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Episode16 竜殺しと天空要塞


 炎の巨人は、分身のように言うことを聞いた。

 殴ろうと思えば、自分の腕のように太い腕で正拳突きを繰り出すし、ワンツーパンチもアッパーも掌底打ちも考えた通りにやってくれる。


「うるぁあああっ!」


 踏み込んでティミーの顔面に拳を打ち込む。


 女だからって容赦しねぇ。

 ティミーは雷槍で拳を受け止めたが、押し負けて部屋の隅まで地滑りした。



「くっ、なんて破壊力なの!」


 それにこの炎の拳、俺には全く反動がない。

 だから敵がどんな得物を持っていようが、思いっきりぶん殴ることが出来る。


 いい武器を手に入れたもんだ。



「一手先を読めって言ったよなぁ!」


 ティミーが踏ん張ってる間も追撃を打ち込む。

 こうなりゃ反撃の余裕も与えずノックアウトさせてやる。


「きゃあ! ――こんのっ」


 殴った衝撃で食堂部屋の壁が崩壊した。

 ティミーは壁を突き破り、隣の部屋に吹っ飛ぶ。

 だが、すぐ強化魔術を使って体に電撃を纏うと、飛び跳ねるように起き上がった。



 怒りの形相でこっちを睨んでいる。

 化けの皮が剥がれやがったか。


「呻りなさい、ケラウノス・ボルガ!」


 雷槍を構えて電撃をチャージしている。

 すぐにチャージが終わると、ティミー自身がまるで弾丸になったように飛び込んできた。


「貴方ねぇ、あたしを怒らせてタダで済むと思わないでね」

「上等だぜ、クソババア!」

「ティミーちゃんに向かってババアは許せない!」


 ぶんぶんと振り回した槍が迫ってくる。

 扇風機みたいだ。

 だが、小賢しい棒術に付き合う必要はねぇ。


 俺は炎の巨人の拳で正面から殴りかかった。

 回転する扇風機に拳を突っ込むような状態だ。


「がふっ!」

「おらぁ!」


 ティミーの突進は簡単に止まった。

 その隙にハンマーパンチで上から脳天を叩き、跳ねあがった体をアッパーで突き上げて天井に叩き上げた。


「ハッ、最高だな、俺の相棒は!」

「………ッ!」


 ティミーは既に天井に足つけて反撃の姿勢を取っていた。


「雷鳴よ、鳴り響け!」


 天井から雷が落ちてきた。

 後ろにはリノも頭を抱えている。

 俺はその場にとどまって、巨人の腕で壁をつくって雷を防いだ。


「ケラウノス・ボルガが通じない!?」

「ネタ切れかい? んじゃ、こっちの番だ」


 俺は床を殴りつけ、反動で跳び上がった。

 一気に天井まで詰めてティミーに殴りかかる。


 床に穴が開いて天井も破壊された。

 炎が舞い上がり、どんどん部屋中が燃え広がる。

 まぁ炎の拳で殴りまくってれば当然といえば当然だが――。


「俺の怒りはまだ収まらねぇぞ!」

「ひっ!」


 ティミーは天井に背中が食い込んだ。

 俺はそこに追撃をかけてぶん殴り、2人仲良く上階へ移動した。


「オラオラオラぁあ! ナメんじゃねぇ!」

「調子に……乗らないで!」


 ティミーはかなり殴られたのに無傷だ。

 吹き飛ばされた直後、体を反転させて体勢を立て直すと、雷魔術を床に放って空中で止まり、ありえない位置で進行方向を変えて、俺に反撃した。


 俺はその体を、巨人の腕を借りて鷲掴みした。


「えぐっ」

「そんなもんか。ええ!?」


 一回転して壁に向かって投げつける。

 ティミーは凄まじい勢いで壁に突っ込み、外へ放り出された。


「テメェが降参って言うまで殴るからな!」


 背中から炎魔術で爆風を起こして移動した。

 ティミーの後を追って外に飛び出す。



 ――って、外が!



「あれ、月!? 雲の上なのか、ここ!?」


 洋館を出て、まず驚いたのは巨大な月の存在。

 長いこと月を見てなかったのもあるが、月明かりと空気の匂いから、明らかにここが地上じゃねえってことに気がついた。


 そして地面を見てみれば雲だ。

 感触としては雪の上を歩いてるような感じだ。


 この洋館、山にあったわけじゃねぇのか。

 雲の上に洋館が建つとは滅茶苦茶だ。

 道理で地上で探しても見つからねぇわけだ。


「うっ……うう……うわぁあああああん!!」

「あぁ?」


 大声が耳に届いた。

 少し遠くで、仰向けに倒れたまま、ジタバタと暴れる金髪の女がいる。


「ティミーちゃんは魔術界最上の存在なのよ!? そのあたしが負けるなんて許されないわよ! ありえないありえないありえないいいいい! わああああああん!!」


 ティミーが悔しそうに泣いている。

 俺は近づいて拳をバキバキ鳴らした。

 連動するように背後に浮かぶ炎の巨人も拳を鳴らす動作をしている。


「負け認めねぇならまだ続けるぞ。俺に屈辱を味わせた償いをたっぷりさせてやるからな」


 裸に手錠とか、女物の服着せたこととか。

 女としての辱めを味合わせた。俺は男なのに。

 他にも余罪は山ほどあるぜ。


「ふん、いいわ。こっちには奥の手がある」

「奥の手だぁ? その槍でネタ切れだろ?」

「いいえ、まだよ。後ろを見てみなさい」


 卑怯な騙し討ちかと思ったが、今の俺なら返り討ちに出来る。とりあえず後ろを向いた。


「……!」


 洋館が燃え盛っている。完全に火事だ。

 炎の巨人が背後で燃え盛っていて気にしていなかった。


 そして雲の大地も揺れが激しくなった。

 地震が起こっているみたいに揺れた。


「この雲海ももう終わりよ。貴方が暴れたせいで崩壊し始めてるわ。あたしにとっても痛手だけど、このままじゃ貴方も地上に真っ逆さまね。あはっ」

「冗談じゃねえ。まだリノも中にいるんだぞ」

「ふふ、最初から貴方たちはあたしの掌の上にいたの。所詮は人間如きじゃ天上人には敵わないってことね! あははははははっ」


 ティミーは月を見て狂ったように笑ってる。


「ま、貴方が泣いて謝ったら地上に戻る方法を教えてあげてもいいわよ」

「なんだと」

「ほら、時間がないわ。お友達の命も、この雲海の崩壊も時間の問題よ。どうするの?」


 嘲笑うようにニヤりと笑いかけてきた。

 俺はそういう交渉が大嫌いだ。



「返事はこうだ。――死ね!!」


「ひぎゃん!」



 顔面に巨人のグーパンで鉄槌を食らわせた。

 ティミーは仰向けのまま完全に逝った。

 意識を失って動く様子がねぇ。


 クソが。――確かに時間の問題だ。

 早くリノを助けにいくぞ。



 洋館の中に戻ると、洒落にならないくらい煙と炎が充満していた。俺は炎の巨人の拳を使って、壁中を壊して元の部屋に戻った。


 リノはまだ椅子に縛られている。

 身動きが取れないまま、暴れていた。


「アンジーーーーー! 助けてーーー! 嫌ぁああああ! まだアンジーから貰った服とパンツの匂いを堪能してないのに死にたくないぃいいい!」


「なに言ってんだ、お前」



 戻った瞬間にそんな悲鳴が届いた。

 俺が背後から声をかけると、リノは狼狽して赤面した後、目に涙を浮かべた。


「あっ……え、聞かれた? やだ死にたい」

「死にてぇのか死にたくねぇのかはっきりしろ!」


 リノは首をぶるぶる降って仕切り直した。


「えっと、助けに来てくれて嬉しいな……」

「お前ってやっぱり裏表あるよな?」


 まぁいいや。それより時間がねぇ。

 炎の巨人の腕で椅子を折り、リノを解放した。

 俺の新しい魔術にリノはぎょっとしていたが、追究はしてこない。


 その反面、終始、熱い視線で見つめられた。

 ティミーとの一戦でかなりの種類の魔術を覚えた気がするが、それは家に帰ってから整理しよう。


 俺は場数を踏んだ方がすぐ覚えるようだ。

 要するに、経験が物を云うってことだな。

 喧嘩と一緒だ。


「さぁ、さっさとズラかるぞ!」

「待って、これ」

「あぁん?」


 リノが"暖炉"に指さしている。

 確か『簡易版ティマイオス雲海発生機』とか言ってたな。


「村の天気、これのせいだったんだよね」

「そうだった」


 これがある限り、また天気を操られる。

 ぶっ壊しておくべきだろう。

 そう考えて、即行で炎の巨人の拳をつくって殴り壊した。見た目が暖炉なだけに脆い。淵のレンガから順に木っ端微塵に砕いた。



 その直後、揺れがどんどん激しくなった。

 さっきまでの小刻みな振動じゃない。

 立っていられないくらいだ。


「じ、地面傾いてない……?」

「おい、まさか……」


 とうとう洋館に亀裂が入って床が裂けた。

 瓦礫が転がる激しい音が、耳を劈いた。


「うぉお!?」

「わぁあああ!」


 部屋の家具もどんどん亀裂の中に落ちていく。

 俺とリノは壁の縁にしがみついて、なんとか落ちないように踏ん張っている。


 亀裂が広がって真下に"森"と"湖"が見えた。

 燃え上がった家具が落ちながら地上の様子を照らして、こっちの高さを教えてくれる。


 まるで映画のワンシーンみてぇだな。

 スカイダイビングだ。

 さすがに雲の上ってだけあって高い!


「アンジー、じ、地面の下に村が!」


 洋館の外壁が炎に包まれて湖に落ちていく。

 隕石みたいだ。それらがオズエッタ湖に着水する度に消火され、明かりが消えた。


 縁起でもねぇ……。

 俺たちも死ぬんだって暗示してる。


「ここ、山の中じゃなかったの!?」

「違う、雲の上だ! 俺たちは最初から雲の上にいたんだ!」

「な、なんで!?」


 ――なんで? 尤もな疑問だ。

 ヘリで飛んできた訳でもあるまい。

 俺たちはどうやって此処に連れて来られた?

 しかも、先に逃げたミラが洋館に残ってる様子もない。


 どうにかして地上に戻ったはずだ。


「……お、落ちるよ!」


 俺たちが居る場所もついに散り散りになった。

 ジェットコースターのような浮遊感が襲う。

 上空の激しい風が体に吹きつけた。


「いやぁぁあああ!」

「くっ……ダメか……!」


 壁に必死にしがみついても、その壁自体が落ちてるから意味がない。パラシュートのないスカイダイビングみたいだ。



「ほーほほっ!」


 そこにあの耳障りな高笑いが聞こえてきた。


「あっ、テメェ!」


 ティミーだ。

 巨大トンボに跨り、優雅に空を飛んでいた。

 例の『ドラゴンフライ』とかいう怪物か。

 アイツには空を飛ぶ手段があったワケか。


「無様ね! あのとき命乞いしてれば助けてあげたのに、もう助けてあげなーい」

「チッ、誰がテメェに助けなんて乞うかよ」

「強がっちゃって。本当に死んじゃうわよ? 命が惜しいなら今からでも泣いて謝ってみれば~? 心優しいティミーちゃんが救いの手を差し伸べてくれるかもしれないわよ。ほらほら、どうするの? ちなみにお願いするときは"何でもするから"の文言は必須だからね、ふふふっ」


 こいつ、絶対楽しんでやがる。

 そんな見え見えの罠に嵌められてたまるか。

 と思ったらリノが何か言いかけた。


「な、何でもするから――むぐ!?」

「バカ、口車に乗せられんじゃねぇよ!」


 口を抑えつけて黙らせた。

 リノは目に涙を浮かべて首を振っていた。

 この状況なら気持ちは分からないでもないが、魂まで売ることはねえ。


「ん? 今なんでもするって言った!?」


 まだだ。まだ何か手はある。絶対にな。


「断る! そんな気色わりぃ虫に頼んなくても地上に戻る方法はあるだろ。こんな場所に連れて来られたってことは、逆に戻る方法もあるはずだ」


 ティミーに向けてガン飛ばす。

 お前には頼らないと、毅然と言い放った。


「分からず屋ね。そんな方法ないってば」


 ティミーは悔しそうに、それでいて困ったように眉を顰めて上唇を噛んだ。金髪ツインテールが風圧で巻き上げられてドリルヘアが上を向いている。


「はっきり言うけど、貴方たち本当に死ぬわよ? 元々ティマイオス雲海へは転移魔術で山の地下洞と繋いで行き来してたわ」

「転移魔術な。良いこと聞いたぜ」

「最後まで話を聞いて! その魔術陣も屋敷と一緒に崩れたからもう無いの!」


 俺とリノが誘拐されたときも転移魔術が使われたってことか。ミラも逃げるときはそれに乗って地上に戻ったのだろうか。


「とにかく、助かる為にはドラゴンフライちゃんに乗るしかないわ。だから早く、あたしに――」


 ティミーは巨大トンボを寄せ、片手を伸ばした。


 掴まれってことだろうか。

 洋館の壁に掴まりながら恐怖に耐える俺とリノにとっては、その手を掴むだけでも一苦労だ。


「早くあたしに命乞いして!」

「はぁ!?」

「だから貴方たちを助けるためにはコレに乗るしかないし、乗せるためには貴方たちが命乞いするしかないじゃない!

 だから早く命乞いしなさい!

 あたしに何でもするって言いなさい!

 じゃないと助けないわっ」


 支離滅裂じゃねぇか!

 俺たちを助けたいのか、助ける気がないのか、温情があるのか、極悪人なのか、意味不明すぎる。



「……!?」


 そのときだ。

 ティミーの後めで一筋の光が差した。朝日だ。

 山の隙間から覗かせた太陽が、広大な空と森と湖の輪郭を青々と浮かび上がらせた。



 こんな狂った奴と夜通し喧嘩してたってのか。



 ん……? そうか。夜明けなのか。



「オーケー、分かった」

「ようやく折れてくれたのね! さ、早くっ」


 命乞いを聞かせて、とばかりに浮き浮きと巨大トンボを寄せ、ティミーが近づいてくる。


 ここまで来たら命乞いすると思ったんだろう。



「返事はこうだ。――テメェが死んどけ!」

「ひぎゃん!」


 炎の巨人の拳だけ作って思いきりぶん殴った。

 巨大トンボの頭部はひしゃげて、凄い速度で回転しながら遠くへ吹っ飛んでいく。



 ティミーも一緒に彼方へ消えた。

 あー、すっきりした。



「アン……ジー! ど、どうする……の!」


 リノはぼろぼろと涙を上空へ流しながら俺にしがみついてきた。


 助け船を失ってマジで怯えている。

 風圧で頬っぺたが膨れて酷い(ツラ)だ。


「リノは黙って俺についてくればいいんだ!」

「えっ……ぁぐ……!」

「いいから俺を信じろ。分かったな!」

「う、うん……アンジーに付いてく。一生」


 一生はいらねぇ。

 俺はリノの小さな体を支えて――って言っても俺も小さいから手を添えるくらいしか出来ないが。


「3つ数えたら壁から手を放すぞ」

「え……ええ……!」


 俺の考えは、半ば運任せみたいなもんだ。

 確証があるわけじゃねぇが、もうこうなったらアレに賭けるしかねぇ。


「1……2……3……行くぞ!」

「きゃあああああああっ!」


 炎の拳で壁をぶん殴り、空に飛び出した。

 壁は空中で破壊されて散り散りになった。


 今まで洋館の壁に掴まりながら落ちてた分、まだ守られてるような気がしていたが、今の俺とリノは完全に体一つで空を飛んでいる。


「いやぁああああああ!」


 リノは俺に必死にしがみついてきた。

 おかげで恐怖心も紛れるってもんだ。




 狙いを定め、湖へ真っ逆さまに落ちる。


 逆さまに映る朝焼けが綺麗だった――。




 湖面に迫ったタイミングを見計らい、叫ぶ。



「ほら、餌のお出ましだぞ、ガマ公ども!」


 目をぎゅっと瞑って、神に祈る。

 頼むぜ、今日もちゃんと居ろよな!



 時刻は早朝。

 今まで散々、食おうとしてきたんだ。

 今回は特別こっちから身を差し出してやるぞ。


「――――コォォ!」


「――ゲコゲコォ!」


 地上から無数の鳴き声が響いた。

 クソ蛙どもが大群で湖面を跳ね、我こそはと仲間を押し合いへし合い、時には踏み台にして犇めき合っていた。



 そして――。



「ゲコムォーン!」



 そのうちの一頭が大口開けて舌を伸ばした。

 俺とリノはそいつの舌に絡まれて、口の中へと吸い込まれた。口に入れられた後、生温かい粘膜でめちゃくちゃに掻き回された。



 蛙の口の中から、湖に着水した音が聴こえた。


 反動はない。

 蛙をクッションにして落下の衝撃を消した。




 助かった……。


 見事に俺たちを助けたクソ蛙は、湖岸まで俺たちを運び、さも当然のようにねばねばの唾液と一緒に吐き出した。


「うべぇ、臭ぇえええ……」

「くぅ……」


 リノは目を回して気絶していた。

 俺もスカイダイビングから蛙に食われるまでの恐怖体験で、かなり気持ち悪い。


 でも助かった。助かったんだ。


「はぁ……はぁ……へっ、ざまぁみろ」


 湖岸の砂利に向けて一言呟く。

 最後の最後まで頭がぶっ飛んでいたティミーへの恨み節を吐き捨て、俺はその場に倒れた。


 遠くから誰かが駆け寄る足音が聞こえる。


「アンジー! アンジー!」


 ジーナさんの声だ。

 まぁ今はどうでもいいや。

 ちょっと休ませろ……。



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