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伯爵夫人の大掃除  作者: こうが


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8.レオンハルトの帰還と怒号

【ヴォルフラムサイド】

 オットーを拘束してすぐ、ヴォルフラムはゼルキンに手紙を認めていた。

 翌日の午後には帰還することを伝え、久しく使われていなかった地下牢の鍵を開けておくように、と結んでから深い溜息を吐いた。

 自分の代で開くことになるとは思ってもいなかった。


 ――それだけ、覚悟がなかったのだろう、とヴォルフラムは自嘲した。


 恐らく、アンドレアであれば『何故使わない?』と聞いてきただろう。


「本当に、俺ぁ上っ面しかない当主だなぁ……」


 手紙を届けるように指示を出した後、ヴォルフラムはベッドに倒れ込んだ。


 目を腕で覆い、唇を噛み締めるヴォルフラムの姿を見る者は誰もいなかった。

 静まり返る深夜の張り詰めたような空気は、生温い春の嵐の前触れのようだった。


♦♦♦

【アンドレアサイド】


「若奥様、処分についてはレオンハルト様がお戻りになってから改めてといたします」


 アンドレアが厨房で処分をゼルキンに任せた翌日、ゼルキンはヘレン達の処分をレオンハルトに委ねるとアンドレアに報告していた。

 アンドレアはソファーに座ったままゆったりと頷いた。概ねアンドレアの予想通りの回答だった。


「構わん。お前に任せると言ったのは私だ。そう決めたのであれば旦那様に任せればいい。だが、奴等を私の前に出すな。厨房に入れるな。私の目のつく場所を歩かせるな。いいな?」

「かしこまりました。彼らは謹慎させていますので、若奥様の前に出ることはございません」


 未だ目の下の隈が色濃く残るゼルキンに、アンドレアは鷹揚に頷いた。


「それでいい。それで、旦那様と義父上から連絡は?」

「はい、本日の午後お戻りになるそうです。その、横領した罪人、代理人補佐を連れて帰ると」

「そうか。他に何か聞いているか?」


 アンドレアの鋭い目線に射抜かれたゼルキンは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……詳細は戻ってからお知らせいただけるそうです。それと、過去の予算の流れを整理しているところです」


 ゼルキンの言葉にアンドレアは口元を指で覆い考えを纏めていた。


「……思ったよりも小物か……」


 巧妙な手口で給金を誤魔化しているのかと思っていたが、目の前の金に目が眩んだだけだと気が付いた。

 前者だった場合、恐らくもう数日は帰って来られなかっただろうと容易に想像できたからだ。

 それを思うと、何とも杜撰で拍子抜けしてしまう。


「代理人補佐がどんな経緯で決まったか、お前は知っているか?」

「詳細は分かりかねますが、分家のどなたかの推薦と聞き及んでおります」

「そうか、下がっていい。ああ、後でリズを街にやるから馬車の準備を頼む。戻りは明日で構わん」

「かしこまりました、そのように」


 アンドレアに一礼をしてゼルキンは部屋を後にした。

 部屋に一人残ったアンドレアは目を閉じて考え込んだ。


「分家の推薦、か」


 血縁を盾にねじ込まれた小物か、体のいい駒として扱われた小物か。

 どちらにせよ、何とも言えない杜撰さに溜息が出た。

 その時、リズがアンドレアの元を訪れた。


「失礼します、お茶をお持ちしました」

「ありがとう、こっちのソファーでいただくわ」


 ぎこちないながらも丁寧に準備をするリズを見守り、アンドレアは少し渋い紅茶を飲み込んだ。


「……ヘレンは、貴女から見てどんな子?」


 無事に紅茶を準備した、と安堵しているリズにアンドレアは話しかけた。


「ヘレン様は……」

「待って。何故、ヘレンに様を?」


 アンドレアはリズがヘレンを丁寧に扱う理由が気になっていた。


「ヘレン様達は、伯爵家の騎士の家系だということを誇りに思ってます。様をつけて呼ばないと返事もしてくれませんでした」

「そう、伯爵家の親戚筋だからかしらね」

「はっきりとは分かりませんが、私は商家の出なので立場が違うそうです。なのであの方達は様までが名前だと思って呼んでいました。それが癖になってしまって」


 困ったように笑うリズに、アンドレアは喉の奥で笑いを噛み殺した。


「ヘレン様、という名前だと?」

「私は商人なので、お客様、とお呼びするのと同じ感覚でした」


 平然と言ってのけるリズはアンドレアがなぜ笑っているか分からないようだった。


「ええと、それでヘレン……さんですが、身に着けているアクセサリーやワンピースは良いものでした。確か父親が採取場で働いているから、実入りがいいと」

「……そう、家族に愛されているのね。旦那様――レオンハルト様との関係は?」


 リズは少し考えてから口を開いた。


「若旦那様の幼馴染ということもあって、よく話し掛けておりました。ただ、若旦那様のご様子を見ていると……」

「見ていると?」


 言い淀むリズに先を促すと、リズははっきりと口にした。


「多分ですが若旦那様は彼女が大嫌いだと思います」

「……は?」

「いえ、若旦那様はご立派な騎士様なので分かりづらいんですけど。新しくきたお馬のファルコさんのことは柔らかい目で見てましたが、彼女の前では無表情になるんです。……嫌いというより……」


 リズは言葉で上手く説明できないもどかしさを抱えながらも、言葉を選びながら説明している。


「旦那様も奥様も、若旦那様もお優しいんですけど、ヘレンさん達の前だと皆表情がなくなるんです。口角が上がっているだけというか。だから、大嫌いというよりも、距離を置きたがっているように見えました」

「そうなの……ありがとう。暫く休むから下がっていいわ」


 頭を下げて部屋を出たリズの言葉を反芻する。


「騎士道を重んじる家で勘違いをする幼馴染、ねぇ?距離を置かれていたことにも気付いていなかった、か」


 グレイル家も彼らがこれほど駒にもならないとは思っていなかっただろう、と思った。

 ヘレンが立場を弁えて接していれば、もしかしたら大切な幼馴染として扱われていた未来もあったかもしれない、と思うとあまりの浅慮さに眩暈がする気がした。


 アンドレアは渋い紅茶を飲み干して頭を軽く振ったのだった。


♦♦♦

「奥様、旦那様と若旦那様がお戻りになりました!」


 弾んだ声でレオンハルト達の帰還を知らせたリズに、アンドレアは微笑んだ。


「ありがとう、出迎えの準備は出来ているからこのまま向かうわね。ああそうだ、急で悪いのだけれど街に行ってリンゴを買ってきてくれる?この前買ってきてくれたリンゴが美味しくて、きっとオードリーとファルコも好きだから」

「かしこまりました、戻りは夜になりそうですが……」

「ゼルキンに言ってあるから馬車を使いなさい。帰りは明日迎えの馬車をやるから、久しぶりに実家に泊まりなさいな。急で悪いわね」


 そう言って銀貨を数枚「内緒よ」と渡すとリズは嬉しそうに部屋を飛び出して行った。

 連日の遠出になるが、実家で少しは休めるだろう。


「……さて、小物の顔でも拝みに行くか」


 アンドレアは軽く伸びをするとある場所に向かって歩き出した。


 恐らくレオンハルトとヴォルフラムが真っ先に向かった場所、地下牢へ。


♦♦♦

 暫く使われていなかった地下牢は黴臭く、どんよりとした空気が充満していた。

 薄暗い階段を蠟燭の灯だけを頼りに進むアンドレアの歩みに一切の迷いはなかった。


「お帰りなさいませ、義父上、旦那様」


 地下牢の中に立つ二人に、その場に似つかわしくない明るさでアンドレアは声をかけた。


「戻りました。こちらはいかがでしたか?」


 アンドレアに近寄り笑うレオンハルトに、アンドレアも微笑み返した。


「思ったよりもあっさりと。もう少し反抗するかと思っていましたが、素直な子達でした」

「そうですか、それなら良かったです」


 穏やかな空気になる二人にヴォルフラムは疲れたような声を出した。


「悪いんだがなぁ、二人共。後にしてくれないか?」

「あら失礼いたしました。新婚なもので」

「お嬢よぉ、その喋り方だとむず痒くなるんだがどうにかならんか?」


 ヴォルフラムが嫌そうに言うとアンドレアはにやりと笑った。


「何だ、初対面の奴がいるから客人として丁重に扱ってやろうと思ったんだが、必要ないか?」

「客人?んなもんおらん。――罪人だ」


 ヴォルフラムとレオンハルトが冷たい視線を向けた先、猿轡をされ拘束されたオットーが喉の奥で呻いていた。

 その瞳は激しい憎悪でアンドレアを睨み付け、ヴォルフラムとレオンハルトが殺気立つ。

 アンドレアはくつりと喉の奥で笑い、オットーの前に立ちふさがった。


「オットー、だったな。鉱夫達の給金を着服したこそ泥が。よくもまぁそんな目を向けられたものだ。こそ泥には恥もないか」


 辛辣な言葉に体を揺らすオットーの髪をアンドレアは素早く掴んだ。

 痛みに呻くオットーにアンドレアは更に言葉を落としていく。


「よく聞け。お前は伯爵家の財産を横領した。なぁ、いままで幾ら横領したんだ?お前の財産全て差し押さえてでも回収するから覚悟しておけ。――それと、お前の娘は私に無礼を働いた。それを寛大な心で大目に見てやろうとしても、父親のお前が罪人では救いようがないな?」


 娘のヘレンを引き合いにだされ、オットーは髪を掴まれたまま激しく肩を揺さぶった。

 その拍子に猿轡がずれ、オットーは叫んだ。


「たかが子爵令嬢が、何様のつもりだ!」


 その瞬間、レオンハルトの怒号が地下牢に響き渡った。

 思わずアンドレアもオットーから手を離して首を竦める程の怒りの声だった。


「ならば貴様は何なのだ!騎士道も知らぬ痴れ者が!」


 オットーに向かい一歩踏み出したレオンハルトの怒りに、アンドレアは場違いにも嬉しさを覚えていた。


「私の妻を侮辱するな。貴族でもない貴様が、何を勘違いをしているんだ……!」


 単に伯爵家の親戚筋というだけで、現在は騎士爵すらもない彼らの身分は平民だった。


「けれど、けれど私たちは初代当主様の血縁です!」


 オットーは必死にレオンハルトに叫ぶが、アンドレアは呆れたように言った。


「初代の従弟の孫がお前だな。それを世間では何と言うか教えてやろうか。()()と呼ぶんだ」


 初代との血縁のみで他者を見下していた彼には受け入れがたい事実を、アンドレアははっきりと口にした。


「義父上はお優しいから言えないのかもしれんが、すまんな。私はお前に優しくすることができない。伯爵家の仇となる存在になったお前は、既に罪人だ。お前の家族もな。グレイル家に何と言われた?何もするなと言われなかったか?……尤も、証拠となるような手紙は一切受け取っていないだろうがな」


 絶望に目を見開くオットーは声にならない息を吐き出していた。


「手紙……そんな……そんなもの……」

「ある訳ないだろうな。時折り『伯爵子息と婚姻を結ぶならグレイル家の養女にしてもいい』と囁かれた程度ではないか?」


 冷たく笑うアンドレアにオットーは口を動かすが、その喉から音が紡がれることはなかった。


「ヘレン、ヘレンは大事な娘で……」

「皮肉なものだ。お前の親心が娘を破滅させるか」

「あぁ……あぁぁぁぁ!!」


 オットーの目からは滂沱の涙が溢れている。

 三人は悲痛な叫びを上げるオットーを見つめていた。


 ヴォルフラムは掠れる声で囁いた。


「守るべき領民の財産に手をつける騎士道なんざ、聞いたことがねぇよ」


 オットーはのろのろと顔を上げ、ヴォルフラムを見つめた。


「せめて……娘の命だけは……」

「――明日、ヘレンの言い分を直接聞くつもりだ。処分はレオンハルトに任せるが、領民の財産に手を出した罪人の娘とは言え、まだ若い。更生の余地があるかは見てやろうと思っている」


 オットーはヴォルフラムに向かい頭を下げるが、続くヴォルフラムの声が冷たく響いた。


「だが、伯爵家の使用人として守ってやる義理もねぇ。使用人としての領分を弁えていなかっただけ、と言うかもしれんが、それでは秩序が崩れるんだ。貴族ってぇのは、面倒なもんなんだ。その覚悟があったとは、到底思えねぇがな」


 オットーは声をつまらせ、何も言えずにいた。

 アンドレアは静かにオットーに声をかけた。


「明日、私もヘレンと会話をするつもりでいる。()()()()()()()()()()()()であれば、生きながらえる道もあるだろうな。もう、伯爵家では働けないが」


 オットーは何度も頷いていた。


「お前の妻だが、彼女からも個別で話を聞く。彼女はお前のしていることも、グレイル家との関係も何も知らんと私は思っているが、思い込みで裁くことはできない。レオンハルト様もそのつもりだろう?」

「ああ。処刑をすることは簡単だが、私たちは結婚したばかりだ。罪人の家族には多少の恩赦があってもいいと思っている」


 レオンハルトの右手は少し空中を彷徨い、アンドレアの肩を引き寄せた。

 アンドレアは素直にレオンハルトの腕におさまり、ほっと息をついた。


「今日は、ここで頭を冷やせ」


 ヴォルフラムが静かに言い渡し、三人は地下牢を後にした。

 すすり泣く声がずっと響いていた。


有名になると見知らぬ知人が増えるらしいですね。

レオンハルトの曾祖父とヘレンの曽祖父が従弟同士。

いやもう他人だろ。とは言え幼馴染として育っているからこその情もありそうですね。


グレイル家は完全なとばっちり説。対立しているけど争う程でもなく、ヘレン養女にして結婚させて自分達が有利になればいいなぁ、程度だったかもしれない。幕間でいれようかなと。

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