Episode20 竜殺しとお嬢様
なんやかんやあって、アチカ魔法学院に来た。
あっという間のことだった。
ガルマニード公国の領土はあまり広くない。
隣街まで徒歩で1日、馬車に乗り継いで2日くらいで首都郊外の森へ着いた。
その郊外の森の中にひっそりと学校がある。
俺とリノは、雷帝からの箔付きの紹介ってのもあってVIP待遇で連れてこられた。馬車も幌付き、付き人もありという高待遇。
せっかくの異世界旅も面白みもなく終わりだ。
つまらねぇ。
正門の前で、校舎を見上げた。
校舎はピラミッドみたいな形。デカい。
これがアチカ魔法学院か。
無駄にデカいが、それだけじゃねぇ。
「きったねぇなぁ、オイ!」
思わずそう叫んだ。
校舎は所々、黒ずんでやがる。
外にゴミ袋が放置されてるし、ロクに掃除なんてしてないってのが丸分かりだ。
全体的にどんよりした雰囲気が漂っていた。
なんだか空気が穏やかじゃねぇな……。
どういうことだよ。
よく言う魔法学校ってアレだろ?
ハ〇ポタみたいな豪華な建物に、中はキラキラ輝くシャンデリアで、動く魔法の肖像みたいなロマン溢れる光景が広がってんじゃねーのか。
俺が前世で通ってた不良校より汚ぇぞ。
あそこはゴロツキばかりだが、掃除はやってたからな。生徒の代わりに教師が。
「アンジーと学園生活。へへ、楽しみだな」
リノが頬を両手で覆って嬉しそうに呟いた。
「お前これ見てよく言えんな……」
「なんで? アンジーは楽しみじゃないの?」
「思ってたのと違ぇよ。こりゃ衰退もするわ」
新風を巻き起こす以前の問題だ。
新風どころか、まるで台風の後じゃねぇか。
「わたしはアンジーが傍にいるだけで薔薇色の世界が広がってるよ。はぁ……本当に楽しみ。
だってこれからお昼ご飯は毎日一緒で。
待ち合わせして一緒に下校して。
放課後は街のお店でデ、デート……きゃっ」
「どう見てもそんな雰囲気じゃねえだろ!」
リノは前々から頭のおかしい奴だった。
だが、あらためて再認識した。
こいつは頭おかしい。
「人のシマでなに騒いでやがんだ、おぉ?」
突然、柄の悪い奴が現れた。
校舎入り口へ向かう道の茂みからポケットに手を突っ込んで猫背で下からガン飛ばすような、典型的な不良だ。
妙に痩せぎすの男だった。
俺とリノの2人をじろじろ見てくる。
不良はもう1人いた。
茂みの向こう――校舎脇の段差にしゃがみ込んでる不良がヘラヘラと半笑いで呟いた。
「はーん、随分と乳臭ぇガキどもだ。新入生か? まずはアチカの決まりってやつを教えてやんねーとなぁ、へっへっへ」
「手始めに通行料払ってもらおうか、なぁ?」
不良どもは示し合わせたように語気を強めた。
やり口が日本の不良と変わんねぇよ。
クズは万国……どころか全世界共通か。
なるほど、"実力試し"ね。
大人しく過ごそうと考えてた俺が馬鹿みてぇじゃねーか。
「おい、聞いてんのかクソガキ! その可愛い顔に傷つけられたくなかったら金出せってんだ!」
痩せぎすの不良に肩を掴まれた。
リノは怯えて俺の背後に隠れ、ミラは俺の制服の裏ポケットに無理やり潜り込んだ。
「なんとか言えやオラぁ!」
残念だが、貰い事故どころの話じゃねぇ。
登校初日。魔法学院は荒れていた。
だが、俺の心はその倍、荒れ狂った。
「――あ?」
汚ぇ手で気安く触んじゃねぇ。反吐が出るぜ。
ゆっくりと不良の腕を掴み直した。
ガン飛ばす痩せぎすの不良は、俺の反抗がさぞ不愉快だったのか、眉を顰めて見下してきた。
「お、なんだ? やるか? お?」
こういう馬鹿にはお灸を据えてやらなきゃな。
何がいいか。
腕力じゃ向こうが上かな。
魔力ならきっと比べるまでもねぇ。
最初からフラムリーゼを召喚してぶん殴ったら間違えて殺す可能性もある。初級の水鉄砲を眉間にでもお見舞いして引き離すか。
空いた手で、親指を中にして拳を握り、水属性の魔力をイメージした。
水弾が手元に生成され始める。
そのときだ。
「あなたたち、おやめなさい!」
背後から高慢そうな女の声が聞こえた。
まだ幼さも残る、無理して大人びた口調を真似した子どもの声。
後ろを振り返ると想像通りの女がいた。
きっとこの学校の生徒だ。
両腕を組んで仁王立ちする姿は凛々しいが、背丈が俺と同じくらいで、いまいち格好がつかない。
真っ白な長い髪。蒼く澄んだ瞳。
その清楚な容姿から貴族出身と分かる。
こんな不穏な雰囲気の学校は似合わねえ。
「あぁん? なんだお前」
「清廉な学び舎で新入生を恐喝だなんて恥ずかしいと思いませんの? 先生が黙認しても、ガルマニード上級貴族ベルンシュタイン家が長女のこのわたくし、ベルンハルデ・ベルンシュタインが許しませんのよ!」
女は威風堂々、言い放った。
ベルンハルデ・ベルンシュタイン?
ギャグみたいな名前だ。
ベルン。呼び名はそれで十分だ。
確か、ガルマニード公国では領土を統べる大公の他に、側近の伯爵クラスの貴族が何人かいて、公国にしては珍しく貴族が領地を共有してるとか。
宮中伯とか、公領伯とか、同じ爵位でも呼び方が違うから気をつけろ、とはジーナから教えられた。
魔法が軍事力として扱われるこの国では、優れた貴族に「侯爵」の爵位とともに国境付近の領土を与えられるって話だ。
異邦からの侵略に備えるため。
有名どころでシュヴァルツシルト、ベルンシュタイン、ファルマイヤの御三家……。
「ケッ、馬鹿かお前! この学校のルール知らねえのか。てかお前も新入生だろ? 見たことねぇ面だと思ったが、ナマ言ってんじゃねぇ!」
ベルンも新入生かよ!
なんで先輩面して仲裁に入ってんだ。アホか!
痩せぎすの不良は凄い形相でベルンを睨む。
ベルンはそれに怯む様子はない。
肝は据わってるが、実力はどうか。
魔術の名門貴族なら凄い力を持ってそうだが。
「おやめなさいと言ってるでしょう! ここは魔法学院であって闘技場ではありませんのよ」
ベルンは魔術を使う様子はない。
身構えもしない。態度を改めもしない。
だが、不良は先手必勝とばかりに片手を前に突き出して魔力を込め始めた。
黄の魔力が漂い始める。雷属性だ。
「おっとお嬢ちゃん、名門ベルンシュタイン家のご令嬢だかなんだか知らねぇが、この学校では生徒同士の決闘は公認されてんだ」
「え……?」
ベルンの眉がぴくりと動く。
動揺している。
後ろの段差でだらしなく胡坐をかくもう一人の不良がゆったりした口調で話し始めた。
「決闘だよ決闘。さっき声をかけてきたのはお嬢ちゃんが先……つーことはだ、これはもう決闘として成立するってワケ」
「そ、そんな申し入れしてませんわっ」
「プッ、申し入れだってよ」
不良同士がヘラヘラ笑った。
俺には分かる。ここは綺麗な世界じゃねぇ。
生徒同士の喧嘩が全部、決闘の一環として認められるなら、もはや無法地帯。
決闘って名の暴力で脅せば、負けた相手は報復が怖くて「決闘だった」と口裏を合わせる。
貴族の娘だからって理由は通じないんだ。
どうせ教師側も黙認してんだろうなぁ。
前世のときと一緒じゃねぇか。
「ほらどうすんだ? あぁ? 突っ立ってるだけならこっちから行くぞ」
不良の手元に雷撃が浮かんだ。
どうするベルン。相手は典型的な三下。
こいつらは2人組だが、通行料を要求するってことは、シマの不良グループの一員。
そんで集金は雑魚の役目だからな。
まぁ実力はたかが知れてる。
「は、話し合いましょう……っ」
ベルンは焦ったようにそう提案した。
おおおおいっ! 蹴散らしてやれよ!
話し合いなんか通じねーんだって。
「はぁ?」
「む、無駄な魔術行使はお互いに損です。話し合いなら何も損することはありませんもの。ここは人間らしく平和的な解決法を……」
不良二人は顔を見合わせ、ヘラヘラ笑った。
――のも束の間、一気に2人とも真顔になり、凄まじい形相でベルンに吠えた。
「ナメてんじゃねぇぞ、ガキがぁ!!」
「ひぅっ!」
「おい、こいつ全裸にして校庭に晒そう」
「ああ。俺たち『竜鱗』をナメるとどうなるか思い知らせてやる。貴族出身だからって調子に乗ってんじゃねぇ」
『竜鱗』は不良グループの名前か。
いちいち中坊くせぇな。
まぁ年齢的に不良2人は13歳から15歳程度だし、中坊という表現も正しいか。可愛いもんだ。
「こっちに来いや!」
「い、嫌ですわ。……離して! やめて!」
ベルンは不良に小綺麗な制服を掴まれた。
皺一つない下ろしたての制服だ。
きっと召使いか誰かが今日の為に仕立てて用意しておいたんだろう。
それがこの学校に来た初日にこのザマ。
報われねーな。
気づけば、周りにはこの学校の生徒と思しき連中が野次馬のように事態を見守っていた。
誰も助けてやる様子はない。
『竜鱗』が羽振り利かせてる証拠だった。
はぁ、結局こうなるか……。
俺はパチンと指を弾いた。点火の合図だ。
助走から一気に加速するために『フラマ』を背後へ放つ。
「――おい」
「あん? ぐぼぇえぇええ!!」
炎の力を借りて土煙が舞い上がるほど高速移動した俺は、痩せぎすの不良の顔面を思いっきり、ぶん殴った。
不良は派手に後方へと吹っ飛んだ。
「な、何してくれやがる!」
もう一方の不良はベルンを掴む手を離し、拳につけたメリケンサックみたいな武器に雷属性の魔力を纏わせた。
装填までの隙が大きい。
遅すぎるぜ。
ティミーとの魔術戦のスロー再生みたいだ。
「遅ぇわ、雑魚がッ」
「ぶっ―――!!」
相手のパンチが届く前に、炎の魔力で強化した裏拳を口元に叩き込んだ。続けざまに回し蹴りをお見舞いしてやると、不良は簡単にノックダウン。
立ち上がる様子もない。
「うるぁああ! 1年の分際でぇえええ!」
最初に殴り飛ばした痩せぎすの男がいつの間にか立ち上がり、額から血を一筋垂らした状態で飛び込んできた。
小物臭い台詞に笑いすら込み上げる。
魔術もなく単純に殴ろうとしてきたので、水鉄砲を一発だけ額に打ち込んで仰け反らせ、足を払って体勢を崩させた。
痩せぎすの不良は前のめりになった。
――ここだ!
突き出された肩腕を両手で掴み、ぐるりとそれを掻い潜って相手の身体を回るように誘導し、顔面へ蹴りをお見舞いしてやった。
クリーンヒット!
不良は盛大に倒れ、仰向けで動かなくなった。
最近ティミーから教えられた体術だ。
「ぐ、『竜鱗』に逆らうとタダじゃ済まねえぞ」
痩せぎすの不良は震えながら身体を半分だけ起こして俺を見た。顔面は血まみれ、ぐちゃぐちゃで不細工な面してやがる。
「そう言うテメェらもな。俺に金せびるとは良い度胸してんじゃねーか。ええ?」
ボキボキと拳を鳴らす。上等じゃねぇか。
喧嘩公認なら俺も躊躇する必要はねえ。
「くはッ……はぁ……ボスにお前らのこと、チクってやるからな。覚えとけ銀髪ブホッ! おいやめゲフ! それやめゴハ! ブッ! ボホ!」
減らず口を黙らせるために水鉄砲を何発も口に撃ち込み続けた。
不良が水鉄砲ごときで溺れそうだ。
うるせぇ奴。
恥をかかせるための敢えての初級魔術だ。
何発か夢中になって撃ち続けているうちに不良はついに力尽きた。
「おい、あの新入生……」
「あんな可愛いのになんて強さだよ」
「ありゃ終わったな。イザベラ様に殺される」
「でもあのキレキレの武術を見ただろ?」
「いや、さすがにイザベラ様には勝てねぇだろ」
野次馬どものヒソヒソ話が聞こえてくる。
入学早々、目立ったことしちまった。
いや、それよりも――。
「おい、アンタ」
さっきから地面に這いつくばった状態で俺の足元にしがみつくベルンに声をかけた。スカートが捲れて白いパンツが丸見えだ。
「ひっ、ひぃ……ん? コ、コホン!」
ベルンは立ち上がって制服の土と砂を払った。
居ずまいを正すと、咳払いして俺をチラ見した。
「あなた、なかなかやりますのね? 助けてくださってありがとうございます」
「…………」
「なんですの? まさかあなたもお金を要求しようと言うんですの!? ま、まぁ助けて頂いたお礼ですし、多少の要求には応じますわ。ベルンシュタイン家ですもの。おいくら包めばよろしくて?」
手で銃の形を作ってベルンに銃口を向けた。
「水鉄砲!」
「きゃ……冷たいですわ!?」
かなり威力を弱めて顔面に水をかけた。
俺の攻撃にベルンは混乱している。
水をかけられた顔を上品にハンカチで拭き取り、茫然と俺を見ていた。
「いいか! 口出すんならテメェ一人でなんとかしやがれ! 仕舞いにゃヒトに頼るしかねぇなら最初から出しゃばんな! わかったか!?」
「は、はいっ……ですわ」
ベルンは怒られて恥ずかしかったのか、赤面して俺をぼーっと見ていた。
踵を返してリノの元へ戻る。
最悪の入学初日だぜ。
あぁいう輩はキツく言っとかねぇと同じ過ちを繰り返すからな。高慢な奴は一人じゃ何もできないくせに口だけデカったりする。
しかも「助けてくださって」だと?
なんで俺が助けたことになってんだ。
吹っかけられた喧嘩に決着つけただけだ。
そこもちゃんと言っとかないとだな。
「あとベルン!」
振り返って声をかけると、まだ俺を見ていた。
「ベルンハルデ・ベルンシュタインですわ」
「紛らわしいからベルンでいいわ! 言っとくが、俺はアンタを助けたつもりはねーからな! お礼に金を包むだと? 見下してんじゃねぇ!」
「……」
ちょっとキツく言い過ぎたかもしれないが、最初はこれくらいがいい。あいつも新入生ってことはまたどっかで顔を合わせるかもしれねぇし。
変に慣れ慣れしくされても迷惑だぜ。
「…………ぽ」
背後で謎の音――声か? が聞こえた。
何の音だ。まぁどうでもいいか。
とりあえず入学案内に書かれた教室に行こう。
初日はそこで説明があるらしい。
「んん?」
ぴったり隣に並ぶリノが鼻を啜った。
スンスンと嗅覚を働かせる素振りをしている。
「どうした、リノ」
「新たなライバルの予感……」
「マジで? 初日に暴れすぎたか」
さっそく目を付けられちまったか。
決闘っていう学校の儀礼も面倒だな。
「後ろ!」
リノが叫んで後ろを向いた。
俺も一緒に振り返る。
校舎の影から覗くベルンがいた。
壁から顔半分覗かせる姿はまさにストーカー。
「もしかして、あいつ"も"変なやつか……」
「きっと変な子だよ。うん、絶対おかしい。あれだけアンジーに怒られても付け回すなんて常軌を逸してるよ。アンジー、気をつけようね」
「お前が言うな」
こうしてアチカ魔法学院での生活が始まった。
波乱の幕開けだった。
【登場人物】
ベルンハルデ・ベルンシュタイン : ベルンシュタイン家の長女。銀髪蒼眼
上品に育てられすぎて常識が欠如している。アンジーのクラスメイト。
【学校情報】
校舎 : とにかく汚い。
竜鱗 : アチカ最大の不良グループ。メンバーは100人以上いるらしい。




