Episode18 竜殺しと新学期
時は遡ること半月前ーー
アンジー・シルト 9歳。
ついに9歳になった。背も伸びた。
まぁ前世の頃と比べるとまだまだだが。
ティミーの事件から丸3年経った。
あいつが罪滅ぼしでやり始めたオズエッタ観光事業も芽が出ることはなく、村は相変わらず平穏そのもの。
オズエッタは秘境も秘境。
今日も昼間から閑古鳥が鳴いてやがる。
観光事業なんて物理的に無理だったんだろう。
まぁ、オズエッタはこのままでいいんじゃねーかって個人的には思う。
水もうまい。空気もうまい。
湖には活きの良い魚もいる。
住人は爺婆だらけで村が荒らされることもねぇ。
たまに変な虫は湧くが――。
「ねぇ、そこのお姉さん!」
「はい? 私ですか?」
窓の外でそんなやりとりが聞こえた。
中途半端に村を宣伝しちまったツケだ。
「俺たち、この村初めてでさ。絶景が見えるって場所を探してるんだけど、案内してくれない? お姉さん、村の人だよね?」
ナンパだ。こればっかりは目を瞑れねぇ。
家の2階の窓から身を乗り出して様子を見る。
旅人の格好のチャラチャラした男3人が、ふらふら家の庭に踏み入って、ジーナに話しかけている。
……月に1度、こんな虫が湧くんだよな。
後ろの男はジーナを下から舐めるように眺めて、ヒュ~と口笛を吹いた。
うぜぇ。
母親がナンパされんのは実に不愉快だ。
ジーナもジーナで、湖の道沿いに位置するこの家で、わざわざ人目につく庭作業なんてやるから声をかけられるんだよな。
「ああ、それならそこの道を真っ直ぐ」
「口じゃわかんないから案内してよ」
「えーっと、観光案内所は村の中央に……」
「いいじゃん。少しだけだから! 付き合ってよ」
「あの……」
俺は窓から跳び降りて芝生へ降り立った。
炎の巨人――『フラムリーゼ』と名付けた魔法を背後に浮かべ、巨大な拳2つを突き合わせた。
ゴォオと炎が舞い上がる。
殺気を振り撒く。
「困ってんなら俺が絶景へ案内してやろうか? 飛びっきりの場所によ」
「なんだこの魔法! お……女の子!?」
「やべえ、こんなのに殴られたら死ぬぞ!」
「ま、待て。俺を置いてくなっ」
ナンパ男3人は腰を抜かして逃げ出した。
フラムリーゼを解除して舌打ちする。
「チッ、腰抜けどもが」
「アンジー、観光客を脅しちゃ駄目ですっ」
怒られるのはいつも俺の方だ。
「ジーナさんが不用心すぎんだよ。よそ者にはほぼナンパされてんじゃねぇか。のんびり草むしりなんてすんなよな」
「でも日照りが良くなって、前より雑草がよく伸びるようになりました。誰かがやらないと庭が酷いことになりますよ?」
聞いた直後、庭へ炎魔法を振り撒き、伸び切った雑草だけ焼き払った。
指をぱちんと弾いて魔術を止める。
芝生は残り、雑草だけ綺麗さっぱり消えた。
「あらあら」
ジーナは呆れたのか感心したのか分からないような声を出した。
「これで満足かい? さぁ昼飯にしようぜ」
「ティマイオス様との特訓の成果ですか?」
「まぁな」
「もう母の技量は軽く超えましたね」
俺の魔術の腕前は3年でメキメキ上達した。
悔しいが、それはティミーとの特訓……とは名ばかりの魔術の打ち合い合戦のおかげだった。
もちろんジーナから教わったこともある。
例えば、水鉄砲を飛ばすだけの初級水魔術『トロプフェン』とか、対象を水玉で包む中級水魔術『エトリンケ』とか、霧を作って目晦ましに使う中級水魔術『ニーベル』とか。
水の魔法は殺傷力が低いが、応用が利く。
上級以降になると抜群に強力になるそうだが、俺が覚えられたのは中級までだ。
俺と水属性は相性が悪いのだとか。
それでも適性じゃない属性で、中級魔術まで覚えられたのは凄いとジーナは褒めてくれた。
あとティミーの専売特許の雷属性も覚えた。
初級雷魔術『ブリッツ』と、それを何個かに分散させる『二元』『四散』『六花』『八卦』のやり方は覚えた。
雷撃は分裂させればさせるほど威力が弱まる性質がある。使うなら『四散』か『六花』くらいがちょうどいい。
中級の雷魔術では、稲妻を網状に展開させる『ブリネッツ』と、雷の蔓を伸ばして鞭にする『ドンナーケッテ』の2つ。
魔術には火、水、雷の3属性以外に光と闇もある。
だが、俺にはてんでそっちの才能はなかった。
想像力を要する魔術で、光だの闇だの、目に見えないものを想像する力が俺には足りないようだ。
覚えた魔法をまとめると、
炎属性は初級『バーン』と『フラマ』、中級『ブラドティフタ』、準神級『セレマ・ヴァルカン』、そしてオリジナル神級の『フラムリーゼ』。
水属性は初級『トロプフェン』、中級『エトリンケ』と『ニーベル』。
雷属性は初級『ブリッツ(散)』、中級『ブリネッツ』と『ドンナーケッテ』。
と言ったところだ。
こうして数えてみると意外と少ねぇな。
まぁ数が多ければいいって訳じゃない。
技は使いこなせるかどうかだ。
〇
今日もこれからティミーの所に向かう。
あいつと半ば喧嘩じみた魔術戦を繰り広げることが日課になっちまって、最近では一発殴りにいかないと身体が疼くようになった。
これがティミー流の洗脳だったら末怖ろしい。
ここ3年のティミーはまったくの無害だ。
無理やり女物の服を着せることも、鎖で拘束してオママゴトさせることも無い。
"対等な関係"は頑なに守られている。
今ではあいつへの苛立ちもなくなった。
そんな訳でティミーの倉庫小屋まで、湖畔沿いを歩いていく。
今日は天気が良くて気持ちいい。
3年前の曇り続きと比べりゃ雲泥の差だ。
突然、目の前に光の文字が浮かび上がった。
『ジーナさんにつっかかりすぎ』
日本語のひらがなとカタカナが並ぶ。
肩に乗るミラが光魔法で宙に綴った文字だ。
『ハンコウキ?』
「ケッ、余計なお世話だよ」
俺も日本語で返した。
聖獣になったミラは喋ることができない。
この国の公用語、ロワ語も覚えられなかった。
ミラとの意思疎通のためにいちいち紙とペンを用意するのも怠いんで、魔力で宙に文字を描き、俺とだけは日本語で会話できるようになった。
これもティミーの発案だ。
『アンジは生まれかわっても』
『なにもかわらないよね』
一文が長いと区切る必要があるそうだ。
「はぁ? すげぇ変わっただろうが」
眼前の光の粒子が集まって、また分散する。
粒が数珠みたいに繋がって文字を描いた。
『どこが?』
「だからなぁ、この体も……もう男じゃねぇし」
『バカ。ミタメじゃなくてナカミだよ』
「中身は変わらねぇよ。俺は俺なんだからな」
ミラは溜息をついた。
『またなにかやりそうでコワいな』
変わらねぇのはお互い様だっての。
そもそもミラは今の自分をどう思ってるのか。
俺は身体が女になったとはいえ、人間だ。
ミラは人間ですらない。
聖獣アルミラという一角ウサギ。
言葉の壁もそうだし、その体じゃ不便だろう。
「なぁ、ミラは人間に戻りたくねぇのか?」
少し間があった。
時間を置いて文字が浮かび上がる。
『もどりたい』
「そりゃそうだよな」
『いつかはね ティミーセンセイも』
『テンセイのこと、なにかしってるんでしょ』
「賢者を名乗るくれぇなら知ってんだろ。"魂の魔力変換"がなんとかって言ってたような――」
『だからそのうちでいいかな』
『それまでたのしむし』
「はぁ……?」
ミラは俺の頭に乗り、髪に引っついた。
わかんねぇけど、ミラがいいならいいか。
そんなやりとりをしてるうちに、ティミーの新居である倉庫小屋に辿り着いた。村から少し山奥に歩いたところだ。
〇
「おい、来たぞ!」
小屋を盛大に開け放って声をかけた。
今までティミーは、俺の腕試しに何度も魔物を転移魔術で連れてきた。
魔術修練と並行した実戦訓練だ。
こないだは魔獣グリズリーを『フラムリーゼ』でワンパンK.O.決めてやった。
お次はどんな怪物が来るか楽しみだぜ。
ワクワクしながら扉の前で仁王立ちした。
すると――
きらりと小屋の奥から光り物が飛んできた。
ナイフと気づくのに時間はかからなかった。
数にして4本。
俺はそれらの軌道を見極め、水鉄砲『トロプフェン』を生成した。
コインを飛ばすように親指を弾く。
水弾が4つ射出され、投げナイフに命中した。
奇襲は防いだ。
だが、ナイフを投擲した張本人が遅れて暗がりから飛び出してきた。
「……!」
ダガーを2本も構えて低姿勢で迫ってくる。
黒いマントを羽織った小柄なヤツだ。
3歩後退。外で『フラムリーゼ』を召喚。
炎の巨人が特大の拳を構える。
連打でタコ殴りにしようと思ったが、黒マントは蛇行しながら素早く走り、捉えられない。
「く、こいつ!」
狙いを定めて正拳突き。
そのとき黒マントは残像だけを残し、姿を晦ました。
「はぁ!?」
漫画みたいな幻術を見せられた気分だ。
黒マントは気づけば地面から跳び上がり、木々の幹を蹴りながら俺の背後に回っている。
「ちょこまかと!」
黒マントは紫の魔力を纏ったダガーで、炎の巨人の腕をすっぱり斬り裂いた。
巨体から離れた片腕は宙で霧散して消えた。
動揺してるうちに黒マントが着地。
振り返り際、ダガーの切っ先を俺の喉元へ突き刺そうとしてきた。完全に相手の間合いだ。
「くっ……」
俺も近接モードに移行し、強化魔術で両腕に炎の魔力を纏わせて応戦した。
肘鉄をみぞおちに食らわせ、回し蹴りする。
クリーンヒット。敵は盛大に吹っ飛んだ。
「オラァ、面見せな!」
電撃の鞭『ドンナーケッテ』を敵の足に巻き付け、強引に手繰り寄せる。
「きゃあ!」
黒マントは仰向けで倒れた。
そのまま地面を引きずり、マントが脱げた。
「うぁあん! やっぱりアンジー強い」
そこには倒れたまま暴れるリノがいた。
普段の修道服より露出高めの軽装だ。
「リノお前なにやってんだ」
「だってアンジーに勝てば、わたしも連れてってくれるって言うから……」
「誰が? どこに連れてくって? てか、お前そんなに強かったのか」
リノの立ち回りは鮮やかだった。
本物の忍者かってくらい身軽な動き。
木を蹴って軽々跳んだし、フラムリーゼの腕もすっぱり斬りやがった。さすがにヤバいと思った。
武器自体を強化する魔術も初めてだ。
ダガーにまとっていた紫。
魔力の色から判断するに『闇属性』か?
それを戦闘に組み込む身体能力も異常だが。
「そこまで。リノも合格でいいわ」
「……や、やったー!」
ティミーの号令が耳に届いた。
リノは横になったまま万歳して喜んでいる。
包帯が捲れ、腹周りの素肌が晒されていた。
こいつも9歳になったと思うんだが、未だに幼稚園児みたいな素振りだな。
後ろを振り向くと木陰にティミーがいた。
またこいつの企みか。
――と思いきや、見知らぬ男女4人がティミーの後ろで様子を伺っていた。
「後ろのあいつらは?」
「ふふ。ついにこの時が来たのよ、アンジー」
「はぁ?」
見慣れない男女は変な格好をしていた。
全体的に黒っぽいデザインだが、所々に紫色の刺繍が施された艶のある服だ。
男も女もネクタイをしてる。
女はスカートの丈が短い。セーラー服みたいだ。
その上からマントを羽織っている。
何の衣装であれ、こいつらが同じ組織の人間なのはわかった。
「紹介するわね。彼女たちはアチカ魔法学院、通称『東の魔法学院』の教師」
「アチカ……魔法学院……?」
怪しい面々は頭をぺこりと下げた。
魔法学院ってなんだよ。学校か?
この国も義務教育とか、かったるいもんでもあるのか?
「世界へ羽ばたくチャンスよ、アンジー」
ティミーはにやりと笑った。
後ろの連中含め、不穏な気配しか感じねぇ。




