学したてでなんでアイツらのこと知ってんだよ」
「ははっ、『竜鱗』は校外でも有名だよ。入学前から知ってて当然さ。むしろ、君たちの方こそよく知らずにこの学校に入学してきたねぇ」
オタクはきもい笑い声で皮肉を並べた。
血管がはち切れそうだったが、俺も猿じゃねぇ。一瞬だけだ。なんとか喉元まで出かかった溜飲をを呑み込む。
胸ポケットから俺の乳首を押して宥めてきたミラのおかげでもある。
「……んで、じゃあテメェはなにか? 竜鱗って奴らがイキがってても抵抗しねぇってのか」
「当然でしょ。触らぬ神に祟りなし。僕は平穏に学校を卒業して、将来は魔術ギルドで働くんだ」
こいつ、底なしの腰抜けか。興覚め。
こんなヤツ殴る価値もねぇな。
鷲掴みにしていたオタクの肩を離して、席に戻ることにした。
「――僕が取り合ってやってもいいよ?」
オタクが背中越しにそう提案してきた。
「は? 取り合う?」
「僕のお兄ちゃんは『竜鱗』の幹部だ。この僕が言えば、もしかしたらキミたちのしたこと、帳消しにしてくれるかもしれない。どうだい?」
へぇ、兄貴がグループ幹部ね。
こいつが『竜鱗』絡みで得意げになる理由がわかった。
「ま、キミが僕に服従することが条件だけど」
「……」
「キミは顔も可愛いし、僕の女になれ。そうすれば取り合ってやるよ。ほら、床に頭つけてお願いしてみな? ん?」
――ぶちぶちと血管が切れていく音がする。
ミラが胸ポケットから必死に宥めてくる。
だが、我慢できそうにねぇなこりゃ。
「俺を……」
「ん?」
「かわいいって……」
拳に炎が灯る。
雷帝仕込みの強化魔術が発動し、呻りをあげて魔力が立ち込める――。
「言うんじゃねえ」
「え、ちょ、ちょっと待って。決闘の同意抜きでの暴力は校則違反だよっ」
「知らねえな」
俺を誰だと思ってやがる。
前世じゃ不良グループとの抗争を渡り歩いてきた『竜殺しのサガ』だぞ。
「僕に手を出したら終わりだよ! 僕のお兄ちゃんが黙っておかないからな」
「知らねえってんだよ」
魔力の補充は十分。
強化魔術で拳の熱は最高潮まで達した。
「――燃焼!」
後ろへ炎の爆風を起こして高速移動。
強化した腕を振りかぶる。
「そら歯ァ食いしばれぇぇーー!!」
男の頬に拳がぶち当たる。
派手な音を立て、教卓まで転がり込んだ。
「ふー……ふー……」
あーすっきりした。
気づけば野次馬が俺を取り囲んで何だ何だと騒ぎを見物している。
そこに慌てて割り込む少し背の高い赤毛女。
異色の服装をしていた。
この学院の制服じゃない。
「こらっ! ダメじゃない。弱い者イジメは!」
赤毛の女は俺を守るように抱きしめてきた。
叱りに来たんじゃねえのかよ。
この女、教師か? 随分と若いな。
見た目は女子高生くらいだ。
「……っ」
――突然、動悸がした。
沸き踊る血肉が、赤髪の女を拒んでいる。
これは『竜殺し』の力による拒絶反応だ。
なんで竜殺しの血が騒ぐんだ?
本能的に、この女を敵だと認識してんのか?
"何年後かに、ある地域で竜種の動きが活発になるのさ"
メドナのあの話と関係がある気がした。
単なる不良の勘だが。




