10.それからの二人
最終話です、お付き合いいただきありがとうございました!
王都にある伯爵家と所縁のある聖堂の前、アンドレアは領地の結婚式で着ていたウェディングドレスを再び身に纏っていた。
首元までレースに覆われたプリンセスラインのドレスは、全面に真珠が散りばめられて輝いていた。
レオンハルトやフロリアに仕立て直しを提案されていたが、アンドレアは頑として譲らなかった。
『アンドレアさん、一度着たのだから新しい物を仕立てるつもりなのよ?』
『あのドレスも似合っていたが、仕立て直さなくていいのか?』
心配そうなフロリアとレオンハルトに、アンドレアは笑った。
『あの日、このドレスで私はホワイトリッジ家の一員になりました。このドレスはその象徴なんです。場所が変わろうと、このドレスがいいのです』
背筋を伸ばしたアンドレアは、トルソーにかけられたドレスの裾を摘んで持ち上げた。
そして、ドレスは結局そのままということになった。
あの日よく見られなかったドレス姿を、レオンハルトは祭壇の前で待ちわびていた。
純白のドレスの輝きは、領地での結婚式当日と変わっていないだろう。
レオンハルトにはより眩しく見えたが、心持ちが違うだけでこうも見え方が変わるのか、と内心で嘆息していた。
ホワイトリッジ家、ブラックリッジ家の関係者で埋め尽くされた参列者の席で、ジョアンナは静かにレオンハルトを観察していた。
領地で初めて対面した時の、覚悟が定まらないような雰囲気はなくなっていた。
(やっと、レアを安心して任せられるわね)
ジョアンナはホワイトリッジの採集所に派遣した技術者達の報告書を見て、ヴォルフラムとレオンハルトが問題を起こした代理人補佐を躊躇なく処罰したことを知っていた。
ヴォルフラムの判断が大きいだろうが、レオンハルトもしっかりと処罰を見届けたのだと、レオンハルトの纏う雰囲気から感じ取った。
ジョアンナはレオンハルトの雰囲気に安心すると同時に、ホワイトリッジ家の親族席にいる数組の夫婦の雰囲気が友好的ではないことも感じ取ってしまった。
表情には出さなかったが、ジョアンナは、今日彼らが問題を起こさないことを祈るしかなかった。
♦♦♦
扉から祭壇までの最初の一歩を、アンドレアはジークフリートと足並みを揃えて力強く踏み出した。
ジークフリートの厳めしい顔つきと、アンドレアの柔和な顔立ちは似ていないように思われるが、中身の激しさはよく似ている、と二人を知る人々は口を揃えて言った。
その激しさが表面化しないように、と願うのはブラックリッジ子爵家の面々だった。
――式は恙なく終わり、伯爵家が王都に所有する屋敷に移動する前に親族同士の談笑が始まっていた。
アンドレアに寄り添っていたレオンハルトがジークフリートに呼ばれてアンドレアから離れると、その時を待っていたかのように親族席にいた女性数名がアンドレアを取り囲んだ。
彼女達は口元に笑みを浮かべているが、その視線は決して好意的ではなかった。
その顔を眺めていたアンドレアは、それぞれコレット、ベティ、マーゴとよく似た顔立ちだということに気が付いた。
紹介状もなく暇を出した彼女達の親が、その処遇を不満に思っているのだとアンドレアは気が付いた。
「お初お目にかかります。まぁ、随分と勇ましい花嫁だそうで?」
「そうらしいですよ?うちの娘が言うには傭兵として働いていたとか」
「まぁぁぁ、それでは体も傷だらけなのではなくて?それで伯爵夫人が務まるのかしら?」
扇の下でクスクスと笑う、決して好意的ではない言葉に、アンドレアの口元が獰猛に上がった。
「お褒めに与り光栄ですよ。私が命懸けて戦った結果が貴女方の安寧ということなのですね。平和で何よりです」
平然としているアンドレアに、栗色の髪がコレットとよく似ている女性が唇を歪めた。
「ええ、お陰様で私達は傷一つない体で過ごしております。アンドレア嬢のドレスは首元までレースで、背中もしっかり覆われておりますのね、まるで傷を隠しているようではなくて?」
その台詞にアンドレアは鼻で笑った。
「そんなくだらないことを言いに来たのですか?」
「……っ何ですって?」
ストロベリーブロンドの女性――恐らくベティの母親だろう――が、気色ばむがアンドレア動じることはなかった。
「見縊って貰っては困りますね。私に隠すべき傷など一つもありません。背中に傷を受けたことなど一度もないんですよ。何でかお分かりですか?」
「何だと言うのかしら?」
赤髪の女性、マーゴの母親が低い声を出してアンドレアを睨み付けた。
アンドレアはその視線を受け流し、ニヤリと笑った。
「敵に背を向けたことなど一度もありませんので」
「……っ」
息を吞む彼女達にアンドレアは更に微笑んだ。
「もし、足を怪我すればオードリーと共に進み、腕が傷つけられても、敵の喉元に喰らいつく覚悟でいました。幸いなことに、そんな強い相手はいなかったので最後まで前進できました」
黙り込む女性達に更にアンドレアは笑いかけた。
「ああ、これが一番重要なんです。戦場で一番の足手纏いはどんな兵だと思いますか?」
「一番の、足手纏い……?」
首を傾げる三人に、アンドレアは目を細めた。
「やる気のある無能です。立場も能力も客観視できない愚か者は、獅子身中の虫ですから。私は未熟者ではありますが、その点はよかったのかもしれません」
含むような台詞に三人の顔にさっと朱が走った。
その様を睥睨したアンドレアは低い声で囁いた。
「単なる無能だからあれだけで済んだと覚えておけ、――次はない」
アンドレアは戦意を失った彼女達に背を向けると、久しぶりに会うジョアンナを探した。
近くで見守っていたジョアンナを見つけると、足早に近付いた。
「姉上……」
「久しぶりね、元気かしら?」
穏やかに微笑むジョアンナにアンドレアは心からの笑みを浮かべた。
「ええ、遠くからありがとうございます。お変わりないですか?」
「皆元気よ。ホワイトリッジの採集所に派遣した面々もよくやってくれているわ。子爵家の領地に戻ったら技術をしっかり伝授して貰わないとね。そのために優秀な騎士達を選んだのだから」
「……なるほど、だから読み書き計算、火薬の扱いも手慣れていたのですね」
ジョアンナは軽く溜息を吐いて首を振った。
「彼らがあそこまで鉱夫達に肩入れするとは思っていなかったわ。これは本当。彼らが立場を超えてあそこまで協力するとはね」
「それだけ、我々の鉱夫達は素晴らしいんです」
ジョアンナの後ろから、レオンハルトが会話に割って入ってきた。
ジョアンナとアンドレアは驚いた様子もなく、笑顔でレオンハルトを会話に迎えた。
さり気なくアンドレアの背中に手を添えたレオンハルトに、アンドレアは抵抗する素振りもなく身を任せた。
「そうでしょうね。ブラックリッジに技術を伝えたら、またホワイトリッジに行きたいのですって。手放すのは惜しいけれど、レアの味方が領地に多い方がいいわ。でもそれでいいのかしら?」
ジョアンナが探るようにレオンハルトを見ると、レオンハルトは笑った。
「もちろんです。彼女の味方は多ければ多い方がいい。優秀な人材はこちらもありがたいですから」
「本人達の希望を改めて聞いてみるわ。またレアを通じで連絡するからそのつもりでお願いします」
ジョアンナが苦笑するとレオンハルトは頷いた。
「よろしくお願いします、義姉上」
レオンハルトにそう呼ばれたジョアンナは目を丸くすると、扇の下でコロコロと笑った。
「ええ、もちろん。末永くよろしくね、義弟様」
最後は和やかな雰囲気で、王都での式は無事に幕を閉じた。
出席者が去った聖堂の控えの間では、残っていたヴォルフラムとフロリアは楽しそうにジークフリートとスマラグダと話をしていた。
その様子を遠くから眺め、レオンハルトとアンドレアは肩を寄せ合った。
「貴女と初めて会った時、まさかこんな思いで王都のお披露目をできると思っていなかった」
静かに語るレオンハルトの肩に、アンドレアはそっと頭を預けた。
「もし、貴方が信用できない相手だったら、さっさと実家に帰るつもりだった。戦場で世話になった恩返しで、柵のある家臣を全員切り捨ててしまってからな」
「……貴方が思い留まってくれてよかったよ」
込み上げる笑いを堪えてアンドレアの肩が震えた。
「それは、貴方が私を尊重してくれたからな。私の生き方を否定せず、問題も包み隠さず話してくれたから、私は信用できると思った。これからもよろしく頼む、――レオン」
「俺もだ――。思えば、簡単なことだ。だが、その簡単ができなかった……」
アンドレアの肩を強く抱き寄せ、レオンハルトは緊張した面持ちで己の肩にあるアンドレアの頭を見下ろした。
「ありがとう……デア」
掠れたような囁きで、レオンハルトは初めてアンドレアを特別な名で呼んだ。
アンドレアは一瞬動きを止めると、頭をさらにレオンハルトの肩に押し付けた。
珍しく耳を赤くしているアンドレアに、レオンハルトは声を出して笑った。
窓から射し込む夕日が切ない、季節の終わりだった。
終幕
これにて終わりです!
書き足りないところがありそうなのですが、一先ず完結です。
ご覧いただきありがとうございました!
レオンハルトが呼ぶアンドレアの愛称は「デア(女神)」でした。




