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What do you pray for, or which for. 

夏の話です。

「ふたりは何に祈るのですか?」

やさしく、投げかけてきた少女の言葉がふと蘇る。手に握られた氷菓は、はやくも溶け始めている。


 単なる思いつきだった。一喜一憂した期末テストの返却、そして長ったらしい終業式が終わり、ようやく訪れた夏休み初週。もはやエアコンが起動していた残滓すら感じないほどの暑さで目が覚める。それでも、いつもより三時間以上も眠っており、ああ夏休みだったなと思い出す。寝汗がひどく、髪はごわついている。シャワーを浴び、リビングのエアコンをつけた。

 静まり返った昼間のリビングは新鮮だ。いつもうるさくはしゃぎ回る妹はプールに出かけるメモを残しており、自分一人の空間であることに喜びを感じた。

 朝、親が作り置いたばかりのぬるい麦茶をコップに注ぐ。飲みながら、今日からどう過ごそうかと思案する。ある者は部活の合宿。また、ある者は避暑地への旅行。また、あるものは引きこもりゲーム三昧、三者三様に口にしていた。一方で自分と言うと、暑ささえどうにかなればどうでもいい、と思っていただけで、これといって予定は立てていなかった。帰宅部なんてそんなもんだ。かといって、さっさと課題を終わらせるタイプでもないので、なんだか、八月に底知れぬ大きな穴が空いているように感じられた。さすがにまずいと感じたので、試しに計画を立ててみようと、固定電話横に備え付けられたメモ帳とボールペンを取り、テーブルの前に座った。

 夏、といえば。連想し、白紙を埋めていく。海、海水浴、スイカ割り、プール、花火、夏祭り…。駄目だ。どれも、無縁そうだ。僕は机にうなだれる。ただでさえ、クラスメイトとの交流が希薄な僕がこのようなイベントに参加するはずもなく、さらにいえば彼女すらいない。もはや、夏休みの意味がわからなくなってしまった。豚に真珠とはまさにこのような状況を指すのだろう。

 タンクトップに着替え、テレビをつける。チャンネルを一巡させるも、妙にドロドロした昼ドラか、たいしてそそられない通販番組に辟易し、すぐにスイッチ切った。ああ、つまらない。スマートフォンゲームは無課金でやり込んだため、やることはない。さて、どうしたものか。心はもはや乾ききっているようだ。このまま悟りでも開くべきなのかもしれない。

 そんななか、ふいに渇きのほうが芽生えた。アイスが食べたくなったのだ。しかし、冷凍庫には冷凍食品が詰め込まれただけで、甘味が一切ないことは、昨日食べきっているため既知だ。さらに、このクソ暑い中、家から出る、というハードルを越えるのは、非常に困難である。しかし、家にいても寝るぐらいしかすることのない中で、唯一得た渇望をないがしろにするのはいかがなものだろうか、僕は仕方なく袖に腕を通した。

 と、思っていたことがどれだけ愚かだったのだろうか。僕は思い知る。暑すぎるのだ。坂の頂上を目指す足取りは重く、おまけにアスファルトの照りは急速に体へと吸収されていく。シャワーを浴びて清くなった体からは汗が止まらず、タオルを持ってこなかったことを猛烈に後悔した。さらには、無数の蝉の群れが電柱一本一本に至るまで泣き喚いており、意識レベルは地面すれすれを低空飛行していた。ああ、神様。アイスを買いに行くだけなのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのですか。叶うなら、せめて曇りにしてください。僕はどこにいるでもない神に願ってみる。

 とぼとぼと歩くと、視界の隅に尖ったものを捉えた。見上げる。塔だった。いや、正確には建物の一部が塔のようにそびえる施設だ。入り口には、教会の文字。そういえば、そんなものもあったな。普段、自分の宗教なんて持っていないと考える僕にとって、他者の宗教施設なんて思考の範疇にあるはずもない。このクソ暑い八月に、どんなことをしているのだろうか。小さな興味を持って掲示板を眺めてみる。そこには、礼拝日やボランティアの案内、司祭の説教などのイベントがかなりの頻度で開催しているようだった。体操ご立派なことで。わずかに足をとめている間にもかかわらず、後ろから声がかかった。

「早見くんじゃん」

振り返る。クラスメイトの柴咲さんがいた。自転車を手押ししている。反対の坂から登ってきたようで、頬を汗が伝っていた。普段見る制服姿ではなく、半袖短パンとラフな格好で、印象が大きく違って見えた。

「なにしてるの?」

不思議そうに僕を見た。暑さで思考の鈍りを感じつつも、返答する。

「ああ。アイスを買いに行こうと思って」

「教会にアイスはないわよ?」

柴咲さんは面白がって笑う。

「たまたま目に入ったから、立ち止まってて」

「なるほどね」

そう告げると、ああそうだ、と柴咲さんは言い、

「じゃあ、暇なんだ。どうせなら一緒にどう?」

一瞬何を言っているのかが分からず、きょとんとしてしまった。柴咲さんが建物を指すと、礼拝だと理解できた。

「柴咲さんはキリスト教なの?」

「ううん。うちは仏教」

「じゃあ、どうして?」

僕は首をかしげる。

「ほら。今は日本人以外の人がいるクラスもあるでしょう。隣のクラスのエミリーとか。三組のアリー君とか。自分達とは違うってのは見た目でわかるけど、中身の違いなんてわかんないし、みんな偏見ばっかりだと思うのね」

「ああ、確かに」

「だからね、実際に他の宗教とか知ってみようかなって。今の時代、寛容がキーワードだと思うの」

「はぁ、なるほど」

それで教会に突撃してみようということか。そこまでできる柴咲さんの行動力に敬意を表しつつも、そこまでやるかと思い、中途半端な返答になった。

「だから、どう?」

嫌ならいいけど、というよりは来て欲しいなという表情で、まっすぐ帰るよりは時間も潰せるし、暑さをしのげるなら良いかもしれない。と、あまりよろしくない下心で返答した。

「まぁ、いいけど」

案内されるがままに講内への扉を開く。木製で、取っ手の金属音に大層年月を感じた。教会の中は、身が引き締まるからだろうが、幾分かは暑さも和らいだ。しかし、依然としてじめじめとした空気を肌で感じるのは否めない。

「まぁまぁ、座って」

促されるままに、木製の長椅子に座る。柴咲さんも隣に座った。

「なんか変な気分、って思ってそうね」

隣に詰めて座ったため、やけに柴咲さんの横顔が近い。圧倒されたため、顔を少し引いて僕は答えた。

「ほら、日本人って、神社や寺に行ったって、お参りは一瞬だから。座るということが新鮮で」

「そうね。でも、空気の中に入るって意味では、日本より心が清められてる、そんな感じ、しない?」

ワクワクが表情から柴咲さんの表情から漏れ出ていた。

「確かに。もう少し涼しければ申し分ないね」

「そういうの、あんまり良くないと思うけどなぁ。でも、それは同意。思ったより暑いね」

二人で笑いあう。

 座って間もなく、入り口取手の金属音が再び響いた。二人で振り返ると、目があった。

「あれ。しばさきさん、それに五組の、えっと…」

そこに立っていたのは、麦わら帽子から流れる金髪、白いワンピースという出で立ちの少女。さきほど名前の上がった、メアリーだった。

「早見くん、だよ」

「あぁ、はやみくん。こんにちわ」

「こんにちわ、メアリー」

「こ、こんにちわ」

流暢な二人の日本語に対し、僕の返事はたどたどしかった。

「二人はどうしてここに?」

不思議そうに彼女は問うた。

「見学に。他の国の人のことを知るのは大事だと思って」

柴咲さんはなるべく簡単な言葉で言った。

「ああ、なるほど。それは大事ですね」

メアリーは嬉しそうに笑む。

「いつも来てるの?」

「そうですね。週に三回、ぐらい、です。これでも多いと思います」

「へぇ。けっこう来てるんだ」

「はい。感謝の気持ちは大事です」

隣の長椅子に彼女は座ると、十字を切って祈りを捧げた。その姿は神々しく、偶像のようで、前方ではなくこちらに向かって祈りたい、そう思わせる美しさをはらんでいた。祈りを終えると、メアリーは僕らに向き直った。

「他の宗教が知りたいんでしたね。なんでも聞いてください」

そう言い、笑顔を付け加えた。

「じゃあ、私が。キリスト教って一神教じゃない」

「神様が一人だけ、ということですか?」

「ええ。一神教のいいことってどんなところ?」

いきなり核心的だなぁ、と内心ツッコミを入れたくなるような質問を柴咲さんが尋ねた。

「そうですね…」

メアリーは考えるポーズを取った。ちゃんと答えようとしてくれているようだ。

「一神教のいいところはですね、」

おもむろに少女は言う。

「祈る相手がはっきりしてることですね。届いて欲しい相手がはっきりしてます。日本は神様がいっぱいいますけど、…そうですね、ハガキで誰に送るかわかってないのに、お金を出してポストに入れてるみたいです。誰か、オネガイシマスって。でも、キリスト教はちゃんと神様に宛ててお願いできるところがいいです」

「確かに。日本人は、初詣とかで神社に行くけど、その神社の神名を知りもせずに拝んでる、そんなことがあるな」

僕は同意する。しかし、メアリーは首をかしげた。

「なんていいましたか? しん…」

ああ、そうだった。日本語ができるとはいえ、難しい単語を使いすぎてしゃべってしまった。僕は言い直す。

「ああ。ごめん。日本人は神様の名前を知らないのに、お祈りしてるってこと」

「なるほどです」

「逆に悪いところはあるの?」

「そうですね。自分達の宗教や神様が一番だ、とか、絶対だ、とおもってる人もいますね。ですので、他の宗教の人に寛容でない人が多いかもかもしれません」

「確かに、一部が狂信者みたいになると、戦争になってるね」

「ああいう人たちは教徒ですらないよ。神様の名前を勝手に使って言い訳してる嘘つきだよ」

「どういうことですか?」

「勝手に神様の教えを自分のやっていることが正しいようにねじまげてる、ってこと」

「そうかもしれません。そこは悲しいですね」

メアリーは少し寂しそうに言った。


しばらく柴咲さんが質問をしていたが、随分と日本との違いを学べた。メアリーも随分興味深かったようで、なんだか楽しそうに受け答えをしていた。

「私からも聞いて良いですか?」

「日本人のふたりは、祈るとき、何に祈るのですか?」

「何に、か。難しい質問だね」

柴咲さんは言う。それは僕も同感だ。僕がさっき、うだる暑さの中で願っていた神様は一体どこの誰だったのだろうか。もやもやとした思いが僕の中を駆け巡っている。ただでさえ、神様の名前を知らない僕が、願ったのは一体誰だったのか。

「うーん。神社ならその神社の神様だし、お寺ならそこの仏様なんだけど、普段は難しいね」

それを答えてくれたのは柴咲さんだった。

「あ、わかった。そこにあるもの、だと思う。日本は、八百万の神…ああ、はっぴゃくまん、と書いて八百万ね。たくさんの神様が自然のものに宿っていると考えているのね。例えば、お米一粒には七人の神様が宿っているっていうし」

「えっ、七人もですか!」

「トイレにも神様がいる」

「トイレにもですか!」

「だから、祈りはそのもの自体に祈るかな」

「なるほどです」

「そう考えると、僕らとメアリーの違いって、遠くにいる所在が分かる人にありがとうというのか、近くにいるそのもの自体にありがとうというか、という違いになんだろうね」

「確かに。早見くん、なかなか良い例えをするね」


 気づけば二時間ほど経っており、メアリーはそろそろ帰るとのことで一緒に教会を出ることにした。帰り際、またお話ししましょう、とのことで二人と連絡先を交換した。誘ってもらえる人間に数えてもらえたことが意外で、こればかりは嬉しさを隠せなかった。さらに、柴咲さんは次にイスラムについての見学をご所望のようで、その予定までも取り付けられた。

 僕らも、もう少し所在を明らかにすれば、きっと感謝も届くのだろう。これが今日学んだ教訓だ。だからこそ。右手に握られたソーダ味の氷菓に向かって言う。アイスの神様、冷たくて美味しいアイスをありがとう、と。

そして。一口食べると僕は空を見上げた。こればかりは所在が曖昧だが、まあ良いだろう。感謝の思いはあるわけだし。僕はつぶやく。夏休みの神様、予定をくれてありがとうーと。

自分の中の旅の概念が、自分の外の思考や観念というものを学ぶ、という風に変化しつつあるので、次はもう少し元々の旅という意味合いの短編を投稿できればと思います。合わせて、まだまだ粗削りな部分もありますので改稿も行っていこうと思います。

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