Episode15 竜殺しのレベリング
稲妻が洋館の廊下に弾け飛ぶ――。
バチバチと凶悪な音を立てて、喧嘩相手は廊下の壁や天井を蹴って自在に移動した。
「強化魔術ってのは見習い魔術師で1ヵ所! 2ヵ所以上の強化ができて一人前! でも私はねえ」
滑るように廊下を疾走するティマイオス。
両足から稲妻が伝わり、床にも電磁波が変な振動音を鳴らして駆け抜ける。
ティミーは両腕と両足すべてを雷属性の魔力で強化していた。
「同時に全身ほぼすべて強化できるわっ」
ティミーは飛び跳ね、廊下の天井に張り付くように接着すると壁を蹴って勢いづけて落ちてきた。
電撃を帯びた飛び蹴りだ。
それをなんとか避けた。
床が抜けて木材が飛び散る。
「……っ!」
これが魔術師の戦いかよ!
ばりばりの肉弾戦も可能じゃねえか。
思ったより格好良いかもな。魔術って。
「ほら甘い! 先読みが鍵って言ったでしょ!」
寸でのところで躱した俺に、すかさず回し蹴りが飛んできた。腕を胸の前で交差させてガードの姿勢を作ったが、それでもティミーの電撃を帯びた足技の威力が凄まじく派手に吹っ飛ばされた。
扉を突き破り、食堂に舞い戻る。
それを見たリノが短く悲鳴を上げた。
「アンジー、大丈夫!?」
「ハァ……ハァ……余裕余裕。あいつ、手ぇ抜いてんのか知らんが、全然痛くねぇから」
強がってみたが、さっきから背中を強打して痛いことには痛い。
ダサいから泣き言を言いたくないだけだ。
「アンジー、前! 危ない!」
電撃球が眼前に飛び込んできた。
咄嗟に指を鳴らして正面に"ミニ太陽"を作り出して衝突させ、打ち消す。
何回かの攻防戦で感覚が掴めたが、魔力同士はぶつけ合うと属性関係なく消滅するらしい。
力で弾け飛ぶって感じか。
やっぱりジーナの解説聴くより、こうやって実践でやりあった方が理解しやすいぜ。
間髪入れずに次弾の電撃が飛んでくる。
しかも正面から2発。右と後ろから1発ずつ。
「数が多すぎんだよっ」
4発も体に打ち込まれたら――。
想像しただけで背筋がぞわりとした。
生存本能ってやつか、恐怖心から何が何でも"身を守らなきゃ"って思った。それだけで全身が滾るように熱くなり、体中に赤い魔力が纏わりつく感覚が襲う。
「っだぁあッ!」
手足が燃えるように熱い。
この震えは『竜属性』に対面したときに自然と湧き上がる力の爆発と似ている。
手足が赤く輝き始めた。
迫り来る正面の電撃2つをワンツーで消滅させ、右からの弾は裏拳で、後ろの弾は回し蹴り。
腕や足を振り回す度に炎が舞い上がった。
サーカスの炎舞みたいだ。
「ハァ……ハァ……」
「驚いた。『強化魔術』も覚えたのね」
ティミーが戻ってきた。
あいつは呼吸一つ乱してない。
「しかも腕と足の強化に同時成功してるし。あなたセンスあるのね?」
体の内側が燃え盛るように熱い。
強化した体が赤くなっていた。炎属性の色か。
魔力を帯びた体の一部だけ力が漲るっていうこの現象が『強化』なら、『竜殺し』の力も強化魔術に似てるんだな。
「なんだか冗談のつもりだったのに、あなた成長が早すぎるわ。一体どういう理屈? 貴方もしかして天才?」
「理屈じゃねぇ。こちとら感覚で生きてるんでね」
「格闘のキレも良くなってるし、天賦の才かしら」
ティミーは口元に手を当て俺を観察している。
そういう見下した態度が気に入らねぇ。
「ごちゃごちゃうっせぇ。ネタはまだあんだろ」
拳を構える。喧嘩だ、喧嘩。
俺はお前をぶちのめして最強の名をもらうぜ。
そんで魔術界に殴り込みといこうじゃねえか。
「いいわ。応用編といこうかしら」
「っしゃあ、そうこなくちゃな。かかって来な」
「子ども相手にムキになるあたしじゃないけど、久々に面白い人間を見て好奇心がそそられたわ。お人形にするのは勿体ないかも」
ティミーは片手を上げると、どこからともなく鉄製の筒が現れ、それを掴んだ。
「また飛び道具かい?」
「そう、しかも破格級のね。この兵器に耐えられたら……そうね、このあたしが対等な関係で魔術を伝授してあげるわ」
なんだそりゃ。そんなもの求めてねーぞ。
ティミーは俺のしかめっ面も気にせず、鉄製の筒に魔力を込め始めた。
唸るような轟音が部屋中に響いていく。
それは鉄筒が発した音だ。
筒の両端から電撃を帯びた魔力が伸び始める。
「――雷槍『ケラウノス・ボルガ』。
これは神の雷を放つように設計された魔槍よ。
今から1000年くらい前かしら、まだ神の統治が続く時代に私自身が創り上げた対神兵器」
「ちょっと待て、今なんつった!?」
「神の雷を放つよう設計された魔槍で――」
「そこじゃねーよっ」
「じゃあなに?」
「1000年前から生きてるってアンタ、婆かよ!」
ティミーは顔を引き攣らせて無言になった。
触れてはいけないことに触れたようだ。
そして何も言わず、雷槍に込められる魔力の出力が上げられていく。
「――――覚悟なさい」
その言葉を合図に雷が打たれた。
雷槍の先端から飛び出した稲妻が俺の腹を穿とうと迫ってきた。
今までの電撃の弾と比べ物にならない威力だ。
「あっぶねえ!」
咄嗟に炎で爆風を作り、横跳びして回避した。
少し反応が遅れたら体に風穴が空いてた。
「先 読 み」
その一言が耳元で囁かれた。
背筋がぞっとした。
相変わらず俺、学習しねえな……。
槍から放たれた雷を回避して安心しきってたが、ティミーはその隙に一気に間合いを詰めていた。
「……!」
対処が追い付かず、かろうじて炎属性の『強化』を使った両腕で、雷槍の突き上げを防ぐことに成功する。
「遅い! 今その瞬間にも一手先を考える!」
「くっ……」
それはまるで指導のようだった。
ティミーは攻撃を止めずに"講義"を続ける。
この女、昔は教師でもやってたんじゃねえかな。
口調が教師独特の説教くささを感じる。
それとも年寄り特有のものか?
雷槍の振り払いで部屋の隅に吹っ飛んだ。
もう壁に背中を打ち付けるのは御免だ。
勢いを殺すために、背中に魔術で小爆発を熾して着地。
反動で魔力が壁伝いに伝播した。
すると突然、壁際で"ふいご"のような音がした。
何かと思って振り向いたら、壁際の暖炉が反応して、赤く輝いている。
「……なんだ、これ?」
さっきはこの暖炉に火を点けて外部に洋館の位置を知らせようとしていたが、どうやら普通の暖炉じゃないらしい。
その輝き方は鍛冶屋の炉みたいだ。
少なくとも暖を取る為のものじゃねぇ。
「それに魔力を注いだら駄目よ!」
「はぁ? どういうことだよ」
「それは『簡易版ティマイオス雲海生成機』。雲をつくるための魔道具だから、下手に素人が触ると大雨が発生して水害になっちゃう」
「雲……? 大雨……?」
なに言ってるかさっぱり分からねえ。
だが、ここ最近で俺を悩ます問題の原因を特定した。
「もしかしてオズエッタ村の天気がずっと悪かったのは、これのせいか?」
「まぁそうね」
「洗濯物が乾かねぇのも?」
「……そういうことに、なるかしら?」
「俺がぐっちょぐちょのパンツを履いて我慢してたのも大嫌いなスカートを履かされかけたのも」
「え、なにそれ。ぐちょぐちょパンツ?」
「全部テメェのせいかぁああーー!」
「そんなこ知らないわよっ」
怒りで沸点を超えそうになった。
何のためにこんなことをしてたかはさておき、ティミーが勝手に村の天候を操っていたのは事実だ。
事態を見守っていたリノがフォローしてきた。
「でもアンジーは何を着てもかわいいよ」
「俺を可愛いっていうな!」
「そうよ。パンツがぐちょぐちょでも可愛い」
「それ似合うとかの問題じゃねえわ!」
ふざけんなよ。個人的な恨みだけじゃねぇ。
ジーナや村人だって迷惑してただろうが。
「他人ばっかり迷惑かけてよ。やっぱりイケ好かねぇぜ、テメェは!」
怒りに任せて魔力が暴発した。
体の内側から魔力が膨れ上がっていくように、ひたすら体が熱い。
「この爆発的な魔力は……あ、え――!?」
炎の渦が全身を覆い、何かが具現化した。
炎で象られた巨人の半身だった。
筋骨隆々の、太い両腕を持った炎の巨人が俺の背後から浮かび上がる――。
「なによ、その具象魔術……。
召喚じゃないわよね? 膨大な魔力を丸ごと体外へ抽出した? 心象抽出の上位互換ってこと?」
「ご託はいい。これはテメェをぶん殴る魔法だ」
「待って。そんな術知らないわっ」
ティミーは尋常じゃないほど焦っていた。
1000年も生きて知り尽くしてきた魔術の中に、自分が知らないものが存在した。
その事実がティミーを追い詰めてるんだろう。
ざまぁみやがれ。
「覚悟しろよオラァ!」
「なんで!? そんな魔術どうやって――」
拳があればいいなって思っただけだ。
こんなふにゃふにゃな、細い女の腕っぷしじゃなくて、ファンタジーみたいな不思議な力が支配する世界でも、気に入らねえ奴を片っ端からぶん殴る、自慢の拳があればってな。
巨人の火拳を振りかぶる。
ティミーは雷槍を持ち替えて構えていた。
俺は正面から殴りにかかった。
〇
ジーナはミラを小脇に抱えて、真夜中にも拘わらず山道を走っていた。
洋館捜索の前にオージアスや村人に相談しようと考えたものの、時間帯や聖獣アルミラの存在で騒ぎになったら捜索の効率が落ちると考えたのだ。
ジーナはかつて魔術ギルド所属の魔術師だった。
並の魔術師やその辺の悪党を倒す力はある。
その自負で一人で突っ走ってきたものの、案内役のミラの誘導がどうにも釈然としない。
「ミラさん、洋館の場所はこちらで確かですか?」
「キュ、キュウ」
ミラは困ったように頭を抱えている。
「もしや脱走したときの道を忘れました?」
忘れるも何も、ミラは地下洞の水路を経由して湖に辿り着いたのだから道順を知るはずがない。
ミラが分かるのは、ドラゴンフライから送られた中継映像から洋館の方角を予想する程度だ。
「ふーむ、無理はありません。山道ですからね。とにかくアンジーが今、例の洋館にいるということがわかっただけでも――」
その刹那、爆発音が轟いた。
ジーナが捜索の次の手立てを考えた時だ。
爆発は山奥というより、そのさらに上空から響いてきた。
驚いて二人で空を見上げると、ここ最近ずっと覆われていた厚雲が不自然に欠け、その一部から建物らしきものが炎に照らされていた。
「キュウ!?」
「あれは……?」
紛れもなく、それは洋館の姿をしていた。
洋館があったのは山の中ではなかった。
天空に存在する分厚い雲の中だった。
「雲の上の天空要塞……まさか……」
ジーナには心当たりがあった。
現代魔術の創始者で、地上からの転移魔術と気象干渉を活用した『天空の支配者』が存在する。
数多くの肩書きをもつ魔術界最上の人物だ。
『黄』の魔相環・冠位。
精霊との契約により古から生きる五大賢者。
その伝説は数知れず、魔術ギルドの職員ならば、その名を知らない者はいない。
かつてジーナも仕事の都合で一度だけ会ったことはあるが、その当時はまだ半人前だったのもあり、おそらく向こうから認識されていないだろう。
「ティマイオス様?」
再び爆発が雲間で起こり、夜空を照らした。
瓦解していく雲の中、燃え盛る洋館がある。
その炎を見て嫌な予感がした。
「キュウ……!」
ミラがジーナの袖を噛んで引っ張った。
雲は崩壊している。
浮力を失ったように徐々に落下しつつあった。
ちょうど湖に向かっている。
燃え盛る様子がまるで隕石のようだ。
「大変ですっ。引き返して村人の避難を」
言いながらも一抹の不安を覚えた。
その炎が、どうしてもアンジーを連想させた。
――どうか無事で。
ジーナは祈るように踵を返した。




