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アメリアの花火

相互表敬訪問の代表団として選出された主人公サカキ。訪問の地アメリアで、一人の少女アイと出会う。同じなのに違う。この違和感と苦しみは、一体何なのだろうー

 湖畔地方のアメリアに辿りついたのは、長野を発って二日後のことだった。アメリアとは、市から移住者が現地開拓をおこなった経緯があり、姉妹都市提携を結んでいる。今回、四年おきに開催されている相互表敬訪問の代表団として僕が選出され、現地アメリアに赴くことなった。

 夕方、簡単な歓迎パーティーを受ける。現地の生徒と交流をする中で、僕はひとりの少女、アイと出会うことになる。壇上で、現地の言葉でたどたどしい挨拶をした後、アイは駆け寄ってきてくれた。

「とても、よかった!」

日本語として聞き取れたが、独特のイントネーション。笑顔で手を差し出す彼女がアイだった。

「ありがとう」

照れ笑いしながら握手を交わす。

「わたし、アイ。よろしくね」

 アイは日系三世で、浅黒いが見た目は日本人そのものだった。熱帯雨林地域ということもあってか、学校でも薄いピンクのキャミソールにハーフパンツ、サンダル姿で陽気そのもだった。日本人のような見た目とその服装のギャップに僕は衝撃を受けた。

「こちらこそ、よろしく」

 僕は精一杯覚えてきた、現地の言語を。彼女はおばあさんから習ったという、自分のルーツである日本語を。お互いがお互いに配慮しながら会話する。本当は日本語がペラペラなんじゃないか、と思ってしまうほど話のテンポは早かった。少しずつ、日本人から若干かけ離れた発音や表現、カタコト具合に慣れてくる。逆にアイは、僕の話す現地語の発音を理解し、正しい発音を教えてくれ、僕は嬉しかった。

 文化の違いを感じたのはパーソナルスペースの近さとスキンシップの強さだった。日本人とは違い、親しさというものが素直に対人距離と密着具合に現れる。ぐいぐいと近くに寄ろうとすることが、非常に困ったところだった。コロコロ変わる豊かな表情。喜ぶたびに僕の腕をとる彼女の動作に、頭がのぼせたような感覚を抱き、なんだか疲れてしまう。一方、よく会話を交わしたこともあって、前半三日目を終える頃には僕のことをお気に入りと言いふらしてくれるほど、仲良くなることができた。

 六日目夜にはカーニバルに招待されることになっていた。流入した日本人の文化が、日系人が増えゆく中で緩やかに混ざり合ったこともあり、カーニバルには日本の祭り的側面も溶け込んだ趣深いものになっているのだと話をきいた。

 楽しい日々は融けるように流れ、カーニバルの夜を迎えた。僕は、日本とは違うお祭りの派手さや明るさ、加えて、彼女の晴れ姿が見れることをとても期待していた。しかし、待ち合わせに現れた彼女はいつものキャミソール姿だった。

「カーニバルには出ないの?」

サンバ等の出し物もあるため、てっきりアイも参加する側だと考えていた。それとも、これから準備だろうか。少し伺うように僕は言った。

「毎年出られるもん。サカキがいるのは今年だけ」

「そっか。じゃあ、一緒に見て回るの?」

露店やダンス、祭りの浮ついた雰囲気を二人で見るのも悪くないな、そう思っていたが、彼女は首を振り、

「見せたいものがあるの」

と僕の手を取った。その手の先はカーニバルとは逆方向だった。


 アイは無言で僕の右手を引っ張りながら、ひたすら湖畔沿いの土道を歩き続ける。指先から伝わるほのかな温もり。湿った土の匂い。すでに日は落ちており、夕闇と巨大なむら雲が空を覆い始めている。カーニバルの華やかな灯りを背に、どんどん遠ざかっていく。なぜ、こんな光のない方に向かっていくのだろう。僕は内心、不安を感じ始めていた。

 しばらく歩くと、湖の中心方向に向かい、木製の桟橋がまっすぐ設置された船着場らしき場所に到着した。

「ここなの」

カーニバル会場からちょうど対岸の位置。カーニバルの楽しげな音と光がわずかに届き、響いてくる。湖面はタールのような漆黒。風はない。どこか寂しさを感じるこの場所に、彼女はなぜ、僕を連れてきたのだろうか。僕は辺りを見渡す。

 本当に、アメリアは僕の住む街と似ている。山々に囲まれた湖の傍にできた街。低い山々の尾根の向こうから漏れてくる隣街の明かり。僕の街そのものと言っても過言でなかった。

「座って」

彼女に促され、桟橋の際に僕らは並んで座った。二人きり、闇夜。この状況、いろいろとまずいのではないだろうか。少しずつ心臓の鼓動を意識し始める。アイは無言のまま、足を仄暗い水面に入れた。僕は慌てて彼女に尋ねた。

「おい、…ピラニアとかいないのか⁉︎」

「…大丈夫。ここは湖だから」

 僕らは無言のまま、対岸を見つめる。彼女の息遣い。僕の鼓動。あまりの静けさに聞こえなくてもいいものまで聴こえてくる。未だ彼女の意図が見えてこない。

「サカキ。この祭りは日本の祭りに見える?」

彼女がポツリと呟く。それはまるで自問しているようで、僕に問いかけられていないようなアクセントだった。

「そうだね。部分的に。なんだか不思議な気分。とっても遠くにきたはずなのに、日本から出てきたのが嘘みたいだよ。隣町の祭りに来たみたい」

「そう…」

彼女は僕の表情すら伺わず、また沈黙した。何か悩んでいるのだろうか。視線は対岸から離れることはなかった。

「…ねぇ、サカキ。私は日本人にみえるの?」

彼女の声はさらに小さくなった。

「うん。そう思うよ」

僕は肯定してほしいものだと思い、率直な意見を返した。

「私はたまに、自分が何者なのかよくわからなくなる。日本人の血が100%流れているはずなのに、日本語喋れない。心は日本人じゃない」

「…」

徐々にトーンと言葉に力が入る彼女の発言に僕は言葉が出てこない。

「でも、私の故郷ルーツはここ」

「…うん」

また、しばらくの沈黙。対岸の遠影を見つめる彼女の表情と視線は変わらない。仄明かりに浮かび上がる彼女の表情は日本人、そのものだった。キャミソールの片側の肩紐が垂れ、脱力しきった彼女は、何を見ているのだろうか。

「ねぇ、サカキ」

アイは急に、僕の左手を取った。繋いだ手から感じる熱に心臓が跳ね上がる。

「なに?」

「私は…」

僕を見つめる芯のある瞳。何かが喉元まで上がってきたその時だった。遮るように、視界が瞬く。巨大な鳳仙花に遅れて、破裂音が響いた。

「ひゃッ」

驚いたアイは繋いだ手を解き、腕を抱きしめて胸に引き寄せた。柔らかい感触。僕自身の鼓動の高まり。彼女の鼓動の高まり。熱を帯びた何かが体から溢れてくる。

 対岸の華麗な爆破の連続は、諏訪湖で観た水上花火そのものだった。巨大な光の輪が、湖の輪郭。そして、街の建造物の影を浮かび上がらせている。爆発する光の点が尾を引いて輝きを水面に融かしてゆく。

「…これは、日本の花火。日本人が始めたもの」

「私は一体…」

アイの瞳には火花の色味を含んだ大粒の涙が流れていた。それは、この五日間を共に過ごした中で見たことがない、悲しげな表情だった。日本人と同じ肉体、血。でも、日本人とは違う文化、こころ。僕らを隔てている違和感は一体なんなのだろうか。

 彼女が僕と接触してきた理由を僕は勘違いしていたのかもしれない。僕への興味や異性としてではなく、これまで彼女が抱いていた自分のルーツに関する違和感、それを本当の日本人である僕を通じて知りたいという一心で、僕と行動を共にしていたのだろう。おばあちゃんから必死に習ったという日本語。お気に入り。全部、そういうことだったのだ。彼女は僕と接触することで、自分の中にある自分が何者かである問題を解決したかったのだろう。しかし、それができなかった。その絶望と悲しみが、涙という形で溢れたのだろう。意図に気付いた時、高鳴る心臓に雷が落とされたようだった。

 同時に、僕の初めて抱いた恋という芽を早くも摘みとられてしまったということでもあった。僕の心を棘の生えた蔦が広がり、締め上げ始める。痛い。それは本当の痛みのように全身を伝い、視界がぼやけていく。恋を意識する間もなく、初めての失恋を経験したのだった。

 抱きしめられた腕。ただ水面のように視界で淀み続ける花火。僕らは離れることはなかった。最後の花火が終わり、再び対岸の賑やかな喧騒が聞こえ始めた。

「…ねぇ、抱きしめていい?」

「…」

言葉の出ない僕を彼女は引き寄せ、強く抱きしめた。彼女は僕から、日本人から何かを、最後の搾りかすだけでもいいから引き出したかったのだろう。えらく抱きしめる腕に力がこもっていた。彼女の温もりを感じる一方、先ほど抱いた感情はもはや存在せず、ただ強く心で抱いていた、刺の生えた蔦のリアルな痛みだけが僕を駆け巡っていた。

 帰ってから諏訪の花火を観るたび、僕は思い出す。あの日お互いに抱いた傷。日本にいるというのに、古傷のように痛み続けるのはどうしてなのだろう。甘くて苦い。彼女には苦さしかなかったあの夜が僕には忘れられない。


あとがきは後日書きます。

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