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Episode13 聖獣と水竜


 アルミラは広い廊下を必死に走った。

 幸いにも洋館の構造は一通り把握していて、どこに階段があるか、どこが行き止まりになっているかは判っている。


 アンジーはあんな姿になっても相変わらずだ。

 無茶ばかりして強敵にも果敢に挑む。

 本当に世話が焼ける……。


 学校というルールに縛られた世界ならまだ助け船も出せたが、この世界は魔法のような不思議な力と暴力に溢れていて、敵わないことだってあるのに。


 ――とにかく助けを呼ばなきゃ。


 そう考えてオズエッタ村へ向かうことにした。

 この世界にもアンジーの母親がいたはずだ

 水晶玉から一度見たが、前世のアンジの母親と似て優しそうな人だった。


「キュウ……」


 でも外に出てから無事に村へ着く自信はない。

 どうしたものか。

 そう考えていると、背後に気配を感じた。


「キュ!?」


 刃物を持った複数のぬいぐるみが凄い速度で迫ってくる。


 熊や狼を象った子ども向けのぬいぐるみだ。

 ホラー映画のような光景にぞっとした。

 おそらくティミーの使い魔だ。

 トンボの機械、巨大なタツノオトシゴと来て、ぬいぐるみまで操れるとは、お見逸れする。


 ミラは廊下を曲がってやり過ごした。

 そのまま階段を転がるように下り、一階と思しき場所へ辿り着く。


 だが、そこでミラは重大な事実に気がついた。

 ミラはこの洋館の出口を知らない。

 洋館といえばホールのような場所に玄関がありそうなものだが、屋敷にそんな場所はなかった。


 変な構造だ。

 躊躇している間にも、背後からぬいぐるみが凄まじい勢いで迫ってくる。焦ったミラは、以前、連れられた"地下洞"に逃げ込もうと考えた。


 ティミーがシードラゴンちゃんと呼んでいたタツノオトシゴの使い魔がいる洞窟。あの竜に襲われる可能性も考えたが、現状のぬいぐるみとの追いかけっこに比べたら幾分かマシだ。


 一階の廊下の奥にある古い扉を開け放ち、急いで飛び込んで扉を閉めた。


「フー……フー……」


 さすがにミラも疲れた。

 洋館の中といえど、今のミラにとっては広大な迷路のようなものなのだ。



 昏い――。

 地下洞への階段は暗闇が支配していた。

 灯りが欲しいな……。

 そう考えると、勝手にミラの体に白い光の粒が漂い始めた。


 その光はおでこの角に凝集して輝きが増した。


「キュウ!?」


 驚いたのも束の間、角の先端から白いオーブが浮かび上がった。自覚はなかったが、自分もこの世界で不思議な力が使えるのかもしれない。



 白い灯りを頼りに地下洞まで着いた。

 地下洞の溜め池は神秘的で、灯りもないのに水面下が青くぼんやり輝いている。


「……」


 ミラは溜め池を眺めながら途方に暮れた。

 早く助けを呼ばないとアンジーがどうなるか分からない。殺されることはなくても、「肉体を改造して――」などとティミーが言っていた。


 この池はオズエッタ湖に繋がっている。

 最悪、泳いで湖に行けるかもしれない。

 迷っていると頭上に漂う白い光のオーブが水面にふわふわと落ちていった。



 オーブが触れると、青い池の光が強まった。


 神秘的な光景にミラは息を呑んだ。


「キュ!?」




『誰だ、貴様は……』



 直接脳内に響く渋い声。

 混乱していると、直後、水面がせり上がり、水しぶきを上げて声の主が姿を現した。


 それは、あのシードラゴンだった。

 ティミーの使い魔の巨大タツノオトシゴ。

 鎌首をもたげ、鋭い目つきでミラを睨んだ。

 ミラは後ずさりして逃げる準備をした。


『怖れるな。我を眠りから覚ますのは貴様か?』

『眠り……? あなた、眠っていたの?』


 自然とミラも頭の中で声を発していた。

 声を発してもないのに意思疎通できた。


『そうとも。我が名はシーサー。かつて水竜と崇められ、この地で天候を操り、自然の調和を保ってきた神族の一柱である』

『神族って、神様ってこと!?』

『それに類する者だ。連中は下界に君臨する我らを"守護者"と呼ぶ』

『はぁ、そう……ですか』


 ただの使い魔と思っていたタツノオトシゴがそんな神々しい存在と知って驚きだ。


 しかし、神様に等しい存在が何故、あの狂った魔術師にこき使われているのか。


 疑問に思ったが、訊くのは失礼な気がした。

 だが、水竜シーサーは察したようだ。

 あるいは心の声が漏れてしまったか。


『……ティマイオスは(よわい)1000年を超える神秘の探求者。元はヒトのようだが、幾星霜の歳月を生き、気が触れている。1000年の刻はヒト如きの思量に耐え得るものではない故な』

『せ、1000年……あの人、1000歳なの!?』


 とんでもないご高齢だ。お婆さんだ。

 時折、魔女のように高笑いするのも納得だ。

 少女のような見た目に似つかわしくない年齢にミラは驚愕した。


『我は竜族の中より、この地の"守護者"に選定されて以降、長い刻をほぼ冬眠状態で過ごしていた。この地が天災に見舞われたとき、聖なる力を宿し巫女の祈りを受けて覚醒し、鎮める役目を担うのだ』

『聖なる力って、さっきの私の白い光……?』

『うむ。貴様は巫女ではないようだが、獣の皮を被りながらヒトの聖なる力を宿している。"聖なる一角"が証拠である』


 おでこから伸びる角をミラは眺めた。

 たまに壁にぶつかるし、邪魔な角だ。


『数年前、ティマイオスは冬眠状態の我を(おびや)かし、闇の魔術によって支配下に置いた。我は冬眠状態のまま、あの者の言いなりだった』

『そうだったんですね。でも目覚めてくれて良かった。今、友達のアンジが危ないんです! 助けてください』

『それは出来ぬ』


 あっさり断られてミラは転げそうになった。

 神様なら助けてくれてもいいじゃん!

 ――とツッコみそうになった。


『2つ、要因がある。

 1つはティマイオスの闇の魔術が故よ。

 とても強大で……もしや、あの者は精霊に近しい存在かもしれぬ。我も其方の聖なる力で一時は眠りから覚めることができたが、まだ眠い……。おそらく再びティマイオスと対すれば支配下に置かれるだろう』


 ミラは眉間に皺を寄せた。


 頼りにならない神様だ。

 だが、長年冬眠する竜と1000年も生きる元人間のどちらが怖ろしいかといえば、その異常性は後者が勝る。


『……許せ。もう一つはアンジーという人間の特異性が故だ。アレは我ら竜族にとって天敵中の天敵。"竜殺し"の力をその身に宿しておる。おそらくアレの出生に関わるものだろうが』


 もしや生前に母胎が竜の血を浴びたやもしれぬ、と水竜シーサーは付け足した。


 アンジーのこの世界の出生はどうでもいい。

 前世でもアンジーは『竜殺し』と巷の不良に怖れられていた。何の因果か、生まれ変わってもアンジーはそういう存在になったということだろうか。


 高校でのあだ名とは訳が違うが……。


『なんでアンジーのことが知ってるんですか?』

『微睡みの中だが、一戦交えた覚えはある』

『ああ、あのときの……』


 ティミーに拉致してこいと命じられたときか。

 あの時はフゴフゴと鳴く魔獣にしか見えなかったが、今こうして見ると確かに神々しさがある。


 背中の無数に枝分かれした鰭がそう主張する。


『天敵ならば我には助けられない。近づけば食われるのはこちらかもしれぬ』

『うーん……じゃあ、とりあえず私をここからオズエッタ村へ届けることはできませんか?』

『それならお安い御用だ』


 事情があるなら仕方ない。

 どちらにしろ村に危険を知らせる必要はある。

 ミラは水竜の口の中に吸い込まれ、地下洞の池から湖畔へと向かった。



     〇



 口の中で体がべちゃべちゃになった。

 せっかくの毛並みが台無しである。

 ミラは湖岸で水浴びをしてシーサーと別れた。


「キュキュウウっ」


 ぶるぶると体を振って水滴を振り払った。

 外は真っ暗だ。日が暮れていたらしい。


『ティマイオスは私欲でこの地の調和を掻き乱している。……あの普天の暗雲はその一つだ。我という抑止機構が破綻した今、この地では雷雨が続き、湖の水位も上がり続ける。この湖もいつ決壊するか分からぬ。頼んだぞ』


 シーサーは別れ際にそう託けた。

 ミラは返事もせずに湖岸から駆け出した。

 神様という存在と接触したのは前世も含めてこれが初だが、頼りなくて呆れ果てた。



 なにあれ。ちょっと信じられないんですけど。

 最後は人頼みなんて、怠慢でしょ。


 ミラは頭の中でぶつくさ文句を垂れた。

 自然の崩壊だか、湖の危機だか知らないけど、ミラの原動力はアンジーを助けること一つなのでどうでもいいが。



 水晶玉の映像の記憶を頼りに、湖岸からアンジーの家を目指した。暗がりで視界が悪かったが、人口の少ない村であることが幸いし、すぐその家を探し当てることが出来た。


 開け放した窓から明かりが漏れている。

 その窓の縁に跳び、中の様子を見た。


「ううっ……どこへ行っちゃったの……」


 居間のテーブルに突っ伏す1人の女性。

 アンジーのお母さんだ。


 ミラは窓枠を乗り越えて家の中に侵入した。

 部屋の中は荒れ果て、昼間のパーティーで使われた皿や装飾が放置されていた。日が暮れるまで村人を総動員して捜索が行われていたようだ。


「キュウ、キュウ!」

「え……? 兎?」

「キュウ!」


 テーブルに跳び乗り、ジーナと対峙した。

 ジーナは泣き崩れていたようで、虚ろな目をしている。


「その角……もしかして聖獣の象徴の」

「キュウ……」

「しかも兎の形態ということは、聖獣アルミラ!? 伝承によると数千年に一度生まれるとされる稀少な幻想種です。なぜこんな――」


 ジーナの瞳に徐々に光が戻っていた。

 昔の癖で、超常的な存在と相見えると好奇心が勝り、それまでの負の感情も吹っ飛んでしまうのがジーナの良い所でもある。


 わりとサバサバしているのだ。


 ミラはテーブルを降りて部屋の隅にある本棚をよじ登り、そこに置かれた羽根ペンと墨、本をぶちまけた。


 行儀が悪いが、今は有事のとき。

 適当な本の表紙に字を書き始める。


「何かを伝えようとしてるのですか?」


 ミラは本の表紙に字を書いてみせた。

 ジーナは椅子を降りて見守ってくれている。


 "アンジ ユウカイ アブナイ"


 と、そこまで書き終えてから気づいた。

 ――これ、日本語だぁ!


 ミラはこの世界の文字を何一つ知らない。

 言葉は理解できても識字できないのだ。


「その文字、確かあの手紙と同じもの」

「……! キュウキュウ!」


 手紙の存在を知ってくれていた。

 ミラは必死に首を縦に振ってアピールした。

 ジーナは頭の回転が速く、すぐ理解してくれた。


「アンジーが探していたお友達は貴方のこと? アンジーを知ってるのですか?」

「キュウ!」

「でも今はアンジーがいません……うぅ……」


 私が居場所を知ってます!

 ――そう伝えようにも伝える手段がない。


 ミラは頭をフル回転させて考えた。

 そこで目についたのは部屋の壁に貼られたガルマニード公国全域を示した地図だ。それを口に咥えて乱暴に引き剥がし、床に広げた。



 無地の裏面を上にし、絵を描くことにした。


 洋館の絵と、ティマイオスの極悪そうな面と、アンジーとリノが縄で縛られた絵だ。そして自分を表す兎の絵も描き、洋館から逃げ出す風に描き加えた。


 美術の成績は5段階評価で5だ。

 これで何となく誘拐が伝わるだろう。


「なるほど。事情はわかりました」

「キュウ!」

「感謝します。聖獣である貴方にも興味がありますが……それはさておき、アンジーを助けましょう」


 ちゃんと伝わったらしい。

 ジーナはアルミラを抱き上げて頭を撫でた。


「よろしくお願いしますね、ミラさん」

「キュ……!」


 ジーナは敬意を込めてその名で呼んだ。

 アンジーが「友達のミラだ」と言っていたことを覚えていた。

 こちらの世界の名で呼ぶよりずっと親しみやすいだろう。



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