Episode19 竜殺しと二次性徴
山の倉庫小屋で事情を聴いた。
ティミーはこの3年、ただ俺に稽古をつけていただけじゃなかった。
実はこっそりと『アチカ魔法学院』の奴らと連絡を取っていた。この魔法学院はティミーが追放された『西の魔法学院』――ロクリス魔法学院とは別の学校だ。
「こんにちわ、アンジーさん」
アチカ魔法学院の代表の眼鏡女が話し始めた。
巨乳だった。制服がぱんぱん。
それに気を取られて自己紹介もほぼ聞いてねぇ。一応、教頭らしい。
「私たちはオズエッタの"雲海"の噂を聞きつけ、ティマイオス様の外遊を知りました。まさか我が国にご滞在とは思いもしませんでしたが……」
巨乳眼鏡は恐る恐るティミーに視線を送る。
ティミーは気にせず続けろ、と頷いた。
「うむ。良きに計らえ」
「コホン、雷帝の公にも事情があるそうで……。それで我がアチカ魔法学院に外部講師としてお招きしたいと思って連絡を差し上げたのです」
見た目なら巨乳眼鏡の方がエ……偉そうだが、ティミーへの畏まった態度で、あらためて『雷帝』の威厳を感じた。
冠位魔術師は伊達じゃない。
巨乳眼鏡に下から覗き込まれ、目が合った。
ずっとおっぱいを見てたのがバレたか?
「ここまではいいですか?」
「……待て。外部講師? ティミーなんて雇ったら終わりじゃねぇか? 別の学校を追放になった奴なんてよく雇おうと思ったな?」
学院教師たちは唖然としていた。
俺の口調に驚いたんだろう。
初対面のその反応にも慣れたもんだ。
黙ってればどこぞの貴族令嬢に見えるのに、とは村の連中に言われ続けた。
巨乳眼鏡だけは顔色変えず答えてくれた。
「実は我がアチカ魔法学院が誇る東方魔術は西方に遅れを取ってるんですよ」
「遅れ? 学校同士で競ってんのかい?」
「ええ。……歴史的に、東方魔術と西方魔術の2つは切磋琢磨して発展しました。
芸術性に特化した西方魔術。
実用性に特化した東方魔術。
……魔術界はこれらの派閥に分かれて勢力争いを続けています。当初こそ体系的で覚えやすい東方魔術の方が評価も高かったのですが」
ジーナも似たようなことを言ってたな。
東方魔術はルーキーにも馴染みやすい。
詠唱の基盤がしっかりしてるからだとか。
「昨今、東方魔術に限界が見え始めました」
きっぱりと言い切った。
巨乳が眼鏡をかちゃりとかけ直した。
「こちらをご覧ください」
巨乳眼鏡は紙面を広げた。新聞だ。
例の冠位魔術師7人の名がある。
――魔相環・冠位――
『赤』 赤のリベルタ
『橙』 幻影のクライスウィフト
『黄』 雷帝のティマイオス
『緑』 鑑定のシュヴァルツシルト
『青』 綿津見の姫
『藍』 次元のシュヴァルツシルト
『紫』 四魂のアルバーティ
――――――――――
数年前に見たときと代り映えがねぇ。
雷帝のティマイオスはまぁ……。
最初はどんな厳つい奴かと思ったが、その実ゴスロリの電波だからな。
他の連中もぶっとんだ奴ばかりかも。
「緑と藍の2名以外、みんな西方魔術派です」
緑と藍。どちらもシュヴァルツシルトだ。
「こいつら同一人物じゃなくて?」
「別人ですね。優秀な姉弟です」
魔術の才能は遺伝するって話だった。
そういうこともあるか。
「冠位魔術師の数は、勢力図のようなものです。
効率を重視し過ぎた為に、東方魔術には独創性がありません。このままではガルマニード公国が誇る東方魔術の権威が薄れてしまいます」
「へぇ。魔術界って面倒くせぇな」
巨乳眼鏡はニコりと愛想笑いを浮かべた。
「はい。とっても」
俺みたいなクソガキにこの対応。
この巨乳、侮れん。
「そこで、独創性ある魔術師を招き入れ、教育の幅を広げれば東方魔術も進歩すると考えました」
「……なるほどな。アンタらからしたらティミーはライバルの大御所で、そいつが本殿を追放されたって話はチャンスだったワケか」
「噛み砕くと、そういうことです」
経緯は良く分かった。
だが、さっきのリノの言葉はどう繋がる?
連れていくとか合格とか。意味不明。
「はいはい。アンジーも混乱してるようだし、ここからはあたしが説明するわ」
ティミーがぱんぱんと手を叩いた。
「とりあえずアンジーには、あたしの代役で魔法学院へ行ってもらいまーす」
「はぁ!? なんで?」
何がどうしてそうなった。
先公なんて勤まるワケねぇ。元不良だぞ。
そもそも独創性ってなんだ。知るか。
小屋の隅で体育座りしてるリノも割り込んだ。
「わたしも付いてくからね、アンジー!」
「お前まさか俺を追い回す為に魔術を……」
「一生ついていくって言ったもん」
リノの強さは3年に渡る特訓の成果か。
最近はストーカースキルも上がってやがる。
いつもリノの視線は感じていた。
家の中も見張られてそうだ。
……いや、既におはようからおやすみまで暮らしを見つめるライオン状態かもしれねぇ。
「ラウラに頼まれたのはあたしだけど、でもほら、あたしが目立った事すると、ね?」
そうだ。巨乳眼鏡の名前はラウラだ。
ね? じゃねぇよ。
なんでそれで俺が代わりなんだ。
「西方魔術なんて、とんと分からねえぞ」
「アンジーはあくまで留学生として行くのよ」
「ジーナさんはなんて言うだろうな」
「ジーナは貴方を魔術師に育てたがってたから賛成すると思うわ。あの性格なら間違いないわね」
確かに……。
元誘拐犯のティミーとの修行を認めたのも俺を魔術師にしたい願望からだ。
「それと、アンジーが西方魔術を知ってるかどうかはこの際どうでもいいのよ。それより貴方が創り出した神級魔術『炎の巨人』が重要なの」
「俺の相棒?」
「そうよ。あれは芸術ポイント高めだし、西方魔術に通ずるものがある。東方魔術の分類には無い『具象魔術』に分類されるものだわ」
「はーん、それで?」
「つまり貴方は魔術を創る才能がある。その独創性は東方魔術に新風を巻き起こすかもしれないってこと!」
また才能かよ。
長らくこの世界で生きて思った。
俺は前世の経験から、空想上の――例えば漫画や映画とかから特殊効果満載の描写を見てる。
だから"フシギ現象"を簡単にイメージできた。
ここにはそんな娯楽がないから、実際に師匠とかに教わらないと魔法を覚えられないんだ。
そこで既に差が生まれる。
俺も光や闇を全くイメージできねえし。
まず最初に炎や水属性を覚える魔術師が多いのも日常生活で身近な存在だからじゃねぇかな。
「アンジーさんはティマイオス様から直々に魔術指南を受けたと伺ってます。ぜひ我が校で新風を巻き起こしてほしい」
巨乳眼鏡のラウラからの熱い視線。
そんなエ……偉そうな態度でミニスカニーソとか恥ずかしくないのかね。
というか、それが魔法学院の制服かよ。
おっぱいの破壊力すげえな。
これだけで新風以上の爆風もんだろ。
女になると別の意味でおっぱいへの関心が湧く。
ジーナもなかなかのもんだったからな。
俺も……これから覚悟してる……。
「魔法学院には山ほど競争相手がいるわ。力比べには持ってこいじゃない? どうする?」
ティミーが肘で俺を小突いてきた。
「……」
確かに、俺ももう9歳だ。
こんな村に収まってんのもなんか違う。
竜だっていつ暴れ出すかわからねえし。
他にも質問を重ねた。
制服のデザインが教師と生徒で似ていることを確認して、それから学費も特別留学生だから免除されるって話まで確認した。
年次は最短4年。最長6年。
全寮制でみっちり勉強できるらしい。
力比べは楽しみだが、学校通いって萎えるな。
でも村にいても田舎でイキる不良どまりだ。
仕方ねぇな。行ってやるか。
「――他に何か質問ありますか?」
まだ気になることはある。
「ラウラさんに個人的に質問があるぜ」
「なんでしょう?」
「そのおっぱい、いつからそうなった?」
「……」
ラウラは硬直した。
後ろの男どもは顔を赤らめて咳払いした。
卑猥な意味じゃなく、本気で気になる。
俺も悩める年頃に突入し、焦っていた。
最近、乳首にしこりを感じる。確実にこの体も"女"に成長してやがるのだ。
胸だけじゃねぇ。腰つきもだ。
腰回りにも肉がついて、鏡で全身を確認すると体が女っぽく育ちつつあった。
嫌でも女になるんだと思い知らされる。
こればかりは仕方ねぇが、一番驚いたのは、鏡でしきりに髪型を気にする自分がいたことだ。
前は、髪が長くなると適当にポニーテールにして後ろで垂らしていた。
これが特訓中は邪魔で邪魔で、たまにジーナに切ってもらってたが、欲が出て、髪の結い方も教えてほしいとジーナにごねたことがある。
切り出した途端、唐突に恥ずかしくなった。
何を聞いてんだ俺はって。
つまり何が言いたいかっていうと、女になることは避けて通れない道だと、腹決めたってこと。
○
魔法学院への進学が間近に迫った。
家の中で荷造りしていると、ジーナが箪笥の奥から何やら長物を取り出して広げてみせた。
「あら懐かしい。お父さんが着てた外套ですよ。着ていったらどうですか?」
「サイズでかくねえ?」
「外套なので気にしなくて大丈夫ですよ」
無理やりばさりと羽織らされた。
ぶかぶかでボロボロだ。なんか血生臭いし。
ってマジで血がついてる。
「おいこれ物騒だろ。血が付いて――」
――ドクンと鼓動の高鳴りが感じる。
竜殺しの力が覚醒したときの動悸だ。
「ハァ……ハァ……ッ」
「大丈夫ですか?」
胸を押さえて呼吸を整える。
「ああ、なんとか……。てかこれ、血か?」
「それは火炎竜様がご乱心のときに戦って付いた血ですね」
「サラマンド?」
「竜族代表の五大賢者の一人ですよ。気性が荒い方でしたので。母もその場で戦いました。まだアンジーがお腹にいた頃のことです」
「へぇー」
外套を脱ぐと動悸も治った。
火の賢者はサラマンドって言うのか。
妊娠中も竜と戦うとかさすがジーナさんだ。
「つーかこんな血生臭いもん要らねぇよっ!」
「えー。せっかくお父さんの意志を継いでる感が高まったのに残念です」
「意志どころか顔も知らねえわ!」
乱暴に脱ぎ捨て床に叩きつけた。
こんな過呼吸を催すもん着てたら、ピッコ〇さんよろしく、ただの修行マントにしかならない。
「たのもーっ!」
盛大にドアを叩き開けられた。ティミーだ。
「なんだよ急に! 人ん家だぞ!」
「なにを言ってんのかしらね。愛弟子の家なんだから遠慮しなくていいでしょ」
「なんか屈辱的だぜ」
ジーナは突然の珍客にも笑顔で出迎えた。
お茶まで出している。人ができてるな。
反面、ティミーは不適な笑みを浮かべた。
「崇高な師であるこのあたしから贈り物があるわ。ありがたく受け取りなさい」
前置きは百歩譲って……と。
渡されたのは、鉄製の筒だった。
どこかで見たことがある。
そういえば数年前、ティミーと全力で殴りあったときに見かけた秘蔵武器、雷槍『ケラウノス・ボルガ』の柄と同じだった。
「まさかこれ、ケラウノス――」
「ふっふーん。残念、空飛ぶ箒でしたー」
「は……空飛ぶ箒?」
ただの鉄筒だ。ホウキ要素どこにもねぇぞ。
「その杖に魔力を通すと、中のスラスターが開いて、先端から放射状に火炎放射が射出される仕組みよ。筒の真ん中からは浮力確保のために怪鳥の翼が展開するから滑空もできるわ。うまく使いこなせば空を自在に翔けることもできる魔法の箒よ!」
高性能すぎて意味不明。
「とにかく空飛ぶ道具だと思えばいいわ」
「空飛ぶホウキか」
よくある魔女のイメージにありそう。
魔力を通すと筒がガシャンと伸びて、両脇に翼がばさっと生えた。
ゴォオと噴出音が鳴り、先端で炎が出た。
家の中で使うのは危なすぎるな。
射出口の土台には足をかける切れ込みもあり、立ち乗りでもホウキに乗れるようになってる。
「すげーなこれ」
「ふっふっふ、空を飛ぼうとする魔術師はごまんといたけれど、天空の支配者は世界にただ一人、それがティミーちゃんです」
大げさにポーズを決めるティミー。
だが、これは馬鹿に出来ない。
天空の支配者、雷帝、賢者と肩書きのオンパレードなティミーだったが、ここに至っては飾りじゃなかった。
気軽に空を飛べるって便利すぎる。
「どれくらいの高さまで飛べるんだ?」
「魔力の強さ次第だから、アンジーならかなり高くまで飛べるんじゃないかしらね」
後で試しておこう。
魔力を送るのをやめて箒を元の鉄筒に戻す。
持ち運びも楽そうだし、良いもの貰った。
雷槍とかいうオーパーツより全然使えるぞ。
こうして着々と準備が進み、あれよあれよという間に学校入学の日を迎えた。
【登場人物】
ラウラ : 東方魔術の改革派。アチカ魔法学院の教頭。巨乳。
【魔術界】
東方魔術 : 古風で廃れ気味の魔術。発動が速い。
西方魔術 : 流行りのおしゃれ魔術。威力が強い。
2つの勢力には地域性があり、ガルマニード公国では東方魔術が一般的だが、エリンドロワ王国では西方魔術の方が普及している。
アチカ魔法学院 : ガルマニード公国にある魔法学校。東方魔術を教える。
ロクリス魔法学園 : エリンドロワ王国にある魔法学校。ティマイオスが創設者。
【魔道具】
空飛ぶホウキ : 人を搭乗させて翔ぶ箒。立ち乗りも可。




