Episode17 竜殺しと事件解決
日差しが強く差し込んでくる……。
薄目を開けると青空が広がっていた。
こっちの世界で初めての青く澄み渡った空だ。
「アンジー! 大丈夫ですか!」
空を覆うようにジーナが俺を覗き込んだ。
日はまだそれほど高くねぇな。
さっきの空中降下からあんまり時間は経ってないようだ。
手を動かすと砂利の感触がある。
まだ湖岸にいるのか。
「んん……?」
「起きたのですね! よかった……! 本当に良かった……! このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……」
体を起こせばぱらぱらと砂利粒が落ちた。
痛ぇ……。よく見ると体中、傷や痣だらけ。
服もほとんど焼け爛れて酷い有り様だぜ。
「あぁー」
「本当に心配したんですよっ。急に行方不明になって探していたら、今度は空から降ってくるんですから……。相変わらず滅茶苦茶ですっ」
耳の穴かっぽじって水を抜き、粘液だらけのヌメヌメした体を拭った。
本当にカイザートードの口の中は臭ぇ。
首を振って仕切り直し、ジーナに向いた。
ジーナは泣き腫らしたような顔つきだが、泣いていたのは多分けっこう前のようだ。
目の隈も濃いが、今は嬉しそうな顔してやがる。
「ひでぇ面してんな、ジーナさん」
「誰のせいですか、まったく……」
「…………すんません」
俺のせいじゃねぇとか、ティミーって変態に攫われたせいだとか色々言い返してやりたくなったが、ジーナの顔を見てたらそんな気も失せた。
よく考えると、俺も単独行動してばかりでジーナの忠告を守ってなかった。
一人で魔術修練しないように、とかな。
今回の誘拐もそういう日頃の積み重ねで起きた事なのかもしれねぇ。
「よしよし、大変でしたね」
ジーナは微笑んで頭を撫でてきた。
そういうの、照れくさいっての……。
小っ恥ずかしくて視線を外し、そのまま周りを見渡したら呆けた頭が冴えてきた。
隣にはリノが失神している。
クソ蛙も俺たちを取り囲むように居座ってやがった。
ガマ公……。まぁ今回は助けられたからな。
粘液まみれで臭くなったのも許してやる。
「キュウ!」
膝に白いウサギが乗り上がった。
「ミラも無事だったのか」
「キュ!? ……キュウ!」
不満そうに前足で膝をぽんと叩かれた。
今の、ミラが人間だったときには全力で叩かれてたヤツだな。
「ミラさんは、アンジーが洋館に囚われてると教えてくれたんですよ。しかし、まさかその洋館の正体が『ティマイオス雲海』だったなんて」
「ジーナさん知ってんのか、あの変態を!」
「知ってるも何も――」
「知ってるに決まってるじゃない」
「……ッ!」
あの変態の声が割り込んできた。
慌てて飛び起きて身構える。
――居た。
蛙の群れを掻き分け、岸辺にやってきた。
仰々しく鼻を摘みながら、手をひらりひらりと振って臭い匂いを払う様は、お高くついた貴族然とした感じだ。
さっき炎の巨人パンチで殴り飛ばしたのになんで平然と此処にいるんだよ。復帰が早すぎるだろ。
「あたしは雷帝のティマイオスよ? 五大賢者の一人で、人間界では冠位魔術師の称号も持つ完全無欠の天才少女なのよ」
もっと強調する所はあるだろうにティミーが今の言葉で一番語気を強めたのは"少女"の部分だ。
五大賢者の一人と言ったか?
「魔術をかじったことがある人間なら誰でも知ってるわよ。ていうか崇拝してるわよ。ねぇ、そうでしょう? そこのヒヨっ子魔術師」
「は、はい、ティマイオス様」
「ティマイオス……様ぁ!?」
ティミーはご満悦だった。
そうでしょうそうでしょう、と自慢気な様子だ。
調子に乗りやがって。
「おい、こいつは誘拐犯だぞ!」
「アンジー」
ジーナは口元に指を当てウィンクしてきた。
分かってる、ってことか?
「で、ヒヨっ子はこの子とどういう関係?」
「私はアンジーの母親です」
「は、母親ですってー!?」
何をそんなに驚くところがあるんだ。
ジーナは気にすることもなく一礼した。
「この度はアンジーがお世話になりました」
「い、いいえ……」
「どうかしました?」
ジーナが小首を傾げる。
ティミーは引き攣った顔で口をぱくぱくさせて目を瞬かせた。信じられないと言いたげだ。
相変わらずよく分からねえ女だ。
――と思ったのも束の間、ティミーは歯を食いしばって突然、手のひらをジーナに向けた。
あれは魔術を放つ動作だ。
電撃がばちばちと弾ける音が聴こえる。
攻撃してくるぞ。――そう思った俺は、おなじみの炎の巨人を背後に浮かべ、特大の握り拳でティミーをぶん殴る用意をした。
「ほら見て! この精巧な具象魔術!」
「な、なっ……なんですかこれ!?」
2人は唖然としてこっちを見ている。
どうやらティミーの雷魔術は、俺に炎の巨人を出現させるための罠だったらしい。
「魔術師の家系でも、人間の子がこんな強力な技を使うのは異常よ! 貴方はどう見ても普通の人間だし、その貴方がこの子の母親だっていうなら、父親が神か、神と血を分けた半神か何かじゃない?」
「父親も普通の人間ですよ」
優秀な魔術師でしたが、と付け加えてジーナは俺を驚愕した目で見ていた。
あの火柱事件のときと同じ目だ。
ティミーは「膨大な魔術のときだけ毛の先端が赤くなるのね」と品評するように俺を観察した。
指摘の通り、銀髪だった毛の先端が今は赤い。
炎の巨人を消すと髪は元の色に戻った。
なんじゃこりゃ。
「アンジー、一体いつからそんな魔術を?」
「さっきな。そいつと戦ってるときに覚えた『変換』でこう……ぶわっとよ」
説明なんかできるわけねぇ。
原理は知らねぇし、出ろって思ったら出るんだからな。
「ティマイオス様と戦った……んですか!?」
「ええ。戦ってあげたわ。面白くなってつい」
「なんてこと……」
「ま、手抜いたってのもあって最後はちょっとの差であたしが負けたけど。ほーんのちょっとね。僅差ってやつで負けたわ」
「はぁ? テメェの完敗だろ?」
「うるさいわね! 成長早すぎなのよ、貴方!」
「…………」
ジーナは言葉も出ない。
唇を震わせ、恐る恐るティミーを見て申し訳なさそうな顔を浮かべた。
そんなに偉いのかよ、こいつ。
変態にしか見えなかったが。
「コホン……それより、この具象魔術よ」
「これは『変換』の次元を超えた別の魔術ですね。なんだかこの感じ、魔力放出の試したときと似てますね。はぁ……」
ジーナは溜息をついた。何が悩ましいんだよ。
我が子が強いのは良いことだろ。
「というわけで、今後はこの子の異常な魔力を検証していく必要があるわね……。よし、方向性も決まったところで今日はお開きにしましょ。うんうん、未知なる探求は魔術師の使命よ! それじゃあ、各自解散! お疲れ様でーすっ! じゃあねっ」
「待てやコラァ!」
「ひっ……いやぁああ!」
流れに任せて逃げようとしたティミーを炎の巨人の手で引っ掴んだ。UFOキャッチャーのように胴体を鷲掴みにして吊り上げる。
「テメェ、なに勝手に逃げようとしてんだ」
「だ、だってほら……もう日も昇っちゃってるし、寝不足はお肌にも悪いかなー、なんて?」
「1000歳超えのババアが今さら肌の心配か」
「きーーっ! それは禁句! 歳なんて気づけば重ねてるもんなんだから!」
「テメェは重ねすぎだ!」
「貴方もそのうち"あの頃の私、若くて可愛かったなぁ"って呟きながら鏡の前で一日中過ごす日が来るわよっ」
「来ねぇよ! かわいさとか求めてねぇし!」
「あら素直じゃないのねぇ」
「キュウキュウ~」
ミラが肩に乗ってきて、変なところだけティミーに同調するように首を縦に振った。
可愛いって言葉には拒絶反応が出るぜ。
前世じゃそれで随分と苦しまされたからな。
未だに自分が女なんて自覚もねーし。
「ところでティマイオス様」
背後からジーナが俺の前に躍り出て、吊るされたティミーと向き合った。
両手を前に揃えて整然と立っている。
ついにジーナの攻撃が始まった。
「なぜティマイオス様がこの村に?」
「えっ……どういう意味かしら……?」
「こんな辺境の村に何の御用だったんですか?」
「あ、いや、それはそのー……」
ティミーの歯切れが悪い。
ジーナは追い打ちをかけるように続けた。
「しかも、かの有名な『ティマイオス雲海』まで展開しているとは……。あれは自然環境を設定して魔術実験に活用する為に考案されたものですよね?」
「うっ……貴方、素人じゃないわね?」
「はい。ギルドでは遠征探査課所属でした」
ジーナがにこりと微笑んだ。
今までと礼儀正しさは変わらないはずなのに、なぜか高圧的な雰囲気に変わっている。
「あの一派か。あたしのような古参に縦突く連中ばかりの……」
「もう関係ありませんよ。辞めましたから」
「そ、そう……」
「それよりティマイオス雲海を何故ここで?」
ジーナは淡々と追い詰める。
ティミーが冷や汗を掻いたが、何も答えない。
きっとジーナは最後まで追い詰める気だ。
当然だ。――俺たちがどれだけ迷惑したと思ってやがる。村人も含めてな。それにジーナからしたら我が子が誘拐されているんだ。これだけ冷静に問い質しているだけでも出来た人間だぜ。
「ティマイオス様は西方の魔法学院の運営でお忙しい身では? 国境を越えた東方にいるのもおかしい話ですね」
「もうとっくに理事長は交代したのよ……」
「200年以上も在籍した椅子の引継ぎを今更?」
「そ、そうよっ。なにか文句ある?」
ティミーの語尾が荒くなっている。
その様子をジーナは見逃さなかった。目を細め、きな臭い匂いを嗅ぎ分けている。
俺と一緒だ。
さすが親子ともいうべきか。
「あ、わかりました」
「…………?」
「往年の職を辞され、お時間に余裕の出来たティマイオス様が、慈善事業としてオズエッタ村の村興しに一肌脱いでくださるのですね」
「なんでそうなるのよっ」
「ティマイオス様ほどのお方が此処にいて、貴重な『雲海』まで展開していたことが何よりの証拠。人間族の魔術の祖ですもの。貧しい村にお恵みをくださってもおかしくありません。まずは雲海を観光名所の一つに提供頂ける、と」
雲海の展望台ならさぞ綺麗なオズエッタ湖を拝めるでしょうね~、とジーナは空を眺めて呟いた。
「待って! あたし、そんなつもりは……」
「あら、違うのですか? はぁ……それは困りましたね。この村はただでさえ悪天候続きで、村人も気が滅入ってます。これ以上教えて頂けないなら魔法学院に直接お手紙を出して、前理事長の村の滞在について質問を――」
「待ちなさい! あそこに連絡するのはダメ!」
ジーナはニヤりと笑った。
俺はそのやりとりを見ながらティミーとの洋館での会話を思い出した。
"そんな大物が何でこんな所に居るんだよ"
"ふん、大人には大人の事情があるのよ"
大人の事情――。
魔法学院とやらに居づらい事情があるとか。
ジーナがそれをいち早く察して、制裁を下す為に『村興し』とか『観光名所』なんて提案も入れたってことか。さすがジーナさんだ。
「わかったわかった、もうわかったわよ。あたしの負け。やればいいんでしょ。まったく傲慢な遠征探査課の魔術師めぇぇ」
「ということは村興しを……!」
「する! するから魔法学院にあたしの居場所を伝えないで!」
「わかりました。では、ティマイオス様は最初からこの村の観光開発のために滞在していた、ということですね?」
「そうですーーーっ!!」
目に涙を浮かべてティミーが大声で返事した。
ティミーを離して地面に降ろしてやった。
尻持ちを着いて痛そうに尻を擦っている。
これでティミーには報復できる。
村も観光地としての収入源が増えて賑わう。
天気も晴れる。
洗濯物も乾いてスカートを履く心配も無くなる。
万事解決じゃねぇか。
「ううっ……仕方ないじゃない。魔法学院を追い出されて居場所がないんだもの。人里離れるのは寂しいし、でもエリンドロワ王国に居続ければ、そのうち居場所がバレるし?」
ティミーのやつ、ドラマで最後に捕まった犯人みたいに勝手に自供し始めた。
面白いくらい墓穴を掘るやつだ。
「追い出されたんですね……」
「ええ。好き勝手やりすぎたわ」
納得した。
こんな奴が学校の校長だったら嫌だ。
俺も生まれ変わる前、セクハラ担任教師を病院送りにしたことがある。無性にティミーを殴りたくなったのは、それを思い出したからかな。
「ガルマニード公国なら未開拓の土地がいっぱいあるから引っ越しに最適だったのよ」
「オズエッタは隠れ家にもってこいですね」
「でしょ。だから居心地良くて長居して、そのうち人肌が恋しくなって……」
「それでうちの子に目を付けた、と」
「そう――」
ティミーは起き上がり、服に付いた砂や砂利をパンパンと払うと、
「だってこんなに可愛いんだもの~~!」
両手を広げて俺に飛び掛かってきた。
ふざけんな。
「俺を可愛いって言うな! そして死ね!」
「うべふっ!」
強化魔術で炎属性を付与した拳でティミーの顎にアッパーを入れた。
考えたら村でこの女と一緒とか嫌だな。
まぁ何はともあれ、オズエッタ村で起きた不自然な悪天候事件も無事に解決したワケだから、そこは直に喜んでおくか。
これで洗濯の回転効率も上がるんだからな。
悩みの種は一つ解決ってことで。
「じゃあ約束通り、アンジーに魔術を伝授するわ」
――と思ったが、新たな問題が。
むくりと起き上がったティミーが開口一番にそう言った。
「は? そんな約束してねーよ」
「魔槍に耐えたらしてあげるって約束したわ」
「テメェが勝手になっ!」
これ以上、変な奴を俺に近づけないでくれ。




