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伯爵夫人の大掃除  作者: こうが


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幕間 夢の果てに残る夢

時系列としては9話の前。順番入れ替えるか悩み中です。

【ヴォルフラムサイド】

 明け方、薄暗い道を進んで行くのはヴォルフラムと伯爵家の騎士達だった。

 領主の館に程近い一軒家の前で、ヴォルフラムは浅い息を吐いてノッカーを掴んだ。

 金属の冷たい音に、腹の奥までずっしりと重たくなった。


 まだ寝ているかもしれない時間だったが、扉はゆっくりと開いた。

 ヘレンによく似た顔立ちの女性が、青ざめた顔でヴォルフラムを見つめていた。


「……久しぶりだな、ヘルガ」

「お久しぶりです……」

「何故俺が来たかわかるな?」

「……はい、昨日、騎士様がお見えになりました……。主人、が……地下牢に……」


 唇を震わせるヘルガが更に言葉を紡ごうとするが、ヴォルフラムは冷静な声でそれを遮った。


「取り敢えず、中に入れてくれるか。ここじゃあな」

「どうぞ……」


 体を横にずらしヴォルフラムを迎え入れるヘルガからは、悲壮な雰囲気が漂っていた。

 しかしその身に纏うワンピースは、フロリアが持つものと同じくらい上質な絹だった。

 オットーが横領した鉱夫達の給金の用途が見えてしまったようで、ヴォルフラムはやるせなさに溜息を吐いた。


♦♦♦

「どこまで聞いた?」


 通された居間で椅子にも座らず切り出したヴォルフラムに、ヘルガは荒い息を吐いた。


「オットーが、横領をした、と……」

「そうだ。それに尽きる」

「そんな……」


 顔を覆い泣き出すヘルガに、ヴォルフラムは言葉を落としていく。


「よりによって鉱夫達の給金だ。なぁ、本当に気付かなかったか?急に羽振りがよくなったことに、疑問を抱かなかったか?」

「知らな……っい……知らなかった……っまさか……」


 肩を震わせるヘルガの姿に苦々しい気持ちが湧き上がってくる。


「今、横領した金額を調べている。……宝飾品、いわゆる高級品になるもんは恐らく全て手放すことになるだろう。今あるものを見せてもらおうか」


 のろのろと顔を上げたヘルガは、震える指で部屋に備え付けのチェストを開いた。

 中から取り出した宝石箱は、平民が持てるようなものではなかった。


「……これは?」

「ヘレンの、持参金にするのだとオットーが」


 手渡された宝石箱はずしりと重く、ヴォルフラムはゆっくりと箱を開いた。

 真珠のピアス、エメラルドのブローチ、ダイヤモンドの小ぶりなネックレス。

 全てオットーの給金だけではとても入手できないようなものだった。


「……っ気付けたはずだ!なぜ気付かなかった!」


 思わず声を荒げたヴォルフラムにヘルガが啜り泣きの声を大きくした。


「だって、ヘレンは、ヘレンは特別ではないですか!幼い頃からレオンハルト様と交流があったのはあの子だけです……!だから、オットーがヘレンとレオンハルト様の恋を応援すると、きっと見初められるはずだと……」

「分不相応な夢だと思わなかったか……?誰が言い出した?お前に会いにきたどこぞの家の者か?」

「……あの方……そう、その頃でした。私の産みの母が、貴族に仕えていたと伝えに来た方が……。もしヘレンがレオンハルト様に嫁ぐなら後ろ盾になるのもありだと、会うたびに……」


 かつて、ヘルガの父はグレイル家の領地に住み、鉱夫として働いていた。

 採取中に事故に遭い、ヘルガの母は幼い彼女を育てられず、各地を転々とする商人にいい家族に巡り合えるように、と託したのだった。

 その商人は、ホワイトリッジの領地で子供のいない夫婦にヘルガを引き合わせた。

 ヘルガと養父達の関係は良好で、何不自由なく育てられたヘルガだったが、幼い頃の記憶に残る母を懐かしむ想いは消えなかった。


 それでも、オットーと出会い、ヘレンが生まれ、ヘルガは幸せに暮らしていたはずだった。

 ヘレンが十歳になる頃、産みの母の知人を名乗る人物が母の訃報を携えてきた。


「母が、長年貴族に仕えていたから……娘の私にも礼を、と」

「はっ!そっから交流が始まって、その貴族がヘレンの後ろ盾になってやろうって?なぁ、後ろ盾にとは言っても養女にするとは言ってないんだろ?」

「それは、そうですが……」


 ヘルガの顔色は青を通り越して真っ白になっていた。

 ようやく、事の大きさを理解し始めていた。


「でも、その方が仰いました……ホワイトリッジ家と交流を持ちたいからヘレンをその架け橋に、と……。その頃からオットーが色々と揃え、始めて……。後ろ盾に、と言われたのでその家から支援金が出ているのかと……」


 震える声で言葉を落としていくヘルガにヴォルフラムは腹の奥から湧き出る失望を感じていた。

 柵があったとしても、立場を弁える思慮深さがありさえすれば、オットーを側近として引き立てることもあり得たのだろう。


「はっきり言わなかった俺も悪いか?だがなぁ、騎士爵でもないヘレンをホワイトリッジ伯爵家に迎え入れることは絶対にない。それくらい、理解していると思っていた……」

「そんな……そんなこと……」


 ヘルガは目の前が真っ暗になり、よろめき崩れ落ちた。

 ヴォルフラムは指一本も動かさず、その様を見ていた。

 ヘルガの体を支える腕は、どこにもなかった。


「放心してるとこ悪いが、オットーが使い込んだ分、きっちり回収するからそのつもりでな。……壮大な夢を、見たんだな」


 幼い頃から伯爵家の騎士団で訓練をしていたヴォルフラムとオットーは、親戚で年も近いということもありそれなりに親しくしていた。

 しかし、剣の訓練を諦めたオットーが騎士団の事務方で働き始めると、自然と顔を合わせることも少なくなった。

 その後、ヴォルフラムも砦に行くことが増えたため、関りはどんどん薄くなっていった。

 気が付けばお互いが子供を持ち、ヘレンはレオンハルトの後をついて歩き、それと同時にオットーの態度が傲慢なものへと変化していった。

 子供の幼い初恋だと放置した結果、こうなってしまったのか、とヴォルフラムは鉛を呑み込んだ気分だった。


「……例え、ヘレンがその貴族の後ろ盾を得ても、その家の養女になったとしても、レオンハルトと結婚させる気はなかった。俺だって親だ。レオンハルトの気持ちを優先すれば当然そうなるんだ」


 今度こそ、ヘルガの意識は途切れた。

 一日で彼女の夢は終わり、残された現実は厳しいものになると理解してしまった。


 意識のない彼女を休ませるように、とヴォルフラムは部下に指示を出すと改めて部屋を見渡した。


 宝石箱だけではない、この部屋に並んだ調度品も質の良い物が揃っていた。


 壁にかかった家系図のタペストリーが目に入った。

 ホワイトリッジの初代の名前の近くにある、オットーの曾祖父の名前を見た。


「初代の従弟の孫、か。こうして見ると、本当に他人だったな……」


 ヴォルフラムは家系図に背を向け部屋を後にしたのだった。


ヘレンの母視点でした。

ヘレンは騎士の家系って誇りに思ってますが、オットーは騎士ではなく事務方でした。多分訓練嫌になった人。

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