Episode12 竜殺しは二度死ぬ
2度も死んだ。精神的に。
ミラとの再会も素直に喜べない。
ショックのあまり、俺は拷問具や怪しい魔道具が並ぶ洋室で、少女向けのかわいい系衣装の山に埋もれて打ちひしがれていた。
2度ってのは、
女物スカートを履かされたこと。
それを幼馴染に見られたことだ。
「キュ、キュウ?」
「やめろ、ミラ。マジで見るな」
「キュウゥ……」
なに言ってるかわかんねぇけど、全力で励まされてるのは理解できた。
尻をぽんぽんと肉球で叩かれる。
顔を上げて振り向くと、そこに羽根ペンで書いたと思われるカタカナで床にこう書かれていた。
"カワイイヨ"
「ほっとけ……」
いつもみたいに抗う気力もない。
ミラの励ましの言葉が俺を追い詰める。
チッ……落ち込むのはここまでだ。
竜殺しのサガは過去を引きずったりしねえ。
今は脱出を試みないと変態ティミーにまた何されるか分かったもんじゃねーぜ。
これ以上、凌辱されるのも御免だからな。
ミラを腕で抱き上げ、部屋の扉に向かった。
耳を澄ませて外の音を聞き取る。
――…………。
静かだ。
廊下には誰もいなさそうだ。
そういえば、ティミーが部屋から飛び出す前、リノも着せ替え人形にして遊ぼうと言ってたな。
今はリノが辱められてる番か。
あいつも助けてやんなきゃなんねぇかな?
元はと言えば、リノが俺を騙して人気のない場所に連れてったから誘拐されたんだ。
助けてやる義理は……。
ある。滅茶苦茶あるな。
リノのおかげで洋館も見つかって、ミラとも再会……したと言っていいか分かんねえが、形はどうあれ無事が分かった。
リノには感謝すべきだ。
それに、リノも騙されてたようだった。
あいつ、ちょっとドジだからな。
もし手紙や『山の洋館』のことを聞いて回って付けこまれたんなら、原因は俺にもある。
「仕方ねぇな」
そっと扉を開けてて廊下の様子を見た。
広くて見通しがいい。
誰もいない。クリア。
こんな馬鹿デカい洋館が、山のどこに隠れてたんだか。
「ミラ、ちょっと静かにしてろよ」
「キュっ」
ミラは肩から頭に這い上がった。
俺の両手を空けるための気遣いだろう。
触感がふわっふわのもっふもふだ。
本当に獣になっちまったんだな。
抜き足、差し足、忍び足。
物音を立てないように廊下を進んだ。
すぐ隣の部屋から扉越しに悲鳴が聞こえた。
「――イヤぁ! 違うよぉ!」
「ふふふ、これが欲しかったんでしょう? 良かったじゃない。あたしが手伝ってあげるっ」
「きゃあっ!」
絶対とんでもない事が中で起きている!
あのティミーって女、中坊みたいな外見だが、感じた魔力は凄まじいもんだ。
実際はもっと長生きしてる。少なくとも大人だ。
大人が5歳児を甚振るって洒落にならねぇぞ。
ミラも腕を伸ばし、俺にそっちに行くように指示した。
「キュウ。キュウウ」
「わかってるって……」
お節介なミラなら放っておかないよな。
悲鳴のする部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくり開けた。
内部はさっきの洋室と似た構造。
違いといえば、こっちの部屋にはぬいぐるみや人形が大量に飾られていてファンシーな雰囲気が漂ってるって所だ。
その中に、あられもない姿のリノがいた。
ソファの上で黒い修道服を無理やり脱がされ、細い肢体にぐるぐる巻きの包帯が露わになってる。
「ひぅ……っ」
「あなた、まさかの包帯っ娘? これはこれで中々そそるわねぇ」
ティミーに俺の私物の服を着させられていた。
俺が今に着てるものと似たような服だ。
「やめて。わたし、こんなこと望んでないもん」
「ならなんで抵抗しないの? 体は正直なのよっ」
「うぅ!」
典型的な攻め句で、その実よく分からないプレイが繰り広げられている。
呆れて言葉が出ない。
あそこで起きてるのはただの"着替え"だ。
服を着させられてるだけなんだ。
しかも女同士で、子ども同士だ。
リノなんか痩せ細ってるから色気もクソもねえ。
「いーっひっひっひ! あら可愛い!」
「ああぁあっ!」
ついにリノは服を着た。
服を、着ただけだ……。
あれは確かジーナが買ってきた無駄に横に広がる折り目つきの短いスカート。
正式名称は知らねえ。
リノの太腿がには包帯が巻かれている。
なんであんな所に包帯なんて巻いてんだ。
リノは恥ずかしそうに、丈を掴んで隠そうとしていた。
「見ないでぇ!」
謎の着替えプレイを傍観してると、頭上からミラがべしべしと叩いてきた。
見てないで早く止めろ、と言いたいらしい。
はいはい……。
勢いよく扉を閉め、二人の注目を集めた。
「そこまでだぜ、変態女!」
「あ、アンジー」
俺を見たリノの表情がほぐれた。
飛び出すタイミングを見失っていたから、完全に事後になっちまったが、そこは悪かったぜ。
と心の中で侘びておく。
「あなた、どうやって手錠を解いたのよ?」
「んなことはどうでもいい! それより――」
「あっ! しかもあたしのアルミラちゃんも!」
「アルミラ?」
ティミーは俺の頭上の一角兎を見ていた。
アルミラ?
有銘ミラと名前が似ている。
俺もそうだが、生まれ変わっても顔だけじゃなくて名前も似るのか?
一体どういう理屈だ。
偶然とは思えねえな。
「貴方が頭に乗せてるのは聖獣よ!」
「聖獣だと?」
「そう、聖獣アルミラ。数千年に一度しか生まれない伝説の存在なんだから! その価値も分からないあなたが気安く頭に乗せて遊ぶなんて許せないっ」
ティミーは珍しく焦っていた。
さっきまでの余裕たっぷりな態度じゃねえ。
まぁいい。
「聖獣だか数千年に一度だか知らねェが、こいつは俺の幼馴染のミラだ。テメェの物じゃねえよ」
「キュン……」
「へ……幼馴染? 聖獣アルミラが? 馬鹿ね、イカれてるわ」
「イカれてんのはテメェの性癖の方だぜ!」
拳を構えて臨戦態勢に移る。
とにかくここはリノを連れて脱走だ。
「ふーん、あたしとやろうっての?」
ティミーはすっと片手を翳した。
造作もなく、手先から稲妻の塊みたいなのを出してきやがった。やっぱり魔術師らしい。
金髪ドリルヘアはトレードマークか?
電撃の塊と雷ヘアがよく似合ってるぜ。
只者じゃなさそうだが、俺も魔力は自信ある。
いつでも炎魔術を発動できるように手を翳して構えた。
――つっても、魔術の戦い方は知らねぇが。
拳同士の喧嘩なら色々と策は知ってるが、魔法みたいな飛び道具ありってんなら話は別だ。
とりあえず飛び道具には飛び道具。
魔術には魔術で応戦するしかねぇ。
「ふっふー、あなたやっぱり真性のおバカさん? このあたしに魔術戦で勝てると思ってるの?」
「ハッ、やってみなきゃわかんねぇだろ」
「いいえ、分かるわ!」
随分とナメられたもんだ。
まぁ、こんな姿なら仕方ねぇけどさ。
格上の相手でも、喧嘩ってのは拳を交えてみるまで勝敗は分からねえもんだ。
それが喧嘩の面白いとこでもある。
「無知な貴方に教えてあげる。
このあたし、『黄』の魔相冠・冠位の称号を持つ『雷帝のティマイオス』が、どれだけ格上かってことをね!」
「雷帝の、ティマイオス? その名前どこかで」
――あ、思い出した。
魔相環・冠位は魔術界公認の冠位魔術師。
『雷帝のティマイオス』はそのうちの一人だ。
「そんな大物が何でこんな所に居るんだよ!」
「ふん、大人には大人の事情があるのよ」
ティミーは不貞腐れたように吐き捨てると、電撃の塊をさらに大きくした。電撃はバチバチと荒れ狂い、壁に焦げ跡をつくった。
膨大な黄色の魔力が狭い部屋に充満していく。
リノやミラが悲鳴をあげた。
「キュウン……!」
「きゃあ!」
「ふふふふ、あっはははははっ!」
ティミーの高笑いは狂人のそれだった。
眼も文字通り、金色に輝いている。
魔力の色は、髪の毛以外にも現れるらしい。
やばい。マジの強敵に当たっちまった。
俺が出来る魔術なんて火加減調節くらいだぞ。
ジーナが言ってた基本の攻撃魔術、ブラドナントカって火炎弾も使えねえ。
自爆覚悟で例の火柱を打ち上げるか?
だが、あれをやったら他の連中も巻き添えだ。
これは真っ向にやりあったら勝てねえな。
不良らしく、ちょっとズル臭い方法でトンズラ決め込むしかねえか。悔しいが、せっかく生まれ変わったのに享年5歳は洒落にならねぇからな。
「ミラ。俺が指を鳴らしたら扉まで全力で走って開けてくれ。できるか?」
「キュウ!」
返事を聞き届け、俺は眼前の敵に向き直った。
リノが蹲るソファまで少し距離があるな。
間に合うか?
「さぁ、観念なさいっ! ティミーちゃんを怒らせたらどうなるか、思い知るがいいわ!」
ティミーが手を掲げた。
巨大な電撃の塊が、天井へと上がっていく。
俺は一瞬の隙を見極め――。
「今だ! ……くらえっ」
指をぱちんと鳴らした。
それは単なるちっぽけな炎。
松明くらいの炎をティミーの前で発火させた。
そんな魔術じゃ、到底あいつには対抗できないだろうが、
「わぅ!? え、熱っ!」
目晦まし程度にはなる。
これはただの猫だましだ。
強そうな奴は、真っ先に目を潰すのが喧嘩の上等手段だ。
「ちょっと、魔術師なら正々堂々と戦いなさいっ」
ティミーは目を擦りながら文句を垂らした。
同時にミラは頭から飛び降り、扉のドアノブに向かって一直線に走り出した。俺もミラとは反対に、リノが蹲るソファへ駆け出した。
手が届いたらリノを引っ張ってUターン。
ミラが開けた扉から一目散に逃げる。
それから――――。
「ぐぇっ!?」
がつんと横腹に衝撃が奔った。
想定した動きを妨害され、体が床に転がった。
「ゲホッ……ゴホッ……」
四つん這いの状態で、顔を上げる。
腹の痛みを抑えていると、ティミーがふりふりのドレススカートの丈をたくし上げた状態で、蹴り上げた片足をゆっくり降ろす光景が視界に映った。
この女、肉弾戦もイケる口かよ。
魔術を極めた奴だっていうから、てっきり頭でっかちの木偶かと思ってたぜ。
「はっ……ごめんなさいっ! 大丈夫!?」
ティミーは我に返ったようにはっとなり、慌てて俺に近寄ってきた。
蹴ったのはテメェのくせに心配はするんだな。
ますます意味が分からねえ。
「あたしとしたことが昔の癖でつい……」
なんだよそれ。元ヤンか。
「馬鹿ね。そんな赤子の足で突っ込んでも無駄よ」
「チクショウ……」
「それに、このあたしが貴方みたいな赤子に本気出すワケないじゃない。ただの脅しよ、脅し!」
あれで本気じゃねーのかよ。
まんまと騙された。
こっちは真面目に作戦練って挑んだってのに、それも失敗するとか完全に道化じゃねぇかよ、クソ。
「さ、わかったら大人しくあたしのお人形になりなさい。肉体を弄って、その姿のまま一生可愛がってあげるわ」
「……っ」
こいつの目的は俺だ。
このままこの女の着せ替え人形になるのか?
命は取られなくても、死んだも同然に変わりねえ。それは御免だぜ。
だが、逃げようにも対抗手段がもう無い。
「アンジー、大丈夫!?」
リノも床に這いつくばる俺に近寄ってきた。
「馬鹿、お前は逃げろよ。間抜け!」
「だ、だって、わたしのせいでこんな……」
「はぁ? おま、違ぇ……ゲホゲホッ」
色んなことに苛立たしくなってムキになって叫んでたら噎せた。
さっきの横腹の蹴りが地味に効いてる。
ティミーの高笑いが背後から響いた。
「ほーほほっ! 嗚呼、なんて美しい純愛。これは滾るわねぇ、ふふふ。ついでにあなたもあたしのコレクションにしてあげるわ」
力があればこんな女、捻り潰してやるのに。
気に入らねえ……。
気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ!
「えいっ!」
――ばちりと何かが弾けた。
眩む視界。また誘拐されたときと同じように、魔術で痺れさせられたみてぇだ。
根性で意識は保ったが、体が痺れて動けねえ。
「……ミラ、お前だけでも逃げろ! 早く!」
「キュ!」
「さっさと行け!」
ぼやけた視界の中、白い兎が扉から飛び出す様子が見えた。
ミラは機転が利くからな。
冷静に助けを呼ぼうと判断したんだろう。
無事に村まで辿り着ければいいが――。
「嘘、聖獣を逃がすってありえないんですけど!」
ティミーの金切り声が聞こえてくる。
俺は四つん這いも辛くなって床に倒れた。
部屋中に並んだ等身大の人形の数々が、精気を失った人間のように見えた。
それが雷帝のティマイオスに気に入られた人間の末路なのだとしたら笑えねえ……。
もっと強くなりてぇ。
こんな世界でも誰にも負けねえ力が欲しい。




