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Still merry not go around

 軽自動車の狭い車内で私たちは揺られていた。演劇サークルに所属する同期たちは、はしゃいでおり、車内ではカラオケ大会が繰り広げられている。いわゆる、学生のノリというやつだ。これから向かう先がそんな明るい雰囲気の場所ではないのに、なぜそのようなテンションでいられるのだろう。私は仕方なくノリを合わる。

 車は徐々に草木の生い茂る、寂れた古道へ進んでいく。しばらく悪路を行くと、急に目の前が開ける。とたんに、車内のボルテージは最高潮に達した。汚れたステンドグラスのような、色褪せた観覧車が空を覆い尽くした。

「すげぇ!」

「本当にそのままなんだ」

廃遊園地。レンガでできた壁面は蔦が絡みつき、ヒビ割れている。茶色がかったマスコットキャラクターの置物には蜘蛛の巣がかかっており、時間の流れに身を任せ、緩やかに朽ちつつある様子が見て取れた。

「この退廃感、たまんねぇんだよなぁ。盛者必衰、栄枯盛衰って感じだな」

「小さい時に来たのが嘘みたいだね」

「ああ。まさか廃墟になるなんて思ってなかったな」

私を含むメンバーの半分がかつて訪れたこともあり、各々感慨や懐かしさを感じている様子だ。初めてやってきたメンバーも変容っぷりに興奮するメンバーたちはスマートフォンを取り出して写真に収めていた。


「行こうぜ!」

「ねぇ、置いてかないでよ」

時刻は午後三時。斜陽に変わりつつ空の中、私以外のメンバーは今は名ばかりとなった入園ゲートに向かって走り出していく。アスファルトの亀裂からは、園内から侵食してきたように草木が自由に背丈を伸ばしている。雑草の青臭さの中に、わずかに鉄サビ臭さが溶け込んでいる。かき分けて行くと、かつての輝かしさを失った遊具たちが姿を現した。所々緩んだネジ。破壊されたフェンス。無造作に置き捨てられた割れたベンチ。黄ばんだコーヒーカップ。それはまるで、人類滅亡後の世界に残された文明の痕跡の様に思えた。

 先に行ったメンバーを探しながら、私はしばらく道なりに歩いていく。ふいにそれが現れた。足が止まり、私は視線を上げた。

 たくさんの形容が沸き立ってくる。レトロ。電飾。子供部屋。魔法。浮遊感。夢の国。おとぎ話。ランプ街。サーカス。宝石箱。大人になり、表現する語彙は増えたが、本質を表現することがより不鮮明になった構造物。メリーゴーランドだ。ひび割れた塗装からサビの露出しており、メルヘン一団をゾンビの百鬼夜行に変えていた。

 ふいに子供の頃の記憶が蘇ってくる。この遊園地に来るたび、必ず乗ったのがこのメリーゴーランドだった。レトロチックな進行音を奏でながら、まばゆいばかりの電飾が世界を目眩く、巡らせた。お姫様とサーカスの一団のようだった。白馬にまたがり、世界はぐるりぐるりと景色を変え、世界が私を中心に回っていたようだった。

 しかし、世界が私を中心に回ることはなかった。それもおとぎ話の世界だったのだ。例えるなら、地動説と天動説。私の思い描いた世界の構図は、私の思いとは真逆だった。

 汚れた箇所を気にしながらも、私はゾンビとなった白馬にまたがった。今一度、永遠に動くことのないサーカス一団に加わった。ところどころペンキの禿げ上がった表面を撫でる。世界が止まり、朽ち果ててしまったあなたたちは、一体何をみているのだろうか。

きっと、今の私も同じなのだと思う。演劇も同じだ。ステージ上に立った時だけ、私は世界の中心に立ったような錯覚にさせてくれる。内心それをわかっていたけれど、夢を見たかったのだ。彼らが立ち上げた演劇サークルに身を委ねることで。ステージに立ち、ライトを浴びている今は、昔メリーゴーラウンドに乗っていた時と変わらない。

 しかし、この朽ちたメリーゴーラウンドに乗った今はどうだろう。回ることのない景色、朽ちていくだけの白馬。これこそが、目を背けてきた現実じゃないだろうか。同じ場所、同じメンバー、同じ時間の繰り返し。実績を上げるわけでもなく、なりたいものがあるでもなく、身内感のノリに身を任せる姿。消費されていく時間。色あせた生活。乱れる性。朽ちていくだけの体。私はいつしか、夢見て乗り込んだはずのメリーゴーラウンドを止めたまま、出られなくなってしまったのではないだろうか。漠然とした焦燥感にうつむいていると、同期の一人から声がかかる。

「どうしたの? 他も見ないの?」

彼女の輝くような笑顔、流れる汗、全てが眩しく見えた。

「少し、ここにいさせて」

「今日、なんか変だよ」

不審そうな顔を覗き込んでくる。

「…みえないの」

私の言葉に、彼女は首をかしげると、

「まぁ、気が済んだらこっちにおいでよね」

と言い残して走り去っていった。

他のものは見ないの、か。私は彼女の第一声を反芻した。単に、他のアトラクションを見ないのかということなのだろうけど、もう一人の自分が別の意味を自身に投げかけているの。流れに身を任せず、自分が世界の中心であるという錯覚から抜け出て、別のものを見ようとしないの、と。

だめだ…。今の私には他のものが見えないのだ。今の私が行き着く先は、きっとこの廃れ、放置された遊園地なのだろう。彼らのように、今しか見えなければ、きっと見えずに済んだはずなのに、どうして私は…。心のわだかまりはより深く絡み合い、嗚咽となって喉元に熱くせり上がっていく。ゾンビの白馬の背に身を預け、私は溢れる涙を、その錆びた背中にこぼした。もう一度、メリーゴーラウンドが蘇り、回り出すことを願って。


「おきろ!」

どのくらいいただろうか。眠ってしまっていたらしく、私は同期たちに叩き起こされた。はしゃいできたらしい彼らの額からは汗が滴っている。見上げた空はグラデーションががかり、異界の遊園地の出口が閉じつつあるように思えた。

闇に溶け込み始めても、ここから見える景色は何一つ変わることはなかった。

「帰るぞ。飯行こうぜ」

「うん」

車が進み出すと、彼らは再び合唱を始めた。私は演じる気力もなく、遠ざかる巨大な観覧車に視線を向けていた。回転を失った姿と、私の中で止まってしまった、朽ち果てたメリーゴーラウンドが重なり合う。逡巡だけがめぐり、めくるめいでいく。その不安は夜の闇に紛れ、私を追いかけてくるように感じられた。

 どうか。どうか、逃げきれますように。私たちを乗せた軽自動車は、まだ光の残る夕空に向かって進んでいく。

次に続く。

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