↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵夫人の大掃除  作者: こうが


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

9.アンドレアの断罪

 緊迫した空気が漂う早朝、アンドレアとレオンハルトは軽装に身を包み庭で向かい合っていた。

 お互いが剣を持ち、じりじりと間合いを詰めていく。


 張り詰めた気合いを纏うアンドレアがふっと息を吐き出し一気に間合いを詰めると、レオンハルトはアンドレアが踏み込んだ分後ろに下がった。

 しかし、その動きを予測していたのか、アンドレアはレオンハルトが動いた方向に素早く剣を横へ走らせると、手首を捻りレオンハルトの剣を絡めるように跳ね上げた。

 レオンハルトはアンドレアの剣を受け止めるが、その勢いは殺せずにレオンハルトの手から剣が滑り落ちた。

 剣を拾おうとする動作よりも早く、アンドレアの剣先がピタリとレオンハルトの首筋を捉えていた。


「……参った」

「お疲れ様でした」


 剣を下ろしたアンドレアは額に薄っすらとかいた汗を己の袖で無造作に拭った。

 対照的に、レオンハルトはとめどなく流れる汗をハンカチで拭き取った。


「どうしても貴女には勝てないな。俺の方が力はあるはずなんだが」


 溜息を吐くレオンハルトにアンドレアは微笑んだ。


「レオンハルト様には力では敵わないが、素早さなら私に利があるからな」


 レオンハルトの太刀筋は素直で実戦的ではない、とはアンドレアは敢えて口にしなかった。

 命懸けで戦ってきたアンドレアは、生き抜くために剣を奮っていた。対して、レオンハルトはお手本のように綺麗な太刀筋だった。


「……少し休んだら朝食にしよう。食事の後、彼らに会いに行こう。ゼルキンには執務室に連れてくるようにもう言ってある。父上もその時間に合わせて別邸から来るそうだ」

「ああ、承知した。すまない、朝食の前に汗を流したい。すぐ食事にするなら先に済ませてくれ」

「いや、俺も汗を流してくる。折角だから一緒に朝食を摂ろう」

「ええ、では後ほど」


 嬉しそうに頷いたアンドレアはそのまま小走りで部屋に戻り、その後ろ姿を見送ったレオンハルトも同じ経路で自室に戻った。


「隣の部屋なんだがな……」


 レオンハルトの呟きはアンドレアには聞こえていなかった。


♦♦♦

 朝食の後、レオンハルトとアンドレア、別邸からやってきたヴォルフラムはヘレン達と広間で向き合っていた。

 ゼルキンは相変わらず疲労が色濃く残る顔色だったが、広間の端に静かに控えていた。


 不貞腐れたように俯くヘレン達にアンドレアの視線は剣吞な色を帯びてくる。


「お前達に言っておくことがある。オットー・ヒルは昨日代理人補佐を辞めさせた」


 口火を切ったのはヴォルフラムの静かな声だった。

 ヘレンは弾かれたように顔を上げると目を見開いてヴォルフラムを凝視していた。


「父が……?何故ですか!?誠心誠意お仕えしていたはずです!」


 甲高い声に不愉快そうに眉を寄せるレオンハルトに気付かず、ヘレンはヴォルフラムの言葉を待っていた。


「誠心誠意な。俺もそれを信じたかった。……例えばな、義娘(アンドレア)の世話を放棄したお前だけの責任であれば、父親の住む町に送るだけで済んだかもしれない。義娘にしっかりと教育されたようだしな?」


 ヴォルフラムがちらりとアンドレアに視線を向けると、ヘレンは顔色を悪くして肩を震わせた。

 アンドレアに髪を掴まれた時の痛みと恐怖を思い出したのだ。


「横領だよ」

「……え?」


 冷たいヴォルフラムの声は低く呻くような音だった。


「鉱夫達の給金を抜き取っていた。本人も認めている。……なぁ、代理人補佐の給金だけで宝石がついたブローチや絹のワンピースが毎月買えたと本当に思うか?それも娘と妻二人分だ」

「それは……だって、心配するなって……」


 震えるヘレンにヴォルフラムは力なく笑った。


「それを馬鹿正直に信じたか?物の価値も分からずに強請っていたのか?……世間知らずにも程がある」


 鋭いヴォルフラムの視線にヘレンは俯き肩を震わせていた。

 その様子を見たアンドレアは小さな溜息を押し殺した。

 オットーが月にどれだけの収入があるかも知らずに、まるで幼子がキャンディを強請るように宝飾品や絹のドレスを強請っていたのだろう、と。


「……横領は重罪だ。オットーの所有している財産全てを差し押さえて返済に充てる。……慣例であればオットーとその家族は死罪が妥当だ」


 顔面蒼白になったヘレンは荒い息を繰り返すが、何も言葉は出てこなかった。


「それと、お前達だ」


 ヘレンとヴォルフラムの様子を息を殺して伺っていた、コレット、ベティ、そしてマーゴは視線を向けられて肩を震わせていた。


「本来ならば貴族に無礼を働いたということで鞭打ち、解雇が妥当なとこだろう」


 息を吞む彼女達の目には恐怖の涙が浮かんでいたが、ヴォルフラムはそれを呆れた想いで見た。

 もしもアンドレアが見かけ通りの気弱な女性だったとしたら、嫌がらせはどこまでエスカレートしていたのか。

 想像力が足りない彼女達の姿が哀れだった。


「だが、伯爵家として素晴らしい花嫁を迎えたばかりだ。鞭打ちは免除してやろう。荷物を纏めて出て行け」


 項垂れる彼女達は恐らく実家に戻るしかないが、歓迎されるとは思えなかった。

 騎士の家系であることを誇りに思う家族が、どのような判断を下すのか。それはアンドレアの与り知らぬところだ。


「それと、トーマス。お前の一族に厨房を任せたのが間違いだったか?それとも、お前だけが愚か者か?」


 初代当主から厨房を任されているトーマスの一族は、厨房で働くことを誇っていた。

 当主家族の健康を守っている立場だと、自信を持っていたのだろう。


「……自分が、自分だけが、勘違いを、していました……大変、申し訳ございません……」


 トーマスが作った食事を美味しそうに頬張る幼い頃のレオンハルトは、トーマスにとっては守るべき対象だった。

 それを、ヘレン達から聞いた『レオンハルト様は結婚を嫌がっている』という話を安直に信じてしまった。

 伯爵家の決定事項に自分が不満を抱くなど、勘違いも甚だしいことだと、今ならわかる。

 食材を無駄にする、料理人として決してやってはいけないことをやった、羞恥に内臓が焼け付くようだった。


「……トーマスの作る食事は、本当に美味しかった。子爵家から一人嫁いできた彼女にも、トーマスの食事を楽しんで欲しかったんだ」


 レオンハルトが呟くと、トーマスは項垂れ顔を上げられなくなってしまった。

 勝手な思い込みで、長年仕えてきた伯爵家を裏切ってしまったのだと、激しい後悔が渦巻いていた。


「……これまでの忠誠はわかっている。トーマスは解雇、もし義娘の食事を見て見ぬふりをしていた者がいれば同じく解雇。ゼルキン、調べておけ」

「かしこまりました」


 静かに礼をするゼルキンは音もなく広間を出て行った。

 向かう先は厨房だろう、とアンドレアは背中を見送った。


「コレット、ベティ、マーゴは出て行け。ヘレンは、このまま残れ。処罰を言い渡す」


 泣きじゃくりながら部屋を出る三人の背を、レオンハルトは冷たく見つめていた。

 ヘレンに逆らわず、道理も弁えない彼女達が伯爵家の廊下を歩く日は二度とこないだろう。


「ヘレンの母親には早朝、別に話を聞いた。……伯爵家の息子が、騎士爵でもないお前の家と縁づく訳がない、と理解した途端に失神したぞ」

「母、が……」

「……何も知らない母と娘だ。壮大な夢を見ていたんだろう」


 ヘレンは涙を流し、レオンハルトに視線を向けた。

 レオンハルトの隣でウェディングドレスを着る日を夢に見た。

 その夢が叶う日はこない、とレオンハルトの視線で分かってしまった。


「オットーがお前達に買い与えた物は全て売り払い鉱夫達の返済に充てる。それでも足りなければ、働いて返せ。二度と、この家で働けると思うな。鉱夫達の休憩所は人手がいつも足りん。そこで真面目に勤めれば、返済できるかもしれないな。金額は今調査中だ。それまで地下牢に、と言いたいところだが即刻採取場所がある町へ向かえ。鉱夫達が見張るだろう。無駄なことは考えるな」


 冷たいヴォルフラムの言葉に、ヘレンは縋るようにアンドレアを見た。

 しかしアンドレアは、ただ真っ直ぐとヘレンを見つめるだけだった。

 怒りも、興味もない目線にヘレンは唇を震わせ叫んだ。


「何故……!何故あんたなの!レオンハルト様のことなど何も知らないあんたが!!」


 咄嗟にヘレンに向かおうとするヴォルフラムとレオンハルトを手で押しとどめ、アンドレアはヘレンに向かい歩を進めた。

 アンドレアはゆっくりと息を吸い、――空気を鋭く震わせた。


「お前は言ったな。『伯爵領では女も立派な戦士だ』と。命懸けで働く領民から抜き取って、何が立派な戦士だ」

「……っひ……」


 ヘレンの正面に立ったアンドレアは、低い声でさらに続けた。


「レオンハルト様を想っていたと言いたいか?お前の想いは欲でしかない、と私は思ったがな。光るブローチでレオンハルト様がお前を受け入れるとでも?絹の滑らかさでレオンハルト様が愛を囁くとでも?――レオンハルト様を馬鹿にするな」

「……っ……」


 震えを大きくしたヘレンに、アンドレアは告げた。


「何故、と言ったな。――政略だからだよ。個人の感情だけで動ける家だと思っていたか?……甘ったれるな!!」


 ヘレンは床に突っ伏して涙を零している。

 アンドレアは泣き続けるヘレンに言った。――ヘレンが二日目の朝、アンドレアに告げたように。


「立て。さっさと町に向かうといい。『馬車はいつでも用立てるようにしている』からな」


 ヴォルフラムが手を叩くと、扉の外に控えていたらしい騎士が入ってきた。


「――連れて行け」


 その一言で、ヘレンとアンドレアの道は隔たれたのだった。


 ヘレンの姿が見えなくなると、レオンハルトはアンドレアに駆け寄った。


「――結局、貴女に任せてばかりだ」

「それはそうだ。私には何の柵もないからな。だが、これから頼りにさせて貰うさ」


 アンドレアはレオンハルトに微笑むと、レオンハルトの腕を軽く叩いた。


「さぁ、そろそろ義母上もテリアも戻ってくるだろう。王都の披露宴の計画を始めよう」

「ああ、盛大にやり直そう」

「休め休め。後は俺の仕事だ」


 手で追い払うような仕草をするヴォルフラムに頭を下げてレオンハルトは、アンドレアの手を取り歩き出した。


「――本当に、片付けちまいやがった」


 ヴォルフラムの呟きは、苦さと安堵を含んでいた。



昔から知っていると余計に辛いでしょうが、やってはいけないことはあるのです。

ヘレン母の話は幕間で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。