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Episode22 竜殺しと赤のリベルタ



「こほん。色々あったけど気を取り直して――」



 教卓でトントンと資料を叩く赤毛の魔術師。

 服は異国文化っぽい感じだ。

 茶系の服に、襟にはリボン。

 間違ってもアチカの制服と似ても似つかない服装だった。


 そして、髪が血のように赤い。



「えーっと……特待生として入学した皆さん」


 女は慣れない様子で黒板に文字を書いた。

 カツカツと乾いた音とともに名前が刻まれる。


 書き終えると、ぎこちない笑顔で振り返った。



「私はリナリー・リベルタって言います。

 特別講師として、エリンドロワから招かれた西方魔術専門の人間。得意属性は炎。よろしくね」


 女は爽やかに自己紹介した。

 魔法学院の奴ら、雇えなかったティマイオスの代わりに別の講師も用意していたらしい。


 リナリー・リベルタ

 その名前に教室中が騒めいた。

 騒ぐ理由がわからないリノが首を傾げる。


「有名な人なのかな?」

「……さぁな」


「ご存知ありませんの?」


 ベルンが信じられないって顔で振り向き、後ろの席の俺たちに忠告してきた


「まったくこれだから田舎生まれは……」


 田舎バカにすんなよ。

 お前も一回カエルに食われてみやがれ。


「リナリー・リベルタと言えば、魔相環(グランド・ヒュー)の座でもトップクラスにいる冠位魔術師ですわよ」



 ――知ってる。


 そう、あの女が『赤のリベルタ』。

 雷帝と肩を並べる魔術界屈指の冠位魔術師。

 新聞にも晒されていた。


 しかも、リナリーは『竜』を従えてやがる……。



     ◇



 ホームルームが始まる前のことだ。

 リナリーに生徒指導室に連行された。

 もちろん、入学早々にクラスメイトをぶん殴った件で。


 連れ出される最中も動悸が止まらなかった。

 竜殺しセンサーだ。きっちり働いてやがる。

 胸が苦しい。


「ハァハァ……」

「ん? 苦しいの? 大丈夫?」 

「構うんじゃねえ。さっさと歩きやがれ」

「口の悪い子ねぇ。私のお父さんそっくり」

「テメェの親父のことなんか知らねえよ」


 自分の胸倉をつかんで呼吸を整える。

 深呼吸すると少しは楽になった。


「そうだね。じゃ、さっさと歩いて」

「へいへい……」


 赤毛の魔術師はすたすた歩き始めた。

 それでいい。厚かましくされても面倒だ。



『アンジ もしかしていつもの?』


 制服の胸元に隠れたミラが光の文字を紡いだ。


「あぁ。この女は竜だ。竜殺しセンサーが疼く」


『リュウシュ? そうはみえないけど』


「さぁな……だが、今までこの動悸が起こって良かったことなんて一度もねぇ」


 ミラは胸元の内側に隠れた。

 そうだ。良いことなんて一度もなかった。

 3年前のティミーの事件も、竜属性に対する力の覚醒が発端だったからな。


 今回も嫌な前兆(・・・・)だと思う。



 生徒指導室は無味乾燥としていた。

 整理整頓が行き届いているのが皮肉だった。

 普段どれだけ使われてねぇのかって話だな。


紙束(ノート)とペンを拝借して……と」


 赤毛は慣れない様子で部屋の棚からあらゆるものを取り出し、机に並べた。

 教師として俺をきっちり指導しようってか。

 今に本性を暴いてやるぜ。


「はい、そこに座って」

「嫌だね」

「む、ここまで大人しかったのに今さら抵抗?」


 赤毛の女は眉を顰めた。

 騙されやがって。俺がわざわざ生徒指導室まで付いてきてやったのは、竜殺しセンサーの精度を確かめるためだ。


「ふん、テメェの正体はお見通しよ」

「え……私の正体?」


 ぱちんと指を弾き、手のひらに炎を翳す。

 左手には火炎弾『ブラドティフタ』

 右手には雷撃の鞭『ドンナーケッテ』。

 いつでも放てるように魔術の準備をした。


「待って。ここで暴れるとかはやめてね」

「とぼけんな。こっちはお前が"竜"だってことは見抜いてんだ」


 急に女の表情が険しくなった。

 明らかに動揺してやがる。ビンゴだ。

 メドナに予言された、これから暴れ出す竜の焚付け役ってのはこの女かもしれない。



「――驚いた。竜の気配を探知できるのね」


 女は冷静に椅子から立ち上がった。やる気か?

 ティミーの修行の成果をここで発揮してやる。


「ちょっとばかし変わった生い立ちでな。さぁ、どこからでも掛かってきな! お前の陰謀を打ち砕いてやるぜ」


 女は固まっている。戦闘準備は万端だ。

 先手必勝で攻撃に出るべきか?

 いや、どんな手を使うか分からないし、出方を見た方がいいか。



「だってさ。どうする?」


 女は呆れたように苦笑いになって問いかけた。

 俺にじゃない。別の誰かにだ。

 お仲間がいやがったか?


 その視線は、髪がかかる肩に向けられた。



「ははーん、この俺をご指名か?」


 ハスキーな女の声が生徒指導室に響いた。

 同時に肩から何かが顔を覗かせる。



「トカゲ……?」


 赤い鱗を持つトカゲが女の肩に乗っている。

 手乗りサイズのトカゲだ。


「お前が俺様を呼んだんだろ!」

「トカゲは呼んでねぇ。竜って言っただろ! つーか、教師のくせに学校にペットを連れてくんな」

「俺様はトカゲじゃねえ! ナメんなガキ!」


 まさか竜殺しセンサーの誤反応か。


「ぷっ――あっはははは! うん。面白い子」


 女は無邪気に笑った。

 屈託ない笑顔からは悪い奴って印象がない。

 茶化された気がして腹が立った。


「馬鹿にすんじゃねえ。俺は本気だぞ」

「大丈夫よ。こっちもホンモノだから」

「どういう意味だ?」

「だからそのまんま。この子が本物の竜」

「……どう見ても、トカゲにしか見えねぇが」


 女は肩から赤トカゲを手で掬い、生徒指導室の小綺麗な床に降した。


 その直後――。



 ぶわりと火焔が舞い上がる。

 俺の目線まで火柱が上がると、その炎は一気に輪郭を象って、中からヒトの形が現れた。


 俺と同じ背丈くらいの女だ。

 赤髪に赤目。黒い鱗に覆われている。

 爬虫類みてぇな目が真っ直ぐ俺を睨んだ。


「よぉ、若造。俺様が火の賢者『火炎竜(サラマンド)』だ。竜種の頂点に立つ存在だから、そこんとこ(わきま)えとけよ。クソガキ」

「サラ……マンド……?」



 頭の中でフラッシュバックした。

 アチカ魔法学院に来る前のジーナの言葉だ。


 "竜種は『古代幻想種』に分類される万物の霊長で、いまやその存在は極少数です"


 "竜族代表の五大賢者の一人ですよ。気性が荒い方でしたので……"



 ティマイオスと同じ賢者の一人。

 この世で唯一存在が確認されている竜。

 それが、こいつ?


「自己紹介するね。私はリナリー・リベルタ。通称『赤のリベルタ』。赤の称号を持つ冠位魔術師よ。で、この子は相棒のサラマンド。愛称はサラちゃん」


 魔術の『赤』は炎の色。

 リナリーは魔術界で炎属性の頂点にいる。

 それと火の賢者のコンビだ。


「赤のリベルタって、あの新聞の――」

「お前も魔術師の端くれなら俺様の恐ろしさが分かったか」


 けたけたと女の姿をした赤い竜は笑っていた。



     ◇



 竜殺しセンサーが今回は大当たり。

 マジもんの竜を当てちまったってワケだ。

 それも予想外の形で。


 しかもそいつらには悪意が全くなく、俺と親しげに接触してきやがった。


 混乱した俺は戦意喪失。

 茫然自失で教室に大人しく戻ってきた。

 そんでクラス全員に向けたリナリーの自己紹介に至る。



 リナリーに向けて歓声が上がっている。

 それもそうか。担任が超のつくほど有名人。

 ここにいる連中の憧れの的。

 所謂、アイドルみたいなもんだ。


「――すごいですわっ」


 俺の斜め前に座るベルンも、俺たちへの釘差しを終えたと後に同じように歓声をあげた。


「かの有名な『赤のリベルタ』のもとで魔術が学べるなんて夢のようですわ。リナリー・リベルタは実力も然ることながら、15歳の若さで大魔導士の学位を取り、翌年には冠位級に認められた史上最年少の冠位魔術師(グランド)なんですのよっ」


 わざわざ解説ありがとな……。

 興奮してべらべらと語るベルンを後目に、今一度リナリー・リベルタの姿を眺める。


 苦笑いを浮かべて生徒を宥めるリナリー。

 羨望の眼差しを一身に受け、たじたじだった。

 覇気も何も感じねぇが……真の実力者ってのはあんな感じなんだろうか。


 史上最年少で冠位魔術師ねぇ。

 だいたい見た目通りの年齢でいいわけだ。

 ティミーみたいなグランド級の婆ちゃんだった場合、こっちが気遣うからまだマシだな。



「特待生の皆さんには私が担任に就くことになってるみたいで……。赴任したてだけど、一緒に勉強するつもりで頑張りますね」


 魔術師特有の胡散臭さがない。

 どっちかというとメドナと同じ、芯を一本貫いて生きてきた人間って印象だ。

 リナリーは信用していいような気がした。



     ◆



 人間は臆病者だ。

 臆病者に地上の覇者を気取らせていいのか。

 目に余る……。奴らの横行は目に余る。

 世界を蝕む連中を野放しにしてはいけない。


 そもそも、古代では、これほど人間が勝手気ままに繁殖することはなかった。

 自然界には人間のさらに上位がいたからだ。

 それが竜種だ。


 人間は竜種の力に怯え、竜種の智慧を崇めた。

 生贄を捧げ、慎ましく生きていた。

 そのバランスが崩壊したのは、竜種の中に異端が現れたからだった。異端も異端。竜の掟を破り、同族殺しを放棄し、人間に与した竜――。



「ーー火炎竜(サラマンド)、あの面汚しを殺す」


 シグマは憎々しげに呻った。



 そこは活火山の麓。内部の洞穴だ。

 活火山では竜種の群れが蔓延っていた。


 成層火山が綺麗に栄える無人島。

 東方のガルマニードよりさらに東、一月も海を渡れば辿り着けるだろう絶海の孤島だった。

 そこにいる竜は、隠れ潜むように生きていた。

 復讐を待ち侘びていたのだ。


 竜の間で語り継がれる唄に「先祖の中に裏切者がいた。それゆえ我らは人間に負けた。人間を根絶やしにしろ。裏切者の首を刈れ」と謡われている。

 竜種はその怨嗟を糧に育つ。

 必然、竜という種族全体の宿願は人間の大虐殺と裏切者殺しに納まるのである。


 シグマはそんな隠れ潜む竜種の長だった。



『――任務完了だ、シグマ』


 洞穴の奥。水晶玉に魔導通信が入った。

 オージアス・スキルワードの声だ。

 人間の中にも人間を嫌う変わり者はいる。


『竜殺しの娘を雷帝と引き離すことに成功した』

「ううむ。暗殺者の娘の方はどうだ?」

『一緒に送り付けた。これでいいか?』

「よしよし久しく役に立ったなァ、オージアス」

『…………』


 通信の奥で舌打ちでもしているのだろう。

 老いぼれ大兵肥満の心は読みやすい。

 シグマはオージアスとの通信を切り、大きな鉤爪で水晶玉を転がして魔力を込めた。


 別の通信先へ信号を送る。



「グルルル……。我だ。応えよ」

『此処に。何でもお申し付けください、シグマ様』


 人間は臆病者だ。

 その中でも特段の臆病者は下僕に成り下がる。

 憐れな生き物だ。

 こんな種族が覇者気取りとは浅ましい。


「貴様の実権支配する学び舎に"標的"が送られた。例の竜殺しの娘だ。存分に甚振(いたぶ)ってやれ」

『かしこまりました。本命はどうされますか?』


 本命。シグマはそれを斃す竜を育てるため、『同族殺し』を指揮してきた。


「島に連れてこい。竜殺しの娘と一緒にな」

『島に、ですか……』

「さもなくば、こちらから遣いを送るぞ」

『ひっ……』

「ククッ、貴様の縄張りも壊滅。飯が食えなくなるな。それどころか国ごと潰れるかもしれぬ」


 シグマは楽しんでいた。

 人間は恐怖心で同胞を売る。虫けら以下だ。

 そんな虫けらを煽るのが愉快でたまらない。


「できぬのか?」

『遠足と装えばっ……ただちに手配します』

「それでよい」


 本命には自ら手を下す。

 それ以外のことは、目的を果たした後に海の藻屑に沈めてやる。いずれ人間は食い潰すのだ。

 竜も力を振るうだけの猛獣ではない。

 智慧は人間より遥かに上。

 時には人間側の組織を飼い慣らし、使えるときに使う。



「おい、ジジイ」


 気づくと、若頭の竜が鎌首を真っ直ぐ伸ばし、シグマを見上げていた。体躯は倍以上の差がある。


「来ていたか、ドレイク」


 ドレイク。それが若頭の竜の名前だ。

 同族殺しの儀で勝ち残った次世代最強の竜。


「お前のダミ声は耳についてイライラするぜ。それより、その『竜殺し』って奴のこと詳しく教えろ」

「……お前、良い眼をしてるなァ」


 ドレイクは凶悪な目でシグマを睨み続けた。

 この老いぼれ竜には恨みがある。

 生まれて突然、殺し合いをさせられた。

 兄弟たちと理由もなくーー。


 ドレイクはそんな土壇場を渡り歩く度量が、他の同胞よりズバ抜けていた。それだけだ。


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