のぼる、のぼる。
生きるということを手っ取り早く感じる手段について。ほぼ即興ですが、お許しください。
どうして、人に埋もれると死にたくなるのか。これが、働き始めてから思う様になったことだ。海の様に深く沈んでいきそうな感覚が私を侵食していく。人の海から浮かび上がりたい、そんな思いがピークを迎えたその日の夜。気付くと、次の三連休の予定を埋めていた。
新幹線とバスを乗り継いで四時間半。私は登山口と書かれた森の入り口に立っている。もちろん、樹海なんていう死ぬため場所ではなく、生を感じるためにこの場所にやってきた。ネットの情報とスポーツ用品店の店員の言葉を鵜呑みにし、入門として進められたこの場所に決めた。
森の中へ入っていく。空気の違いが歴然とした。表現が難しいが、エグみがないのだ。コンクリートやアスファルトの砂っぽさの中にある苦味。人の行き交う香水や大衆から漂ってくる質量を持った匂い。排ガスやオイルの鼻をつく鈍い酸味。俗世で味わった、つくられた香りが一切しない。空気に味はないけれど、美味しいという一般的な表現がよくわかった。木漏れ日の針葉樹林を一歩一歩踏みしめていく。
息が苦しい。まだ数十分と経っていないはずなのに、息が上がってきている。普段、あれほどの人波に飲まれていようと、おまえの体力などたかが知れている。そう自然に笑われている様に感じた。もしくは、初めての登山でペースを考えずに歩いているためか。それとも、大気の薄さか。どれにしろ、ここで負けるわけにはいかない。私を突き動かすそれは、普段ならとっくに折れているはずのものなのに、どうして湧き上がってくるのだろう。
視界は開けたが、明瞭さを欠いていく。森林限界が近いようだ。土くれや多様な森林植物は姿を消し、いまや低い松と岩塊が散見するだけの寂しげな景色となってしまった。音はなく、まるで19世紀から20世紀初頭に風靡した無音映画のワンシーンを見ている様だ。普段、どれだけ音にあふれた生活の中にいるのか、嫌という程思い知らされる。社会の中で生活するということは、音と共存するといっても過言ではないのだろう。それほど、ここには音がなかった。
ミストの向こうにゆらゆらと現れる人影。登山者だ。まるで異世界から帰還した唯一無二の人間の様で、敬意を感じる。加えて、仲間がいたという安堵感からだろうか。脚がふわりと軽くなる。すれ違い際、一声かける。
「こんにちは」
何年ぶりに話しただろう、と思えるほどに乾いた声が出た。少し恥ずかしさを感じながら笑顔を向ける。
「こんにちは」
初老の男性は優しく返答してくれた。どうしてだろうか、全くの他人からであるはずのその言葉に心が温まった。もしかしたら、他人とのコミュニケーションは、山の方が多いのかもしれないな。ふと思う。とりまく日常。もみくちゃにされながら耐える毎日の通勤電車。会社や学校へと向かう人々とすれ違う横断歩道。昼食をとるサラリーマンの集うフードコート。どこを取っても、見ず知らずが多すぎる。いちいち声をかけていられない。だからこそ、こうして巡り会えた人物にも、この世界の生き残りのようで親近感を感じるのだろう。
最初の目的地である、山荘にたどり着く。しかし、目的地は隣の山峰。水分補給をすませると。私は連なる稜線へと歩みだした。
山というのは本来、岩なのだ。岩に絡みつく様に生える植物を見て、改めてそう思わせる。稜線は人一人通れるほどの砂の道が続いており、左右は崖だ。おまけに視界は悪く、見えるか見えないかの瀬戸際を歩く感じがたまらない。世界の端っこを歩いているようだ。ときどき、霧の中に見え隠れする山系が確かに道があることを教えてくれた。
テント場にたどり着くと、脚が砕け落ちた。人の体力は改めて不思議だと感じる。マラソンで、次の電柱を目標として走る様に、次のピークを目標に歩けば、脚が止まらない。これだけ体力がないにもかかわらず、到着できたことが本当に信じられなかった。あともう少し。日が落ちてきている様で、空は徐々に闇に包まれていた。家で読んできたなりに、不慣れながらもテントを立て、寝袋を敷く。明日に備えて、早めに床に着くことにした。私が見たいものは、もうすぐそこだ。
いつの時代もそうだ。科学者。政治家。もしかしたら一般市民かもしれない。新しい何かを最初に観測するできるのは、何かが発生した場所にいる人間だけだ。それを山に登るという一見シンプルにも見えるが、過酷な登頂の先に観測できるということが登山の魅力だと有名登山家がネットで言っていた。正直まだ完全には信じられないが、わずかに灯る期待が、私を登山に導いていることだけは確かだ。
朝三時。予定通りの起床だ。体操をし、必要最低限の荷物を身につけると私はテント場を発った。
未来や仕事という不確かな到達点を目指すよりも、頂上という明確なゴールであり、限界点が見えるという点で、実は登山が好きなのかもしれない。ただがむしゃらに、疲労感の残る脚をゆっくりとしたペースで踏みしめる。振り返ると、登ってきた尾根がほんのりと色づき始めていた。大丈夫、時間にはまだ余裕がある。
徐々に視界が明らかになる中、目的地一歩手前の鎖場にたどり着いた。向きの整った岩盤は大地の形を思い知らされ、この時だけは、地球を相手にしている様に感じた。足がすくむ。普段、死と隣り合う機会など無いからこそ、こうして生を意識できるのだろう。不安な未来。崩れて落ちてしまいそうなスリル。それにもかかわらず、心の底から絶えず楽しいという思いが湧き上がっている。これがクライマーズハイというやつなのだろう。
最後の岩を登り終える。視界には色移ろう空だけになった。山頂と書かれた石碑。祠。私はとうとうたどり着いたのだ。しかし、そこには私一人だけではなかった。既に待ちわびる人がいた。もうすぐやってくる、この世のはじまり。それを拝みに。
広がるのは、雲海に浮かぶ稜線。砂漠の城。蜃気楼。巨大な雲のうねりは龍が獲物を絡め取るさま。やけにたくさんの表現が浮かび上がる。はっきりと言えることは、この惑星で一番美しい景色だということだ。徐々に雲の水平線が赤をとろけていく。私が会いたかったものがゆっくりと顔を出す。
今日もまた、朝がやって来るー。
登山って一見頭を使わない行為に思えますが、五感を揺さぶってくれる素敵な活動だと考えています。その一端をみなさんにもお伝えできればと思い、書いてみました。といっても、自分自身は年一回登るかどうかなのですが。
出てきた言葉に関して引用はありません。フィクションです。たぶん、今回が一番会話量が少ないのではないでしょうか。
次の話に続きます。最近息ばかり抜いているので、そろそろ、シリーズものも次の話を書いていきます。




